ようやく梅雨が明けた。俺は来る期末試験に向けて勉強を始める。現代文は得意だから問題はない。しかし、理系は俺にとっては苦手な物だ。こうなってしまっては最悪補習になってしまう。そうなったら洒落にならない。
先輩は練習をしてる。あの人、練習と勉強もあるよな?両立出来てる辺り凄いと思う。俺はただの図書委員で、先輩はRoseliaの一員、この時点で俺と先輩は差が出ている。これじゃあ白金先輩は高嶺の花そのものだ。
「ん、んぅー。はぁ……。分からない所がいくつか出てきたな」
文系は出来ているが、理系がボロボロだ。今度先輩に聞いてみるか。今日はここまでにして寝よう。俺は支度をして眠りに就くことにした。てか明日先輩時間空いてるかな?
次の日、俺は先輩に時間が空いてるか聞いた。今度の中間は良い点を取りたい。ここで失敗したらあとに響くし、先輩にも何か言われかねない。
「時間は……空いてるよ。もしかして……中間テストの勉強?」
「まぁそんなところです。理系がボロボロなので、分からないところを聞こうと思ったんです」
そうなんだ、と白金先輩は納得した。ここで勉強となると時間が空いてる時にしか出来ない。活動中の時は暗記系、日本史、世界史、生物等に限られてくる。数学や現代文はこの時間だと出来ない。
先輩は顎に手を当てて何か考えていた。その様子が様になっていて、綺麗だなと見惚れてしまう。こんなこと考えてる辺り、俺は先輩に"毒されている"のかもしれないな。そうだったら、顔を合わせられない。
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休日の土曜日、私は椎名君と勉強会をやることにした。原因は私だ。私が教えてあげるという形になった。場所は私の家でやることになった。
椎名君は"私の後輩"で、気になる人だ。付き合ってもいないのに、私は初めて男の子を自分の家に上げた。大丈夫、何かが起きることはない、ない筈だ!
「お、お邪魔します……」
「ゆっくり……してていいよ。コーヒー……持ってくるね」
というか私は何で椎名君を家に上げたんだろ……。彼を信用しているからかな?それとも何だろう。私のことを知ってほしいから?考えるだけでも恥ずかしくなる。私は唇に手を当てた。何かここまで深く考えるなんて、何やってるんだろ私……。
椎名君に勉強を教えるだけだ。だから、疚しいことは何一つない。ある訳がない。氷川さんが知ったら大胆ですね、何て言うに違いない。
コーヒーとホットミルクを用意する。こういう時はホットミルクを飲んで落ち着こう。うん、そうしよう。
「お待たせ……勉強やってたんだね……」
「ありがとうございます。生物は特に駄目なんです。文系はまぁまぁですがね」
コーヒーとホットミルクを置き、椎名君と向かい合わせになるように座った。私も勉強の用意をしよう。やりながら椎名君を教えればいい。わからなければ隣に来るなりして教えよう。
1時間半後、私は椎名君の隣で理系を教えることにした。椎名君が分からない所に詰まったようだ。彼の横顔を見ると、本当に男の子?と思うくらいに女の子の顔をしていた。集中している、真剣な顔がカッコいい。
「椎名君……また前髪伸びた?」
「は、はい!?そ、そうですね……じゃ、若干ですが伸びましたね」
「どうしたの?そんなに驚いて……何かあった?」
何でもないです、と椎名君はしどろもどろに言った。どうしたんだろ?何かあったかな?私、何かしたっけ?何かしたなら謝らなきゃだよね……。
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全然集中出来ない!そして落ち着かない!生まれて初めて女子の部屋に入ったけど、その初めてが先輩だなんて、どうしてこうなった!?あ、先輩に誘われたんだったな。
白金先輩は隣で教えてくれてるけど、先輩の髪からシャンプーの匂いなのか、いい匂いがする。そのせいか、なかなか集中出来なかった。教えてもらってるけど、内容が頭に入ってこない。せめて真剣にやってるってことは装うか。
「椎名君……大丈夫?落ち着かない?」
「お、落ち着いてますよ?」
「嘘……だよね……。顔に出てるよ?」
マジで!?俺は焦ってしまった。顔に出てたとしたら相当ヤバい!ああもう、俺のせいだ。俺のせいで先輩を困らせてる。俺は先輩に謝ることにした。
「なんかごめんなさい。俺のせいですよね?」
「椎名君のせいじゃないよ……ねえ椎名君、落ち着かないのは私のせいだよね?」
「待って下さい。落ち着かないっていうのはそんなことじゃないんです。俺、女の子の部屋に入るの初めてで……それでどうしたらいいかで落ち着かなかったんです」
これは本当のことだ。実際俺はさっきから落ち着いてないし、あと、先輩が近いからっていうのもある。先輩が近いからっていうのは迷惑になるだろうから言わない。いつまでもこんなんじゃ先輩に申し訳ない。
「そう……だったんだ。私も男の子を家に上げるの初めてなんだ」
「そうなんですか!?」
「そう……だよ……椎名君……驚き過ぎだよ」
白金先輩が笑った。俺は先輩の笑顔に、あまりに綺麗な笑顔に見惚れてしまった。ああ、この人は何て綺麗なんだろう。俺はこの人を知りたいって思ったんだな。
俺は勉強を再開することにした。先輩に良いところを見せよう。それで先輩に恩返しをしよう。今の俺に出来ることは苦手を克服して、その後先輩に恩返しをするんだ。
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中間テストの結果は良好だった。椎名君は無事赤点を免れたようだ。よかった、私は安心した。もし椎名君が追試になったら彼と一緒にいられる時間がなくなってしまう。教えられてよかった。力になれてよかった。
あれ?私、なんで一緒にいられる時間がなくなるなんて思ったんだろ?無意識に思っただけかもしれない。私は隣で呆けている椎名君の前髪を触ろうと近づいた。
「椎名君……お疲れ様……」
「……」
聞こえていないかもしれない。でも、聞いていてくれているのかもしれない。どうして彼が呆けているかはわからないけど、何かを考えてるいるのか、又は疲れているのかもしれない。
もう夏になる。私はこれから椎名君とどう接していこう。そろそろ名前で呼んでほしい、なんて思っているけど、まだ早いかな?いや、何か呼んでほしいかな。
「椎名君……私のこと……名前で呼んでほしいな」
「白金先輩、何か言いましたか?」
「え!?えっとその……私のこと名前で……呼んでほしいなって……」
「な、名前でですか。いいんですか?俺が先輩のことを名前で呼んでも」
「呼んでほしいかな。私も……椎名君のこと名前で呼ぶから」
椎名君は私の顔を見つめて言った。深呼吸をして、心の準備をして、彼は私の名前を呼んだ。
――り、燐子先輩……。
とても緊張している。私のことを名前で呼ぶんだ。初めてのことだから緊張しているんだ。私は椎名君……いや、千景君に名前で呼ばれ、心臓が高鳴った。名前で呼ばれる、悪くない。
「はい、千景君」
「な、何でもないです!」
「ふふっ、もう一度名前……呼んでほしいな……」
先輩楽しんでますよね、と千景君は言った。彼の反応が面白いから、彼にもう一度名前で呼んでほしいから、私は千景君をからかった。いつもの私ならこんなことはしない、でも今日は特別だ。
千景君が追試を免れた、そのご褒美だ。私と千景君の距離は分からないけど、少しずつだけど、縮んだような気がした。
来月から私と千景君は名前で呼び合う。それだけのことなのに、とても心地いい。彼の一面をまた一つ知ることが出来た。これからの夏が楽しみだ。
初めて名前で呼び合う時って緊張するよね