「お、お兄ちゃん...なの?」
私は、目の前のプレイヤーに、絶対にあり得ない人物の名前で呼び掛けた...
ほとんど、無意識に近い呟きにも似た呼び掛けだったと思う。
「ああ...俺だよ。和人だ。スグ...わかるか?」
「ウソ...そんなのウソだよ。だって...お兄ちゃんは...もう...貴方がお兄ちゃんであるハズがない...」
自分で呼び掛けておきながら、私は彼を否定した。
そうだ...『桐ヶ谷和人』は死んだ。
だから、目の前のプレイヤーが『キリト』であるハズがない。
自分の中の、現実的な思考は彼を否定している。
でも、感覚的な思考が彼をキリトと認めていた。
でも、それを認める訳には行かない。
もし、それで...やはり騙していたとわかったら...
そうなったら...私は、もう立ち直れないだろう...
その恐怖が、彼をキリトとして認める事を拒んでいるのだ。
「そう...だよな...信じられるハズ無いよな...」
その人は、とても悲しそうな表情で私の言葉を肯定すると続けて、
「悪かった。もう二度と...君の前に姿を見せないと誓うよ。」
そう言った。
そんな...この人をキリトと認めるのも怖いけど、このままお別れなのも嫌だ...
どうしたら良いの?
私は、どうしたいの?
「それじゃあ、リーファ。俺たちはもう行くよ。」
「キリト君、良いの?」
「良いんだ...」
キリト君は、結論を出して、ここを去ろうとした。
アスナさんは、そんなキリト君を気遣いながらも、キリト君に従う。
残りの二人も一緒だ。
ああ...キリト君とアスナさんが...
二人が行ってしまう...
「待って...」
気が付くと、私は二人を呼び止めていた。
もう、考えるのは止めよう。
自分の心のままに、言葉を紡ぐのだ。
「ねえ、キリト君。私とデュエルしよう。」
そう、私が彼をキリトと認識した最大の理由は、彼の強さ。
だったら、彼と戦い...自分を納得させる。
きっと、この人が本当にお兄ちゃんなのか、私には結論を出せない。
でも、キリト君なら、この戦いで私を納得させてくれる...
そう信じる...。
「貴方が本当に本物のキリト君なのか、私にはわからない。だから、このデュエルで証明してみせて。貴方が本当に『黒の剣士』キリトだと。本気の力で...」
キリト君は、一度目を瞑る。
そして、目を開くと、ニヤリと笑って
「わかった。」
「キリト君。ダメだよ。そんなの。」
アスナさんが、止めようとする。
「ママ。ここは二人を信じましょう。」
なんだ...ユイちゃんも、一緒にいたんだね。
キリト君は、システムウィンドウを操作する。
その次の瞬間、彼の背にもう一本の剣が現れた。
エクスキャリバーでは無いが、そのもう一本の剣も、かなりの力を持っているように感じた。
そう、黒の剣士の本気の戦闘モード。
彼の代名詞とも呼べる二刀流。
このALOでは、未だに実装こそされないスキルだが、お兄ちゃんは試行錯誤の末、システムに頼らずに二刀流のソードスキルを再現する事に成功していたし、システム外スキルのスキルコネクトなんてものまで開発していた。
私は、二本の剣を背負った彼を見て思った。
本気のキリト君と戦える。
今の私が、どこまで強くなれたのか...
見てもらうんだ、彼に。
私は、自分の剣を抜くと中段に構えた。
彼も二本の剣を抜き放ち、構える。
ワクワクする。こんな気持ちになるのは、本当に久しぶりだ。
思えば、この二年半の間...ただただ最強の称号を得るために義務感から戦い続けていた。
そこに、楽しいなんて感情は何一つ感じなかった。
「リーファとこうして真剣に戦うのは、アスナを助けるためにログインして、グランドクエストに挑む前の...あの時以来だな...」
「そうだね。あの時は、中断しちゃったけど、今回は...最後まで行くよ?」
「ああ。本気で行くぞ?スグ?」
「私も、本気で行くよ?お兄ちゃん。」
もう、わかっていた。この人はお兄ちゃんだ。
理屈なんてわからないけど、目の前のこの人はお兄ちゃん。
でも、けじめは必要だ...
だから、全力で戦う。
私は、正面から突っ込んだ。
キリト君が恐るべき反応速度で迎撃する。
キリト君は、二本の剣を巧みに使い、私の剣をことごとく弾いた。
くっ...なんて強いの?
二年以上もブランクがあるハズなのに...
でも、私だってこの二年半の間、ずっと強くなるために戦ってきたのだ。
簡単に、負けるものか...
攻防を繰り返す私たち。
「強いな。スグ。」
「お兄ちゃんもね。」
いつまでも、こうしてお兄ちゃんと戦っていたい。
そんな気分だった。でも...終わらせないとね...
「そろそろ決着をつけようか。スグ。」
「そうだね。」
お兄ちゃんが、構え直す。
私にも、切り札がある。
『絶剣』のユウキから受け継いだ、最強のソードスキル...
あれから二年以上経つが、未だにこれを超えるオリジナルソードスキルを開発したプレイヤーは現れていない。
マザーズロザリオ...
「ハアアアアアアアアッ!!!!」
総数11回にも上る剣戟がお兄ちゃんを襲う。
これを防ぐのは、どんな人間にも不可能だ。
そう、確信していた...
でも、その全ての斬撃は、彼の持った二本の剣により打ち落とされた...
「そんな...」
「今度はこっちの番だ。いくぜ...リーファ。『スターバースト・ストリーム』」
スターバースト・ストリーム...以前お兄ちゃんが練習していたのを見たことがある。
二本の剣による16連撃。
でも、これはシステムによりちゃんとアシストされている。
いつの間に、二刀流は実装されたのだろうか...
考えている時間はない。
お兄ちゃんは、私の『マザーズロザリオ』を防いだのだ。私だって、この技を防いで見せる。
「くっ」
予想以上に、速くて重い...
私は、十撃目の攻撃を防いだ時に剣を弾かれて、その攻撃を身体に受ける。
私の...負けだね...
気が付くと、私は大地に横たわっていた。
アスナさんが蘇生魔法をかけてくれたようだ。
「大丈夫か?スグ。」
お兄ちゃんが、心配そうな顔で私を覗きこんでいる。
「大丈夫だよ。」
私は、立ち上がると改めてその顔を見つめた。
そして...
「お兄ちゃん...なんだね?本当に...」
「あぁ。そうだよ。...スグ。信じてもらえないかもしれないけど...」
「信じるよ。私は信じる。おかえりなさい。お兄ちゃん。」
「ただいま。」
私たちは、泣きながら抱き締めあった。
ああ、神様。
奇跡をありがとうございます。