黒子のアメフト   作:ゆまる

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「六人目がいるって話だ」

ヒル魔が奴隷──もとい助っ人を集め、試合する人数が足りないという問題はクリア。

 

そしていよいよ今日は東京大会、セナたちの泥門デビルバッツの一回戦の相手は恋ヶ浜キューピッドだ。彼女持ちが入部の条件で、彼女を必ず試合に連れてくるというふざけたチームである。デビルバッツの助っ人メンツも嫉妬の炎をメラメラ燃え上がらせている。

 

 

「き、緊張してきた〜……」

 

「相手はどんなチームなんですか?」

 

「かなり弱小。キャプテンの初條ってのがそれなりに器用なとこ以外はウチと似たようなもんだ」

 

「こっちにはセナくんと黒子くんが入ってくれたからね!これは勝てるかもだよ!」

 

()()じゃねぇ勝つんだよ」

 

皆が防具をつけていくなか、セナは制服のままドリンクを出したりスパイクを渡したりと主務業をこなしているのを見て、黒子が首を傾げた。

 

「? 小早川くんは着替えないんですか?」

 

「ぁいや、僕は主務だし……あ!ほら、これ!ビデオ!撮らなきゃ!ね!」

 

ビデオカメラをぶんぶんと見せつけるセナ。どうやら黒子はセナがすでに選手をやる気になっていると思っていたらしく、少し気落ちする。

 

「そう、ですか」

 

「勝てそうなら出すこともねーよ。秘密兵器他チームに晒したくねーしな」

 

ヒル魔の言葉にセナも胸を撫で下ろした。

 

「負けそうになったら出す。容赦なく出す」

 

そして続いた言葉に肩をガクリと落とした。

 

「んで、ファッキン地味」

 

((ファッキン地味!?))

 

「テメーは……何が出来る?」

 

ヒル魔が黒子の顔を見据えながら聞く。しかしその表情には疑問というよりは期待の色が浮かんでいた。

 

「────消えることができます」

 

✳︎

 

「ぶっ こ ろす!!yeah!!」

 

「……すごいかけ声ですね」

 

モテない男子たちの殺意が篭った掛け声ととともに、いよいよ試合開始。

 

「えっと、最初は泥門の攻撃、ですか?」

 

「そ、アメフトは野球みたいに攻守が分かれてるんだ。まずはこっちが攻撃!」

 

両チームの選手たちがズラリと並び、睨み合う光景にセナはゴクリと息を飲む。

自分が言うのもなんだが、吹けば飛んでしまいそうな黒子で、対抗できるのだろうか、と心配そうに黒子を見つめた。

 

それは敵も同じようで、黒子の前に立ちマークについた敵選手が黒子を見て失笑する。

 

(うおっ、なんだこいつ影薄っ……!こりゃラクショーだなぁ)

 

✳︎

 

『消えることが出来る』と宣った黒子は続けてヒル魔にこう言った。

『パスもらえますか』。

 

「SET!HUT!」

 

誰も黒子の能力を知らない。

どう見てもパワーのある体格ではなく、眼を見張るようなスピードがあるわけでもない。全国トップの中学でレギュラーになれる要素はどこにもない。栗田ですら、レギュラーというのは本人の見栄ではないかと少し思ってしまっていた。

そんな中、ヒル魔だけは半ば確信していた。

 

中学の大会の情報をそこまで積極的に集めていたわけではないが、それでもほんの微かに聞いたことがある噂。ガタイも無ければ生まれついての才能もない。それでも、闘い方ひとつで天才たちへと追いついた、()()()の選手がいると。

 

ヒル魔は黒子が()()なのだと、何かを起こすのだと確信して、そこへボールを投げ込んだ。

 

「見ててねマリちゃーん!このチビぶっつぶ……へ?」

 

 

黒子をマークしていたキューピッドの選手の視界から、黒子の存在が消えた。

 

 

左を見て、右を見て、振り向いた時には、いつのまにか後ろにいた黒子がボールをキャッチしている瞬間だった。

 

「パス通ったー!!」

「20ヤード前進!」

 

他のキューピッドの選手が黒子を止めたが、マークしていた彼はいまだ目をパチクリとさせていた。

 

「何やってんだ!」

 

「か、影薄すぎて見失っちまった、悪い……」

 

確かに油断はしていた。それに彼女のほうをチラリと見もした。

それでも、普通あんな一瞬で人が消えるものなのか。

 

違和感を拭えないまま、彼はまた黒子の前へと向かうことになる。

 

✳︎

 

「もう一回パス、ください」

 

『もう一回黒子へのパスで行く』とヒル魔が発言する前に、黒子がヒル魔へそう言った。

何を隠そうヒル魔も今のパスキャッチ……というよりキャッチに至るまでの一連の流れを理解出来ずにいる。

傍から見れば黒子のマークはただ棒立ちしているだけだった。

アメフト経験ゼロのデビルバッツの助っ人ですらもっとマシな動きをするだろう。

あれは……困惑、の顔だろうか。

少なくとも、黒子がマークに対して何かをしたのは間違いない。

何かを起こすとは思っていたが、まさか何が起こったかわからないことになるとは思ってもいなかった、とヒル魔はその口の端を歪め、目を細める。

 

✳︎

 

「SET!HUT!」

 

(もう目ぇ逸らさねぇからな、この地味やろ───

 

────へ?な、んで……」

 

マークに入った彼は、またしてもその視界から黒子を見失うことになる。

 

「パス成功ー!!」

 

まさかと思い振り返ると、自分の後方でボールをキャッチし走り去る黒子の背中が見えた。

 

「なにやってんだぁ〜〜〜!!」

 

なんとか黒子を止めたものの、すでにキューピッド側のゴールラインはすぐそこ。

 

黒子のマークをしていた選手に顔が変形するほど怒鳴り散らしている初條を横目に、セナがなんとかルールを把握しようと考え込む。

 

(あ、守備側は相手がボールをキャッチするのを防がなきゃいけないのか。なのに、あの人は棒立ちだから怒られてるってことかな……)

 

キューピッドが思わずタイムアウトを取った。ベンチに戻ってきた黒子に栗田が目を白黒させながら問いかける。

 

「ど、どうなってるの?」

 

「──キセキの世代には……()()()がいるって話だ」

 

「へ?」

 

その問いに対し、ヒル魔がガムを咥えながら答えた。

 

「『キセキの世代ならざる者ながらキセキの世代に認められているが、誰もその姿を見たことがない・見たことを覚えていないと言う選手がいる』。ンな噂があった」

 

「それが黒子くん、ってこと……?」

 

「そんな風に呼ばれてたんですか。なんか幽霊みたいですね」

 

「慣れてますケド」と言いながら、少し心外といった雰囲気で黒子が眉根を落とす。

 

「じゃ、じゃあ黒子くんは、自由に消えたり出来るの?」

 

「さすがに自由には無理ですけど」

 

「でも消えるってどうやって?」

 

「ミスディレクション……視線誘導です」

 

「み、ミスド?」

 

聞き慣れない単語、ついでに英単語であるというだけでセナの脳が聞き取りを拒否する。

 

「手品師とかがやってんだろ。左手で派手な動きをしてる内に右手でタネを仕込む。客は左手に目がいって右手に気づかねぇ」

 

「あ、テレビで見たことある……」

 

「コイツがやってんのもそれだ。自分は元から薄い影を更に薄く。その上で相手の視線を自分とは別の場所、ものに移動させて、相手の視界から()()()

 

「そ、そんなことで……?」

 

「はい、その通りです」

 

ヒル魔の説明に、説明の手間が省けましたと言いたげに頷く黒子。

それに対してヒル魔の顔は納得がいかないような、何とも言えない顔をしていた。

 

視線を逸らさせれば相手には自分が見えなくなる。言うのは簡単だ。

だがそれくらいでこんな芸当が可能になるわけがない。

持ち前の影の薄さを利用したうえで、さらに他のスキルを犠牲にして、相手のマークを外すことだけに特化している。あまりにも歪だった。

 

それでも、今のヒル魔には。今のデビルバッツには。この上なく適材であった。

 

「おいファッキン地味。さっきと同じようにマーク外せるか?」

 

「マーク一人なら、ほぼ確実に」

 

淡々と答える黒子に、ヒル魔は口角を吊り上げた。

 

✳︎

 

(ぜったい、ぜ〜〜〜ったいに目を離さん!)

 

二回も出し抜かれた彼は、目から血管が浮き出るかというほどにギンギンに滾らせ、一挙手一投足を見逃さんと黒子を睨みつけていた。

 

しかしそれは逆に黒子にとってありがたいと言えた。

黒子の一挙手一投足に注目するということは、それだけミスディレクションしやすくなるということだ。

 

敵選手。ボール。自分の目線。クォーターバックの動き。ボール。観客。彼女。パスを求める手。チームメイトの位置。審判。ボール。

 

あぁ、ほら。目が逸れた。

 

(あ────)

 

3度目ともなれば、彼ももうわかるだろう。

彼の後ろには、ボールを受け止めた黒子がいる。

 

(──こいつ、止めるの無理なんじゃね?)

 

ヒル魔は先ほどの二回でキューピッドの選手の守備を大体把握した。

そしてその間を縫うようなパスルートを黒子に指示していた。

ボールを持ったまま走る黒子の前方には、誰もいない。

 

「タッチダウン!!」

 

横からタックルを食らいつつも、黒子が倒れ込んだ場所はゴールゾーンの中だった。キューピッドの面々が怒声を上げ、デビルバッツの面々が歓声を上げる。

セナもよくわからないままにガッツポーズを決めた。

 

(と、とりあえずあの色が違うところにボールを運んだらゴールなんだな!)

 

ヒル魔がキックしたボールは外れ、スコアは6対0。

攻守交代、今度はデビルバッツの守備である。

 

「クッソ、意味わかんねぇ……!!」

 

キューピッドの選手がぶつくさと言いながらセットする。

最初に選択したプレーは、パス。

デビルバッツの助っ人たちは、いまいちキューピッドのレシーバーの動きについていけていない。

その内のレシーバーの一人に、キューピッドのクォーターバックがボールを投げた。

 

「よっしゃ、どフリーだ!パスせいこ──」

 

パスのキャッチ成功を確信していたレシーバーから少し離れた位置で、別の選手が目をぐるりと回した。

 

(……待て、俺のマッチング相手、どこ行った?)

 

その疑問は一瞬で解明される。

パスされたボールを、突如レシーバーの眼前に現れた黒子が叩き落とした。

 

「んな……っ!?」(どっから湧いたコイツー!?)

 

「うおおおおパスカット!」

 

パスしたボールをレシーバーがキャッチできなかった場合、そのプレーは失敗となる。4回のプレー以内に10ヤード進めなければ、そのチームの攻撃は終了し、攻守交代。

今キューピッドは、攻撃権4回のうち1回を黒子に止められたのだ。

 

「偶然だ!もっかいパスでいくぞ!」

 

キューピッドの次のプレーもパス。泥門の守備は素人ばかりで、まともにパスを止めることも出来ないはずなのだ。その判断は間違っていないといえるだろう。

────黒子テツヤがいなければ、の話だが。

 

(よし、今度は大丈夫だろ!)

 

キューピッドのクォーターバックが、周りに誰もいないレシーバーを狙ってボールを放る。

 

「は……え、ちょ、ま」

 

しかしそのボールはまたしても、黒子の手によって弾かれ、レシーバーへと届く前に地に落ちた。

黒子は持ち前の影の薄さ+敵クォーターバックの死角に入り込むことによって、パスを投げる箇所を誘導したのだ。

 

(なんでだ!?足も速くねえし背もデカくねえし能力は全然高くねえのに!アイツ一人にいいようにされてやがる!)

 

初條もさすがにおかしいと感じ始めたのか、戦慄の表情を浮かべる。

 

「しょうがねぇランで進めるぞ!」

 

(あ、ボールを持ってそのまま走るのもアリなんだ……)

 

キューピッドはやむなくランプレーを選択。

セナは心のメモ帳に「ボールを持って走るか、投げるかしてゴールに運ぶ」と書き加えた。

 

(もしかして、これも黒子くんは止めれるの……?)

 

今までのプレー全てで、黒子が活躍している。その能力の詳細はよくわかっていないが、とにかくなんか凄いのだということはセナにもわかった。ならば、このランもミスディレクションとやらでどうにかするのではないか。

セナが期待のこもった目で黒子の姿を追う。

 

しかしランナーへと向かっていった黒子は相手のブロッカーにどつかれて、べちっと前のめりに倒れた。

 

「すごい普通に倒されたー!?」

 

「ランナー止めろぉー!!」

 

鼻についた土を拭いながら、黒子が立ち上がる。

 

「歩きならともかく、高速で走ってくる相手に真正面からミスディレクションを決めるのはまだ無理です……」

 

「そこまでは求めやしねェよ。相手のパスっつー選択肢削ってるだけでも充分だ」

 

✳︎

 

キューピッドが黒子の対応を決めかねているのと同時刻、フィールドの観戦エリアに二人の男がやってきた。

 

「ああ、試合始まっちゃってら。進が改札ぶっ壊さなけりゃもっと早く着いてたのに……」

 

「何もしていないと言っているというのに。あの駅員も強情だった」

 

「あー、うん、そうね……。っと、泥門が先制してるじゃん」

 

「予想よりもずっと早いな。栗田の突進(ラッシュ)が決まったか?」

 

その二人の男を見たヒル魔がしかめっ面をして黒子を呼び寄せる。

 

「……チッ!ファッキン地味、交代だ!」

 

「! まだやれます」

 

「王城が偵察に来てやがる。見やがれ」

 

「あ、桜庭くんでゃ「桜庭なんかどうでもいいんだよ、隣だ隣」

 

ヒル魔が栗田の顔を引っ掴んで顔の向きを変える。

 

「進清十郎。40ヤード走4秒4でなおかつベンチプレス135kg。正直キセキの世代以上のバケモンだ。奴にだけはこっちの手の内明かしたくねぇ」

 

「……わかりました」

 

少し不満気に見える雰囲気でベンチへと戻っていく黒子。

わかりにくいが、試合に出たがりのようだった。

 

「お?あの15番引っ込めたぞ?」

 

「ま、マジか!?うおぉぉぉやったぁぁぁ!!」

 

「なんかよくわからんが、不気味な奴だったな……」

 

黒子に三度も出し抜かれた選手が歓喜の声をあげる。

他のキューピッド選手も黒子の異常さを薄々感じていたのか、安堵のため息を漏らした。

 

 

そこからの試合展開はまさに泥仕合。

デビルバッツはまともにパスを取れる者がおらず、キューピッドもパスを投げるために下手に時間を使えば栗田がラインを突破してきて投手にタックルをかまされる。お互いにランを中心に攻めていたのだが、どちらも一点も取ることなく試合時間は刻々過ぎていった。

 

後半残り12秒。ことごとくヒル魔や栗田のいる辺りを躱して走っていたキューピッドがついにタッチダウンを決めてしまう。

 

「いいいよっしゃぁ!!次キック決めれば逆転だぞ!」

 

今の点数は 6対6。

タッチダウンを決めた後にはボーナスゲームがある。キックしたボールをゴールポスト、つまり棒と棒の間の空間に蹴り入れることが出来れば、追加点が入る。

 

「入るなぁぁぁぁ!」「入れぇぇぇぇ!」

 

初條が蹴ったボールは無常にもゴールポストの間を抜け、キューピッドに追加点が入ってしまった。たった1点の追加点だが、残り10秒ではあまりにも遠い1点。

 

「おやおや!?入っちゃったかなぁ!?」

 

初條が嬉々として泥門を煽る。

泥門のメンツもお通夜ムードだ。ヒル魔が苛立たしげに舌打ちをした。

 

「チッ、隠したいとか言ってる場合じゃねぇな」

 

「! 交代ですか」

 

「テメーじゃねぇ座ってろ」

 

ガタリと立ち上がったが、スン……とベンチに座りなおす黒子。

 

「え?でもさすがに黒子くんを出したほうがいいんじゃ……」

 

「脚が速いランナーと謎のテクニックを使うレシーバー、どっちを見られるのがイヤだと思ってんだ。進に黒子のキャッチ見せたら最後、ぜってぇ次戦うまでに原理を解明してくんぞ」

 

「…………んん?脚が速いランナー?」

 

ヒル魔の言葉に引っかかりを覚えたセナが首を捻る。

デビルバッツにそんな選手はいただろうか。セナの頭が解答を導き出す前に、ヒル魔の手が答えを指差した。

 

「というわけで出番だアイシールド21」

 

「なんでぇぇぇぇぇ!?」

 

「早く着替えてこい30秒以内1秒遅れるごとに銃弾一発ぶち込むぞほらいーちにーぃさーんしーぃ」

 

「ほわぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

カウントダウンしながらライフルを足元にぶっ放してくるという理不尽を受けてトイレの裏へと走り去っていくセナを見送り、ヒル魔が桜庭と進の方へと向き直る。

 

「さて、今のうちに桜庭だけでも排除しとくか……。

 

あれれ〜!?あそこにいるのはジャリプロの桜庭くんかなぁ!?」

 

敵ベンチまで聞こえる大声で叫ぶヒル魔。

ギラリ。

その瞬間、キューピッド選手の彼女たちが、目の色を変えて桜庭へと突進していった。

 

「桜庭きゅん!!」「さーくらばちゅわぁぁぁん」

「さっ、桜庭くん!」「ささささくららびゃはふほほほほ」

 

「うわっ!!ヤバイ!!進任した!」

 

桜庭がビデオを進に押し付け逃げ出すが、5秒後には進の手の中のビデオは無残な鉄屑へと成り果てていた。

 

「ビデオがおかしい」

 

進が桜庭を追いかけてどこかへと走り去る。

その様子を見てヒル魔がパチンと指を鳴らした。

 

「お?何故か進まで消えた!ラッキー!よし、黒子も出すぞ」

 

「ホントですか」

 

「あっちはおそらく何人かでテメーを止めにくるはずだ。ミスディレクションは使わなくていい、引きつけろ。その間に────

 

「うお!?」「誰だ!?」「はえー」「すっげ!」

 

────アイシールドがぶち抜く!」

 

土煙を起こしながら駆けてきたアイシールドに、デビルバッツの助っ人たちが目をむく。

 

「よーし作戦会議!敵がキックしたボールは俺がキャッチする。んでテメーにトスする。テメーはそのまま敵を避けつつゴールラインまで走り抜ける。デビルバッツ勝利、以上だ!絶対途中でコケんなよ」

 

「えぇえぇえぇ〜……そんな都合よく……」

 

「テメーの足ならイケんだろ」

 

「セナくんなら大丈夫だよきっと!」

 

「君は……君が思っているよりも、ずっと凄いんです」

 

「ぼ、くが……」

 

セナの体が震える。それは、恐怖とは違う感情で。

そんなことを言ってもらえたのは、初めてで。

誰かに頼ってもらえたのも、初めてで。

 

応えたい、と思ったのだ。

 

 

「キューピッドのキックオフです!」

 

「15番潰せー!何もさせんなー!」

 

ヒル魔の予想通り、新しく入ったアイシールドには目もくれず、キューピッドの選手の数人は黒子へと突撃する。黒子がセナへと叫ぶ。

 

「行ってください!」

 

ヒル魔が取ったボールを、セナへと投げ渡す。

 

「行けッ!」

 

栗田がセナの進行ルートにいる相手を押し潰す。

 

「行ってー!」

 

 

(皆が皆、ボールを前に進めるために頭使って、体を張って、頑張ってる……。これが、アメフト……!!)

 

ゾクゾク、とセナの体に得も言われぬ感覚が込み上げてくる。

 

「あの補欠潰せー!!」

 

ボールが渡ったセナに向かって、残りのキューピッドの選手たちが向かってくる。

それをタックルを横っ飛びで躱す。稲妻を描くようにギザギザに走り抜ける。突っ込むと見せかけて、大きく切り返す。面白いようにキューピッドの選手を全て抜いていく。

 

「なんだあの曲がり方(カット)とスピード!?」「高校レベルじゃねーぞ!?」

 

セナは最後の一人の前で減速し、相手を見上げる。

 

「ビビって止まった!」「よっしゃぶっ潰せー!!」

 

しかしセナは相手がタックルする瞬間に、ロケットスタート。

自分が今出せる最高速で相手の横を駆け抜ける。

突如として目標を見失った相手は、虚空にハグしたまま地面へボトリと落ちた。

 

(もう、誰もいない───!誰も、止められない!)

 

ゴールゾーンに足を踏み入れたセナは、ガッツポーズをとる。

 

「タッチダウン!!」

 

瞬間、デビルバッツから大歓声が起こった。

試合時間残り0秒、スコア12対7。

デビルバッツの逆転勝利、初勝利だった。

 

✳︎

 

「小早川くん。僕は、影なんです」

 

その日の帰り道。

帰る方向が一緒になったセナと黒子が並びながら歩いている途中、突然黒子がそう言った。

 

「へ?」

 

「僕一人じゃ、どうやったって勝ち進むことは出来ません。自信があります」

 

「そ、そこ自信持つとこなんだ……」

 

「僕は君という光の、影になります。

君を……このチームを、日本一にしてみせます。

だからクリスマスボウルを、目指してみませんか?」

 

黒子はセナを真っ直ぐに見て、言った。吸い込まれそうなその瞳に少し怯みながら、セナが目を泳がせる。

 

「いやでも、キセキの世代とかいう凄い人たちに勝てるかわかんないっていうか僕程度がおこがましいっていうか……」

 

「今日の試合を見て確信しました。小早川くんには、()()にも劣らない潜在能力(ポテンシャル)がある」

 

「だ、だけど────」

 

「僕は、小早川くんなら勝てると信じます」

 

黒子が言い切り、セナはしばらく口をもにょもにょ動かして俯いていたが、やがてその顔を上げた。

 

「えと……よろしくお願い、します?」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

ビビリでパシリで小市民な人類最速ヒーロー()と、

地味で貧弱で無表情なキセキの凡人()が、約束を交わした。

それは図らずしも、ヒル魔と栗田ともう一人の、デビルバッツの最初の三人が交わしたものと、同じであったのだ。




オマケ
王城高校前駅にて

「駅長!例の彼が改札をぶっ壊しました!」

「ぐぬぉぉぉまたか!仕方ない、改札のひとつを彼専用にするか……」

翌朝
『機械オンチの人用改札』

「駅長!別の改札から入ろうとした彼がまたぶっ壊しました!」

「自覚がないんだな!?ならばこうだ!」

翌朝
『王城高校アメフト部選手、進清十郎様専用改札』

「駅長!自分専用など恐れ多いと遠慮した彼が別の改札を!」

「謙虚だなぁちくしょう!!」


現在
『筋力トレーニング用改札』

「駅長!おもりの量をもっと増やしてほしいと彼から要望が!」

「えぇい、いくらでも増やしてやれぇい!!」


【tips!】
今作の黒子の背番号は15です。黒バス原作では11なのですが、デビルバッツだとムサシと背番号が被ってしまうため、帝光時代の背番号15を採用しました。


【tips!】
石丸は犠牲になったのだ、ミスディレクションの犠牲にな……。石丸出したら黒子の影の薄いキャラ持ってかれちまうんだよ!ごめんな石丸……。
「いいよいいよ……」あ、いいそうです。


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