【完結】けものフレンズ(勝手に)2   作:佐藤東沙

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第一話 いるかとあしか

「うわー、海ってすっごく広いね、かばんちゃん!」

「うん、そうだねサーバルちゃん」

 

 見渡す限りの大海原。二人の少女がバスを改造した舟に乗り、どんぶらこどんぶらこと進んでいます。その二対四つの瞳は、普段見る事のない光景に輝いておりました。

 

 彼女達は“フレンズ”。動物、もしくはその一部に“サンドスター”と呼ばれる摩訶不思議な物質が当たって生まれた、“アニマルガール”です。元になった動物の性質を受け継ぎますが、その容姿は不思議な事に、例外なく人間の女の子に似た姿になるのです。

 

「ねえねえかばんちゃん、海ってなんで青いのかな?」

 

 ネコミミと尻尾を生やし、随所に斑点の意匠が施された服を着た少女が、同乗者に問いかけます。元気な彼女は“サーバル”。『ネコ目 ネコ科 サーバル属 サーバル Leptailurus serval』のフレンズです。ちょっとおっちょこちょいですが、好奇心が強く身体能力が高く、そして何より友達思いです。

 

「う、うーん……空の色が映ってるから、じゃないかな? ほら、水に顔が映ったりするし……」

 

 帽子を被り、大きなかばんを背負った少女が応えます。彼女の名は“かばん”。昔は自らの種族すらも知りませんでしたが、紆余曲折を経て成長し、こうして海に飛び出した、『霊長目 ヒト科 ヒト属 ヒト Homo sapiens』のフレンズです。身体能力は低いですが持久力が高く、手先が器用で高い知能を有しています。

 

「おおー! きっとそうだよ、さっすがかばんちゃん!」

「そ、そんなことないよぉ。それに、合ってるか分からないし……」

「海ハ元々青インダヨ、カバン」

 

 人工的に合成された電子音が、かばんの腕に巻かれたレンズのような物体から発されました。

 

「ラッキーさん」

「ボス!」

 

 声の主は“ラッキービースト”。フレンズのすみか“ジャパリパーク”のガイドロボット、そのうちの一体です。よんどころない事情でボディの大半を失ってしまっていますが、それでも知能と機能には問題はありません。本来はフレンズと直接喋る事は許可されていませんが、今は諸事情あってその制限は解除されています。

 

「太陽光ハ虹ノ色カラ出来テイルンダケド、海ハ青色以外ヲ吸収シテシマウンダ。ソノ青色ガ様々ナ方向ニ散ラバッテ、ソノ一部ガボクタチノ目ニ入ルカラ、海ハ青ク見エルンダヨ。空ノ色ガ映リコンデイルノモ確カダケドネ」

「へー……。あれ? 海の水をすくった時は透明だったのに、それでどうして青くみえるの?」

「青以外ヲ吸収スルト言ッテモ、ホンノチョットノ量ジャ分カラナイヨ。沢山ノ海水ガアッテヨウヤク、目ニ見エルヨウニナルンダヨ」

 

 サーバルは話を理解できたようで、感心したような表情を見せています。かばんと共に行動する事で、少しばかり賢くなっているようです。

 

「なんで青色だけが吸収されないんですか?」

「青イ光ハ波長ガ短イカラダケド……。ウーン、ソウダネ、青ハ特別ナ色ダカラダト思ッテオケバ、大体間違イナイヨ」

 

 前提知識のない二人には理解しきれないとラッキーは判断し、曖昧な説明に切り替えました。随分と高性能な人工知能です。これもまたサンドスターの影響によるものなのかもしれません。

 

「さっすがボス! ものしりだね!」

「うん、すごいねラッキーさん!」

 

 二人はそんな説明に納得したようで、キラキラとした瞳をラッキーに向けます。そこで何となく会話が途切れ、潮騒(しおさい)だけが響く中。かばんが、サーバルをまっすぐ見つめました。

 

「その、サーバルちゃん」

「なーにー?」

 

 見つめられたサーバルは、こてんと首を傾けます。そんな彼女に向けて、かばんは少しだけ微笑みながら言いました。

 

「ありがとう」

「え?」

 

 いきなりの感謝の言葉に、サーバルはぱちくりと目を(しばた)かせます。やわらかな表情のかばんが、大切なものを扱うように言葉を重ねました。

 

「『ヒトを探す』というのはボクのわがままだったのに、ついて来てくれて」

 

 だからこそかばんは、こうして海に漕ぎ出したのです。もっとも正確には、サーバルは勝手について来たのですが、そこは問題ではないようでした。

 

「いいんだよかばんちゃん! 私もかばんちゃんと一緒にいたかったから!」

「サーバルちゃん……」

 

 サーバルはかばんに満面の笑みを向けます。心の底からそう言っている事が分かる、向日葵(ひまわり)のような笑顔でした。

 

「それに――へぅわぁあ!?」

「うわぁっ!?」

 

 何かを言いかけたサーバルが、奇声を上げて前に倒れ込みます。かばんもそれに巻き込まれ、二人揃って仲良く座席に突っ伏す事になってしまいました。

 

「い、いたたた……」

「ご、ごめん。だいじょうぶかばんちゃん!?」

「だ、大丈夫だけど……なにが……?」

「な、なんかいきなり、首筋につめたいのが……」

 

 目の端に動くものを見つけ、二人の目線が自然と下に向けられます。そこには、びちびちと元気よくのたうち回る、一匹の魚の姿がありました。

 

「……おさかな?」

「跳ねたのが飛び込んできたのかな?」

 

 どうやら海面から跳ねた魚がサーバルの首に当たり、それに驚いて倒れてしまったようです。思わぬ珍事に目をぱちくりさせる二人でしたが、そこに外から声が響いてきました。

 

「あー! 私のお魚がー!」

「ちょっと、どこまで行くんですか!?」

 

 髪色が上から灰・水・白のグラデーションになっている少女と、白黒ツートンカラーの髪色をしたメガネの少女が、海上からひょっこりと顔を覗かせておりました。

 

 

の の の の の

 

 

「ありゃ、そりゃあごめんねー」

「もう、アナタはそそっかしいんですから……」

 

 グラデーションの少女はてへへと笑って頭の後ろに手をやり、残る一人がそれをたしなめるように眉をハの字にしています。二人は車上に上がり、サーバルとかばんに向き直っていました。車中はあまり広くはありませんが、皆小柄なので四人でも何とか収まる事が出来ています。

 

「ちょっとびっくりしたけど、平気だよ!」

「お二人は、なんのフレンズさんなんですか?」

 

 かばんの問いかけに、グラデーションの少女が胸を張りました。

 

「私は“バンドウイルカ”! イルカって呼んで!」

 

 『鯨偶蹄目 マイルカ科 バンドウイルカ属 バンドウイルカ Tursiops truncatus』のフレンズです。その言葉を証明するかのように、陸に上がった彼女のスカートからは、ヒレのついたイルカの尾が伸びていました。

 

「私は“カリフォルニアアシカ”です。どうぞアシカとお呼びください」

 

 メガネの少女は、『ネコ目 アシカ科 アシカ属 カリフォルニアアシカ Zalophus californianus』のフレンズです。確かに言われてみれば、ロンググローブや水着はアシカのごとく艶のある黒で、長い黒髪はまるで尾びれのようでした。

 

 そんな海獣フレンズ二人に対して、サーバルが元気よく自己紹介します。

 

「私はサーバル! こっちはかばんちゃんだよ!」

「かばんちゃん? そんなフレンズ、いましたかしら?」

「……ひょっとして、ヒト?」

「ヒトを、知ってるんですか?」

 

 意外なところから出て来た意外な言葉に、かばんが目を見開きます。そんなかばんの様子を気にする事なく、イルカは何の事もなさそうに続けました。

 

「昔はいっぱいいたよー。いつの間にかいなくなっちゃったけどねー」

「どこに行ったか知りませんか!?」

「わっかんない」

「そうですか……」

 

 無情な台詞にかばんが肩を落としました。無理もありません。イルカはどうやら、細かい事をあんまり気にしない性格のようでした。

 

「ひょっとして、ヒトを探しているのですか?」

「はい、ぼくもヒトのようなので」

「なるほど、仲間を探しているという事ですか……。申し訳ありませんが、私ではお役に立てそうにありません」

「いえ、気持ちだけでも嬉しいです。ありがとうございます」

 

 敬語同士の二人の横で、サーバルが興味津々といった顔で、イルカに質問していました。

 

「ねえねえ、イルカちゃんはどうしておさかなを追いかけてたの?」

「ちょっと小腹が空いたから、おやつにしようと思って」

 

 フレンズは通常、ジャパリまんという肉まんのようなものを食べていますが、それだけしか食べられないという事はありません。可能ならですが、料理を作って食べる事もあります。食性は雑食になっているようですが、そこはフレンズ。元の動物の性質もしっかり受け継いでいるので、イルカが魚を追いかけても何らおかしい事はないのでした。

 

「そしたら逃げられちゃって――」

「海からぴょんってとびだして私に当たったんだね! あははは、おもしろーい!」

「面白い……かなぁ?」

「おもしろいよー!」

「……そう言われれば面白いかも! じゃあ次はもっとたくさんとばそう! トビウオ祭りだよ!」

「なにそれすっごくおもしろそう! 私もやるー!」

 

 脳みそがとろとろとろけてバターになりそうな会話ですが、フレンズは概ねこんな感じです。根っこが野生動物なので、割と本能で生きています。割合には個体差があります。

 

「それにしても……ヒト、ヒトかぁ……懐かしいなあ……」

「どうしたの?」

 

 ひとしきり騒いだイルカがふとかばんに顔を向け、遠い目を見せます。サーバルがその顔を覗き込み、かばんとアシカの目もまた彼女に向きます。そんな視線を気にする事なく、イルカはニコッと笑顔を見せて宣言しました。

 

「……うん、よし! ヒトなら久しぶりのお客さんだ! いいもの見せたげるよ!」

「おや珍しい。()()をやるんですね、イルカ?」

「うん! 手伝って、アシカ!」

「もちろんです」

 

 

の の の の の

 

 

「うわー、すごいすごーい!!」

「本当にすごいねサーバルちゃん!」

 

 サーバルとかばんが見つめる先では、バンドウイルカとカリフォルニアアシカによる“ショー”が行われていました。水を味方に、縦横無尽に泳ぎ回る二人が高く跳び上がり、空中で交錯します。

 

「えいっ!」

「それっ!」

 

 今度はイルカが一際高くジャンプし、アシカが反対側からその下をくぐり抜けます。アーチを描く水しぶきに太陽の光が反射し、きらきらと虹色に(きら)めきました。

 

「ふわぁ……!」

「きれい……!」

 

 サンドスターを思わせる七色の輝きに、サーバルとかばんの瞳も輝きます。そこでアシカが、どこからともなく青いボールを取り出しました。

 

「いきますよ!」

「おっけー!」

 

 ボールがぽーんと、空高く投げ上げられます。イルカがそれに追随して跳び上がり、更に上へと弾き飛ばしました。

 

「それっ!」

 

 落ちて来るボールに向け、イルカと入れ替わるようにアシカがジャンプします。彼女はイルカと同じように、空中でボールを真上に打ち上げました。

 

「やあっ!」

 

 アシカの次はイルカ、イルカの次はアシカと、入れ代わり立ち代わりボールを跳ね上げます。ボールは重力から切り離されたように宙を舞います。まるで二人がかりのお手玉です。

 

「アシカ!」

「ええ!」

 

 イルカが一際高くボールを飛ばすと、海上でスタンバイしていたアシカがそれを受け止めます。手ではなく、なんと頭で。よく弾んでいたはずのボールは、まるで磁石が入っているかのようにアシカの頭に貼り付き、全く落ちる気配を見せません。

 

「よっ、はっ、ほっ」

 

 動物のアシカが優れたバランス感覚を持っている事は有名ですが、この“アシカのフレンズ”にもそれは立派に受け継がれているようです。もっとも動物の方のアシカは、頭ではなく鼻とヒゲでボールを支えるのですが、まあ些細な事です。

 

「よーしラスト! 大技行っくよー!!」

 

 言うと同時にイルカが海に潜り、勢いよくアシカを下から持ち上げます。そしてそのまま尾びれで水を激しく叩き、驚くべき事に尻尾の力だけで海上を疾走し始めました。自分一人のみならず、アシカを肩に乗せてです。これはフレンズの身体能力だからこそでしょう。

 

 野生のイルカもジャンプはしますが、このように尾で水面を叩いて身体を持ち上げるのは、ヒトが教えないとできません。どうやらこのバンドウイルカのフレンズは、かつてヒトの飼育下にあった個体のようです。

 

「はいっ!」

 

 アシカは海を駆けるイルカに乗っていますが、頭上のボールはやはり落ちる事はありません。風圧も重力も足場の悪さも何のそのです。とんでもないバランス感覚です。

 

 彼女らはそのままバスの周りを一周すると、合体を解除し、バスで見守る二人に向け笑顔でポーズを決めました。サーバルとかばんは当然拍手喝采です。

 

「すごいですお二人とも!!」

「すごい、すごいすごーい! ホントにすごーい!!」

 

 サーバルの語彙力がお亡くなりになられていますが、それも無理もありません。言葉を忘れるほどに見事な完成度だったのです。彼女の語彙力は普段からこんなもんだというのは気のせいです。

 

「えへー、ありがとー!」

「ありがとうございます!」

 

 そんな素晴らしいパフォーマンスを見せた二人は、どこか得意げに手を振ります。ひょっとしたら、在りし日を思い出していたのかもしれません。何はともあれ、ここで終わっていたならばとても綺麗にまとまっていたでしょう。しかしそうは問屋ならぬサーバルが卸しません。

 

「すごいすごいすごい! 私もやるー!」

「え?」

 

 サーバルは興奮を抑えきれず、ぴょんとバスを飛び出します。かばんが止める暇もない早業でした。

 

「みゃ、みゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃ!!!!」

 

 そしてその勢いのまま、なんと海を走り始めました。右足が沈む前に左足を出せば沈む事はないという、究極の脳筋理論を現実にしています。一体いかなる原理が働いているのでしょう。これもサンドスターが起こした奇跡なのでしょうか。

 

「サ、サーバルちゃん!?」

「おぉー」

「あら、やりますねあの子」

 

 これには三人もビックリです。温度差はあるようでしたが。

 

「うみゃみゃみゃみゃみゃ!!」

 

 飛沫(しぶき)を巻き上げ海を掻き分けサーバルは走ります。その姿はまるでブレーキの壊れたダンプカーか、暴走する機関車です。

 

「みゃ――――みゃ!?」

 

 イルカとアシカと同じように、バスの周りを一周するまではよかったのです。しかし戻ろうと、急に方向転換したのがよろしくありませんでした。物理法則が仕事を思い出し、当然の帰結としてサーバルは失速し、ざっぽーんと音を立てて哀れ海に沈んでしまったのです。

 

「う゛み゛ゃー!?」

「サーバルちゃーん!!?」

 

 サーバルは体を張って文字通り、オチをつけてしまう事になったのでした。

 

 

の の の の の

 

 

「ビックリしたよサーバルちゃん……」

「あ、あははは……」

 

 得意というほどではありませんがサーバルは泳げるので、大事にはなりませんでした。これもやはり元になった動物の影響でしょう。水を嫌うネコもいますが、サーバルキャットはしっかり泳げるのです。

 

「それにしても、二人ともすごかったよ!!」

 

 余韻できらきらと目を輝かせるサーバルが、再度バスに乗ってきているイルカとアシカを絶賛します。深呼吸し気分を落ち着かせたかばんもそれに続きました。

 

「本当にすごかったです。さっきのは、PPP(ペパプ)みたいに誰かに見せたりはしないんですか?」

 

 かばんは人気のペンギンアイドルユニットの名を引き合いに出しますが、イルカはゆっくりと首を横に振ります。その表情は、どこか物寂しさを感じさせるものでした。

 

「私にとっての“お客さん”は、ヒトだけだから」

「私は気にしませんが……やはりイルカは少し気にしすぎなのでは?」

「ごめんねアシカ。でも、ここは譲りたくないんだ」

 

 細かい事を気にしないであろう彼女がこう言うという事は、これは彼女にとってきっと細かくない事なのでしょう。過去に何があったのかはイルカにしか分かりません。しかし決して譲らない事は分かっているアシカは、ため息をついて肩をすくめました。

 

「……まあ私も無理にそうしたい訳ではありません。イルカが嫌だと言うのならそこまでです」

「ありがと」

 

 なんとなくしんみりとした空気が流れる中。そんな空気を読まないきゅるるーという音が、かばんのお腹から鳴り渡りました。

 

「かばんちゃん、お腹すいたの?」

「う、うん……」

「じゃあごはんにしよう!」

「そ、そうだね!」

 

 少しばかり赤くなった顔を誤魔化すかのように、かばんは荷台に積んである袋に手を突っ込みます。彼女はそこからジャパリまんを取り出すと、近くにいたアシカに差し出しました。

 

「はい、どうぞ」

「よろしいんですか?」

「ええ、さっきのお礼だと思ってもらえれば」

「お礼…………」

 

 アシカがそのジャパリまんを見つめます。その瞳は焦点があっておらず、ここではないどこか、今ではないいつかを幻視しているかのようでした。

 

「アシカさん?」

「ご、ごめんなさい。ええ、いただきますね。ありがとうございます」

 

 不思議そうな顔をしたかばんから、慌てたようにジャパリまんを受け取ります。その様子をやはり不思議に思ったのか、サーバルが声をかけました。

 

「どうしたの、アシカちゃん?」

「昔……そう、遠い昔の事を思い出していました。と言ってもおぼろげで、本当にあったかどうか私にもよく分からないのですけどね」

「昔、ですか?」

「ええ……。……昔の私は、さっきのように、誰かから何かをもらっていた気がします。かばんちゃんさんを見て、ふとそんな感覚が浮かんできました。懐かしい……とても懐かしい感覚です」

「アシカさん……」

 

 ちゃんはいりませんよ、とは言えない雰囲気です。しかしこの場には、そんな雰囲気をものともしないフレンズが存在していました。

 

「お腹空いたよ、早く食べようよー」

「そ、そうですね! いただきましょう!」

「いっただっきまーす!」

「い、いただきます」

 

 小腹が空いていたイルカに促され、しんみりした空気もお構いなしなサーバルが音頭を取り、皆一斉にジャパリまんを頬張りました。

 

 

の の の の の

 

 

「では、私達は行きます」

「それじゃーねー」

 

 アシカがぺこりと一礼し、イルカがひらひらと手を振ります。とそこで、イルカが何かを思い出しました。

 

「あ、そうだ。言い忘れるとこだった」

「なーにー?」

「最近、海のごきげんがあんまりよくないから気を付けてね」

「ご機嫌、ですか?」

「ええ、どうも奇妙な感じです。海の中でセルリアンらしきものを見かけた事もありますし、注意してください」

「セルリアンは怖いですからね……。分かりました、気を付けます。わざわざありがとうございます」

「うん、よくわからないけどわかった! ありがとー!」

 

 言うべき事は言ったと、海獣二人が海に飛び込まんとしたその時、かばんがイルカを呼び止めました。

 

「あ、あのっ、イルカさん!」

「ん?」

 

 イルカは不思議そうな顔で振り向きます。かばんはそんな彼女に向け、意を決したように言いました。

 

「本当に、すごかったです! だから――」

「だから?」

「――他の誰かに、もっと見せてもいいんじゃないでしょうか! そ、その、あんなにすごいのに、誰にも見せないのは、もったいないと思います……!」

「………………」

 

 イルカの顔は、前髪に隠れて窺う事が出来ません。誰も、サーバルさえも口を開く事なく、場に沈黙が流れます。短いような長いような、何とも言えない不可思議な時間が過ぎ去り、イルカが前を向きました。

 

「………………ま、考えとくよ」

 

 その一言だけ残し、彼女は海に飛び込み潜って行ってしまいました。

 

「ああちょっと……! すみません、私もこれで」

「う、うん、またね!」

 

 アシカもまた海に飛び込み、イルカの後を追いかけます。にわかに静かになったバスの中。サーバルが海を見つめ、誰に言うともなしにこぼしました。

 

「いっちゃったね」

「……ねえ、サーバルちゃん」

「どうしたのかばんちゃん?」

「ぼくは、余計な事を言っちゃったのかな……」

 

 かばんの瞳が揺れています。そんなかばんの手を、サーバルが力強く握りました。

 

「そんなことないよ!」

「サーバルちゃん……」

「誰にも見せたくないんだったら、私たちにも見せなかったはずだもん! だからイルカちゃんも、本当は誰かに見てもらいたかったんじゃないかな?」

「あ……」

 

 サーバルが鋭く本質を突きます。彼女はただのおっちょこちょいではありません。ほかの人の気持ちを(おもんばか)れる、すばらしきおっちょこちょいなのです。結局おっちょこちょいなんじゃないか、とかそういう細かい事は気にしてはいけません。

 

「それに、あんなにすごかったんだもん! 他のみんなも見たいと思うよきっと!」

「……ふふっ、そうだね。やっぱりサーバルちゃんはすごいや」

 

 笑顔になったかばんに、サーバルが不思議そうに首をかしげました。

 

 

の の の の の

 

 

「ずいぶん遠くまで来たね、サーバルちゃん」

「こんなにすすんでも終わりが見えないなんて、海ってほんとに広いんだね」

 

 ざんぶらこざんぶらこと、バスは海を進みます。もう陸地はどこにも見えません。周り一面、のっぺりとした凪の海です。

 

「……オカシイヨ」

「ラッキーさん? どうしたんですか?」

 

 そんな中、かばんの腕に巻かれているラッキービーストが怪訝そうな声を上げました。

 

「コノ辺リニハ、小サナ島ガイクツカアルハズナンダ」

「しま?」

「……何も見えませんよ?」

 

 二人はきょろきょろと辺りを見回しますが、島らしきものは何も見えません。あえて言うなら、カモメかウミネコらしき鳥が空を飛んでいるくらいです。

 

「ウーン……ヒョットシタラ、大キナ地殻変動デモアッタノカモシレナイヨ。パークデモ、地形ガ既存ノデータト食イ違ウ事ガアッタカラ」

「ええと……原理は分かりませんけど、地面が大きく動いて、島が海に沈んでしまった、という事ですか?」

「ソレデ合ッテイルヨ、カバン。地殻――――」

 

 ラッキービーストが何かを言いかけたその時。かばんの隣から、どさっという何かが倒れるような音が聞こえてきました。

 

「え?」

 

 かばんが反射的に顔を横に向けると、今さっきまで元気に喋っていたはずのサーバルが、床に倒れていました。その息はひどく荒く、彼女の身に尋常ならざる事態が起きている事を示していました。

 

「サーバル!?」

「サーバルちゃんッ!?」

 

 かばんの顔が、蒼白に彩られました。

 




 一期の最後、バスにはかばんとサーバルの他にも誰かいたようですが、ここでは二人だけという事にしています。

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