ベッドの中から、この泊地が少しずつ動き始める音が聞こえて僕は目を覚ます。
見覚えのない天井が見え、ここが三日月の部屋だと遅れて気がつく。
隣を向くと三日月がいて、その寝息を聞きながら外の音に耳を澄ました。
それらは隣や上にいる艦娘たちの生活音。網戸にしている窓からは朝方に帰ってきた艦娘たちの声や軍人たちが何かの作業をしている音。
段々とぼぅっとしていた意識がはっきりしてくると、三日月のかわいい寝顔を眺める。
僕の腕を抱き枕のように抱きしめている三日月の体温は温かく、横を向くと愛おしい寝顔が見える。
その三日月の髪をそっとさわっていると、気づいた三日月の目がゆっくりと開いていく。
「おはよう、三日月」
「……おはようございます」
三日月はぼぅっとした様子のまま、ぼんやりとした目で僕を見つめている。それが10秒ほど続くと、三日月は僕の腕へと顔を押し付けてくる。
「三日月?」
「マシュウさんと一緒に過ごした時間は夢じゃなかったんですね。……よかった。ちゃんと私のそばにいてくれて」
僕を必要としてくれる言葉と、小さな胸の感触がくすぐったい。少しして三日月が僕の腕から離れると、僕はベッドから起き上がる。
カーテンを開け、体を伸ばしていると、ベッドから遠慮するような三日月の小さい声が聞こえてくる。
「あの、起こしてくれませんか?」
三日月は僕のほうへ両手を伸ばし、抱き上げてくれるのを期待しているようだった。
近づいて求められるままに三日月を正面から抱き上げようとしたけれど、きらきらとした目で抱き上げようとするのを見つめられるのは恥ずかしい。
その恥ずかしさを誤魔化すために、正面からではなく、三日月の膝の下と背中に手をあげると勢いよく抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこという形で。
抱き上げた三日月の体は見た目どおりに軽く、けれどこんな小さな体で戦っているんだなと改めて実感する。
「わぁ! なんですか、なんですか!?」
「三日月は軽いな。ちゃんとご飯をしっかり食べているか?」
「食べてます! 食べてますよ!?」
腕の中で手足をじたばたとさせていたけど、次第に落ち着いてきた三日月は僕の首に手を回してくる。
その時になって、大きな息をついて僕へと不満な目をぶつけてくる。
さっきの慌てた姿はとてもかわいく、いつもの落ち着いた姿と違って新鮮だ。ああいう姿をもっと見たいものだ。
そう思うと悪戯心が湧き上がってくる。今みたいな、三日月の新しい表情が見たくて。そう、これは好奇心だ。決して悪気があってやるわけではない。むしろ、仲良くなるためには一緒に遊ぶことも必要だと思う。うん、必要だ。
「三日月、落ちるなよ?」
「え、いったい何を―――きゃあああああああ!!」
「はははははは!!」
三日月を抱えなおした僕は、その場でぐるぐると回り始める。
最初から勢いよく回転し、5秒ほど回ったところで回るのをやめて三日月を降ろした。
三日月は降りた当初はふらついていたものの、すぐに僕の体を叩いてくる。
ちょっとだけ涙目になってポカポカと叩いてくる姿は、外見と同じ子供のような雰囲気で安心した。昨日のような暗い気分ではないんだなって。
そのあと正座をさせられた僕は説教をされ、罰として部屋を出てから食堂に入るまで手をつなぐことと言われた。
なんたる羞恥プレイ! 小さい子と手をつないで歩くのを見られると、今までの軍人や艦娘たちからのイメージが大きく変わってしまいそうだ。特に加古からはロリコンとか幼女趣味とからかわれるかもしれない。
なんとかして手をつなぐことを回避しようとして話をしたかったものの、すぐに僕の目の前でパジャマを脱いで着替えを始めたために話のチャンスはない。
正座状態のままで目をつむって見ないようにしたけれど、服を着るときの衣擦れの音がとても辛い。
脱ぎ、着る。ただそれだけの音を聞いているだけなのに、かなりいけないことをしている気がする。僕の精神を試すような時間を耐えたあとは普段から見ている制服姿の三日月がいた。
そのあとに僕も着替えようと立ち上がってパジャマを脱いだものの、きらきらとした目で見つめられると居心地が悪い。
だから僕は三日月の体を持ちあげてベッドへ投げ飛ばすと、追加でベッドの上に置いてあったタオルケットも投げつける。
そのわずかな間に脱ぎはじめ、また見ようとしてくる三日月に脱いだパジャマを投げると動きが止まった。さっきのようにすぐに起き上がらないことを不思議に思いつつも、そのあいだに素早く服を着ていく。
着替えたあとは、僕のパジャマの匂いを嗅いでいた三日月からパジャマを取り上げると一緒に食堂へと向かう。
お姫様抱っこで回転した罰として一緒に手をつないだままで。
周囲に見られつつ、食堂で一緒に朝食を取ったあとは仲良く剪定作業の続きをやりにいく。
外は薄暗い雲が空いっぱい広がり、今にも雨が降ってしまいそうな重い天気。でも7月の今はそれが涼しくある。
僕は三日月と一緒に朝から昨日剪定した枝拾いの仕事をしていると、ふいに誰かからの強い視線を感じた。
その方向へ振り向くと、遠くには僕が心の底からずっと待っていた五十鈴がいた。
怪我もなく、ちょっと疲れているようだけれど、無事な五十鈴を見て自然と笑みが浮かぶ。でも、なんだか五十鈴の様子がおかしい。
まるでこの世の終わりとでも表現したくなるような、目と口を見開いて呆然としている。
「五十鈴!」
と、僕が大声で声をかけると首を軽く振って深呼吸してから僕のところへゆっくりやってくる。その足取りは元気がなく、顔には何の表情も浮かんでいない。
「五十鈴、おか―――」
「その子は誰?」
僕の言葉をさえぎった五十鈴は、いつのまにか僕の袖を握っていた三日月へと顔を向けている。
三日月のほうを見ると、五十鈴を強くにらみ、五十鈴もそれに負けまいと同じようににらみ始める。
そこで2人が初対面だったことに気づく。にらみ合いは、きっとお互いに知らない相手だから警戒したんだろうと思えた。
「五十鈴が出撃したあとに、この子、三日月を預けられたんだ。三日月はつい最近来たばかりだから仲良くして欲しい。三日月、目の前にいるのが、昨日仲がいいと言っていた五十鈴だ」
僕がふたりについて説明すると、五十鈴は明るい笑みを浮かべて三日月の前へ立ち、少し身をかがめて握手しようと手を差し出した。
「はじめまして。マシュウととっても仲のいい五十鈴よ。よろしくね」
「はい、はじめまして。マシュウさんに1日中優しくしてもらっている三日月です。よろしくお願いします」
三日月は小さな微笑みを浮かべて、僕の袖を握ったまま五十鈴の手を握る。挨拶をされた五十鈴は身をかがめた状態から立ち上がり、姿勢を変えた。
でもなぜだろう。
五十鈴と三日月は笑顔で握手をしているのに、強い威圧感を感じているのはなぜだろう。
これは目の錯覚かな? うん、そう思っていたい。
「私より年下で後輩だから三日月と呼び捨てさせてもらうけど……マシュウに迷惑がかかっているから、袖から手を離したほうがいいと思うんだけど?」
「大丈夫です、五十鈴さん。私はマシュウさんとは心が通じあっていますから、何が迷惑とかはわかっているつもりです。だから安心してください」
なごやかな会話をしているのに、ふたりの握手している手を見ていると段々と力が入っていくのがわかる。艦娘式の挨拶かとはじめは思ったものの、この緊迫した空気は普通じゃない。
僕にどうすることもできなさそうだけれど、五十鈴に声をかけられたのに無視して仕事をするのもよくない。
ではどうしよう、と悩んでいると五十鈴は三日月の手を振り払って僕の方へと体を向ける。
そうして僕に抱き着いてきて胸へと顔をうずめてきたけど、すぐに顔を離して僕を見上げてきた。
「……いつもと匂いが違うわね」
「それは私と―――」
「あぁ! シャンプーを変えたからね。前のほうがいいかい?」
三日月が僕にとって危険なことを言うより先に言葉を出す。
緊張と冷や汗が一気に沸き上がる中、冷静でいようと自分を落ち着かせていく。
「うん。前のほうがいい」
五十鈴はそう言って、また抱き着いてくると自分の匂いをつけるかのように僕の胸に頭をぐりぐりと押し付けてくる。
されるがままになっていると、三日月のじとっとした僕への不満が見える視線を感じて落ち着かない。
「ね、マシュウ。ちょっと早いけど、一緒にご飯食べに行きましょう? 今まで会えなかった分の話をしたいの」
「待ってください。あなたと違い、マシュウさんはお仕事中です。マシュウさんの優しさにつけ込まないでください」
「休憩を取るだけよ。それにマシュウの仕事を助けるのがあなたの役割じゃないかしら。私たちが休憩している間に仕事を続けたらどう?」
「私は1人で仕事ができるほどの経験がまだありません。マシュウさんがいないと何もできないんです。ですから、仕事がなくて時間がある五十鈴さんは1人で優雅な食事に行ったらどうですか?」
穏やかな笑みを浮かべる2人だが、別に声を荒げているわけでもないのに目に見えないプレッシャーが怖く感じる。
「仲良くしているとこ悪いけど―――」
「これのどこが仲いいの!?」
「仲良くしていません!」
声をかけると同時に僕へと振り向き、同タイミングで声を出し、同じ内容のことを言う。
息ぴったりな五十鈴と三日月はもう仲良しだと思うんだけど。
そんなことを口に出してしまえば怒られそうなので、僕はそのことについては静かにしている。
「いや、ごめん。……五十鈴はもう仕事はないのかい?」
「艤装を整備して体の疲れを取るぐらいよ。他には提督との面談があるわね。体や精神はどうかっていうのが」
「先にそっちをやったほうがいいんじゃないかな。僕と会えるのが最後というわけでもないし。まだ本調子じゃないだろうから、前線に完全復帰じゃないよね?」
「上司である提督を待たせるのはよくないですよ、五十鈴さん」
「……正論なんだけど、あんたに言われるのはとてつもなく腹立つんだけど」
三日月が笑顔で手を振ったのに対し、五十鈴は全力で三日月をにらんでいる。ふたりには仲良くやってもらいたいけど、道のりは長そうだ。
このあとをどうしようかと僕は少し考え、三日月を連れて五十鈴を提督がいる執務室まで送ることにした。
そうしないとあとで優しくしてくれなかった、と言って怒るだろうし。なによりも、5日ぶりに会った五十鈴に優しくしてあげたかった。
ちなみに執務室にいた提督は、ついでとばかりに僕と三日月を招いて3人で提督と話をすることに。
僕に関することの話では、三日月をそのまま預かり、五十鈴もあと少しは僕に預けるという話だ。
それを聞いた五十鈴はにやりと三日月へと笑みを浮かべ、三日月はじっと感情のこもっていない冷たい目で提督をにらんでいた。
五十鈴と三日月の仲が悪いのは、今まで自分がいた場所に見知らぬ子が僕の隣にいたからだと思う。
でも、だとしてもずっと一緒にいなくても差別やひいきをするつもりはない。それにこれは仕事でもある。仲良くしないで、と言われることがあっても断るだろう。
原因の解決は難しいけれど、関係改善はしたい。ならば、どうするか。
答えは甘いものだ。古来から女性を機嫌よくさせるのは甘い食べ物だと決まっている。
執務室から出たあとは2人を連れて食堂へ行く。代金は僕のおごりだ。
食堂に来て座席の場所でもめるかと気づいたが、意外にも静かだった。4人掛けのテーブルで僕の隣に五十鈴。正面には三日月と前もって決めていたと疑ってしまうぐらいにすんなりと決まる。
五十鈴は僕に遠慮せず食べたいものを次々と注文していき、三日月は僕の許可を取りながら少しずつ注文していった。
楽しそうに注文していく2人を見ながら、甘いものをあまり食べれない僕はコーヒーを頼む。
注文したあとは僕の仕事をどうやってうまくやっていくか、戦闘でない人の役に立つ仕事をやれるのは楽しいといった話をしていく。
少し時間が経ったあと、和菓子や洋菓子が運ばれてきて、僕の財布に多大なダメージを与えた結果は五十鈴と三日月の仲は少し良くなれたと思う。
五十鈴があんみつの白玉。三日月がショートケーキのイチゴについて語り合う姿はまさしく年頃の乙女っぽさを感じる。
五十鈴と三日月。2人が楽しそうに笑い、デザートについて熱心に話をしているのを見ていると心が優しくなってくる。
「マシュウは白玉の良さを―――ねぇ、なんでそんな温かい目で見ているの。こういうのを父親みたいな目って言えばいいのかしら」
「それはマシュウさんが、五十鈴さんのことを手間がかかる子だなぁと思っているんじゃないでしょうか?」
そんなことを三日月が言った途端、三日月の前にあった皿の上にあるショートケーキのイチゴが、一瞬にしてあんみつを食べていた五十鈴のスプーンによって奪い去られる。
取られたことで呆然としていた三日月だったが、仕返しをしようとフォークで五十鈴の白玉を奪おうとしたものの、手でフォークを掴まれて阻止された。
にらみあった2人の間には、火花が散っている光景を幻視してしまう。
この食堂の件の他にも2人は仲がいいのか悪いのか。よくぶつかってはお互いに文句を言いつつ、でも殴り合いはせずに僕と一緒に3人で過ごしている。
2人はだいたいの時間をケンカしていたけど。
それは雨の日にカッパを着て外にいるとき。
夏の暑い日差しが廊下に入り、汗を流しながらも廊下で水モップで拭き掃除をしているとき。
加古にお願いされて、部屋掃除をしているとき。
いつどんな時でも2人は争い、でもその争いは僕の目にはじゃれあいに見えた。今まで人とふれあえなかったぶん、その寂しさを晴らしているかのような。
僕というストッパーがいるから、危なくなっても止めてくれるという安心感があるかもしれない。事実、2人の会話がヒートアップしてきたら僕が止めているし。
でも僕の手を握る、腕組みをしてくるなどして、どれだけ僕とくっつけたかとお互いに自慢しあうのはなんだろう。平等に扱っている僕としてはなんだか困る。
それと、本人たちに言えないけれど胸を押し付けるのはやめてください。
五十鈴の大きく弾力性のある胸や、三日月のささやかな大きさだけれど気持ちのいい柔らかさの胸は僕の理性値が削れてなくなってしまうと本能がむき出しになってしまうんで。
声にできない、男ならではの苦悩の叫びを心の中でこっそり出しながら、3人で日々を面白おかしく過ごしていく。
病んでいない平和な話。