独り遊戯   作:紫 李鳥

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十二話 朝顔

 

 

 

 コーヒーを注文すると、奈津の前に座った。

 

「もう……遅いんだから。どうだった?」

 

「ああ。自供した」

 

「エッ!やっぱり、あの人だったんだ」

 

 奈津が驚いた顔をした。

 

「……なんだ、当てずっぽうで言ったのか?」

 

「だって、逆光でよく見えなかったんだもん。勘と推理力よ」

 

「バカ。もし違ってたら人権蹂躙(じんけんじゅうりん)で訴えられたかもしれないんだぞ」

 

「だって、あなたとの想い出の地に、一緒に来たかったんだもん」

 

 またお得意の表情をした。

 

「……こうやって来たんだからいいだろ?」

 

「うん!」

 

 一変して、ニコッとした。

 

(現金な奴だな……)

 

 

 

 予約していた稲佐山のホテルにチェックインすると、夕食まで観光地を歩くことにした。タクシーで思案橋まで下りると、浜町アーケードから丸山の『花月』辺りまで歩いた。この『花月』は、柱に坂本龍馬が付けた刀傷があることでも知られる料亭だ。その近くにある老舗、『福砂屋』のカステラを土産にした。タクシーでホテルに戻ると、丁度、食事の時間だった。

 

 

 

 食事を済ますと、夜景を眺望しながら、グラスを傾けた。

 

「長崎では、トビウオのことをアゴって言うじゃない。なんでか知ってる?」

 

 カクテルで頬をピンクにした奈津が出題した。

 

(また、蘊蓄のご披露が始まるのか)

 

「ジョーズみたいな口してるから?映画の『ジョーズ』って、顎のことだろ?英語で」

 

「うむ……近い」

 

(えっ?ホンとかよ。冗談で言ったのに)

 

「長崎弁で口のうまい人のことをアゴって言うじゃない?うまいイコールあご。トビウオはうまい。うまいイコールあご。ドゥユーノー?」

 

「アイアイサー」

 

 努も日本酒を飲んで上機嫌になっていた。

 

「ところで、佐賀で有名な陶器と言えば?」

 

 逆に努の方から出題した。

 

「有田焼でしょう、伊万里焼でしょう。それと……もう一つあるのよね。なんだっけな。九谷は石川だし、益子は栃木だし……あー、度忘れした」

 

 奈津が悔しそうな顔をした。

 

「じゃ、明日、度忘れしたとこに行ってみるか」

 

「えっ?ホントに?」

 

「ああ」

 

「わーい、わーい」

 

 奈津は子供のように喜んでいた。

 

 

 

 ――下車したのは、唐津だった。

 

「そうそう、唐津焼だ」

 

 駅名を見て、奈津が納得した。

 

 

 

 努は、駅近くの木造の一軒家に、奈津を案内した。表札には、〈平井〉とあった。

 

「……誰んち?」

 

「俺んち」

 

「木村じゃないじゃん」

 

「姉の嫁ぎ先だよ。母親も一緒に暮らしてる。みんなに紹介するから」

 

「なんて?」

 

 奈津が悪戯っぽい目で見た。

 

「……未来の嫁さんて」

 

「オッケー!あっ、そうだ、昨日買ったカステラを手土産にしよう」

 

「ちゃっかりしてるな」

 

「へへっ」

 

 奈津が舌を出した。

 

 

 

 ――数日後、交番に永井美也子が出頭した。

 

 

 

 奈津と入籍したのは、街路樹の葉が黄色に染まる頃だった。そして、庭付きの一戸建てを購入した。と言うのも、できちゃった結婚だった。生まれてくる子供の為にも庭付きが欲しがった。

 

 来年は、朝顔の種も蒔く予定だ。奈津との想い出の中に登場する朝顔は、竹垣に蔓を伸ばしていた。その伸ばした蔓で二人を繋いでくれたのかもしれない。

努は、奈津との間に繋がっている蔓という赤い糸を感じていた。そんな、二人を結び付けた朝顔を、生まれてくる子にも見せてやりたい。これから先の家族三人の生活に期待を膨らませながら、努は将来の設計図を描いていた。

 

 

 

 だが、努には一つ、引っ掛かっていることがあった。それは、奈津と渡辺の関係だ。渡辺は、片思いだと言っていたが、果たしてそうなのか。関係ができた二人は原口が邪魔になった。『……社長さえ居なければ、俺たち結婚できるのに』『あなたは、私より年下よ。私なんかじゃなくて、年相応の素敵な人に出逢えるわよ。きっと』『嫌だ。姐さんじゃなきゃ嫌だ』そんなやり取りの中で、渡辺の情にほだされた奈津が、遠回しに殺害方法を教えた。そして、渡辺が単独で犯行に及んだ。

 

 それは、単なる憶測に過ぎない。だが、渡辺に対する嫉妬と奈津への疑念が、執拗なまでに胸の奥底に黒い斑点のように付着していた。

 

 だが、そんな邪念を払拭したくて……俺が惚れた女だ。奈津を信じよう。努はそう、自分に言い聞かせていた。

 

 

 

 

 

 ピンクのエプロンで夕食の支度をしている、ポニーテールの奈津の後ろ姿が愛らしかった。

 

「ねぇ、あなた。男の子と女の子、どっちがいい?」

 

 そう訊きながら振り返った奈津の笑顔は、二十年前に見た、あのチャーミングな笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   完

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