燐子先輩に花火大会に誘われ、俺は迷ってしまった。だが、俺じゃなきゃ嫌だと言われた。夏祭りに誘えなかったという失敗、それが原因で俺は先輩に八つ当たりをするかのような話し方をしてしまった。
「燐子先輩には謝らないといけないな。でも、やることがあるよな」
まずは花火大会に行く準備だ。昨日は泣いたけど、いつまでもメソメソしてたら駄目だ。切り替えないといけない。俺は深呼吸をした。心を落ち着かせ、瞑想をする。
「はぁ……ふぅ……。よし!」
まずは浴衣と髪型だな。燐子先輩には夕方に合流するって言ったから、それまでに準備を整えないといけない。
浴衣は前に着てた物しかない。黒色で彼岸花を模様にした浴衣だ。すげぇ中二が極まってるけど、これしかない。今年はこれでいくか。うん、大丈夫だな。
あとは髪型だ。なるべく浴衣に合う髪型にしよう。ポニーテールにしてもいいが、今回は違う髪型にするか。鏡を見ながら俺はどういう髪型にしようかを選んだ。といっても、スマホを見ながら選んでるだけだが……。
「燐子先輩が喜びそうな髪型……ああ迷うー!どれがいいんだ!やっぱポニーテールにするか?いや、待て。もう少し考えよう、まだ時間はあるんだ」
時間はあるといっても今は昼だ。長くて3時間、時間はそれだけだ。考えること5分、ようやく決まった。今回の髪型は――
「やっぱりこれだな。ポニーテール。うん、これだ」
燐子先輩に似合ってるって言われて以来、外に出る時はずっとこれだからな。気に入ったからっていうのもある。燐子先輩に言われたからなのか、嬉しかったんだな、あの時の俺……。
▼▼▼▼
――千景君、来てくれるよね?
千景君はどんな格好で来るのか、どんな髪型で来るのか、そんなことを想像しながら待っていた。千景君ならどんな浴衣でも似合うと思うけど、どんな浴衣で来るんだろ。楽しみだよ。
私の着てる浴衣は白の浴衣で髪型はサイドアップだ。今日のためとはいえ、やり過ぎたかもしれない。準備をしている間、千景君に褒められたいという想いが湧いた。その結果、私は色っぽさという自分に合わないスタイルで行くことに決めたのだ。
「まだかなぁ。あ、千景君!」
「お待たせしました燐子先輩。あと、誘って頂いてありがとうございます」
「そんな……お礼なんていいよ。私も……千景君と一緒に……来たかったから」
千景君と一緒に来たかったのは本当だ。昨日、私は彼に一緒じゃなきゃ嫌だ、行くって言うまで何度でも言うって言ったんだ。思い出したら恥ずかしくなってきた。これじゃあ千景君の顔見れないよ。
「燐子先輩、浴衣似合ってますよ」
「あ、ありがと……千景君も似合ってるよ。浴衣とポニーテール」
ありがとうございます、と千景君は顔を赤くしながら言った。何だろう、この初々しい感じ。これじゃあ私と千景君が付き合ってるみたいだよ。
ん?付き合ってる……?私は今何を言ったの!?私は自分の言ったことを思い出し、恥ずかしさが更に増した。どうしよう、湯気が出てるような気がする。千景君に見られてるよね?うわぁ、恥ずかしいよ……。
「燐子先輩、会場に行きましょうか」
「う、うん!じゃあ……手……繋ご……」
「え?手を……繋ぐ……?」
「嫌……かな……?」
私は千景君に手を繋ぐのが嫌なの、と聞いた。それも上目遣いでだ。千景君は動揺して、嫌じゃないです、と言った。ふふっ、千景君、可愛い。
私は彼と手を繋ぐことにした。リードしようって決めたんだ。先輩なんだから、良いところ見せないと!私は彼の手を強く握った。あ、やり過ぎちゃった。リード出来るか不安になっちゃったよ……。
「先輩、今可愛いって言いました?」
「言ってないよ!?多分空耳だよ!」
「可愛いのは燐子先輩何だがなぁ」
――千景君、聞こえてるよ!
私と千景君は手を繋ぎながら花火大会の会場に向かった。手を繋いでるだけなのに、顔が赤くなる。千景君の方をチラッと見ると、彼も同じだった。同じ気持ちなのかな?そうだったら嬉しいな。
▼▼▼▼
燐子先輩と手を繋ぎながら歩き、ようやく会場に着いた。恥ずかしかったし、死にそうになった。俺と燐子先輩は受付を済ませ、敷いてあるシートを確保した。そのシートは二人用だった。待て、二人きりで座れというのか?
「先輩、まだ手繋ぐんですね」
「まだこのままで……いたいというか……その……千景君と離れたくないというか……」
「燐子先輩、落ち着いて下さい!言ってることが無茶苦茶になってます!」
俺は手を離し、燐子先輩の両肩を掴んだ。どうしたんだよ先輩!?何があったんだよ!?あと、離れたくないって何でこのタイミングで言うの!?反則だろ!
燐子先輩を落ち着かせ、確保したシートに座った。大丈夫なのかこの人?心配になってきたな。何かあったら俺が助けないといけない。何も起きないことを祈ろう。
さて、花火前だが、あの事を言わないといけない。濁すかもしれない、でも言わないと駄目だ。そうしないと、俺の気が済まない。
「燐子先輩」
「何?」
「昨日のこと何ですが、誘ってもらってる時に八つ当たりするような聞き方をしてすみませんでした」
「え?八つ当たり?千景君が?」
「はい、あれには理由があるんです」
俺は燐子先輩にどうして八つ当たりするような聞き方をしたのか、理由を話した。夏祭りに誘えなかったことも電話の後に泣いたことも全部話した。
俺は燐子先輩に謝りたかった。先輩にあんな聞き方をした、だから謝るのは当然だ。それも燐子先輩だ。俺はやってはならないことをした。ここで言わなきゃいつ言う?今しかないだろ。
「千景君……そんなに謝ることないよ」
「俺は先輩を夏祭りに誘えなかったんですよ?俺が悪いのに、あんな口の聞き方をしたんですよ?」
「千景君は頑張ったよ。私もね、千景君を……花火大会に誘うの……緊張したんだ」
「燐子先輩……」
燐子先輩が俺の頭を撫でた。撫でられる権利は俺には無い。なのに、この人は……燐子先輩は俺を許してくれた。何でここまで優しくしてくれるんだ。何で貴女は俺のことを……ここまで慰めてくれるんだ?
でも、やっと分かった。最初は気になって、知りたいって思って図書委員になって、この人の側にいたいって思った。Roseliaの活動のことやNFOの話、本のこと、色んな話をした。
――ああ、これでようやくはっきりした。
――俺は燐子先輩のことが好きなんだ。
▼▼▼▼
千景君を慰めて数分経った。私と千景君は寄り添いながら花火の上がる瞬間を眺めた。綺麗だ、私は彼を誘ってよかったと思った。
「千景君……綺麗だね」
「はい、どこかの誰かさんも綺麗ですがね」
「……誰かさん?」
「ええ、教えませんがね」
それって誰のことだろ?私だったら嬉しいんだけど……。これじゃあ私は彼に……千景君に毒されてるみたいに聞こえる。それも後戻り出来ないくらいに……ずっと一緒にいたいくらいに重症だ。
私は千景君の手を繋ぎ、指を絡めた。彼は花火に夢中だ。今ならキスできるかもしれない。でも、私にはそこまでの勇気はない。誘うだけで精一杯だ。そんなことをしたら、千景君に何か言われる。だから、やめておこう。
私達は付き合ってはいない。けど、今だけはこうしていたい。付き合っていなくてもいいから、"恋人らしい"ことをしたい。キスじゃなくてもいい、好きって言えなくてもいい。
私はここではっきり言う。口には出せないけれど、心の中でははっきりと言える。私は彼のことがーー
ーー千景君のことが好きだ。
「千景君、好きだよ」
私は彼に聞こえないように小さい声で想いを告げた。それは小さな小さな告白だった。恥ずかしくて言えない、それでもいい。それでも私は千景君に何度でも好きだって言う。
ーー彼と恋人になるまで、何度でも……。
二人の想いは口に出せなくても大丈夫、心では結ばれているのだから