独り遊戯   作:紫 李鳥

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五話 邂逅

 

 

 

 ――努は原口の家に赴いた。主を亡くした二階建ての家は静寂に包まれ、物寂しさを漂わせていた。鬱蒼と茂る八重山吹に囲まれた三坪ほど庭は、確かに目隠しになると、努は思った。表札が無ければ、空き家かと見間違えそうな玄関のインターホンを押した。

 

「……はい」

 

 か細い女の声だった。

 

「すみません、新宿△署の者ですが、奥様でいらっしゃいますか?」

 

「……ええ」

 

「ご主人の件で少しお話を伺いたいのですが」

 

「……申し訳ありませんが、今、風邪薬を飲んだばかりで……明日にして頂けませんか」

 

 如何にも辛そうだった。

 

「分かりました。明日、伺います。お大事に」

 

「……すいません。悪かね」

 

(……!)

 

 九州弁だった。

 

「須藤、女房の名前を何て言った」

 

 相棒の須藤に振り返った。須藤は急いで手帳を捲った。

 

「えーと……なつです」

 

(!)

 

 努は目を丸くした。……庭に埋められた絞殺死体・九州弁・なつ……。長崎で起きた二十年前の未解決事件と合致した。……仮に、なつと言う女が俺の知っている、あの浦川奈津だとしたら、こんな偶然が果たしてあるものだろうか……。努は身動ぎもせず、原口と彫られた表札に目を据えていた。

 

 

 

 ――翌日、日は沈んでいた。明かりのない原口宅は、まるで廃墟のようだった。街灯に浮かんだインターホンを押した。努は高鳴る動悸を感じていた。

 

「……はい」

 

 昨日の、あのか細い声だった。

 

「……浦川奈津さんですか?」

 

「!……はい、そうですが……」

 

「なっちゃんか?」

 

 努は興奮した。

 

「!……はい」

 

「木村努だよ。覚えてないか?長崎の」

 

「……!お兄ちゃん?」

 

「ああ」

 

 途端、階段を駆け下りる音が中から聞こえた。突然ドアが開くと、そこには、大人になった奈津が居た。

 

 奈津は努の顔を認めると、今にも泣き出しそうな顔で、努の腕を引っ張った。

ドアを閉めると、

 

「……お兄ちゃん、お兄ちゃん」

 

 何度も呟きながら、努の顔を繁々と眺めた。そして、抱き付くと、

 

「……会いたかった。ずっと」

 

 と、独り言を漏らした。奈津は空ろな目で努を見上げると、接吻を求めてきた。努は軽く唇に触れてやると、直ぐに離れた。だが、奈津は強引に努の背中を掴んだ。努は覚悟したかのように、奈津の求めるが儘に身を委ねた。

 

 

 

 ――奈津は子供から行き成り、妖艶な大人の女になっていた。思春期の頃や純情可憐な頃を知らない努には、その衝撃は大きかった。

 

「――あれから、どうしてた?」

 

 努の傍らで、気怠そうに目を閉じている奈津に訊いた。

 

「……父と各地を転々としたわ。十九の時に父が死んで、それからは、ずっと水商売で働いてた」

 

「……苦労したな」

 

「……そんなことない……それより、何で私がここに居るって分かったの?」

 

 大きな目を更に大きくした。

 

「昨日、インターホンで喋ったろ?」

 

「エッ!刑事さんだったの?」

 

「ああ」

 

「……へー、お兄ちゃん、刑事さんだったんだ。あの頃は、お兄ちゃんが何してる人か知らなかった」

 

「あの頃はまだ大学生さ」

 

「お兄ちゃんから貰ったキャンディやキャラメルを食べながら、お兄ちゃんと一緒に居られるときが幸せだった」

 

 奈津が涙ぐんだ。

 

「……奈津」

 

 努は敢えて、千草の件には触れなかった。――

 

 

 

「明日、署に来て貰うぞ」

 

 努はYシャツの釦を嵌めながら言った。

 

「分かった。優しくしてね」

 

 甘えた声を出した。

 

「……ああ」

 

 努は、奈津を見ずに返事をした。“優しくしてね”とは、千草の件には触れないでくれと言う意味なのか……。

 

 奈津を抱いたことに多少の後悔があった。だが、奈津の激情を鎮めるだけの、刑事としての強い信念はなかった。

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