東方道行録   作:モッティ

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見切り発車なので細かい齟齬が出るかもしれません。
修復可能なものは直しますが、無理そうだったら仕様とします。


父と娘と始まりの記憶

日の光が燦々と照らす神社の境内。

暖かい風が少女の髪を靡かせた。

彼女は隠しきれない期待の心を冷静に保とうと箒に力を入れている。表情をきりりと引き締めてはいるが、子供らしさが残るあどけない顔が相まってその可愛らしさを引き立てている。

彼女は待ち人を待っているのだ。

 

 

彼女にとっては何時間にも思える時間が過ぎて、その待ち人は現れた。

少女の独特と言える巫女姿とは違い、彼の格好は至ってシンプルで、しかしこの幻想郷ではあまり馴染みのないものだった。アーミーコートにジーンズの格好は言ってしまえば威圧的で、それは彼の相貌も手伝ってとても人間とは思えないオーラを漂わせている。幻想郷の外に出て出歩けば明らかに筋者だと思われるだろう。

彼は辺りを見回し、その視線の終着地点に少女の顔を合わせた。

 

「相も変わらず寂れた神社だ。何でこうも人の気配がないんだ。どうせまた妖怪ばかり上げているんだろう」

「……お帰り、お父さん」

 

父と呼ばれた男は、ふん、と鼻を鳴らし、ズンズンと少女の方へと歩いていき、手を少女の頭の上に乗せた。ガシガシと男らしい豪快さで頭を撫でるも、意外にも少女は嫌そうな素振りを見せない。むしろ照れ臭そうにそれを受け入れていた。

 

「また大きくなったな」

「前に来たのはいつだと思ってるの? 『男子三日会わざれば刮目して見よ』って言うじゃない」

「これは困った、少し見ん間に娘が息子になっているとは」

 

そう言って二人は笑いながら玄関を潜り、奥へと上がっていく。奥へ進む度にすんすんと男が何か言いたげに鼻を嗅ぐも、少女はそれを意図的に無視し、座敷に誘導した。座布団とお茶を用意した少女は少女らしくないババ臭い掛け声とともに着座し、男は眉を顰めた。

 

「前に来た時はそんな『あ"あ"ーよっこらしょ』なんて言わなかったろ。それにこの酷い臭いはなんだ? 妖怪臭さが染み付いたら落とすのにどれだけ苦労するか分かってるのか?」

「久しぶりに会ったのにのっけから駄目出し? ちょっとは娘の成長を褒めようとか思わない訳?」

「褒めようにも良い点が悪い点に押し潰されてるからな。褒めて欲しければそれ相応の行動をしろ」

「だってあいつら勝手に来るんだもの。それによっこいしょってのはお父さんのが移ったんだからね」

 

ズズズと同じタイミングで茶を飲んだ二人は、同じタイミングで飲み干し、これまだ同じタイミングで湯呑茶碗を置いた。息の合った親子は、しかし価値観まで合っている訳ではない。父は妖怪が嫌いだが娘はそこら辺は無頓着で、自らに迷惑をかけないのならば何をしても構わないと考えている。

要はどちらも妖怪が好きというわけではないのだ。

 

「ねえ、お父さん」

「ん?」

 

少女は、そこでふとした拍子に浮かんだ疑問をぶつけてみることにした。

 

「何でお父さんは妖怪が嫌いなの?」

「………」

「お父さん?」

 

少女の疑問に男は答えない。常に真っ直ぐ相手を見つめる筈の男が今ばかりは俯いて、何故か肩を震わせている。

––何か良からぬ琴線に触れたのか?

少女はこの時ばかりは気が気でなく、必死に男の顔色を伺った。そしてじきに男がただ単に笑いを堪えているのだと気付いた。

男は暫くそうして笑いを堪え、顔を上げた時には目に涙を浮かべていた。

 

「……クク、いや、すまん。まさか今になって聞かれるとは思ってもみなかった。呆れた無関心に、我が子ながら笑ってしまった」

「だからって涙が出るほど笑わなくたっていいじゃない……」

「いや、そう言う質問はもっと小さい頃にされるものだとばかり思っていたのに、俺の予想を裏切って中々興味を向けなかったお前も悪いだろう。仮にも父親なんだぞ俺は。なんで今になって、『あ、そういえば』みたいな感じで聞くんだ。ビックリしたぞ。笑ったのはそのついでだ」

 

ふん、と続けて鼻を鳴らした男は、何か決心したように息を吐いた後、『まあ』と呟いた。

 

「いずれ明かさなきゃならなかったことだ。折角の機会に、教えてやるとしよう。少し長くなるかも知らんが」

 

男は少女の目を真っ直ぐ見て、その内容を語り始めた。

 

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

 

人生とは分からないものだと俺は思う。

死んでも己の生きた意味を見出せなかった俺は、ついに新たな生を授かり、この密林に生まれ出でた。

真っ黒のキャンバスに、輝く色取り取りのペンキをぶちまけたような夜空。

肌に接した岩肌が己の体温でじんわりと暖かくなるにつれ、俺は、自分が確かに生きていることを実感した。

 

死んだら皆こうなるのかーーこの場所のようなジャングルに限らず、様々な場所、時代に生まれ変わるのか。

降って湧いた疑問が頭に溢れかえるがともかく、俺は第二の生の始まりの三日間をこの大岩の上で過ごした。

 

 

 

俺が思うに、ここは前世で言う白亜紀やジュラ紀などの恐竜の支配していた時代のようだ。そこら辺で爬虫類が闊歩しているし、何なら俺より大きいサイズの昆虫までいた。

本当に分からないものだ。

まさか昆虫がこれほどまで美味だとは。

 

焚火に焼かれた昆虫どもを見つめながら、俺は生まれ出でて一ヶ月間の状況整理を始めた。

 

まず、ここは恐らく紀元前の中生代。周辺に住んでいる生物を眺めて何と無く想像はつく。どいつもこいつも理科の教科書で見覚えのある恐竜ばかりだ。死ぬ前の主流な説では羽毛が生えているものが多かったと記憶しているが、普通に爬虫類らしいトカゲ肌だ。何だか懐かしい。基本的には彼奴らを狩るか、そうでない時は昆虫を狩って日々の糧としている。

 

どうも俺は某格闘漫画の古代人のような力を持っているらしく、単純な殴打を何十回も繰り返すことでどんな奴でも仕留めることができた。また、この体は大分頑丈なようで、恐竜どもに叩きつけられたり、噛まれたり、踏まれたりしてもかすり傷程度で済む。雨曝しで寝ていても風邪を引くことはないし、生肉でも土に塗れたものでも関係無く食べることができ、病気も一切無い。

まあそういうこともあるだろうなと思う。生まれ変わるなんて経験をすればもう大抵のことは驚かない。

 

次に俺以外の知的生命体についてだが、まずありえないとの結論に至った。

何もないんだ、ここ。

本当に何もない。

あるのは見渡す限りの密林、木に登って見ても密林、小高い丘から見下ろしても密林……。

もし神がいて、俺をここに運んでくれたのだとしたら、相当な邪神だろうなと思う。

もしそうなら今も俺が右往左往する姿を見て愉悦を感じているのだろう。

エフとユーとシーとケーの綴りからなる罵り言葉を延々と叫びたい気分だった。

 

 

 

まあそんな所だ。

並の人間なら絶望に打ちひしがれるところではあるが、生憎と今の俺は悟りを開いた仏陀の如く揺るがない精神構造をしている。

もう何が来ても驚かないし、何も来なくても納得できる。

 

だがまあ、なんだ。

死ぬまでずっとここにいる、という現実を前にして何もしない程、俺は無気力では無いということな訳で。ずっと一人だと狂いそうになるかもしれないので。

 

 

冒険、始めようと思います。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

なんやかんやで三ヶ月後。

空まで続く摩天楼を、山脈の頂上から見下ろしている私の姿は生気に満ち溢れていた。

三ヶ月もひたすらに突き進んで知的生命体の知の字すら見つからない状況で、漸く文明の痕跡が、しかも超文明の匂いをプンプン匂わせた建造物を前にすれば、それはもう餌を前に待てを喰らわされた犬の如く鼻息を荒くするのは必然であった。

 

頂上から飛び降り、断崖に蹴りを入れ、まるでスーパーボールが飛び跳ねるかのような挙動で一気に都市へ進む。

蹴った岩の残骸が俺の後を追い、麓へ着く頃には大岩雪崩となって平地へと押し寄せ、文字通り大地を震わせながら俺は都市の入り口に到着した。

 

「ーーじゃ、そこで大人しくしていろよ?」

 

そして身柄を拘束され、俺は豚箱に直行した。

 

 

 

少し考えれば分かることである。

 

ある日大規模な土砂災害が発生し。

よく見ればその先頭に一人の超人が地響きを立ててこちらに向かっているのが確認でき。

そいつが都市に大量に破片をばら撒きながら城門へと躍り出て来たとなれば。

 

取り押さえる。

身動きを取れなくする。

収監する。

 

誰だってそうする。俺だってそうする。

 

でも弁解させて欲しい。

俺からしたら転生人生で初めての遭遇なんだもの。第一村人発見だったもの。

テンション上がっちゃうじゃん。

仕方ないじゃん。

ちい、わるくないもん。

 

まあでもそんな理屈は都市の兵士には通用しない。

朝から晩まで尋問が絶えず、面倒な日々を送っている。

まあ俺からしたら同じ人間と会話できるというだけでーー何故か彼らの言語が理解できて話せたのが不思議だったがーー心ウキウキワクワクだった訳だが。

兵士達にはさぞ不気味に映っていることだろう。

 

「一体全体どうなってるんだお前の体は! ええ!?

俺の自慢の刀剣コレクションが片っ端からスクラップだ!

弁償しろよテメェ! このーーああ!! イッテェなクソが!」

「よせよ、みっともなく大声出すんじゃねえ。殴ったって拳が痛くなるだけだってのは初日で学習済みだろ?

大体、初めのペンチで我慢しときゃ良かったのに、包丁やら刀やら何やら持ち出して来たのはお前の勝手だろうが」

「うっせえ!! こうでもしなきゃ収まりつかねえよ!

クソ! 何なんだテメェは! ムカつくんだよその薄ら寒いニヤケ面が!」

 

尤も、兵士達にとっては顔よりも体の頑丈さの方が不思議であるらしかった。

 

これで4日目か。

もう何やったって無駄なんだから、諦めて対話してくれると有難いんだが……

 

「––あら?コレ(・・)が例の野蛮人なんですか?」

 

おっと、コレはまた変な被り物の兵士だ。

ヘルメットと腰に下げた刀剣は分かる。だがブレザーのような制服は分からん。そして特に分からんのは、ヘルメットの穴から飛び出たうさ耳だ。

何かメルヘンチック要素が急に出て来たが、ここの兵士にとってはそれが普通であるようで、彼らは問題なく受け答えをする。

 

「ああ。体のどの部位にどんな武器を用いてもかすり傷一つ負わない。異能を持っているのは間違いないな。

お前はこいつを引き取りに来たんだろう? ––様に献上するとか何とかで」

 

耳障りな音が一瞬俺の耳を擽る。

何だ今の、急に言語野にノイズが走った。

 

「ええ、話をしたら––様も興味津々で、是非会ってみたいと仰っていたので」

「フン! 俺は反対だな。––様にもしものことがあれば……」

「この身動きの取れない状況でか?フェムトファイバーに封魔の術を 重ねがけして自由に動ける奴を俺は見たことがない。

安全さ、何よりこいつが縛りを突破したとしても、あの方には手も足も出ない」

 

それもそうだと二人が笑う。

話の流れからして変な音は何者かの名前のようだが、彼奴等の言いようではどうやらその都市のお偉方の元へと出頭させられるようだな。

うん、新しい出会いというのは良いものだ。

 

 

救急車の担架のようなもので全身を縛られながら運ばれていく。

廊下のやけに中華と日本チックな様相に好奇心旺盛になっている俺は、突き当たりの大扉の出現に映画のワンシーンのような圧倒感を感じ、扉が開く瞬間を瞬きもせず注視していた。

 

 

 

扉の向こうに見える影。

書類を片手にもう片方の手をポケットにしまい込み、物憂げな表情でもってこちらを振り返る。

白銀の髪色。

潤いのある唇。

煽情的な頸。

 

未来の俺の妻にして、その後の俺の不倶戴天の敵。

 

奴はーー。

 

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

 

「ーー八意永琳、か」

 

誰も居なくなった縁側に一人腰掛け、夜空を見上げる男。

あの輝く丸い月にこの男も居て、彼女も居たのだ。

不思議なことに、普段なら胃がムカムカしてくるために滅多に月を見ない男は、そんな月を見ても今日だけは平然と在ることができた。

 

「結局仏様のような精神なんて持ち合わせちゃいなかったが、今夜ばかりは感傷に浸れるってか」

 

物事の終わりに立ち会った時、人はその始まりを振り返ると言う。

もう直ぐ終わるから、出会ったときのことも冷静に振り返ることができるのだと男は思っていた。

 

(奴のことを話すのは、明日になりそうだな)

 

今は寝室で寝ているであろう娘を思う。

途中で恐竜の話題に興味を持つものだから、話が脱線して彼女のことに触れることは無かった。

 

 

男は思う。

(八意永琳)は極めて憎らしく感じているが、同時に少しの恩も感じていると。

何故ならば、彼女がいなければ、少なくとも、霊夢に出会い、その育ての親となることはできなかったであろうから。

 

(霊夢は奴のことをどう思っているのだろうな。あいつのことだから、どうでも良いと思っているのかもしれないが)

 

もし好ましく思っているのだとしても、やはり話すだろうと男は思う。

どの道、ことを起こせば知れ渡ることだ。スキマ妖怪(八雲紫)も感知している事ではあるのだから。

 

 

 

何にせよ、今宵やることはただ一つ。

男は瓢箪を口に運び、極上の酒を鱈腹喰らう。

 

「月見酒など、滅多に味わえるものでもないしな」

 

 

 

 

 

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