どうでも良いけど三人称視点は苦手です。ご了承下さい。
それでは今回も、のんびりしていってね!
食堂邂逅
カレンダーが
しかし、この男――上杉風太郎にとっては、学年が上がろうが何だろうが、そんなものは一切関係なかった。彼の懸念はただ一つ、勉強のみ。
彼は勉強の出来が良ければそれで良いのだ。それが良いのだ。それ以外に必要なものなどないのだ。
上杉風太郎は、まさに勉強至上主義者だった。
実際、彼は常に成績学年トップを走り続ける優等生だ。テストの点はいつも満点。彼にとってそれは当たり前のことだった。
そんな彼を、同学年の生徒達のように「天才」の一言で片付けるのは簡単だ。しかし、彼の実績は常に彼自身の努力によって勝ち取られたものである。満点に至るまで、膨大な労力と時間を勉強に費やし
だが、それとは別に、かのアルベルト・アインシュタインの言葉にこんなものがある。「天才とは努力する凡才のことである」と。なるほど、確かにこの言葉通りなら、上杉風太郎は天才と言えるだろう。
そして、その彼はというと、教室から一番近いトイレの個室に閉じ
つい先刻、三時限目の授業が終了するとほぼ同時に、彼の妹である上杉らいはから連絡が入ったのである。『お兄ちゃんまだ授業中? 空いた時間にTELください』との事。これを確認した風太郎は、すぐさまトイレへと直行したのだった。
学校にいる時、らいはからの連絡は滅多にない。何か重要な連絡でもあるのだろうか。
そんな事を考えながら、風太郎は携帯電話を耳に当てた。
『お兄ちゃん!! お父さんから聞いた!?』
突如、らいはの大声が風太郎の右耳をつんざいた。
「ど……どうした、らいは。落ち着いて話してくれ」
耳鳴りしつつも、風太郎は何とか興奮状態の妹をなだめる。
『あ、ごめんね』
声量を落とし恥ずかし気に謝罪するらいはだが、まだ少し声が弾んでいる。
どうやら、今から伝えられるのは悲報ではなく吉報のようだ。風太郎は電話を反対の耳に再度当てて、今回の要件を尋ねた。
『あのね、うちの借金なくなるかも知れないよ』
「は?」
妹の口から告げられた言葉に、心の声がそのまま漏れた。
それを気に留めず、妹は事の経緯を話し始めた。
『お父さんが良いバイト見つけたんだ。最近引っ越してきたお金持ちのお家なんだけど、娘さんの家庭教師を探してるらしいんだ』
そこまで聞いて、風太郎は察しがついた。なるほど、その家庭教師とやらを俺にやれと?
『アットホームで楽しい職場! 相場の五倍のお給料が貰えるって!』
なんだその胡散臭いキャッチコピー。
「裏の仕事の臭いしかしないんだけど」
冗談半分、本音半分の風太郎の発言に、
『人の腎臓って片方無くなっても大丈夫らしいよ』
割と笑えないジョークを返すらいは。確かに、腎臓は片方無くてももう片方が正常なら日常生活に支障は出ない。流石、俺の妹。博識だな。
青ざめた顔で沈黙する風太郎に、らいはの笑い声が届く。
『嘘だよ嘘。でも、成績悪くて困ってるって言ってたよ。私、お兄ちゃんなら何とか出来るって信じてる!』
まるで、自分が家庭教師をやる前提で進む話に、ストップを掛けようとした風太郎だが、らいはの言葉で口をつぐんだ。
『これで、お腹いっぱい食べられるようになるね!』
そんな妹のセリフに感化されたのか、風太郎の腹の虫が大きく鳴いたのだった。
「焼き肉定食。焼き肉抜きで」
昼休みになり、風太郎は食堂へと
さっきの休み時間は、結局バイトの拒否も出来ず、あれ以上の話も聞けずで終わってしまった。……どうするべきなのだろうか。
風太郎は自身が持っているトレーに目を落とす。そこにあるのは、白米、味噌汁、お新香の三品。家庭教師をすれば、焼き肉定食焼き肉抜きではなく、堂々と焼き肉定食を食べる事も出来る……。
そして何より、らいはのあの言葉。
らいはには、家庭の事情とは言えいつも無理をさせてしまっている。本当はもっと欲しい物だって、食べたい物だってある筈だ。
どうすれば良いと、もう一度自分に問い掛ける風太郎だが、答えは出ているも同然だった。
――やってみるか、家庭教師。
そう決意した次の瞬間、風太郎の脳内では、即座に家庭教師をやるに当たっての今後についてシュミレーションが始まっていた。
そもそも誰の家庭教師をするんだ、人数は、現在の学力は、自分の勉強と並行して家庭教師の仕事が出来るか……。
考え事をしながらもいつもの席へと到着し、自分の持っているトレーを机に置いた瞬間だった。
ガシャン……?
風太郎の物とあともう一つ、計二つのトレーが、机に置かれた音が響いた。
風太郎が横を見ると、黒いセーラー服を着た女生徒が一人、風太郎と同じく、驚いたと言ったような表情で佇んでいた。肩甲骨辺りまで伸びた髪に、星型のヘアピンをした、
うちの制服じゃないな……誰だ……。風太郎は少しだけ少女について考えたが、すぐに興味を失い、まぁいっかと席を引いて――。
「あの!」
凛とした、透き通るような声がした。
少女の方に目をやると、しかめっ面をして真っ直ぐに風太郎を見つめていた。風太郎と目が合うと、少女は言った。
「私の方が先でした。隣の席が空いてるので移って下さい」
風太郎は厄介そうに少女に返す。
「ここは毎日、俺が座ってる席だ。あんたが移れ」
そんな風太郎の言葉に、少女は尚も表情を崩さず抗議する。
「関係ありません、早い者勝ちです」
……面倒臭ぇ! なんだこの女は!
内心で不満を爆発させながら、風太郎はこれ以上こいつに構ってる暇はないと、強引に席に座った。
「じゃあ、俺の方が早く座りました! はい俺の席!」
「ちょっ!?」
急に席を取られた事にか、風太郎の人間性についてか、少女は更に顔をしかめた。
なんだこいつ……。まあ、どうせすぐどっか行くだろ。風太郎は気にせず食事をしようとしたが。
何故か、少女が向かいの席に腰を下ろした。
「俺の席……」
「椅子は空いてました!」
それに、と、少女は付け加えた。
「午前中にこの高校を見て回ったせいで、足が限界なんです」
そう言う少女に対して、今一腑に落ちないといった様子の風太郎は、どう言い返そうか考えた。が、その思考はすぐに断ち切られた。
「上杉君、女子と飯食ってるぜ……」
「や、やべぇ」
食堂の喧騒に混じって、背後から風太郎達を
「あいつら……」
からかってくる連中に、風太郎は怒りと照れが入り混じった声を漏らす。そういえば、こいつはどうなんだ。向かいの少女が気になり、チラッと見てみる。
少女は目を潤わせて、まるで茹でダコのように紅潮した面持ちをしていた。
無理してんじゃねーよ……。仕方がない、風太郎は少女に言った。
「勝手にすれば?」
その言葉に、少女は胸を撫で下ろす。
全く、恥ずかしいなら隣いけば良いだろ。
風太郎はさっさと食事を済ましてしまおうと箸を持つ。向かいの少女もいただきますと昼食に箸を伸ばす。ここで、風太郎は気づく。
ニ百五十円のうどん、トッピングに百五十円の海老天がニつ、百円のいか天、かしわ天、さつまいも天、デザートに百八十円のプリン……。昼食に千円以上とか、セレブかよ。……まあ、俺には関係ないし。
風太郎はポケットに入れていた、前の時間に返却されたテストを机に広げた。こんな時は勉強だ。勉強は良い、余計な事を考えずに済むからな。それに、テストは返された直後の勉強が一番なのだ。
昼食を食べながら、テストの復習を始める風太郎。そんな彼に気づいた、向かいの少女が口を開く。
「行儀が悪いですよ」
「……何? "ながら見"してた二宮金次郎は称えられてるのに、俺は怒られるの?」
「状況が違います!」
さっきから何だ、事あるごとに口を挟みやがって。
向かいの少女に不満を抱く風太郎は、ここで何か思いついたのか、一瞬だけ意地の悪い顔をした。
「テストの復習してるんだ。ほっといてくれ」
「食事中に勉強なんて……よほど追い込まれてるんですね」
何故か嬉しそうな顔をする少女。そして次の瞬間。
「何点だったんですか?」
「あ、おい!」
机の上にあった風太郎のテストを、少女が引ったくった。
少女はニヤニヤと読み上げる。
「えぇー……上杉風太郎君ですか、得点は――」
少女はニヤケ顔から一気に
「百点……」
「あー!! めっちゃ恥ずかしい!!」
手で顔を覆って、風太郎が叫んだ。
それを見た少女は全て察して、頬を膨らませた。
「わざと見せましたね!?」
「なんの事だか」
風太郎はしたり顔ですっとぼける。しかし、少女はそれ以上の追求はせず、むしろばつが悪そうに言った。
「悔しいですが、勉強は得意ではないので羨ましいです」
それから、唐突にパンッと手を鳴らして少女が提案した。
「そうです! せっかく相席になったんです。勉強、教えてくださいよ」
ごちそうさま、そう言い残してこの場を去ろうとした矢先の提案だった。風太郎は考える。
いつもの俺ならば、こんな面倒な頼み事は断って、テストの復習でもして昼休みを潰すだろうが……。
風太郎の脳裏を、家庭教師の四文字が
今まで他人に勉強など教えた事のない俺に、いきなり家庭教師が務まるのだろうか。仕事、それも給料を貰うとなれば、相応の成果を出さねばなるまい。これは良い機会だ。こいつを仮想生徒にして、一度くらい"教える"という事を経験しておこう。
そう結論づけた風太郎は、咳払いをして、少女の要望に応じた。
「わかった。ただし、この時間だけだ。さっさと飯を済ませろ」
「えっ、自分から言っておいてアレですけど、良いんですか? てっきり断られるものかと……」
「何だ、教えて欲しくないのか?」
「いえ! ありがとうございます。少し待っていてください」
少女は急いで、でも美味しそうに、うどんとプリンを食べ切った。
それから予鈴がなるまで、風太郎は少女に勉強を教えた。予想以上に勉強が出来なかった少女に、悪戦苦闘しながらも何とか基礎だけは叩き込んだ。
「これを覚えておけば、さっきの応用問題も何とか解けるはずだ……」
「なるほど、助かりました! 上杉君、教えるの上手ですね」
そんな少女に呆れた視線を送る風太郎だったが、人に教えるのは問題がないとわかっただけ良しとしよう、そう思い直した。
「ほら、もう予鈴も鳴った。俺は教室に戻る。お前も早く行った方がいいぞ」
「それもそうですね。上杉君、今回はありがとうございました。また是非、勉強教えてくださいね!」
咲いたような笑顔を残して、少女は食堂を去って行った。
……この時間だけって言ったんだがな……。風太郎は溜め息を吐いて、自分の教室へと歩を進めたのだった。
はい、ということで最初は誰のルートでいくか、わかってしまいましたかね。前書きでも言った通り、普段は一人称しか書かないので三人称は苦手です。
話が全部書き終わってからまとめて出すか、一話一話終わる度に出すか悩んでますが、とりあえず一話だけ出しときました。
いっぱい食べる女の子って良いよね(唐突)。
それでは次回も、のんびりしていってね!