ハーフタイム。
「ダメだ、もう帰ろう……」
何度も進にタックルを受けたセナの心は、完全に折られていた。
胸や腹からじわりと痛みが浮き上がる。
後半もずっとあの痛みを味わうことなど、想像もしたくなかった。
コッソリトイレで着替え、ユニフォームとメットを隠すように持って周りを警戒しながら通路を歩く。
「どこへ行くんですか?」
「ひゃあぁぁぁぁあ!?」
しかしいつの間にか後ろに立っていた黒子の声で、セナの心臓が光速4秒2で跳ね動いた。
「く、くくっく、黒子くん……」
黒子の目はセナが持っているユニフォームに向いていた。
セナがそれに気づき、申し訳なさそうに目を伏せる。
「僕にはやっぱり、無理だよ……」
黒子が、「小早川くんなら勝てる」と言ってくれたのは正直嬉しかった。こんな自分でも、人に勝てるものがあるのなら、誰かの力になれるのなら。そう思った。
でも、ダメだ。皆が望むヒーローの正体は、ビビリでパシリで小市民のインチキヒーロー。タックルを食らっただけで心が折れる有様だ。
本気であんな約束、したわけじゃなかったでしょ?
そんなことを言おうとして黒子の目を見たセナは、ハッと息を呑む。
黒子はただ真っ直ぐにセナの目を見つめていた。
その目には呆れや落胆など欠片も感じない。感じることができない。
「小早川くんなら勝てると思っているのは、今でも変わりません」
黒子がその表情を変えないまま口を開く。しかしほんの少しだけ、気のせいレベルの話ではあるけど、セナにはその機微がわかるようになってきた。多分、悲しみ。黒子の目にあるのは、悲しみだ。何への?
「でも無理に続けてほしいとも、思っていません。君がアメフトを嫌いになってしまうことが…………一番辛い」
(アメフトが、嫌いか……?)
その言葉で、セナはもう一度思い返す。ヒル魔に捕まり無理やりアメフト選手を始めさせられてから一週間も経っていない。そうだ、本当はやりたくなんかなかったはずではないか。気まぐれで主務をしようと思っただけで────
『うおおぉぉすげぇあのアイシールド!』『かっこいい!』
『はやすぎんだろ!』
自分には選手をやるような力も勇気もなくて────
『すごいよセナくん!!』『このアイシールドって人すごいね!セナ!』『テメーならいけんだろ』
進さんみたいな凄い人に、勝てるわけが────
『君は、君が思っているよりもずっと凄いんです』
──ない、はずなのに。
「痛いのは……イヤだし、僕なんかが進さんに勝てると思えない。だけど……やってみる、よ。
アメフトが嫌いとは、なんだか思えないから」
絞り出すように声を出したセナに黒子は目を丸くしたが、やがて薄く薄く微笑んだ。
✳︎
「さーくらばちゃぁん、ダメよ〜このシールつけてもらわなきゃ〜。
最近アカプロに持っていかれがちのファンを取り返すチャンスなんだから!」
マネージャーから渡された、事務所のスポンサーのロゴシールを手にしたまま、ホワイトナイツのベンチで桜庭は頭を抱えて座っている。
最初のインターセプトはうやむやになったものの、依然自分の成績は酷いものだ。高見は良いパスを出してくれているのに、それに応えるプレーが出来ない。
『エース桜庭くーん!』『かっこいいー!!』
あぁ、また声が聞こえる。
自分はエースどころか、底辺だ。ちょっと背が高いだけで良い気になってレシーバーを始めてしまっただけだ。
向こうの15番、黒子は背が高くなくとも、足が速くなくともスキルで、技術でホワイトナイツに食らいついてきた。パスはとれなくとも、三人も敵を引きつけて。それに比べ、自分はおそらく取るに足らない存在だと思われてる。マークは引き剥がせないし、たまにパスがきてもミスが多い。いっそ全く目立たなければ、彼のようになることも出来たのだろうか。だがそれも叶わない。ファンがそれを許してはくれないだろう。
(いっそ、諦めてしまえば……)
それはモデルの仕事か、アメフトか。どちらのことを考えたのか自分でもわからないまま、桜庭は結局シールをつけたメットを被った。
✳︎
「さぁ後半戦スタート!王城は更に何点引き離してくれるのでしょうか!」
試合展開は、傍目にはさっきと何も変わっていない。
王城の攻撃は確実に着実に、前進するものだ。
実力差がモロに出るプレーばかりをされては、泥門に為すすべはない。
そしてまた王城がタッチダウンを決める。
「進さんは、タックルが遠くても片手だけ伸ばして止めてくる……。その分もっと速く曲がって……」
泥門の攻撃は、全てアイシールド21のラン。
そしてそれを全て、進に止められている。
しかしセナは気落ちする様子をみせることなく、進をまっすぐに見つめ、次のプレーへ臨む。
(横へはリーチが長すぎて多分かわせない、だったら……)
「スピンだ!」
自分へと腕を伸ばした一瞬の隙をつきその身体を回転させ、その腕をすり抜けるように横を抜けていった。
しかし強引に腕を伸ばした進に背中を掴まれてしまう。
そしてそのまま力尽くで引き倒した。
(段々と……速くなっている……)
進が、セナを掴んだその腕を見つめる。
「どーした?屁でも漏れそうか?」
「いえ……」
✳︎
「このままだとちょっと……マズイかもしれません」
黒子が不意に声を出した。
ヒル魔が怪訝な顔をして耳を向ける。
「ミスディレクションには、
「相手の視線をずらせなくなるってこと?」
「はい」
「な・ん・で、もっと早く言わねえんだこのファッキンファッキン地味が……!!」
「ごみぇんなひゃい」
黒子がライフルの銃口をグリグリと頰に押し付けられる。
「チッ、まぁさすがにそこまで万能とは思ってねぇ。それでもまともなレシーバーがテメーだけなのは変わんねぇ。ミスディレクション切れようが出し続けるぞ」
「わかりました」
✳︎
(こいつ……そんなに速くもないし、変な技術をまた使うわけでもない……。さっきまでなんであんなに手間取ってたんだ……?)
もはや、王城の選手が黒子の姿を見失うことはなくなった。三人どころか一人でも簡単に相手出来るだろう。
それでもそれでマークを離れさせることが狙いかもしれないため、黒子からマークが離れることはない。
その様子を見ている緑間が、その顔を歪めながら息を吐いた。
よく見るとつま先でトントンと地面を叩いており、どこか苛立っている様子だった。
✳︎
『この状態で腕で相手を押しのけられたらいいんですけど───』
(腕……!)
黒子の言葉を思い出したセナが、進に向かって腕を突き出す。
進は一瞬虚を突かれたが、即座に腕を伸ばしセナへとタックルを繰り出した。
(ダメだっ、リーチが違いすぎてそもそも腕が届かない……!)
(先ほどまで、腕を使おうともしなかった奴が……!)
「う、おわぁぁぁ!?」
進は掴んだセナのユニフォームを引っ張り思い切り引き倒す。息は軽く乱れており、表情も険しいものになっている。その様子は進のチームメイトすらもあまり見たことがないものだった。
「……どうしても俺をアイシールドと戦わせたいようです」
「フォローいるか?」
「いえ、不要です。他を重点的にお願いします。
「オーケ〜イ!」
✳︎
(あの、アイシールド……もう敵わないってわかってるだろ、諦めろよ、早く……諦めてくれよ……)
王城のベンチで進とアイシールドの対決を見ていた桜庭が、視線を落とす。
多少足が速い程度じゃ進は抜けない。だって進は高校最速で、高校最強のラインバッカーだ。文字通り格が違う。戦おうって思う方が間違ってるんだ。だから、諦めろ。アイツは天才なんだ。100年に一人なんて言葉でも足りないくらいの……
(あ、シールが……)
ふと視界の端にメットから剥がれたシールが映った。
桜庭が風で飛んだシールを追ってフィールドの方へ足を踏み出そうとする。
「桜庭先輩」
ピシャリと聞こえたその声で、反射的に桜庭の足が止まった。
その目の前をアイシールドが超スピードで駆け抜けていく。一瞬遅れて疾風が桜庭の横顔へと吹いた。
止まっていなければ、彼と衝突して大怪我を負っていたかもしれない。
「今は、アメフトの試合中ですよ」
緑間のその目は冷たく、桜庭を軽蔑しきっていた。
少しでも試合に集中していれば、いくら物が飛んでいこうとプレイ中のフィールドに入ろうとすることはありえないだろう。今桜庭は緑間に、ホワイトナイツの選手としてどころか一アメフト選手としての常識すらないと思われたのだ。
「あ……俺っ……違……」
弁明しようとしたが、声がかすれて出ない。試合を見ていなかったのも事実。試合には関係ないシールを追ってフィールドに立ち入ろうとしたのも事実。何も違うことなどないのだ。
緑間は何も言いはしなかった。非難する空気を出したのも一瞬だった。
桜庭から視線を外し、試合へと目を向ける。
緑間は桜庭を見限ったのだと、語らずとも理解できた。
自分の膝を爪が食い込むほどに握りしめ、桜庭は目を伏せた。
(なに、やってんだろ、オレ……)
✳︎
「タッチダウン!」
「47対12!」
何回目かのホワイトナイツのタッチダウン。試合の残り時間も僅かだ。
スコアボード、そして時計をチラリと見たヒル魔がメットやグローブを外しながら口を開いた。
「チッ、今勝率が0%になった。後は適当に流していいぞ」
「えぇえ!?」
淡々と帰り支度を始めるヒル魔に、全員が目を剥く。
「さ、最後まで一応頑張ろうよ〜……」
「勝つ気ねぇ頑張りなんざ何の意味もねぇ」
栗田の言葉を一蹴し、鞄を持って去ろうとするヒル魔。
しかしどこかから、声が聞こえた。
「待ってください」
黒子だ。声を発するまでどこにいるかすらわからなかったが、その声はよく通り、ヒル魔の足を止めた。
「もしかしたら、ラスト10秒で隕石が相手チームに直撃するかもしれないじゃないですか。試合が終了するまで、可能性は完全な0にはなりません。
それにどれだけ大差で負けていようと、逆転不可能と言われても……諦めることだけは、絶対にしたくないんです」
そう言って、強い意志を込めた目でヒル魔を見据える。周りでは助っ人たちが「オイオイオイ死ぬぞお前!」と小声で制止しているが、お構いなしだ。
「甘臭ぇこと言ってんじゃねぇぞ」と口を開きかけたヒル魔に、セナが声を上げた。
「あ、あの!僕も……続けたい、です。もしかしたら進さんを、抜けるかもしれないんです。もう、少しで……」
「……進に勝ちてぇのか?」
「えっ、いや、それはちょっと大それてるっていうか全然そこまで調子には乗れないっていうかもう少しで抜けそうかもって思っただけっていうか……」
「グダグダ言ってんじゃねー!!」
「ひぃいぃぃいいいぃ!!」
両手にライフルを構え器用にセナの周りだけを撃ち抜くヒル魔。残弾を撃ち尽くすと銃を放り、メットを被った。
「……時間がねェ。多分次がラストの攻撃になる。ラストチャンス、死んでもモノにしやがれ!!」
「────はい!」
返事をして、セナはまもりのほうへ水分補給をしに行った。
安堵の表情を浮かべる黒子へ、ヒル魔が背中から声をかける。
「後半になってから、ファッキンチビの顔つきが変わりやがった。テメー、なんか言っただろ」
「いえ、大したことは……。アメフトを嫌いになってほしくない、とは言いました。何も言わなくても、小早川くんはきっと戻ってきたと思います」
ヒル魔はそれに応えず、黒子の尻を思い切り蹴飛ばした。
悶絶しながらべしゃりと転ぶ黒子が、去っていくヒル魔の背中を恨めしげに見る。
「……痛いです。なんで怒られたんでしょう……」
「怒ったわけじゃないよ」
黙ってキックをするときは褒めてる時なんだ、と栗田が付け加えた。
✳︎
セナの外への大回り。進に当然のごとく止められる。
意表をついて黒子へのパス。マークが剥がせずボールがはたき落とされる。
先ほどとは逆サイドの外へのラン。進を抜けない。
アメフトの攻撃権は4回。次も攻撃が失敗すれば、攻守交代。
後はホワイトナイツが時間をたっぷり使ってボールをキープすれば試合が終わる。
泥門デビルバッツの最後の選択プレーは───。
「また外へのランかよ!?」
「学習しねぇな泥門。進に捕まって終わりだ」
最後の一矢すら報いないか、と神龍寺がため息を吐く。
その予想通り、進は既にアイシールドの進行ルートを予測してその先に陣取っている。
「いや、これは……」
王城のベンチで緑間が呟く。
その目に映っているのは、中央。
「
アイシールドが超スピードで切り返し、中央へと切り込む。
目指す先は、いまだパワー勝負で負けなしのラインマン、栗田の横だ。
「ふんぬらばぁぁぁ!!」
「ぬ、ぅぅうん!」
大田原が善戦するが、栗田のパワーと重さで、仰向けにひっくり返った。そこはもう、アイシールドが走り抜けるための路だ。
しかし進はすでにアイシールドの目前へと迫っていた。
アイシールドが切り返す前にすでに中央のブロックの人数から中央突破だと予測して引き返していたのだ。
「とんでもねぇ……!」「ホントにバケモンかよ、進」
会場の誰もが進の勝利を確信した。
進と真正面から戦って、抜けるはずがないのだから。
その瞬間、進の体が一瞬止まった。
「ぐ……!」
黒子のブロックだ。
依然黒子は数人にマークされている。
黒子はそれを逆手に取り、
ホワイトナイツの数人は、黒子をボールの近くに寄せないことを意識するあまり、進の位置が見えなくなったのだ。
彼らが、黒子が
進の腕が届かないように走り抜けるアイシールド。
しかし黒子の力は貧弱で、進には遠く及ばない。1秒とかからず吹き飛ばされてしまう。すぐにアイシールドの背中を追う進。進の40ヤード走の公式記録は4秒4。高校最速だ。誰が相手だろうと、一瞬でその背中を捉えるのが道理。
「ダメだ追いつかれるー!!」
倒れながらも、黒子はその結果を見逃さんと目を向ける。そして誰に言うでもなく言葉を発した。
「彼は、あなたより速いですよ。光速のランニングバック、その名は───」
(もっと……もっと速く……!勝つんだ!!)
進が伸ばした手はアイシールドに届かず、空を切る。
離れていく背中を見て、進はその目を見張った。
(40ヤード走、4秒2……光速の世界……!!)
「───アイシールド21!タッチダーウン!!」
デビルバッツから大歓声が上がる。
逆にホワイトナイツからは声ひとつ聞こえなかった。
皆今見た光景が信じられずに、ただ口をあんぐりと開けて呆けていた。
アイシールドがゴールゾーンをフラフラと歩いた後、力なく前のめりに倒れる。全ての力を使い果たしたようだった。
栗田がアイシールドを背負い、ベンチへと送る。
その横でヒル魔と黒子が、ギザギザの歯を見せつけるような笑みと、変化が乏しくてわかりにくい笑みとを浮かべている。
「テメーの勝ちだ」
「勝てると信じていました」
セナは疲れ切った顔で、しかし嬉しそうに笑顔を浮かべた。
✳︎
「試合終了ー!!」
「終わっ、た……」
その後、番狂わせなども起きるはずもなく、王城が時間を使い潰して試合は終わった。
47対18。
デビルバッツの完敗だ。
「大会……終わっちゃった……
おおおお〜〜〜〜んん!!」
会場中に響き渡るような栗田の泣き声で、セナもこれで全てが終わってしまったのだと、喪失感を覚える。
最後の両チームの礼を終え、ホワイトナイツとデビルバッツがすれ違う。
「クリスマスボウルに行くのは王城だ!」
すれ違いざまに進がセナへとそう言い残した。
会場から去る王城チーム。
バスへと乗り込む間際に、緑間がチラリとデビルバッツへと視線を向けた。
「緑間、あっちの15番と元チームメイトなんだろ?話さなくていいのか?」
その様子を見た高見が声をかける。しかし緑間はなにかを振り払うように首を振り、バスへと乗り込んだ。
「……ええ。話すことなど、何もありません。B型の俺とA型のアイツは相性最悪なので」
「へぇ〜!O型の俺とはどうなんだ?」
「どちらかといえば良い方です」
「そうか!やったな!」
バスの椅子に座り、窓から外を眺める。そして誰にも聞こえないほどの声で呟くのだった。
「あんなチームにいるなど……自分の力をドブに捨てているようなものなのだよ」
泥門高校の春季東京大会の戦績
────二回戦敗退。
オマケ
「確か高見先輩と桜庭先輩もA型じゃなかったですか?」
「は、はははそうだな!あ、相性最悪かもな〜なんちゃって!」
「あ……はは、そっ、すね……」
「いえ、まぁ、血液型が全てではないので……」
(猫山、余計なことを〜〜〜ッ!!)
バスの中の空気がなんだか重くなりました。
【tips!】
GWで遊び尽くしたり五月病だったりで遅れちゃったナ!21日には間に合ったのでセーフだ!(ガバガバ基準)
次はもうちょい早く上がると思うヨ。
原作と同じ展開を書いてるとモチベが下がる、しかしオリジナル展開が浮かぶような頭もないジレンマ。