俺と燐子先輩は向き合い、アイコンタクトをした。ぶっつけ本番とはいえ、俺が無茶を言ったんだ。ここでアイコンタクトをしないとズレる。よく考えたら燐子先輩とアイコンタクトするの初めてだな。
燐子先輩が弾き始めた。最初の伴奏の後、俺は歌い始めた。想いを込めながら歌おう。
「朝 目が覚めて、真っ先に思い浮かぶ 君のこと」
図書室に向かう度、俺は真っ先に燐子先輩のことが思い浮かぶ。先輩はどうしてるか、先輩は元気か、いつもそんなことが思い浮かんだ。周りから見れば気持ち悪いと言われるかもしれないが、燐子先輩が気になってから始まってたんだ。俺からしたらいつものことだから、気持ち悪がられても気にしない。
俺は燐子先輩のことが好きだと気付いた次の日に髪を切った。少ししか切ってないのに、燐子先輩は気付いてくれた。気付いてくれた時は嬉しかった。この人のおかげで変わろうと決めたんだ。俺は変われてるかな……?
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千景君は歌が上手かった。目の前で聞くのと、動画で聞くのとは全く違う。彼の声はちょっと高いけど、歌う時は少し高くなる。女顔、ポニーテール、声が高い、この三つだけで本当に女の子と勘違いしてしまう。
私も想いを歌に乗せよう。千景君も同じかもしれない。千景君のパートが終わった後、私は歌い始めた。
ーー同じだったら……嬉しいな……。
「ピンクのスカート お花の髪飾り、さして 出掛けるの」
千景君の家に行く日までの5日間、私は今井さんや氷川さんから色んな事を教えてもらった。今井さんと氷川さんからどんな服を着るか、どんな服なら千景君は喜ぶか、ファッション関係の事を教えてもらった。
選んでもらった私服を着て私は千景君の家に上がった。初めて、男の子の家に上がった。それも好きな人……千景君だ。千景君はまだ私に似合ってるとかは言ってない。弾いた後に褒めてくれたのは嬉しかったけど……。
友希那さんとあこちゃんからは勇気を貰った。応援もしてくれた。貴女なら出来るわ、りんりん頑張って、二人からそんなことを言われた。
私には似合わない言葉かもしれない。でも、今の私なら言える。
ーー今日の私は可愛いんだ!
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燐子先輩、凄いな。声も綺麗だし、雰囲気も出てる。こんなことを思っているのはいいが、次はサビだ。ここからが重要だ。俺と燐子先輩は目を合わせた。先輩、楽しそうに笑ってるな。
「メルト 溶けてしまいそう、好きだなんて 絶対にいえない……」
ーー俺と燐子先輩、二人の声が重なった。
今の俺には燐子先輩に好きなんて言えない。この人が俺の事をどう思ってるか分からないんだ。普通の後輩か、弟のように見ているのか、どっちかかもしれない。それに、関係が壊れるのが怖い。
でも、今は……今だけは溶けていたい。このデュエットの時間、この一分一秒の瞬間は溶けていたいんだ。先輩と一緒に歌っているこの間だけは……。
ーーだって 君の事が……
ーー好きなの。
俺と先輩は見つめあいながら歌った。見つめながらなせいか、凄く恥ずかしい。想いを込めて歌っているせいで顔まで熱くなる。それに、歌っている時の燐子先輩が愛おしく思う。どうしてだろう……。
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千景君は笑顔で私に好きなの、と言った。歌っているのに、告白されてるように聞こえる。私は弾きながら歌うのに必死だ。なのに、ドキドキする。顔まで熱い。
「天気予報が ウソをついた、土砂降りの雨が降る」
千景君が嘘をついたのは一度だけだ。勉強会の時に私は千景君を家に上げた。落ち着かないからとかだったかな?千景君は凄く焦っていて、私のせいにしないように嘘をついた。でも、千景君はすぐに謝った。
ーーあの時の千景君、可愛かったなぁ。
春に君と出会って、図書委員の活動中に話をしたり、ライブを観に来てくれたり、色んなことがあった。私が背伸びして本を棚に入れようとした時、君は届かなかったから代わりに入れてくれたよね?あの時は凄く嬉しかったんだよ?
君は何度も笑ってくれた。花火大会に勇気を出して千景君を誘った。あの日、私は君が好きだってことに気付いた。君に恋をしたおかげで、私は変われたんだよ?千景君、君は誰のおかげで変わろうって決めたの?
「メルト 息がつまりそう」
「君に触れてる右手が 震える」
「高鳴る胸 はんぶんこの傘」
最初に私と千景君が一緒に歌う。次に私、千景君が交互に歌った。ここまでミスは一個もない。奇跡としか言い様がなかった。ここまでくると、私と千景君の心は結ばれてるのかと思ってしまう。それは言い過ぎか。
君は不器用なせいか手が震えることが多かった。私はそんな君も好きだよ。
ーー私の胸は今も高鳴っている。それも収まることを知らないくらいに……。
「手を伸ばせば届く距離 どうしよう……!」
私と千景君の距離は手を伸ばすどころか、指を絡めるくらいに近い。そう思いたいけど、実際はどのくらい近いかは分からない。離れたくないし、ずっと一緒にいたい。
ーー想いよ届け 君に。
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「お願い 時間をとめて」
「泣きそうなの」
「でも嬉しくて 死んでしまうわ!」
二番の最後を一緒に、間奏を交互に、そして一緒に歌った。このまま時間が止まってくれれば燐子先輩とずっと一緒にいられる。けど、進んでいてもいいんだ。
燐子先輩とこうして一緒に歌ってるこの瞬間が愛おしい。嬉しすぎて死にそうだ。
そんなポエム的で痛いようなことを思っていると、ピアノソロに入った。ここからは燐子先輩の独壇場だ。弾いている時の彼女の姿は見惚れるくらいに綺麗だった。楽譜無しでここまで弾けるのは凄いな。
「メルト 駅に着いてしまう……」
「もう会えない」
「近くて」
「遠いよ」
「だから」
3番に入った。また一緒に歌い、また交互に、俺が遠いよと歌った後にだからの所で一緒に歌う。この交互に歌う所が俺と先輩、二人で乗り越えられると思ってしまう。何を言ってるんだ俺は……。
「メルト 手をつないで 歩きたい!」
俺と燐子先輩は互いに手を繋いだ。燐子先輩は花火大会の時に、俺は先輩を家に案内する時に手を繋いで歩いた。一緒に帰っていた時もそうだった。長いようで短いような時間、家の前に着いたら別れなきゃいけない。さよならって言うのは正直、寂しく感じる。
「今すぐ わたしを 抱きしめて!」
燐子先輩が俺の方を向いて儚げな表情で言った。そんな顔をされたら抱き締めたくなるが、俺と燐子先輩はまだ恋人じゃない。先輩、それはまだ早いですよ……?
そして、俺と燐子先輩は見つめ合いながら最後の言葉を歌った。もう終わりか、このまま続いてくれればいいんだけどな。また、一緒に歌えばいいか……。
ーーなんてね。
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私と千景君によるメルトのデュエットは終わった。ここまでミスは全く無かった。私と千景君、相性いいのかな?
「……お疲れ様です、燐子先輩」
「千景君も……お疲れ様……」
私と千景君は笑い合った。一緒に歌えてよかった。また、千景君と歌いたい。弾き終えた後なのか、私の心はドキドキしていなかった。多分、気付かない内に収まったのかもしれない。
「ホットミルク、冷めちゃいましたね。何かすいません」
「いいよ、冷ますには……ちょうど……よかったでしょ?」
「そうですね」
千景君、君はどんなことを思って歌ってたの?知りたいけど、恥ずかしいからやめておこう。こういうことは心の中に仕舞えばいいんだ。千景君に聞いちゃうと恥ずかしくなって死んじゃうかもしれない。そうなったら嫌だから、やめた方がいいかな……。
想いは知らぬ内に溶け合っていて