黒子のアメフト   作:ゆまる

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「ボクをお持ち帰りシテー!」

試合の翌日放課後。セナはヒル魔に命じられ、誰もいない教室でホワイトナイツ戦のフォーメーションが映った写真を整理していた。

 

「小早川くん、この写真も追加だそうで……す……」

 

教室に入ってきた黒子が、セナを見てその足を止めた。

 

セナは、写真を見ながらその目から涙をボロボロと零していたのだ。

 

「……あっ!?わ、っと、く、黒子くん!」

 

黒子に気づくと慌ててその目を拭い、何もなかった風を装った。

男子高校生、まだ誰かに泣くところを見られるのはなんとなく恥ずかしいのだ。

 

それを察したのか、黒子も言及せずに「追加です」と言って写真を手渡した。一番上の写真には、アイシールド21がタッチダウンを決めた瞬間が映っている。

 

セナがそれを見て、視線を落とした。

 

「もう……全部、終わっちゃったん、だね……」

 

ポツリポツリと呟く。

 

「アメフトが、楽しいって思えるようになってきたんだ。勝ちたいって、思ったんだ。まだ……大会、もっと、続けたかっ───」

 

「小早川くん。終わってません」

 

「へ?」

 

「大会は春と秋にあります。クリスマスボウルにいけるのは、秋の優勝者です」

 

「え?……え?え?」

 

「次は、絶対に勝ちましょう」

 

そこでやっと止まっていたセナの脳内が現実に追いついた。

消えかけていた炎がまた灯る。

まだ終わっていない。王城とも、また戦える。進さんと、また戦える。

これからが、勝負だ。

 

✳︎

 

ホワイトナイツ戦の疲れも取れたとある日。

セナと黒子がグラウンドへと向かうと、恋ヶ浜戦での桜庭ファン軍団と同等かそれ以上の数の女子がワラワラと固まっていた。

その手前では、栗田が練習器具を手に持ったままアワアワと右往左往している。

 

「ななななにこの人の波……」

 

「あっ、黒子っちー!!」

 

女子の塊の中心から腕がピョコリと伸びて、こちらへと手を振った。

 

そこにいたのはおよそ泥門高校に似つかわしくない、長身金髪イケメンだった。この高校にいる金髪は悪魔だけだ。

 

「黄瀬くん」

 

黒子に黄瀬と呼ばれた男は、「スイマセンね、ちょいと通らせ……通らせて……」と女子をかき分けながら近づいてきた。黒子のもとに辿り着くと、人懐こそうな笑顔を浮かべながらベラベラと喋り始めた。

 

「やー待ってたっスよ黒子っち!この前テレビ見てビックリしちゃって!緑間っちのとこの相手の高校に黒子っちがいたんスもん!」

 

「お久しぶりです」

 

「だ、誰……?」

 

「彼も、キセキの世代の一人です」

 

「えぇ〜っ!?」

 

またぁ!?と驚きながら飛び退るセナと栗田。

黄瀬はそんなリアクションにも慣れているのか、ぽりぽり頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。

 

「いやーキセキの世代なんて言われてるけど、オレはそん中でも一番下っ端っスよ。黒子っちと二人でよくいびられてたもんね?」

 

「へぇ〜」

 

「いえ、僕はそうでもなかったです」

 

「どっち!?」「え、オレだけ!?」

 

「それで、今日は何の用ですか?」

 

黄瀬のオーバーリアクションを無視して、黒子が淡々と言う。

久しぶりに会った元チームメイトの割には、すごく淡白である。

黄瀬はそんな態度にも慣れているのか、セナのほうをチラリと見た後口を開いた。

 

「黒子っち、ウチきなよ。こんな弱小高校じゃなくさ。こんなとこじゃマトモにアメフトできないっしょ。マジな話!オレそんけーしてるんスよ、黒子っちのこと」

 

「……そう言っていただけるのは嬉しいですが……」

 

 

「ケケケ、んじゃー試してみっか?まともにアメフトできねーかどうか」

 

「ヒル魔さん!?」

 

いつのまにか黄瀬の後ろにいたヒル魔が、脅迫手帳と書かれた手帳をしまいながら言った。周りを取り囲んでいた女子たちは消え去っている。どうやらヒル魔の恐ろしさのほうが黄瀬のイケメンパワーよりも上回ったらしい。

 

「テメーのスゴさを見せつけりゃ、ファッキン地味も『カンドーしました!ボクをお持ち帰りシテー!』ってなるかもしんねーぞ?」

 

「お、マジっスか!?」

 

「なりません」

 

両手を合わせてクネクネと絶対黒子が言わないであろうセリフを言うヒル魔へ、黒子がジト目で苦言を呈す。

ヒル魔はそれを無視してセナを指差した。

 

「おい主務、アイシールド21呼んでこい」

 

「へ?」

 

「アイシールドをここに()()()()()っつってんだ!!」

 

「はははい!!」

 

ヒル魔が銃を空へとぶっ放すのを見てセナが走り去る。

『とっととアイシールド21になって来い』。という意味である。

 

「……平然と銃を持ってるんスけどこの人」

 

「突っ込んだら負けです」

 

✳︎

 

「へぇ、1on1。いいんスか?勝負どころか、今後のアメフトやる気力もなくさせちゃいまスよ?」

 

貸し出されたメットと防具をつけ、ストレッチをする黄瀬。その表情からは、自分が負けるとは微塵も思っていないことが伺えた。

 

「だだだ大丈夫かなぁセナくん……」

 

「……正直、今の黄瀬くんがどれほど強くなっているかわかりません」

 

「『キセキの世代』様ってのがどれほどのモンかをわざわざ見せてくれるっつうんだ。おありがてぇこった」

 

初めての1on1でビビり倒していたセナだったが、秋の大会でまた進さんと戦って勝つためにはこれくらいで退いていてはいけない、と無理やり己を奮い立たせる。

 

「要は、相手を抜けば勝ちなのか……。よ、よーし……」

 

「はい、どっからでもどーぞ」

 

 

セナが黄瀬のもとへ走り込む。

黄瀬の手が届きそうな範囲に入った瞬間、大きく横へ飛んだ。

恋ヶ浜の選手なら、これだけでもセナのことを見失うだろう。

王城の選手にも、進以外には捕らえられなかった。

そしてまだセナは、目の前の相手が進と同等の相手とは、思ってもいなかったのだ。

 

「ナメてるんスか?」

 

「えっ────ぐぁっ!」

 

横に飛んだはずなのに、黄瀬の顔が正面にあった。

あっさりと捕まり、引き倒されるセナ。手から零れ落ちたボールがてんてんと黄瀬の足元へと転がった。

それを拾いながら、黄瀬が心底落胆した表情でセナを見下ろす。

 

「これもう続ける必要ないでしょ。黒子っち、こんなのが黒子っちの認めた選手なんスか?だとしたら、黒子っちにも正直ガッカリっス」

 

黄瀬は心底つまらなそうな顔で、倒れたセナを見ようともしなかった。少し速いだけ。何のフェイントも技術もなしに、ただ横っ飛びしただけの雑魚。黄瀬はセナをそう位置付けたのだ。

 

「ななな、なにいまの……」

 

「……決して黄瀬くんを、見くびっていたわけじゃありません。僕が最後に見た黄瀬くんならおそらく、もう少し苦戦したはずです。でも成長速度が、予想よりも遥かに……!」

 

(……しかもコイツ、全然本気出してやがらねぇ)

 

三人が戦慄の表情で黄瀬を見ていた。

その黄瀬の後ろで、セナがゆっくりと立ち上がる。

 

「あのっ!」

 

「?」

 

「もう一回……いいですか?」

 

「はぁ?今のでわかんなかったんスか?君程度じゃ100回やろうが1000回やろうが抜かれる気はしないっス」

 

「……黄瀬くん、僕からもお願いしていいですか?」

 

「黒子っち!?……ほーんと、なんなんスか。こいつにそんな価値があるとは到底思えないんスけどねぇ……」

 

ブツクサと言いながらも先ほどと同じ位置につく黄瀬。

セナは大きく息を吸い、黄瀬を観察する。

 

(気が、緩んでた……。黄瀬くんも多分、進さんぐらい強い。だから、進さんの時と同じくらい集中してようやく、スタートラインだ……!)

 

「……ふーん、さっきよりはマシな顔つきっスね」

 

 

先ほどと同じように、黄瀬のもとへセナが走り出す。

いや、先ほどとは少しちがう。

 

(──速くなってる……?)

 

セナが黄瀬の目の前で大きく横へ飛ぶ。これでは先ほどの焼き直しだ。

能力もない上に頭も悪いのか、と心の中で嘆息する黄瀬。

しかしセナは飛び切る前に突如片足でブレーキをかけ、逆サイドへと飛び直した。

 

「おっ……」

 

セナを見下して先ほどと同じタックルの体勢だった黄瀬が一瞬だけ硬直する。

 

「行った!!」「セナ君が抜いた!」

 

 

「そういえば、テレビ見てたっスよ。確か……()()()()()()()()()?」

 

 

「かっ……!」

 

セナが黄瀬の横を抜けたかのように見えた。

しかし次の瞬間、黄瀬の腕はセナの横腹へと突き刺さっていたのだ。

 

(これ……進さん、の……スピアッ……)

 

骨がきしむ感覚を味わいながらセナが地へと倒れ臥す。

黄瀬は自分の右手を見ながらにぎにぎと不満げに動かしている。

 

「んー、まだ少しズレがあるっスね」

 

「い、今のって、進くんのスピア……!?」

 

「……おそらく。黄瀬くんは、ほとんどのプレーを見ただけで自分のものに出来ます」

 

「何それ!?」

 

倒れたセナに目を向けることなく、腕をグルグルと回しながら黄瀬が黒子のもとへと歩いてくる。

 

「黒子っち。そんでどうっスか?学校移ってくれる気になったっスか!?ウチのチーム、パス超重視してるから黒子っちが入ってくれたらもう無敵っスよ!」

 

「そこまで僕を買ってもらえてるのは光栄です。丁重にお断りします」

 

「文脈おかしくねぇ!?」

 

スッと頭を下げる黒子に、涙をちょちょ切れさせるようなオーバーリアクションをする黄瀬。

 

「黄瀬くん。僕は、泥門高校で勝ち残ってみせます。

()()()()キセキの世代全員を倒して、クリスマスボウルに行きます」

 

黄瀬から先ほどまでの軽い雰囲気が消え、その表情がスッと冷たくなった。いまだ真顔の黒子の目を見据えながら、頭を掻く。

 

「……笑えない冗談っスね、黒子っち」

 

「冗談は苦手です。勝ちます」

 

黒子は黄瀬がアメフト部に入る前からキセキの世代のメンツとアメフトをしていた。今更実力差がわからないわけではないだろう。それに自分で言っている通り、黒子がそういう類の冗談を口にしているのは見たことがない。つまり黒子は本気で……。

 

(本気で、あのちっこいのが俺らに勝てると思ってるんスね)

 

黄瀬がセナへと視線を向ける。立ち上がったセナは少し顔を歪ませながらも黄瀬を見据える。二人の視線がぶつかったまま、数秒が過ぎ去り。

黄瀬は手をパンパンと叩きながら黒子へと向き直った。

 

「……ま!気が変わったらいつでも言ってほしっス。

 

───『西部ワイルドガンマンズ』は、黒子っちを待ってるっスよ」

 

もともと無理やり引き入れる気はなかったのか、黄瀬はひらひらと手を振りながら去っていった。

その背中を恐々とした顔で栗田が見送る。

 

「あ、あの強さで一番下っ端なの……?ほほほほんとに勝てるのかなぁ……!?」

 

「ビビってんじゃねぇ!半年後には進もアイツも、アイツよりもすげぇやつらも、全員ぶっ倒すんだぞ」

 

(スゴい……キセキの世代って、ほんとにスゴいんだ……でも……)

 

セナが膝を握り、ブルリと身体を震わせた。

 

(なんだろう、この感じ……。ゾクゾクする)

 

恐怖じゃない。もちろん恐くもあるけれど、それよりも……。

 

✳︎

 

その日の練習が終わり。ラダーを片付ける黒子へ、セナが声をかけた。

 

「黒子くん……」

 

グラウンドには誰もおらず、照明が時折バチリと音を立てつつ二人を照らす。

セナは指同士をつんつんと合わせてごにょごにょしていたが、やがて意を決したように拳を握る。

 

「ぼ、僕がホントにキセキの世代を倒せるのかなーなんて聞いてみたり……」

 

「無理です」

 

「即答!?だ、だよねー。僕なんかがそんな……」

 

ザックリと言い切られたショックでセナはフラフラしながら帰りの支度を整えようとする。

 

()()()()()()、です」

 

黒子が転がっているアメフトボールを拾い上げ、セナに投げて渡す。

セナは腕の中で跳ねさせながらもそれをしっかりとキャッチした。

 

「小早川くん。僕は、小早川くんならキセキの世代を倒せるほどに成長出来ると思っています。きっと君は、素質を持っている」

 

「素質……?」

 

黒子は目を閉じ、今日のことを思い返す。キセキの世代の力を知った者は皆、すぐに頭を垂れてその背中を追いかけることを諦めた。どれだけ努力しても埋まることのない差を知ってしまったから。

しかしセナは、打ちのめされて力の差を知らされてもすぐに立ち上がり、黄瀬を見たのだ。その目は、諦めていなかった。

 

「アメフトに必要なのは、パワーやスピード、才能もそうですが何より、「闘志」……勝ちたいという意思、だと僕は思います。君はきっと、彼らと戦う資格がある」

 

セナの胸の奥でチリチリと何かがひりつく。そうだ、あの時感じたのは恐怖だけじゃなくて……あんな凄い人達と、戦ってみたいと。思ってしまったのだ。

そう気づいたセナは途端に体が疼き出す。きっと一日だって無駄に出来ない。こうしている間にも、進も黄瀬も強くなっているに決まっている。

 

「……も、もう少し練習していくよ。先に帰ってていいよ!」

 

「いえ、付き合います。最後まで」

 

その後、照明が少ない薄暗いグラウンドで、夜遅くまでボールをキャッチする音が響いた。

 

✳︎

 

「レシーバーがもう一人いるな」

 

ミーティング中。ヒル魔がガシャリと銃を地面に立てながらそう言った。

 

「ファッキン地味の力は制限時間付きだ。ミスディレクションが切れたら並、もしくはそれ以下のレシーバーだ」

 

「ヒ、ヒル魔、そんな言い方は……」

 

「栗田さん、大丈夫です。自分でもわかっています」

 

あわあわと栗田が黒子のほうを見ながらヒル魔に注意しようとするが、黒子はそれを制した。

そう、自分が並以下なのはよくわかっている。強豪中学に三年もいたくせに、身体能力もキャッチ力も全くといっていいほど伸びなかった。でも、自分には自分だけの役割がある。そしてヒル魔はきっとこの自分の力を活かしてくれる。そのこともわかっているのだ。

 

「キャッチが上手ぇやつを勧誘してこい。出来れば背が高ぇ奴。キャッチは背が高いだけで有利だ」

 

そうヒル魔は言い渡し、ビラをドサリと二人に手渡すとボールを持って出て行った。栗田がそれを慌てて追いかける。

セナと黒子は目を合わせ、新入部員探しを始めることにした。

 

「背が高い人っていっても、もう大体は他の部に取られちゃってるんじゃないかなぁ……。うーん、僕ももっと背が大きければなぁ……」

 

ビラを適当な場所に貼り付けながらセナが呟く。

その横で、ビラを差し出しても無視されている黒子が口を開けた。

 

「僕ももっと背が高ければ、と何度も思ったことがあります。でも、背が小さくても武器になります。僕のミスディレクションも、背が大きかったら使えなかったかもしれませんから」

 

背が大きいだけで目立つ要素になりえる。つまり、黒子にとってはこの平均的な身長すらも武器なのだ。

 

「何か武器がひとつあれば、戦える。アメフトはそういうスポーツです」

 

(それでも黒子くんも、僕より大きいんだけどなぁ……)

 

155cmのセナが168cmの黒子を羨む。チビの心情はチビにしかわからないのだ。

そういえば緑間くんも黄瀬くんもかなり身長が高かったな、とセナがふと思い出す。

 

「キセキの世代の人も、みんな大きいのかな?」

 

「そうですね……2mを超える人もいます」

 

「2m!!?」

 

どれほどの高さなのか想像もつかずセナが上を見上げる。

 

「もしそんな人と戦うことになったら……ひぃぃ」

 

そんなことを話しながら、二人の今日の勧誘活動は何の成果もなく終わった。

 

✳︎

 

翌日の朝。教室に入った黒子にセナが少し興奮した様子で声をかけた。

 

「あ、黒子くん!今朝すごいキャッチをする人がいたんだ!こう、びゅん、バシーッズザァッて感じで!」

 

「どういう感じかはわかりませんけど、とにかく凄そうというのはわかりました。勧誘はしたんですか?」

 

「あぁいや、野球部らしくて。まだ仮入部期間らしいんだけど……あ、今日1軍2軍の振り分け発表って言ってた」

 

「そうですか……。他の部に入ってるなら、無理に勧誘は出来ませんね。……ヒル魔先輩なら多分どんな手を使っても入れるんでしょうけど」

 

「勧誘っていうか誘拐になりそう……」

 

✳︎

 

その日の放課後。

 

「テメーはビラ貼る場所がめちゃくちゃ、テメーは影薄すぎてビラ渡せねえ、このファッキン役立たずども!!とっととロードワーク行ってこい!」

 

「は、はいぃっ!」

 

走り出した黒子についていこうとしたセナをヒル魔が引き止める。

 

「あぁ、ファッキンチビはオプション付きだ。ちょっとそこで待ってろ」

 

「オプション?」

 

ヒル魔は部室からカバンを持ってくると、ゴソゴソとカバンの中から釣竿のようなものと肉を取り出した。

そして肉をくくりつけた釣竿をセナの背中にくっつける。

 

「……まさか……!」

 

そして部室の横で鎖に繋がれている狂犬(ケルベロス)を解き放った。

 

「行ってこい!!」

 

「ガッファ!!!!」

 

「ヒィィィィィィィィイイ!!!」

 

つかまれば、まず間違いなくセナごと食われる。

自分の限界MAXのスピードでの命がけの鬼ごっこが始まった。

 

✳︎

 

学校の近くの河原。

そこではサル顔の少年、雷門太郎が座り込んで川を見つめていた。

 

「……なにやってんだろな、オレ。こんなとこで、何か変わるわけでも……ん?」

 

「ひぃいいいいいいぃぃい」

 

「小早、川、くん、早すぎ、です」

 

雷門が声の聞こえる方に目を向けると、猛スピードで駆ける誰かの姿があった。もちろんセナだ。

 

「あ!そ、そうだ、これを遠くにやっちゃえば……えぇーい!!」

 

セナが背中の釣竿を抜き、生肉を川の方へと放った。

 

生肉は高い放物線を描き、川のほうへと飛んでいく。

普通なら到底取ろうなどと思えない高さのそれを、その少年は一瞬で反応して助走をつけてジャンピングキャッチした。

 

セナから離されていた黒子だが、その様子は遠くからでもよくわかった。

 

「すごい…………あ。それ、持たないほうが……」

 

黒子が精いっぱいの音量で注意するが、聞こえるはずもなく。

 

「なんだこれ。肉?

んぎゃぃぁぁぁぁぁあ!!」

 

雷門ごと食い切る勢いでケルベロスが飛びかかり噛みついた。

 

✳︎

 

「あ、今朝の主務か!なんで肉なんか持って犬に追っかけられてたんだよ?」

 

「ははは諸事情ありまして……」

 

合流を果たしたセナと黒子、雷門。生肉にかぶりつき満足したのかケルベロスは横で腕に頭を乗せ寝ている。立ち去りたい気持ちでいっぱいだが下手に刺激すると目を覚まして追いかけてきそうで恐ろしい。

 

「あれ、そういえば野球部の振り分けは……」

 

セナが思い出したように聞くと、雷門はビクリと肩を震わせた。

朝はセナに自信満々に1軍かもしれないなどと言い放っていたのだ。

雷門はその時の自分を殴り飛ばしたくなった。

 

雷門はぽつりぽつりと話し出す。

胸の内はいっぱいいっぱいで、誰かに打ち明けたくてたまらなかった。

 

3軍になったこと。3軍は野球部という扱いですらないこと。自分の夢がプロ野球選手であること。昔グローブをくれた選手に憧れていること。必死で練習したこと。どうやっても上手くなれなかったこと。……自分はプロ野球選手になれないと、わかっていたこと。

 

ボロボロと涙を流しながら語る雷門。黙って聞くセナと黒子。

話し終わったのか、三人の間に沈黙が生まれ、雷門が鼻をすする音だけが響く。

セナがいたたまれなくなって口を開いた。

 

「……ね、ねぇっ、じゃあアメフト部に入らない!?ウチ今、レシーバー……ボールをキャッチする人を探してるんだ!」

 

「……サンキュな、気持ちはありがてぇ。でも野球がダメだったから別のスポーツ、なんてのはカッコわりぃじゃねぇか。野球をダメ元で続けるか、スポーツをスッパリ諦めるか……どっちかにしてぇんだ」

 

それを聞き、セナは押し黙る。

黒子は、雷門の涙が止まるのを確認すると、いつもと変わらない調子で話し出した。

 

「僕も中学の時、3軍でした」

 

「ええっ!?最強の中学のレギュラーだったんじゃ!?」

 

「いぃいっ!?マジで!?」

 

セナと雷門が、意外な黒子の過去にそれぞれ驚く。

セナはあんなに凄い黒子が3軍だったなんて信じられなかったし、雷門はこんなにショボい奴が強豪のレギュラーだなんて信じられなかった。スポーツをやっているかすら怪しい風に見える。

 

「それは途中からの話です。どれだけ練習しても、上手くならなくて。先生に『試合に出られる見込みはないから』と退部を勧められたほどです」

 

「……俺と、同じ……」

 

黒子が淡々と語る内容は、まさしく先ほど雷門が語った内容とほぼ同じだった。

 

「え、でもそこからどうやって一軍に?」

 

「ある人に才能を見つけてもらったんです。自分だけの武器を見つけろと言われて。色々ありましたが、今のプレイスタイルに落ち着いて、レギュラーにも入れるようになりました」

 

黒子は何でもないように言うが、それはどれほど幸運なことで、そのためにどれほど努力してきたのか。同じ状況の雷門だからこそ、黒子の苦悩がなんとなく感じられた。

黒子は雷門の目を見て言う。

 

「君は、アメフトのレシーバーとして、活躍出来ると思います。

正直に言って、君が羨ましいです。そのキャッチ力があれば、僕も()()のような活躍が出来たかもしれない。でもどれだけ嘆いたって、僕には身体能力も、レシーバーに求められる能力も足りない事実は変わらない。自分が持っているもので、戦うしかないんです」

 

黒子は少し息をつくと立ち上がり、ズボンについた土や草を払う。

 

「無理強いはしません。今はダメでも、努力が実を結んで野球の実力が伸びるかもしれません。僕みたいに才能を開花させてくれる人が現れるかもしれません。未来は誰にもわからない。ただ僕は……君とアメフトが出来たら、嬉しいです」

 

「僕も、入る前に思い描いてた自分にはなれてない。でも、思っていた通りにならなくても、今の方が楽しい、そういうこともあるよ!

 

……待ってるね」

 

二人はそう言い残し土手を駆け上がっていく。

ついでに目を覚ましたケルベロスがそれを追っていった。

一人残された雷門は、自分の手を見つめ、そして握りしめる。

 

「…………俺は……」

 

 

✳︎

 

(あ、そういえば名前聞き忘れてた!……でも来てくれない、よね。気持ちは硬いみたいだったし……)

 

黒子よりも数分早く学校に戻って来たセナが校門をくぐると、そこではヒル魔がボトルを片手ににこやかな表情で立っていた。

 

「おかえりセナクン!ロードワークオツカレサマ!お水いるかい?」

 

「え、ええぇええ……!?ななななにごと……!」

 

ヒル魔が人を労うはずがない。短い付き合いだが、それは身にしみるほどわかっていた。恐怖で腰が引けながらも差し出されたボトルを受け取るセナ。

 

「いやー、長い間河原に座って疲れたろうね〜」

 

そう言いながらヒル魔はポケットから携帯を取り出しセナへと見せる。

ヒル魔が見せた携帯の画面には黒子とセナと雷門が河原で座って話している映像が映っている。練習をサボっていたという自覚はないが、事実、練習中に座って友人と談笑していたという動かぬ証拠だった。

 

「え"」

 

セナがギギギと振り返ると、餌をはぐはぐ食べているケルベロスの首輪にキラリと光るもの。カメラの液晶だ。

 

ヒル魔のほうに勢いよく向き直ると、今度はセナの後ろ姿と携帯を見せているヒル魔が、携帯に映っている。

 

「よーし次は倍の時間、行ってみようかセナクン!」

 

「す、すみまぁぁぁあひぃいいいいいいいい」

 

今度は生肉無しでケルベロスが追いかけてくる。

彼の目に入っている肉はセナ自身だ。

 

ヒル魔はセナが去ったのを確認し、持っていた携帯を見て口の端を吊り上げる。

 

「……ま、収穫はあったみてーだがな」

 

そこにはジャンピングキャッチを決める雷門の動画が映っているのだった。

 

✳︎

 

翌日。黒子とセナの二人が部室へと入ると、そこでは雷門がアメフトのユニフォームを着て仁王立ちしていた。背番号は80だ。

 

「よう!やっぱりアメフト部に入ることにした!

 

「えぇええ何があったの一晩で……」

 

「それは嬉しいですけど……いいんですか?」

 

「おうよ!漢としちゃあ、このアメフト部を影で操っている黒幕とやらの存在は見逃せねぇからな……!」

 

「……どんな騙され方したんでしょうか」

 

一瞬でヒル魔の仕業だと看破した黒子が憐れむような目で雷門を見る。

 

「とにかく、歓迎します。僕は黒子テツヤです」

 

「僕は、小早川セナ」

 

「俺は雷門────

「あ、新入部員のモン太くんだねー!!よろしく、よろしく!わーい、新しい仲間だー!」

 

意気揚々と名乗りを上げようとした雷門の声を、部室に入ってきた栗田の声が搔き消す。どうやらヒル魔から連絡を受けていたようだが、名前は間違えて覚えている。

 

「ムッキャー!違う!俺の名前は雷──

「あ、初めまして!新入部員のモン太くん、よね?これからよろしくね?」

 

「モン太とお呼びください」

 

アメフト部の美人マネージャー、まもりが部室に入ってきてそんなセリフを言った瞬間に彼は傅き「仰せのままに(イエスユアマジェスティ)」とでも言わんばかりに頭を垂れた。

 

彼の名前がモン太に決まった瞬間である。

 

「モン太くん……」「モン太くん、ですね」

 

確認する二人を見て、モン太が少し不満げな顔を見せる。

 

「ンだよ、俺らもう友達だろーが!他人行儀でくん付けなんかすんなよ!えーっと、セナと……黒子、クロコ……クロでいっか!」

 

「え……なんか犬みたいなんですけど、それあだ名ですか?」

 

「おう!俺だけ変な呼び名は不公平だからな!」

 

「え、と……モ、モン太」

 

「小早川くんだけ普通なんですね、モン太…………くん。……すみません、呼び捨ては慣れていなくて……」

 

今まで呼び捨てで呼び合うような友達がほぼいなかった二人ゆえに、むず痒そうにしながら言い淀む。

 

「っていうかクロはセナのこともセナって呼んだらどうだ?んで、セナはクロをクロと呼ぶ!」

 

強引に心の距離を詰めにくるモン太にさすがの黒子も困惑の表情を浮かべている。しかし呼び方を変えないとモン太は納得しないようだ。

 

「ええぇ……。

…………よろしくお願いします、セナ、くん」

 

「う、うん、よろしく、クロ……?」

 

こっぱずかしい思いをしていたが、それでも二人の胸中は悪いものではなかった。あだ名で呼び合うような友達が、二人も出来たのだから。

 




オマケ

「今この高校に黄瀬クン来てるんだって!!」
「マジ!?ヤバじゃん行こ行こ見に行こ!」

「あ、アレ!あの金髪、黄瀬クンじゃない!?」

「「「黄瀬きゅーーーーん!!!」」」

「あ?」

……悪魔の背中に突撃した彼女たちがどうなったのか、知る人はもういない。

「どうにもなってません!ていうか私がさせません!」


【tips!】
21日に間に合ってるからセーフ。

【tips!】
あだ名。つけるかどうか凄く悩んだ。黒子に微妙に合ってない気がするし。でもモン太・セナ・黒子の三人は同格の友達って感じにしたくて。ずっと「小早川くん」「雷門くん」呼びも寂しいなってなったので、歯を食いしばりながらもこのようにしました。テツだと某峰と被っちゃうし……。違和感はあるかもしれませんが、泥門高校の黒子はこんな感じ、ということでひとつ。

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