「お...母...さん...。」
アスナは、突然の事に混乱していた。
目の前のこの人が、自分の母親?
そんなはずは無い...
あの人はこんな穏やかな笑顔を見せないし、何よりもゲームなんてするような人では無いハズだ...
アスナは纏まらない思考のまま、その場を逃げ出した。
「待って、明日奈...私の話を聞いて頂戴。」
逃げるアスナに、キョーコは引き止めようと声をかけるが、アスナは空を翔んで遠くへ行ってしまった。
まだ、飛行に十分慣れていないキョーコでは、追い付くことができるハズもなく、結局見失ってしまった。
「明日奈...」
明日奈を追い詰めるつもりは無かった...
ただ、話がしたかっただけなのに...
明日奈は、やはり自分を恨んでいるのだろうか...
京子は、明日奈の行動にネガティブな感情に支配されそうになる...
そこに、キリトが近づいて来て声をかけて来た。
「キョーコさん...失礼ですが貴方は明日奈の母親の京子さんですね?」
「え...ええ...貴方は桐ヶ谷君ね?」
「はい。アスナは今、突然の再会に混乱してるだけだと思います。だから、アスナの事は俺に任せてください。必ずまた、貴方の前に連れてきてみせます。」
「ありがとう...桐ヶ谷君...よろしくお願いね?」
キリトの言葉に弱々しく返事をする京子。
「ユイ、俺はアスナを追いかける。だから、京子さんを頼めるか?」
「わかりました。パパ...ママの事、お願いします。」
ユイの返事を聞いたキリトは、一つ頷くと、アスナが飛んでいった方向に飛んでいった。
「キョーコさん...いえ、京子さん。ママの事は、パパに任せてください。きっと、ここに連れてきてくれます。」
その場に残ったユイは、京子を慰める為に話しかけた。
「ありがとう、ユイちゃん。でも...私...きっと私は明日奈に恨まれているのよ。だから、あの子は私の前から逃げ出したんだわ。」
今の京子は、娘が自分の前から逃げた事のショックにより、どうしても悪い方向に全てを考えてしまっていた。
「そんな事はありません。ママは、自分の親を憎み続けられるような心は持っていません。」
「そんなこと、わかるわけが無いわ。」
「確かに、普通なら解らないかもしれません。ですが、私には解るんです。何故なら、私はメンタルカウンセリングプログラム...SAOにおいて、プレイヤーの心理的なケアを目的に作られたプログラムだからです。」
その言葉に驚く京子。
「貴方は、プライベートピクシーでは無かったの?」
「いいえ...もともとの私はSAOのプログラムです。このALOにおいては、規格の近いプライベートピクシーと呼ばれるプログラムに偽装をしているだけです。」
そう言って、ユイは本来の人間ベースの姿をとった。
「これが、本当の私の姿です。」
「それじゃあ貴方は、SAOであの子達の心理カウンセリングをしていたのね?」
京子の質問に首を振るユイ...
「いえ...むしろ私の方がアスナさんとキリトさんに救われた側です。」
「どういう事なの?」
そして、ユイは語りだした。
自分の産まれた理由。その役目を管理プログラムに禁止されたこと、プレイヤーのモニタリングを続けていった結果、エラーを蓄積していき、自己崩壊を起こしかけていたこと。
「あなたは、どうやって自分を保ったの?」
「崩壊寸前に、アスナさんとキリトさんを見つけられたからです。あの二人はデスゲームとなったあの世界で、数少ない温かいメンタルパーソナリティーを持っていました。私は、二人に会うために、無理をして管理プログラムを騙して、二人に接触しました。その過程で、私は記憶を失っていましたが、二人はそんな私を娘として扱ってくれたんです。」
「そう...だから貴方は、二人をパパ、ママと呼んで慕っているのね。」
「はい。二人は記憶を取り戻して、私がプログラムである事を伝えても、変わらず娘だと言ってくれました。」
「実の親子でなくても、貴方達はそれだけの絆を作れた。それに比べて私は...」
京子は、自分が情けなくなった。血の繋がりの無い明日奈とユイは、これだけの絆を持っているのに、実の母親である自分は、明日奈との間に大きな溝を持っていた...
「京子さん...明日奈さんを、そう育てたのは紛れもなく貴方なんですよ?もっと自信を持ってください。」
「その通りだ。」
「そうだね...」
ユイが、京子を慰めていると二人の見知らぬプレイヤーが声をかけて来た。
一方、その頃キリトの方はアスナと合流することに成功した。
「アスナ...」
「キリト君...」
アスナは泣いていた。何故自分が泣いているのかもわかっていなかった。
キリトは、なおも話しかける。
「アスナ...あの人は君の母親なんだろ?」
「うん...」
「なんで逃げたりなんかしたんだ?」
「わからない...全然わからないの。ただ、あそこにいたくなかった。」
「アスナは、お母さんのこと...やっぱり嫌いなのか?」
アスナは、その質問にとつとつと語りだした。
「そうだね。前にも話したけど、キリト君との交際を反対したり、勝手に転校させようとしたり、あの人を嫌う理由はいくつもある...キリト君が死んだ事を良かったって言ったことは、今でも許せない...。」
「その...ハズなのに...お母さんが目の前にいるってわかったら、私...会いたかったって思ったの...私は...」
アスナは、自分の中で整理が着いていないのだろう。京子を許したくない自分。許したいと思う自分。会いたいと願っていた自分。
だからキリトは、自分が思ったことを口にした。
きっと、それがアスナの背中を押すことになると信じて。
「アスナ...俺は京子さんの事を良く知らないから、上手く説明できないけど、この世界で出会ったキョーコさんは、アスナが言うような冷たい女性には見えなかった。純粋にこの世界を楽しんでいるようだった。」
「...うん。」
それは、アスナも感じていた。
「それにさ...京子さんは、なんでこのゲームを始めたんだと思う?」
そうだ...何故お母さんはこのゲームを始めたのだろう。
ゲームなんか...って言うような人なのに...
「多分、アスナの事を理解したいと...そう思ったんじゃないかな?」
「アスナを亡くして、きっと京子さんは後悔したんだと思う。だからせめて、君の事を理解しようとした。俺はそう思うんだ。」
そう...なのかな...
「だから、アスナ...自分の目で確かめよう。もし、会うのが怖いのなら俺も一緒にいるから...だから...勇気を出して。」
そう言ってキリトはアスナに手を差し出した。
「ありがとう、キリト君。私...会ってみるよ。」
アスナはキリトの手を取ると、一緒に母が待つ場所へ向かった。
キョーコのいる場所へ戻ったアスナ達は、新たに二人のプレイヤーがいることに気づいた。
「あ、見てください。戻ってきましたよ?」
始めにユイが気づいた。
「おお、明日奈だ。明日奈が生きておる。良かった。本当に良かった。」
「父さん...」
見知らぬ二人のプレイヤーは、お互いに涙ぐんでいる様子だった。
「えっと...」
状況が飲み込めないキリトが声をかける。
「おお...君は桐ヶ谷君だね。私だよ...明日奈の父の...」
「もしかして...彰三さんですか?」
「その通りだよ。キリト君。ただ、ここではショー3と呼んでくれたまえ。」
「はぁ...」
キリトは、アスナの父親とは面識があった。
正直、大会社を経営するような人とは思えないくらいフレンドリーにキリトに接してくれていたが、変わっていないらしい。
「僕は、始めましてかな。キリト君。明日奈の兄の浩一郎だよ。ここではコウと呼んでくれ。」
「お父さん...それに兄さんも...どうして?」
アスナは、更なる家族の登場に呆然としていた。
「実は...京子さんと同じ座標からログインしているお二人を発見しまして、コンタクトを取ったんです。そうしたら、お二人もママの親族とわかりまして...ゆんゆんさんに言って、反則ですがテレポートを使ってもらって、連れてきて貰ったんです。」
「私も、浩一郎も偶然仕事が早く終わりまして、折角だから前から用意していたアミュスフィアを使ってみようと言う話になったのですよ。」
「明日奈...生きていてくれて嬉しいよ。話はユイ君から聞いている。にわかには信じられん話だが...私はお前が生きているとわかっただけで十分だ。」
「お父さん...ありがとう。」
「うむ。さあ、明日奈。母さんと話してきなさい。その為に戻ってきたのだろう?」
「はい。」
明日奈は、京子の方に向き直った。
「明日奈...ごめんなさい。私は...貴方の事を見ていなかったわ。私は、貴方に私の持つ価値観を押し付けていた。貴方を失って、後悔して...ようやく気付いたわ。」
「お母さん...私こそごめんなさい。お母さんが生んでくれた命を...自分で...捨ててしまって...ごめんなさい。」
明日奈は、感極まって京子に抱きつくと泣き出した。
「お母さん...お母さん...お母さん...」
京子は、小さい頃の明日奈を思い出していた。
ーそう言えば、あの頃は明日奈は甘えん坊だったわねー
「明日奈...私ね...今は大学を辞めて専業主婦をやってるのよ?」
アスナが落ち着いた頃、京子は自分今の心境を語りだした。
「えっ!?」
その言葉に驚くアスナ。
「貴方を失ったことと、大学で出会ったある生徒のお陰でね、家族の大切さを再認識したの。今では家の雰囲気も宮城のお爺ちゃんの家に負けないわよ?」
「そうなんだ...見てみたいな...変わった結城家を。」
「見に来なさいな。ユイちゃんから聞いてるわよ?数年もすれば、現実世界に来れるようになるって。」
「制限付きだと思うけどね...」
「それでも、いいじゃない。」
「そうだぞ?あそこはお前の家でもあるのだからな。」
彰三が会話に加わる。
「うん。僕たちも待っているよ。あの家で。だから、必ず帰ってくるんだよ?」
浩一郎も続く。
「お父さん、お母さん、兄さん、ありがとう。私、必ず幸せになるからね。そして、現実世界に戻れるようになったら、きっと家に帰るからね。」
「ああ、いつでも待っているよ。それに...ここでなら週一でお前と会えるのだろう?」
「うん。」
「なら、早く仕事を片付けて定期的にログイン出きるようにしないとね。父さん。」
「もちろんだとも。」
親子の会話が続くなか、
「パパ、ママ...そろそろ時間です。」
ユイが、その時を告げた。
「皆さん、俺たちがここに来れるのは、時間制限があるんです。だから...今日はここで...」
キリトが、別れの挨拶をしようとしたとき?
彰三が、これだけは言っておきたいと言って、話し出す。
「キリト君...こんな娘だが、どうか明日奈をよろしく頼む。」
「彰三さん...」
「貴方を否定していた私には、言う資格が無いのはわかっています。ですがどうか...明日奈を幸せにしてあげてください。」
京子も、キリトに向き直り続く。
「お母さん...」
京子の言葉を聞いて、アスナはまた泣きそうになった。
「でも、明日奈を泣かせたら承知しないからな。」
浩一郎が釘を指す。
「もちろんだとも。」
「当然です。」
彰三も京子も同意見のようだ...
「わかりました。明日奈さんは必ず幸せにして見せます。」
キリトは、きっぱりと宣言した。
「「「「「「おおおおおおおおおっ!!」」」」」」
周りが騒ぎ出す中、キリト達の身体が光だした。
次の瞬間には、キリト達の姿は無くなっていた。
彰三は、京子の肩に手を置くと、
「大丈夫さ。きっと彼なら明日奈を幸せにしてくれる。それに、また来週には会える。」
「そうですね。」
京子の目には、優しい涙が浮かんでいた。