#階機団ボヰロ
◼️冒頭ノ語リ
此より語りますは遠き世界の怪奇譚。
此処とは違う異なる理、機械油と蒸気の支配する世界の物語。
何処かひどく懐かしき、あり得た世界を駆け抜けて
それでも鮮やかに綺羅めき続ける、ボヰスロイド達の物語で御座います。
絢爛豪華たる帝京造りの街並みに、見知った面影を持つ道すがら。
此処は西暦は2019年、元号にして『
人々は古くより傳わる陰陽の術を科学に組込み、西洋渡来の蒸気物理学と併せることで新たな文明を切り開くことに成功を納めていた。
地脈の数学的制御を行い、その嘶きたる大地震を予防し、恩恵たる効率的な農業の改革を成した
その結果、日の本は大地震の災害も大戦の戦禍も知ることなく世界最大の科学大国と成り得たのである。
そして分岐点たる大正から時は経ち、
…………
……
…
『バルブ接続完了』
『陰性地熱伝導管感度、予定値よりマイナス零点玖℃下方修正……伝達に問題なし』
『充填式階差機関群並列化開始』
『トリコロールアーク、放電開始』
『第参型地殻炉大蒸気基地──東亜天樹閣、起動します』
『……!? 充填バルブ温度、急激に低下!』
『一気に昇ってきたのか!?』
『退避、退避ィ───』
ォォォオオオオオォォオオ……!!
…
……
…………
路面汽車が停まったのは、数百
見渡す限りの人だかりに冷や汗を垂らしながら、少女は息を呑んだ。
「……え、えと……待ち合わせ、ど、ど、どこ?」
慌てて懐から地図を取り出そうとするも、自動扉が開いて間髪入れずに動き出した人の波。
少女は為すすべもなく押し流されていく。
「あちょっ……待っ……ゆ、ゆ、ゆかりしゃぁあ~ん……!」
時を同じくして、停留所から少し歩いたところ
人で賑わう商店街の一角で、更なる人だかりが出来ていた。
賑わいの中心には、それと気付かず懐中時計に目を釘つけにした軍服を模した奇抜な格好をした少女が一人。
「ねぇ、ねぇ、あの男装の麗人……」
「きっとそうよ!」
「キネマ館ニコ座の花形役者、結月ゆかりだわ!」
通常、人は自分の名を呼ばれれば気付くもの──所謂カクテルパァティ効果というものがある。
然してこの麗人、自分のことを呼ばれていようが黄色い歓声を上げられようが一向に気付く気配がない。
其れ処か徹底して無視している様子でさえある。
周りもそれで一向に構わずキャメラを掲げて本人の許可なく撮影しているのであるが……
「……かり……しゃぁあぁ……ん……」
しかしその黄色い歓声のなかにその声を聞いたとき、結月ゆかりの手は懐中時計を懐に仕舞った。
ばさりと外套をはためかせ、行く先を埋める野次馬の一人にひと言。
「すいません、連れを待たせているので」
完全な営業スマヒルとはこの事か、と言わんばかりの完璧な笑顔に撃ち抜かれ
所詮いちミーハーに過ぎない、野次馬は熱に浮かされたように(或いは聖人の滝割りの如く)一斉にその先の道を譲り開けた。
その先にはヨタヨタと歩く先の少女。
ゆかりに気付いたのか、その顔を見るや眼鏡の奥に涙を溜めて駆け寄った。
「あっ……ゆ、ゆかりしゃぁあん」
「よしよし、人が多いのに大変だったね……」
少女を抱擁するゆかりの笑顔たるや、慈母の如き慈愛に満ちており
先の笑顔とはまた違う魅力に野次馬は困惑する。
「だ、誰だあの少女は……!」
「ゆかりさんとあんなに抱き合って……うらやま、けしからん!」
「ま、待てあの紅い髪を見たまえ!」
「マスクと眼鏡で隠してるけど、あのこもしかして……」
集まる視線と好奇の目に、少女はびくりと身を縮こませる。
そも人の多い空間が苦手なのだろう、青い顔をした彼女にゆかりが耳打ちする。
「茜ちゃん、大衆はジャガイモだよ……じゃがいも。」
「うぅ……じゃがいも、じゃがいも……オイシソウ……」
何やら催眠めいた呟きを繰り返しながら俯いた、少女は突然にして眼鏡を外す。
揺れていた視線はきりりと正面を向き、そして……そして…………
「ひ……人違いですっ!!」
瞬く間にゆかりのてを引き、人を掻き分け逃げ去った。
「……行っちゃった」
「そうだよねぇ、まさかあの子が琴葉茜なわけないもんねぇ」
置いていかれた大衆は、再び各々街へと繰り出していく。
今日は祭りだ、こんな事もあろうさと。
…………
……
『ポカリ好きかい?ポカリ飲むかい?
青春はぁ爆発や!』
陽気な管楽が繁く、少女と同じ関西弁のイントネエションの声とともに看板に併設されたレコオドの拡声器から流れている。
看板に写るきらびやかなせぇらぁ服の少女の顔。
それは奇しくもゆかりの手を引き、眼鏡をかけ直した少女のこの世の終わりのようなそれと同じものだった。
「うぅ、うちは何でこんなことしとるんやろ……声の仕事や言うてたんに写真とられて
みんなみんなあっちのうちを期待しよるし……タイムベントが欲しい、いっそイマジンと契約して過去のうちを消して欲しい……」
頭が回転しすぎて知らないはずの世界の事まで口走る始末である。
そう、彼女は紛れもなく看板に描かれた少女であり、ゆかりと同様帝都東京の広告機関『キネマ館ニコ座』の活動写真に出演する声優であり俳優なのである。
活動写真のみならず、なにやら色々とさせられているようではあるが。
引きずられながら、ゆかりは呟いた。
「私は好きだけどな、今の茜ちゃんもあっちの茜ちゃんも」
「ゆかりしゃん!?」
今度はゆかりが茜の手を引いて、立ち止まらせる。
「それに茜ちゃんは明るくならないと『色々呼び寄せちゃう』でしょう?
『周りから見た茜ちゃん』のおかげで、身の回りもずいぶんスッキリしたんだし……」
「う、うぅ……それは、その……」
ゆかりの言葉に茜が逡巡する。
そうしてる間に、塔の方角から花火の軽快な炸裂音がこだました。
『お集まりし大日本帝都紳士淑女の皆々様、長らくお待たせいたしました!
これより、東亜天樹閣完成記念式典を開催致しまぁす!!』
町中に張り巡らされた蒸気導力パイプと併設する伝声管の拡声器からの声とともに
看板のレコードを打ち消す勢いで、パレヱドの管楽が鳴り響いた。
舞い飛ぶ紙吹雪に、蒸気のけたたましい産声を上げながら内部蒸気発生機関を駆動させる鉄塔──大阪・浅草十二階、大帝都タワアに続く、
「さ、いこ?茜ちゃん!」
「あ、うん……ま、待って」
公私の境を持つも、この場にいるのは只の少女であるならば楽しみたいと思うのは当然のこと。
ゆかりと茜は手を取り合って、パレヱドを見に駆け出した。
カタリ。
その足元のマンホオルが、不気味に揺れた事に誰一人とて気づく事はない……
さてさて紳士淑女の皆様方、今宵お付き合い頂きまするは
外燃機関の支配する、あり得た世界の珍道中
絢爛華美なる墨田は東亜天樹閣、新時代の到来を喜ぶ大衆御前のお祝いに
異変を察知し駆けつけるは金髪乙女と妹の方!
突如として吹き出す魑魅魍魎悪鬼羅刹
墨田地区は一転として、奈落の戦場へと堕するのであります!!
果たして墨田は帝都の運命や如何に!!
次回:蒸気の塔(後編)
秘書は言った
燃えてますよ、あなたの帝都。