「エリス様。俺は、俺と、俺が認めた人を、俺の世界に行き来させる事が出来る能力が欲しいです。」
俺は、女神エリスに自分の願いを告げた。
だが、それを聞いたエリス様は、困った表情になった。
そして、少し考えたあと結論を俺に話した。
「ごめんなさい、キリトさん。どんな願いでも叶えると言いましたが、キリトさんの願いを叶えるのは、かなり難しいです。少なくとも年単位で時間が掛かると思います。」
「理由を聞いても良いですか?」
「はい。世界間の移動と言うのは、あなた方が考えるより、遥かに大変なことなんです。まず、大前提として、その世界の物質を異世界に持っていく事は出来ません。それは神々による規定によって定められているからです。」
「でも、俺たちはこうしてここにいますよ?」
エリス様の言い分通りなら、俺たちがここにいる事自体がおかしい事になる。
「キリトさん。その身体は、本当に元の世界の貴方の身体ですか?」
「あっ!?」
俺は、その言葉ですぐに理解した。
「お察しの通りです。あなた達...所謂『転生者』と呼ばれる人たちが、何故この世界の理に順応できるのか。何故、元の世界で活動を止めてしまった身体をこの世界で使えているのか。答えは簡単です。あなた達の身体が、この世界の物質を使って構成されているからです。事実、あなた達の本来の身体はちゃんと遺族の手によって埋葬されていますから...」
なるほど、その説明は納得の行くものだ。
「これまで、私はカズマさんの蘇生を何度も許可しました。本来は、これも規定違反なのですが、これは私が管轄しているこの世界のみでの事なので、ちょっと大変でしたが、なんとかなりました。ですが、世界間の移動となると、当然向こうの世界に干渉することになります。」
「向こうに行って...また戻ってくる。これを行うには、前もってかなりの下準備を行い、更に制限時間も設ける必要があるでしょう。恐らくは数年に一回...それも一日のみとか、そんな感じになると思います。それでも構いませんか?」
俺は、その言葉に悩んだ。
そこまで、難しい願いだとは思っていなかったからだ。
アスナの方を見ると、アスナはただ微笑んでいた。
キリト君の思った通りにしていいよ。
アスナは目でそう語っていた。
俺は...
あのとき、決めたんだ。アスナの為にも、京子さんと仲直りさせてやりたい。
それに...俺自身家族や仲間に会いたい。
「それでも構いません。それでお願いします。」
エリス様は、一つため息を着くと
「わかりました。」
と言って了承してくれた。
「それでは、アスナさん。アスナさんの願い事を聞きましょう。」
そう言えば、結局昨日はアスナの願い事を聞かなかったな。
「私は、元の世界の...SAOでキリト君と暮らした家が欲しいです。」
その言葉を聞いた俺は、耳を疑った。
折角の願い事を、そんなものに使って良いものか...
そう言おうと思ったが、アスナの真剣な目を見て、言うのを止めた。
そう言えば、ALOであの家を再度購入したとき、アスナは嬉しさに泣いていたっけな。
それだけ、思ってくれていたんだ。
俺としても嬉しい。
「えーと...本当にその願い事で良いんですか?」
エリス様が、再度確認の為にアスナに聞くが、
「はい。その願い事でお願いします。」
アスナはキッパリと告げた。
「わかりました。ですが、流石にそれだけと言うのは、私としては心苦しいので、その家に幾つか機能を追加しておきます。」
「...わかりました。」
アスナも了承した。
そのままで良いのに...とか思ってるな...きっと。
「それでは、アスナさんの願い事は、近日中に調べて叶えますね。具体的な方法は追って報せます。そして、キリトさんの願い事ですが、実行可能になった時にお知らせします。ですが、先程も言った通りこれには数年程度時間がかかりますので、そのつもりでいてください。」
「それでは、皆さん...この度は本当にお疲れさまでした。」
そう言って、エリス様は消えようとした。
その時、空気が読めないことに定評のあるアクアがエリス様を止めた。
「ちょっと待ってエリス。」
「もぉ~。なんなんですか、アクア先輩。役目を終えて、綺麗に消えるつもりだったのに。」
...さっきまでとは違って、かなり砕けてるな。
「あのね。エリス。キリトの願い事なんだけど、私良いことを思い付いちゃったのよ。」
どう言うことだろう?
「おい、アクア。頭の弱い子のお前が考えつく事なんて、エリス...様なら考えついてるに決まってるだろ。ここは大人しくしておけ。」
カズマが、アクアを止めようとしている。
まあ、これまでの言動見てればそうするよなぁ...
「うるさいわねぇ、まずは私の考えを聞いてから否定してくれる?」
構わず続けるアクア。
「ねぇ。エリス。キリトの願い事の一番ネックになってる部分って、キリト達の身体そのものを移動させる事でしょう?」
「そうです。世界間の物質の移動は、天界規定でかなり高い禁止事項になりますから。」
その言葉に、ニヤリと笑うアクア。
「フフーン。私の管轄していた日本にはね、フルダイブ技術と言うものがあったのよ。」
「フルダイブ?先輩。それはどんなものなんですか?」
「詳しくはよくわからないんだけど、身体を残して、仮想の身体に自分の身体の感覚を写して、仮想の世界で遊びましょうって技術よ?」
うーん...大まかには合っているような気もするけど...
「補足しても良いですか?エリス様。」
そう言って、俺は自分が知るフルダイブ技術について、エリス様に伝えた。
「はぁ...そんな技術があるんですねぇ。」
エリス様は、異世界の技術に感心していた。
「それでアクア。そのフルダイブ技術がキリトの願い事とどう関係してくるんだ?」
カズマが続きを促す。
「だ~か~ら~、キリトの願い事のネックは、世界間の物質移動なわけでしょ?だったら、この世界に身体を残して、フルダイブすれば、少なくともキリト達が遊んでた仮想世界には行けるんじゃない?って事よ。キリトが元の世界に行きたいのは、友人や家族に会いたいからなんでしょ?だったら、少なくとも仮想世界の仲間には、これで会いに行けると思うんだけど...」
皆、衝撃を受けていた。
特に、カズマ達の動揺は凄まじかった。
「ど、ど、ど...どうしたんだ!?アクア。まとも過ぎる提案をするなんて熱があるんじゃないか?」
「だれか、アクアに回復魔法を...回復魔法をお願いします。」
「ふ、二人とも落ち着け。アレだ...その...エリス様...世界は大丈夫なのでしょうか。」
「うわぁーん!折角良いこと言ったのに、皆がいじめる~。」
誰がどの発言をしたかは敢えて言わない。
とは言え、このままだと収拾がつかないので...
「えっと...エリス様。今のアクアの提案はどうなんですか?」
エリス様は、少し考えた後...
「イケるかもしれません。」
「キリトさん、一月ほど時間を貰えませんか?日本のフルダイブ技術について、詳しく調べてみます。」
俺は、一も二もなく頷いた。本当なら数年の時間がかかることなのだ。
それが、一月で仮想世界限定とは言え行けるかも知れないのだ。
断る理由がない。
「それでは皆さん。今度こそ...お疲れさまでした。皆さんの功績は後々まで語られる事でしょう。それでは失礼します。」
エリス様は、今度こそ姿を消した。
「アスナ...」
「キリト君...」
リズ達に会えるかもしれない。
それが嬉しくて、俺たちは互いを見つめながら静かに笑いあった。
...カズマ達は、まだ騒いでいた...