独り遊戯   作:紫 李鳥

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六話 追想

 

 

 翌日、二十年前を彷彿させるかのような、清楚な白いワンピースで奈津が現れた。努は奈津から目を逸らすと 軽く咳払いをした。

 

「奥さん、風邪気味のところをご苦労様です」

 

「いいえ」

 

「早速ですが、ご主人と寝室を別にしたのは、何故ですか?」

 

 努は興味のあることから訊いた。

 

「主人は結婚当初から鼾が酷くて、私から頼んで別にして貰ったんです」

 

「恋愛結婚ですか?」

 

「……ええ。まあ」

 

「ご主人がヤクザだと知ってて、付き合ったんですか?」

 

 努は興味本位で訊いた。

 

「最初の頃は知りませんでした。とても真摯で……」

 

 努は責めるような目で奈津を睨んだ。

奈津は目を逸らした。

 

「……話上手で。伴って来店する社員らしき人達から、社長、って呼ばれてたし、まさか、ヤクザだなんて思いもしませんでした。毎日のように来店してくれて、お陰で指名料がトップになって。景気のいい会社なんだぐらいにしか思いませんでした。

 話は面白いし、飲み方はスマートだし、金払いはいいし。最高のお客さんでした。……それが、ああいう人達の手なんでしょうけど、私は気付きませんでした」

 

「気付いたのはいつだ?」

 

 無意識のうちに努の言葉が荒くなっていた。調書を執っていた須藤が、努の荒げた語気に反応するかのように横顔を向けた。

 

「……背中の刺青を見た時です……」

 

 奈津が一瞥した。努めて冷静を装うと、努は煙草を一本抜いた。

 

「ヤクザだと気付いた時、別れようと思わなかったのか?」

 

 努は諭すような言い方をした。

 

「いいえ。思いませんでした」

 

 断言した。予想だにしなかった奈津の返答に、努は愕然とした。

 

「……どうしてだ?」

 

 合点のいかない顔を向けた。

 

「例えヤクザだと分かっても、一度好きになった人を簡単に嫌いにはなれません。……原口は、私が九歳の時に恋した人に似てました――」

 

(……!)

 

 努のことを言っていた。

 

「……あれは、小学四年の夏休みだった。お兄ちゃんは、日焼けした顔に白いシャツがよく似合っていた。お兄ちゃんはいつもキャンディやキャラメルを買ってきてくれた。それを食べながら、朝顔や矢車草の咲いた庭を眺めながら煙草を吸っているお兄ちゃんの横顔を見てるのが好きだった。

 ……お兄ちゃんは口数は少なかったけど、一緒に居て楽しかった。何か、心が安らいだ……」

 

 奈津は目を潤ませていた。努は申し訳なさそうに俯いた。

 

「……私が大人だったら、お兄ちゃんの恋人になれるのに……そう思うと、自分がまだ九歳なのが悔しかった。……あの時に成就できなかった思いの丈を原口にぶつけました――」

 

「……つまり、愛していたと言うことですか?」

 

「誰を?」

 

 奈津が妙な聞き返しをした。

 

「……誰って、ご主人をですよ」

 

「いいえ、愛していません」

 

「……はぁ?」

 

 努には、奈津の言ってる意味が分からなかった。

 

「私が愛した人は唯一人。九歳の時に会ったお兄ちゃんです」

 

 奈津は潤んだ瞳で努を見詰めた。努は咄嗟に目を逸らすと、照れ隠しのように咳払いをした。奈津に顔を戻すと、舌を出して笑っていた。奈津にからかわれたことを知った努は、調書を執っている須藤に気付かれないように、片手で横顔を隠すと、子供を叱るような仕種をした。

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