艦娘と穏やかに死んでいく生き方について   作:あーふぁ

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私たちの大事な人

 3人になっても僕と一緒にやる仕事の内容は、それぞれ僕と2人でいたときと変わらない。色々な仕事をやる僕の手伝いだ。

 でも3人もいると作業速度は速く、剪定や道具のサビ取り、雑草取りを素早くやっていく。その中で特に掃除なんかは短時間で終わるのが良い。

 

 僕にとってはよくある仕事の繰り返し、でも五十鈴と三日月にとっては新鮮で、仕事によっては飽きることもあるけど協力して仕事をする。休憩時間や食事時には2人が多少言い合いをするも手を出すようなケンカには発展していないため、微笑ましく見ていたりもした。はじめは仲が悪かったものの、一緒にいるようになってからは2人の仲はよくなっているから。

 

 そんな平穏な日が5日ほど続いた頃、廊下の掃除中に五十鈴が提督から呼び出された。五十鈴は何か用事があったかなと不思議そうに首を傾げては提督のところへと行き、僕と三日月は2人でドア掃除をしていた。

 10分もしないうちに戻って来た五十鈴はひどく落ち込んでいた。その顔は暗く、最近明るい笑顔を見せてくれるようになっていた五十鈴を見ていたから、久しぶりの表情は驚いた。

 

「なにか悪いことがあった?」

「……そりゃあもう。いえ、他の人たちから見れば悪いことではないんだけど、今の私には悪いことよ」

「それは僕が手助けできる?」

「できないわ。……もう戦闘に完全復帰できるって判断されたのよ。明日からはマシュウと一緒にいれないの」

 

 そう言ってひどく悲しげで大きなため息をつく五十鈴は廊下の壁に寄り掛かり、床へと座り込んだ。

 僕は三日月を見て、仕事は中止だと視線で訴える。そうしてから掃除道具を離れたところへ置くと僕も五十鈴と同じように壁に寄り掛かって座り込む。

 三日月は気を遣って少し離れたところで僕たちを見ている。

 

「今までのようには一緒にいれないし、会いづらくなるのよ……」

「もう会えないわけじゃない。今までのように会うのは難しいけど、五十鈴は以前のように仕事ができると判断されたんだ。僕と一緒にいたことが五十鈴のためになったのなら嬉しいよ」

「それでも、それでも私はあなたのそばにいたかった。隣で一緒に仕事を続けたかった。あなたの声を聞いていたい。あなたの笑顔を見ていたいの」

 

 僕の目の前まで来て肩を掴んでくると、顔を見上げてくる五十鈴は目に涙を浮かべながらもぎこちない笑みを浮かべる。

 

「……わがままなのはわかっているわ。あなたとずっと一緒にいるなんてことはできないから。できる方法があればよかったんだけど、私は艦娘。マシュウみたいに戦えない人を守る役割があるわ」

 

 五十鈴は艦娘だ。艦娘には人を守るという義務がある。もし、その義務を破るなんてことがあれば五十鈴はもう僕と一緒にいられなくなる。

 これからはちょっと会いづらくなるだけじゃないか、なんてことを提督や他の人は思ってそうだが、五十鈴の弱さを受け入れた僕から見れば辛いことだ。

 

 もちろん僕も五十鈴と会えなくなるのは寂しい。でも最初から仕事としての意識があったから、いつかは別れがあると受け入れられていた。

 

「五十鈴が守ってくれるなら心強いよ」

 

 僕は意識して笑みを浮かべる。それは悲しいものではなく、五十鈴が元気になってよかったと嬉しい笑みを。

 五十鈴は目に浮かんだ涙を服の袖で拭くと勢いよく立ち上がり、僕から1歩離れて小さな笑みを浮かべる。

 

「ええ、安心しなさい! 私がいないからって三日月には手を出しちゃダメよ?」

「出さないとも。三日月は小さな子供で娘みたいに思っているからね」

「娘? ……娘なら大事にするだろうし、なによりあなたとずっと一緒にいれそうね」

「なんでそんな考えになるんだ。そりゃ大事にはするけど、三日月だっていつかは僕から離れて戦いへ戻っていくんだ。五十鈴より少し遅いというだけだよ」 

「まぁ、そうよね。それで私はどういう扱いになっているの? 親戚の子? 姉? 幼馴染? それとも恋人?」

 

 僕をからかうかのような笑みを浮かべ、楽しそうな声で聞いてくる五十鈴。

 その答えは聞かれる前から決まっているが、僕は難しそうに悩んだあと、両手で五十鈴の頭をわしわしとかきまわす。

 五十鈴のすべすべとした髪の毛が手に絡みつく感触は気持ちよく、しばらくは撫でまわしてしまう。

 しばらく撫でられていた五十鈴だったが僕の手を掴んで撫でるのを止めると、じっとにらんでくる。

 

「妹だ。五十鈴は妹みたいについ構いたくなる」

「妹、妹ね。それは……喜べばいいのかしら?」

「僕にとってはそれぐらい仲がいいって言いたいね。さて、それじゃあ仕事をしようか」

 

 でも僕の手を握ってくる五十鈴から切なそうに見つめられると動けなくなり、三日月が強引に僕と五十鈴の間に割り込んできてくれたために仕事をする意識が出てきた。

 そのあとは僕と五十鈴、三日月の3人で掃除をし、終わったあとは一緒に食事をした。

 食事の後は昨日までしていたようにいつもの別れを告げ、その日は終わった。

 

 今日から五十鈴がいないという悲しい気持ちになりながら起きた、新しい日の朝。

 僕の気分とは違って空はとても晴れやかで、太陽がまぶしい今日は暑くなりそうだと思う。

 いつもと変わりない時間にいつものツナギを着てから泊地に向かうと、普段は僕を待ってくれている三日月の姿が見当たらない。

 

 不思議に思いながらも後から来るだろうと考えていると、いつも仕事内容の話をする軍人さんから白い便せんに入った手紙を渡される。その手紙は五十鈴から僕に渡してくれ、と言われたものらしい。

 軍人さんに感謝の言葉を言い、今日の仕事は昨日の続きである掃除だと確認をする。そのあと、僕は1人になってから手紙を読む。

 手紙の内容は『あなたと初めて会った場所でふたりだけで話がしたい』と整った文字で書いてあった。

 不安な気持ちになっているんだろうなと思い、さっきの軍人さんに三日月が来たら待つように、と伝言をしてから僕は五十鈴と出会った場所である倉庫へと向かう。

 

 その倉庫は五十鈴と出会った時と同じく、周囲には人の気配がない。シャッターが開けられていて、明かりがついている倉庫の中へと入っていくが五十鈴の姿は見えない。

 もしかしたら奥にいるかもしれないと思い、棚がたくさんある場所をぶつからないようにしながら歩いていく。

 

 ……ふと足音が後ろから聞こえて僕は振り向く。

 振り向いた先に五十鈴の顔が見えたと思ったら、次の瞬間には肩と腕を抑えられて床へと勢いよく押さえつけられた。

 床に抑えられた僕は体を起こそうとするも、それより早く後ろに回された僕の両手首を掴んでは何かで両手を縛られる。そのあとは足首を。

 五十鈴は僕が動けない状態になると僕から離れていく。

 転がされたままの僕は体の向きを変えると、五十鈴が倉庫のシャッターを閉める後ろ姿が見えた。

 

 そうしたあとに僕へと、とてもゆっくりした歩みで向かってくる五十鈴は満足そうな笑みを浮かべているように見えた。

 笑顔を浮かべているから嬉しいのだと思うけど、それが嬉しい感情かどうかが僕には理解できない。今まで見てきた表情とは違い、口元だけは笑顔の形をしていた。

 

 その五十鈴の目に見られた僕は怖いという感情を感じた。このままだと何かよくないことが起きる。でも今の僕はろくに移動することができない。

 五十鈴は僕のところまでやってくると、僕の体を担いで入り口付近まで連れていき、荷物が片付いて広くなっている場所へとゆっくり降ろした。

 降ろすと同時に、五十鈴は膝立ちで僕の体をまたぐと、顔の横へと手をついてから五十鈴は素早く右側の首筋を噛んでくる。

 

「がぁっ……!」

 

 その痛みは叫び声が出るほどに強く、噛んできたという驚きの声を混じっていた。

 五十鈴は歯を僕の首へと突き立てたまま、わずかずつ力を入れてくる。

 五十鈴の甘い髪の匂いをほのかに感じ、つややかな黒髪のツインテールが僕の顔へとかかってくるがそれに意識を向ける余裕はない。

 10秒あるかないかぐらいの時間を噛まれたあと、五十鈴は口を離して僕へと色っぽい視線を向けてくる。そんな五十鈴の呼吸は少し荒く、興奮のためか顔全体が赤くなっていた。

 

「ふふ。マシュウの体に私の物っていう印をついにつけちゃったわ」

 

 何が起きているか。今の状況を把握するためにあたりを見回し、最後に五十鈴を見る。

 倉庫にいるのは僕と五十鈴。拘束された僕。そしてここにいるのは誰も知らず、人も滅多にやってこない。つまり長時間2人になってしまうということに。

 噛んだ痕が残る僕の首筋を人差し指でなぞり、その痕があるのを見てとても嬉しそうだ。

 

 五十鈴を押しのけようとするも、手足は縛られているために動かすことができない。感触からして、軍が使っているナイロン製の手錠だろうか。

 拘束されたというのに僕の頭は意外と冷静に動いている。いや、あまりにも意外すぎて頭が動いてないからかもしれない。

 

「あー……五十鈴?」

「なにかしら、マシュウ」

「なんで僕は縛られているのか、教えて欲しいんだけど」

 

 そう聞くと、五十鈴はすごく不思議そうな顔をして首を傾げた。

 そんなに僕の聞いたことはおかしかっただろうか。何の理由もなしに襲われ、縛られた僕としては理由を聞くのは当然だと思うんだけれど。

 

「だって、縛っていないとマシュウは三日月のところに行っちゃうでしょう?」

「仕事だからね。それがそんなに悪いこと?」

「悪いわ。あの子に構うほど仲がよくなって、私と会えない時間がたくさん増えていくじゃない」

 

 そう言って五十鈴は僕の髪や顔を好きなようにさわっていく。それは乱暴で、だけれど優しく繊細な手つきで。

 五十鈴は片手で僕の右肩を抑え、もう一方の手で僕の左頬を愛おしそうに撫でたあと、唇を人差し指で愛おしそうになぞっていく。それは何度も繰り返して。

 

 その時の五十鈴の呼吸は浅く早くなっていき、太ももをもじもじと動かしては頻繁に僕の上で座る位置をなおしてくる。

 僕の唇から指を離し、手を頬へあてると今度は首へと顔をうずめ、生暖かく水気がある舌で軽く、時には強く首筋を舐めてくる。

 

「あぁ♡ マシュウ♡ マシュウ♡♡」

 

 色っぽく僕の名前を呼ぶ声と舐めてくる舌の感触はぞくぞくと僕の背筋へやって来て、気持ちよさと初めての感覚でどうしていいかわからない。

 舌で舐められ、キスをされ、息遣いの音がすぐ耳元で聞こえてくる。それらを聞いていると今の状態が嫌なのに僕も気分が盛り上がってきてしまう。

 

 この状況はとてもよくない。かといってどうにもできないが、このままだと興奮した五十鈴に食べられるのを待つばかりだ。

 僕は興奮した様子を悟られないよう、必死で声を抑えるが首筋から耳辺りまで舌を這わせてきた五十鈴は耳を甘噛みしてくる。

 

「うっ!?」

 

 優しく噛まれた時に甘い快感が頭を突き抜け全身へと広がるも、理性を全力で出しては考える。なんでそんな情熱的な行動をするのかを。

 

「本当なら唇同士のキスもしたいけれど、そういうのはお互い好きになってからよね」

「……僕は理由なく拘束してくる五十鈴を好きになれないけれど」

 

 好きという気持ち。五十鈴が言うのは恋愛的な意味だと思う。だとしたら、こういう一方的すぎる行為は嫌だ。

 そう不満な顔になっていると、五十鈴は両手で僕の首を強く絞めてくる。

 

「理由? そんなのあるに決まっているわ。私はね、昨日あなたと別れてから考えていたの。マシュウとずっと一緒に入れないなら、マシュウが私のことしか考えないようにすればいいって。そうすれば心配することはないと気づいたわ」

 

 呼吸ができず、抵抗もできないまま五十鈴の話を聞くしかできることはない。

 五十鈴の言葉を黙ったまま聞き、その言葉が終わっても僕の首から手が離れることはない。

 段々と呼吸できない苦しさから、意識がどこか遠くに行きそうになった瞬間に開放され、荒い息で僕は酸素を求めて呼吸する。

 

「それとマシュウを好きな理由も言うわ。それは私の手首にある傷を見ても気味悪がらないということ。他には今だって首を絞めたのに怒らないもの。そんなあなたに私はたくさん甘えたい。他の人にあなたの良さをわからせないぐらいに。……私を、五十鈴だけを見ていて欲しいのよ?」

 

 僕をまっすぐに見つめてくる五十鈴は目の光がないように見え、僕を見ていながら僕を見ていない。それは自分自身のことしか見えていないような。

 

「僕はね、怒るよりも悲しいよ。相談されるよりも先に、行動をしたことが。それは僕が信頼されていなかっ―――」

「違うわ! それは違うの! ……あなたがいなくなったことを1度考えてしまうともう嫌なことしか頭に浮かばなくて。私がいなくなってもマシュウには三日月がいる。もう私を見てくれないんじゃないかって思うの。だって、私への好意は三日月と変わらないんでしょう?」

 

 五十鈴の言うとおり、僕は五十鈴と同じぐらいに三日月を好きだ。でもそれは恋愛的意味合いではなく、友達のような。

 僕は五十鈴という個人を見るよりも先に、艦娘として彼女たちを見ている。

 艦娘。人のために戦い続ける義務を負ってしまった者。

 僕は昔に戦艦の艦娘と出会ったことにより、艦娘とはどういうものかを考えた。その結果としては救ってあげたいという、戦争中なのに国家より個人のことを大事に考えてしまっていた。

 

 いつ終わるともわからず、意思疎通ができない深海棲艦相手にどちらかが死に絶えるまで戦い続けるというのはひどく辛いものだ。

 希望の光は見えず、戦うほどに暗くなって精神に異常をきたす。

 この泊地は提督が艦娘を大事に扱っているために自傷は少ないほうだ。だけれど、少ないというだけで暗く鬱々とした考えになってしまっているのもいる。

 

 あの明るい加古でさえも死にたいと思う時期があった。偶然、僕と話をしてからは軍人でない僕と話をするというのが生きる楽しみになってくれたのは嬉しいことだ。

 だから、日々に希望を抱けない艦娘を救ってあげたいと僕は思ってしまっている。

 誰かがこのことを聞いたら、あきれるか笑われてしまうと思う。医者でもなんでもない人間がどうして艦娘を救えるのだろうかと。

 

「その顔を見たら返事がなくてもわかるわ。私を今よりも好きに、愛してくれないって。……だから、子作りしましょう?」

 

 僕から目をそらし、恥ずかしそうに言う五十鈴に僕の意識は一瞬飛んでしまう。

 どうしてそうなったのだろう。五十鈴を受け入れた僕に、自分を見続けて欲しいという話が。

 

「子供ができれば、妻は大事にされるって本で読んだわ。私が妊娠すれば、あなたは私を見続けてくれる。きっと私を愛してくれる。今より私をもっと大事にしてくれる。……そうでしょう?」

 

 ちらちらと僕へと視線を向けながら言ってくる五十鈴に、僕はただただ恐ろしいということしか思い浮かばない。

 五十鈴が思う大事にされると言った意味は、本で知ったのとは明らかに違う意味だ。妊娠したから大切に、問題なく子供を産めるよう旦那が心配して配慮すること。

 でも五十鈴は違う。自分のお腹に子供がいれば、僕が五十鈴を見捨てないと思っている。子供はそういうものじゃないと僕は思う。

 

 昔、喫茶店であった艦娘の人を思い出す。あの艦娘は戦争を知らない子供を産みたいと言っていた。子供には幸せになって欲しいと思うのが親として考えるのが当然じゃないかと思う。

 親が子供に、自分ができなかったことをさせるとか、親のために何かしろというのは間違っている。

 

「愛した人の子供なら大事にする。でも今の五十鈴は自分のために子供を使いたいだけだ。それに僕と子供を作らなくても五十鈴を大事にする。それだとダメかな」

「ダメよ。私が出産して戦場に帰ったあとは、マシュウに子供を育ててもらわないとマシュウは私を忘れるわ。子供は親の言うことが普通でしょう?」

 

 ……今の五十鈴は子供を自分のために、僕を縛り付ける道具のひとつとしてしか考えていない。

 子供とは愛し合った2人の間にでき、幸せの象徴といえる存在だと僕は思う。それゆえに僕と五十鈴の間に子供を作るのはよくないと考える。

 僕は今までと同じ、変わらない関係を続けたいけど、ダメなんだろうか。

 

「五十鈴が戦場に行っても今までと変わらない、昨日のように楽しく過ごせる仲のいい友達関係を続けたいと僕は思っているんだけどね」

「本当かしら。そう思っているのなら、昨日はいなくなる私に対してもっと悲しんでくれてもいいのに。……私に飽きたの? 私なんかより三日月みたいに素直で小さくてかわいらしい子がいいの?」

「元々五十鈴が僕のところにやってきたのは疲れていたからだろう? 五十鈴が元気になったのなら、僕は嬉しい。喜んで悪いことはないと思うけど」

「…………本当? 私が元気になったから嬉しかったの? 私がいなくなって三日月とふたりきりになれるからじゃなく?」

「本当だよ。元気になっていく姿を見られるは嬉しい」

「マシュウがそこまで言うなら信じてあげてもいいけど。もし違ったら……」

 

 そう暗くなった目で僕の首へと軽く手を当ててくる。

 また同じことをされるのかと思うが、五十鈴は手をあてたまま、何もしてこない。

 

「仕事があるから五十鈴だけを見ていられないこともあると理解して欲しい。もし五十鈴だけを見て、と言われたら僕は仕事を失っていなくなるだろうから」

 

 本業は雑用。でもここ最近は提督から艦娘を預けられるようになった。五十鈴だけを見ていても、本来の仕事に支障がなければ無職にはならないと思う。

 真実とちょっとの嘘を混ぜたことに罪悪感が出るも、五十鈴が僕にしか興味がなくなってしまうのは五十鈴の成長にとって悪いことだ。

 僕は五十鈴が元気で、皆と仲良くしていく姿を見るのが好きだから。

 

「……ねぇ、私はマシュウを好きでいていいの? 愛していいの?」

「いいよ。ただ、僕は五十鈴を愛していない。愛して欲しければ、振り向かせてくれ」

「ありがとう、マシュウ。あなたに対してひどいことをしているのに、私のことを考えていてくれるのは嬉しいわ!」

 

 そう言うと五十鈴は僕の体に覆いかぶさってきて、僕の胸に頬ずりをしてくる。

 依然、拘束されたままの僕は何もすることができず、五十鈴に好きなようにされっぱなしだ。抵抗できない分、色々と五十鈴の感触が充分にわかってしまう。

 五十鈴の大きく柔らかな胸、紅潮した頬の温かい温度。服越しでもわかる、どこも柔らかくすべすべした肌。

 それらをずっと感じていると、次第に僕までもが興奮してきてしまいそうだ。

 時間があれば、五十鈴に墜とされてしまいそうと思っていたときに倉庫の閉まっているシャッターを殴る音が聞こえた。

 

 動きを止めた五十鈴と一緒にシャッターへ顔を向けると、誰かが開けようとしている音が。

 2度ほどやって開けられないのが分かると、今度は蹴破ろうとしているらしくシャッターには大きな音が響き渡る。

 その大きな音で五十鈴は素早く立ち上がって辺りを見回すと、僕が整備した8cm高角砲の砲身側を持ってシャッターの前へと歩いていく。

 4度目の音と共に人が入れるほどにシャッターがゆがみ、その隙間から1mちょっとある鉄パイプを片手に持った三日月が倉庫へと入ってきた。

 

 僕を助けに来てくれたのか、三日月はいつものように落ち着いている表情で五十鈴の正面に立ち、五十鈴越しに僕と目が合う。

 縛られている僕をじっと見たあと、高角砲を持っている五十鈴に対して残念そうにため息をついた。

 

「五十鈴さん、あなたには本当に失望しました」

「なによ、好きな人と一緒にいたいってだけでしょ。それに今はこうして縛っちゃっているけど、ついさっきマシュウとはこれからも仲良くやっていくって言ってくれたのよ!?」

「マシュウさんが呼んでいると私に嘘をつき、ホコリとサビの匂いで満ちている倉庫で縛っておいて何を言っているのですか。それは本当にマシュウさんの意思があるのでしょうか」

「あなただってマシュウと一緒にいたいくせに。こうやっていい子っぽく見せてマシュウからの評価を高めようだなんて」

 

 いらだちながら五十鈴は三日月へと近づくが、唐突に鉄パイプを捨てた三日月を見て足が止まる。

 三日月は五十鈴へと手を差し出しながら、1歩、また1歩とゆっくり前進してくる。

 

「な、なによ。何のつもり!?」

「五十鈴さん、私とあなたは仲良くできると思います」

「……どういう意味よ」

「私と五十鈴さんはマシュウさんを自分の物にしたいと思っています。そのためにはお互い、相手を倒さなければいけません」

「三日月もマシュウが欲しいのは当たり前よね。こんな素敵な人は他にいないもの。……それで何をいいたいわけ?」

「最大の敵は加古さんだと思いませんか? もしどちらかがマシュウさんのそばに入れても、ずっと入れるわけではありません。私たちがいないわずかな時間で加古さんに持っていかれるかもしれません」

 

 三日月は五十鈴の前までやってくると、真面目な表情で五十鈴を見上げる。

 

「協力しませんか? 私たち2人で争うよりも、2人でマシュウさんとずっと一緒にいるんです」

「協力……?」

「はい。2人でマシュウさんを狙っている人たちを阻止するんです。マシュウさんは他の艦娘たちから好意的に思われているため、将来的には加古さん以外に古鷹さんなど他の子たちが敵になるかもしれません」

 

 穏やかな三日月の言葉を聞いた五十鈴は僕へと振り返り、三日月も僕を見てくる。

 その2人の視線は獲物を狙うような、僕の背筋が冷たくなるものだった。これからどうされてしまうんだろうという不安が僕を襲ってくる。

 五十鈴は持っていた高角砲を棚へ戻したあと、三日月の差し出している手を握り、2人は笑顔を浮かべあう。

 

「協力するわ。あなたも一緒にマシュウのそばにいるというところには不満があるけれど、マシュウが他の女に取られたら元も子もないものね」

「ありがとうございます。こうして協力関係になったばかりで言いづらくはあるんですけど……五十鈴さんには文句があります」

「なにかしら」

「マシュウさんを拘束する機会があったのに、こんなもったいないやり方だなんて」

「もったいない?」

 

 五十鈴が首を傾げて不思議そうにし、僕も三日月の言いたいことがわからない。

 三日月は僕の前に来ると、手足を結んでいるナイロンの手錠を握ると、力任せに引きちぎった。

 

「ありがとう、三日月」

「いえ。……やっぱりナイロンはダメですね。金属製の手錠で拘束したほうが萌えると思います。逃げられないのに、無駄に手足を動かしてはガチャガチャと手錠の音が鳴るのを聞く。そのロマンが五十鈴さんには足りないと思います。マシュウさんもそう思いますよね!?」

 

 今までの落ち着いていた様子から、一気に興奮しては声を大きくして僕、そして五十鈴に顔を向けて言い始める三日月。

 僕を縛った五十鈴も三日月の言葉に困惑しているみたいだ。

 

「それに首輪もありませんし。あぁ、使うならもちろん人間用のですよ? 犬用は人の肌にいい素材ではないので、つけたら皮膚が痛んでしまいますから」

 

 僕は自由になった手足を伸ばして立ち上がり、どうすればいいかわからないまま三日月を見ながら、ぼぅっと困惑しながら立ちつくしている。

 三日月は僕の視線を受けると、慌てて僕の前へとやってきた。

 

「違います、私は拘束が好きなわけじゃありません。拘束は手段であり、目的ではありませんから。それに、もしマシュウさんを部屋で飼うなら、という想像と勉強をしていただけです。準備して置かないと、いざ機会が来たときに実行できなかったら一生後悔してしまいますから!」

 

 三日月が僕への好意は気づいていた。それがどういう愛情の種類かはわからなかったけど。……僕を監禁したいと言ってくれるほどに愛されているのなら、笑顔で喜べばいいのだろうか。

 どうすれば正解かわからない僕には戸惑うことしかできない。僕と一緒に三日月の言葉を聞いていた五十鈴は物凄く嫌そうな顔をしていた。

 

「……三日月はずいぶんと危ない考え方をするのね」

「五十鈴さんにそんなことを言われたくありません。マシュウさんの首に噛み痕を付けるだなんて。そんな危ない変態行為よりも私のほうが傷をつけなくて安全です!」

「へ、変態って。私はマシュウが誰の物かっていう印をつけたかっただけよ! 愛だから仕方ないのよ!!」

 

 五十鈴は三日月とにらみ合って言いあう2人。どちらにしても僕が被害に合うのは確定なわけか。

 女の子に愛されるというのは初めてだけど、これが普通なんだろうか。思えば恋愛話なんて同性とも異性とも滅多に話をしたことがない。

 

「愛ですか。それなら、私はマシュウさんと一緒に寝ましたよ。私の部屋で、夜から朝までを」

 

 にんまりと自慢げに笑みを浮かべる三日月に、五十鈴は勢いよく僕を見てきては驚きで目が見開いていた。

 その目は本当かどうか、僕に問う視線だったので五十鈴に嫌われたくない僕は正直に言う。

 

「三日月が寂しいって言うから添い寝をしただけだよ」

「なんだ、驚かせないでちょうだい。そもそも私は深く愛を受け入れてもらったことがあるのよ?」

「マシュウさん、それは本当ですか?」

 

 僕自身、心当たりがないのに三日月に責められる目で見られるのが辛い。

 仕事は特にそういうことはなかったし、訓練に行くとき見送ったことかな。見送りされるというのは、愛されているからと言えるかもしれない。

 

「しっかりと私の愛をひとつずつ入れていった手作りクッキーを食べてもらったのよ。それも全部」

「クッキーを食べてもらっただけで愛というのは―――ひとつずつ愛を入れていった?」

「そうよ。私の成分をマシュウに取り込んでもらったの。髪の毛をちょっぴり入れたけど、あれは見た目が悪かったから今になって後悔しているわ。でも私の液体化した愛を―――」

「待て、待ってくれ五十鈴。それ以上は聞きたくない」

 

 五十鈴が訓練をしていて、それを僕が見ていたときに五十鈴手作りのクッキーを食べた覚えがある。あれか、あの時か。それにあのあとは好きだとも言われていた。愛を受け入れたとも取れるのかもしれない。

 

 だけれど、液体化した愛を口にしてしまった僕の顔が自然とまずいものを食べてしまったような表情になるのは仕方がないと思う。

 五十鈴の多くを受け入れてきた僕だけど、ここまでは受け入れたくない。受け入れてしまうと、もっと過激になってしまいそうだ。

 

「親愛としてならいいけど、五十鈴、僕は物理的愛より精神的愛が多いほうを好きなんだ。そういう物よりも言葉や一緒にいる時間のほうがいい」

「マシュウがそういうなら、これからは時々やるだけにするわ」

 

 問題はあまり解決していないことについて乾いた笑い声を出していると今度は三日月が五十鈴に僕と一緒に何をしたかの自慢を始めていく。

 2人の自慢しあう話を聞きながら僕は2人のそばを通り、三日月がゆがめたシャッターの前へ行く。

 

 ゆがんだシャッターは手で押したぐらいでは直らなさそうで、壊してしまったことは僕の不手際になってしまいそうだ。

 ……怒られるのがわかっているから、報告するのは気が重いがこれも仕事だ。一時的に三日月の上司である僕が責任を取る必要があるから。

 

 シャッターが壊れたのは悲しいけど、それよりも五十鈴と三日月の2人が仲良く話し合っているのは素敵なことだ。

 お互いに変な遠慮をせずに好きなことを言い合える関係というのは中々得ることができるものではない。

 話の内容が僕のことばかりというのは、恥ずかしく思えるけど。僕の情報が次々に2人の間で交換されている。

 

「五十鈴、三日月。話はそこまでにして提督のところへ行こうか。五十鈴は本来の仕事をさぼったこと、僕と三日月はシャッターについて」

 

 僕の言葉により、楽しく話をしていた2人の会話はピタリと止まり、慌てて僕のそばへやってくる。

 その申し訳なさそうな顔を見ていると、僕は同時に2人の頭をわしゃわしゃと撫でていく。すると五十鈴はひまわりのような明るい笑顔を浮かべ、三日月は穏やかな風を思い浮べるような小さな微笑みを浮かべている。

 少しばかり他の人よりも愛が深く、捨てられないかと臆病になっている2人。

 

 そんな2人を僕は守ってあげたい、そばにいてあげて不安な時は励ましてあげたい。そして一緒に安心できる日々を過ごしていきたい。

 時には監禁や拘束、よくわからない物を食べさせられるだろう。僕の前で自殺や自殺未遂、または僕へと怪我をさせられることも。

 よく考えれば、五十鈴と三日月は実に面倒な存在だ。だけれど、それが僕にとってはそれほど悪くない。

 

 それは僕が必要とされていると思えるからだ。過去、悲しい目にあった彼女たちの心の拠り所となり、救えることができるのならば僕は嬉しい。

 そんな彼女たちと僕は穏やかに同じ時間を過ごしていきたい。

 周囲から見れば、精神が不安定な彼女たちと距離を取ったほうがいいと言われるかもしれない。

 もしそう言われたのなら、僕はそれを否定できない。実際に僕も今まで2人と一緒にいてそう思うことがある。

 

 今日だって僕がいないとダメと言っていた五十鈴が、僕の意思を考えずに拘束をしてきた。三日月も五十鈴と似たような部分がある。

 そんな2人から、いつの日か無理心中をされる可能性は高いと思う。僕が恋人に、五十鈴か三日月かどちらを選ぶなんてことはできないから。

 なら2人と同時に付き合えばいいじゃないかという考えもした。でもそれはたとえ2人一緒に付き合ったとしても、時間やふれあう密度は平等にはできない。

 

 今のような友達以上恋人未満の関係ではなくなると、彼女たちは僕に依存しすぎてしまう。すでに今の状態でも依存をしているだろうけど、さらに進んでしまうのはよくない。

 もっと深く僕を頼るようになると、他の人たちとの協調性や僕に何かあったときに大きな問題となるだろう。

 だから、2人からの好きという感情をはぐらかしつつやっていきたい。……無責任な考えだと思う。それは僕が2人にとっていいと思うことを押し付けようとしているから。

 

 僕は五十鈴と三日月を見捨てることができず、かといって抱えている問題を解決することはできない。

 そんな情けない僕ができるのは現状維持。このままではずっと穏やかには生きていけず、どちらかと仲を深められないためにいつかは関係が破綻するとわかっていても。

 僕は選ぶ。選択肢がない状況でも、2人と一緒に同じ時間を過ごしていきたいと。

 それはまるで生きているけど、生きていない。暗い関係性が続くとわかりながらも、穏やかに死んでいくということを。




終わり。

アンケートで好きなヤンデレが依存系という、圧倒的投票数でした。頼られるっていいですよね。
そして誤字報告をしてくれた方たちに感謝を。
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