【完結】けものフレンズ(勝手に)2   作:佐藤東沙

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第十一話 じゃぱりぱーくのおさ

「ごめんください」

 

 かばんが図書館の扉を開けます。内部を貫く巨大な木と、それを取り囲むように作られた階段、そして壁を埋め尽くす本の山が彼女の目に飛び込んできます。かばんとサーバルがきょろきょろと辺りを見回していると、本棚の陰からぴょこんと大きな耳が飛び出てきました。

 

「ひさしぶりー」

「フェネックさん!」

「フェネック!」

 

 駆け寄る二人にフェネックは、前に会った時と変わらぬマイペースさで応じます。

 

「戻ってきてたんだねぇ。ヒトは見つかったのかい?」

「いえ、まだです。それより、博士さん達は……」

「あー!」

 

 かばんが何かを言いかけたその時、階段の上から大きな声が響きます。何事かと目を向ける二人の視線の先では、どこか騒々しい印象を与える(ふじ)色の少女が、かばんを指さし目を大きく見開いていました。

 

「帰ってきてたのか!」

「アライグマさん!」

「アライグマちゃん!」

 

 彼女は驚く二人に構わずどどどと階段を駆け下り、口角泡を飛ばして一気にまくし立てました。

 

「大変なのだかばんさん! パークの危機なのだー!」

「え、えーと?」

「とにかく大変で大変なの――――ふぎゃんっ!」

 

 突如としてアライグマが頭を押さえ、ごろごろと転げまわります。二人が目を白黒させつつも顔を上げると、白がその目に飛び込んできました。

 

「図書館では静かにするのです」

「はかせ!」

 

 博士ことアフリカオオコノハズクです。フクロウらしく無音で空を飛び、アライグマの頭に飛び膝蹴りをかましたのです。以前同じ目にあった事を思い出したのか、サーバルがケモミミをぺたんと寝かせ頭を押さえていました。

 

「ちょうどいいところに戻ってきたのです」

「助手さんも!」

 

 白に続き、(とび)色もまた滑るように空中を飛んできました。助手ことワシミミズクです。彼女は博士の隣に降り立つと、その無表情な鉄面皮でかばん達を見上げました。

 

「そこの芸人が言う事は事実なのです」

「パークに危機が迫っているのです」

 

 かばんとサーバルは思わず顔を見合わせます。アライグマが事あるごとに『パークの危機なのだ!』と叫ぶのは知っていますが、博士と助手が根拠なくそんな事を言うとは思えません。ですがあまりに唐突で衝撃的な言葉だったので、反応のしようがなかったのです。

 

「とりあえずこっちに来るのです」

「何が起きているのか教えてやるのです」

 

 そんな反応は予測済みだったのか、博士と助手が二階への階段を上り始めます。かばんとサーバルは一瞬戸惑いましたが、強く頷きあうとその後ろに続きました。

 

「ぐおおおおおお」

「アライさん、タイミングが悪かったねー」

 

 なお芸人呼ばわりされたアライグマは、いまだに床をのたうち回っていました。

 

 

の の の の の

 

 

「これが何かわかるですか」

 

 テーブルの上に乗せられた、暗い灰色の物体を示して博士が問います。大きさは握りこぶしよりも二回りほど小さく、表面はかなりごつごつしています。まるで年経た亀の甲羅を砕き、出鱈目に固めて黒く塗りつぶしたような物体です。

 

「石……?」

 

 かばんはそれを見てもぴんと来ないようで、首を捻ります。ですがそこで、隣のサーバルが表情を硬くして呟きました。

 

「……あのときのセルリアンに、にてる」

「あ……」

 

 “あのときのセルリアン”。すなわち、以前にサーバルとかばんを飲み込んだ、超巨大セルリアンです。その答えを聞いた博士と助手は、ぴくりと眉を動かしました。

 

「ほう、サーバルが気付くとは意外なのです」

「しかし博士、あの時の事を考えるとそう意外でもないのでは?」

「確かに。あんな事がありましたからね。かばんが気付かないのも無理はないのです」

 

 ぐりんと首だけを回して顔を見合わせ話す二人に、かばんが不安そうな表情を向けます。

 

「あの、それでこれは一体……」

「今、パークにこれと同じ色のセルリアンが多く出没しているのを知っているですか」

 

 かばんに返されたのは答えではなく質問でした。思いもよらぬ言葉にかばんは一瞬答えあぐねますが、サーバルは特に気にせず言葉を返します。

 

「うん、なんどか戦ったよ。あの硬いセルリアンだよね?」

「そうです。知っているなら話は早いのです」

「これはそのセルリアンが残したものなのです」

「あのセルリアンが……」

 

 かばんが視線を机の上の物体に落とします。その横でサーバルが小首をかしげていました。

 

「えーと、つまり……どういうこと?」

「フレンズはサンドスターが動物もしくはその一部だったものに当たって生まれた存在なのです」

「セルリアンはサンドスター・ロウが無機物に当たって生まれた存在なのです」

 

 “サンドスター・ロウ”。サンドスターの亜種で、虹色ではなく黒いモヤのような見た目をしています。助手の言うようにセルリアンの()となりますが、それ以外はほぼ詳細不明の謎物質です。

 

「つまり現在パークで大量発生しているセルリアンは、これにサンドスター・ロウが当たって生まれたものだという可能性が極めて高いのです」

「そしてこれは“溶岩”。火山から出る、高い温度でどろどろに溶けた岩が固まったものなのです」

「岩……だから硬いって皆言ってたんですね」

 

 納得した様子を見せるかばんの横で、サーバルがさらに首をかしげます。

 

「あれ? えーと、セルリアンがいっぱいいるって事は、かざんからサンドスター・ロウがいっぱい出てる、って事だよね」

「です」

「でも、かざんは最近ふんかしてなかったよ? 私たちのいない間にふんかしたの?」

 

 パークの中央にある火山を指してサーバルが尋ねますが、博士は首を横に振りました。

 

「いえ、そういう訳ではないのです」

「それにもしそうだったとしても、あそこからはもうサンドスター・ロウは出ないのです。おまえたちがフィルターを張り直したので」

「念のため確認してきたので間違いないのです。フィルターはそのままだったのです」

 

 フィルター。火山から放出されるサンドスター・ロウを濾過(ろか)する、大規模なフィルターです。かばんとサーバルは以前、アライグマとフェネックと協力して、そのフィルターを修復した事があるのです。

 

「じゃあセルリアンはどこからきてるのー?」

「ふふん、とっくにそれは分かっているのです。我々は賢いので」

「原因の特定は基本なのです。我々は賢いので」

 

 無表情ながら感情豊かな博士と助手が、胸を張ってドヤ顔を見せます。ですがそこでかばんの口から、ぽつりと言葉が漏れ出ました。

 

「ひょっとして……海?」

「む」

「む」

 

 二人が揃った動作でかばんを見ます。『出鼻をくじかれた』という言葉がぴったりでしたが、集中していたかばんはそれには気付かず、代わりにサーバルの頭の上に電球が灯りました。

 

「そっか、あのホテルのときのセルリアン!」

「うん。それに、イルカさんとアシカさんが、『海のご機嫌が悪い』って……」

「じゃあセルリアンは、海からきてたってこと? でも、海にかざんなんてないよ?」

「それは…………いや、でも、ひょっとしたら……?」

 

 かばんの脳裏に、海の上でのラッキービーストの言葉がよぎります。あの時、サーバルが倒れてパークに引き返す事を決めた時、確かにラッキービーストは言いました。

 

「…………『島が海に沈んだ』『島にはサンドスターを放出している火山があった』」

「え?」

「……ラッキーさんが、そう言ってたんだ。そうだ、それにあの時、サンドスターとサンドスター・ロウは、火山から一緒に出てた……」

 

 情報、知識、経験。これまでに得た全てがパズルのピースとなり、かばんの中で急速に組み立てられてゆきます。論理と知性の導くままに、彼女はたどり着いた答えを口にしました。

 

「海に沈んだ後も、火山はサンドスターを出し続けてて、それと一緒にサンドスター・ロウも出てた……!?」

 

 そんな“ヒトのフレンズ”を博士と助手は、探求心と興味と関心のこもった、研究者の目で見つめていました。

 

「ちょっと聞いただけでその結論に至るとは。やはりヒトは高い知能を持っているようですね」

「とても興味深いのです。ですが今は」

「分かっているのです。本題に戻るのです」

 

 博士はごほんと一つ咳払いをして注目を集めると、話を再開させました。

 

「大体言われてしまいましたが、そういう事なのです」

「海のなかにもかざんがあるの?」

「“海底火山”というです。この本に載っていたのです」

 

 助手が開いて見せた本には、見開きいっぱいに溶岩と沸騰する海水の写真が載っており、さらにその上に『海底火山(かいていかざん)』という文字が書かれていました。図書館のどこかから探してきたようです。

 

「おそらく、海底火山から溶岩とサンドスター・ロウが同時に放出され、それがセルリアンになってパークにやって来ているのです」

「セルリアンが増えればパークの危機なのです。放ってはおけません。手伝うのですよ、二人とも」

 

 真剣さを増した二人に対し、サーバルが力強く請け負います。

 

「もっちろん! セルリアンを倒せばいいんだよね?」

「そうですね、サーバルはそうするのです」

「“どこの海底火山からサンドスター・ロウが出ているのか”は、すでに海のフレンズに調査を頼んでいるのです。我々は賢いので」

「我々は賢いので」

 

 なんとなく話がまとまるような流れに向かいますが、そこでかばんが少し慌てた様子で口を挟みました。

 

「ちょっと待ってください、聞きたい事があるんです。だからここに来たんです」

「聞きたい事?」

「なんですか?」

「“ビースト”と呼ばれてる子についてです」

「む」

 

 その名を聞いた二人の眉根が、ほんの僅かに寄せられました。

 

「その様子だと、()()に会ったですか」

()()も頭が痛い問題です」

「あの子のこと、しってたの?」

「当然です、我々はこの島の(おさ)なので」

「それで何を聞きたいですか、かばん?」

「はい。あの子を、止めたいんです。そのための方法を、何か知りませんか」

 

 と聞いてはみたものの、二人がその方法を知っている可能性は低いだろうとかばんは考えていました。知っているのなら、すでに実行しているだろうからです。

 

 それでも、と一縷の望みに賭ける彼女を目にした博士と助手は。微塵も変わらぬ鉄面皮で、すっとぼけた事を口にしました。

 

「止める……息の根をですか」

「ほほう、かばんも過激になったのですね」

「違いますよ!?」

 

「分かっているのです。小粋なジョークなのです」

「場を和ませる軽い冗談なのです」

「軽くないですよぉ……」

 

 かばんはがっくりと肩を落とします。そんな彼女に向け、二人は無表情こそ変わりませんが、どこか柔らかい声で話しかけました。

 

「少しは落ち着いたですか」

「え……」

「だいぶ焦っているように見えたです。焦るといい事はないです」

 

 どうやらかばんを落ち着かせるため、即興でお茶目なジョークを言ってみせたようです。鉄面皮の下から覗く意外な諧謔(かいぎゃく)と思いやりを(さと)った彼女は、ハッとした顔でぺこりと頭を下げました。

 

「その、ありがとうございます」

「なに、気にすることはないですよ。我々は(おさ)なので」

「気遣いくらいはやってやるのです。我々は(おさ)なので」

 

 二人は尊大に、それでも少しだけ優しげに、かばんの謝意を受け取ります。そんな丸みを帯びた空気の中、サーバルが脱線していた話題を元に戻しました。

 

「それではかせ、あの子のことなにか知らない?」

「……難しいです。私達も調べた事はあるですが、大した事は分かりませんでした。この図書館にはビーストについての資料は少ないようなのです」

「そうなんですか?」

「いくら探してもほとんど見つからなかったので、最初から置いてなかったと思われるのです」

「そっかぁ……」

 

 このジャパリ図書館は、あくまで『テーマパークの一環としての図書館』なので、専門的な資料は置かれていなかったのだと思われます。それでも少しはあったのは、客への注意喚起のためかもしれません。

 

「それに私達では難しい字は読めないので、資料があっても分からないかもしれないのです」

「助手、余計な事は言うななのです。“ひらがな”“カタカナ”“数字”は読めるです」

「へー、“もじ”ってたくさんあるんだねー。でも、それだけ読めればじゅうぶんじゃない?」

 

 不思議そうな顔を見せるサーバルに、苦虫を噛み潰したような表情の博士が答えました。

 

「…………“かんじ”が、種類が多過ぎてお手上げなのです」

「おまけに一つの文字に読み方が複数あるのです。あんなものを使っていたなど、ヒトは何を考えていたのかさっぱり分からないのですよ」

 

 外国の文字を無理くり自国語に当てはめたものなので仕方がないのです。当時輸入されたのが漢字ではなくアルファベットだったのなら少しはマシだったのかもしれませんが、今になってはどうにもなりません。

 

「なんか大変なんだね」

「あれ、でもラッキーさんなら読めるんじゃ……」

「ラッキービーストはかばんが近くにいないと喋らないのです」

「肝心なところで役に立たないのです」

 

 二人は足元のラッキービーストに、半ば八つ当たり気味の視線を向けます。が、そんな事をしても意味がないと言わんばかりに大きく息をつくと、再度かばんとサーバルに視線を戻しました。

 

「とにかくそういう訳なので、ビーストについては我々は力になれないのです」

「それに、セルリアンを優先して対処しなければならないのです。ビーストは一体しかいませんが、セルリアンはいっぱいいるのです」

 

 かばんはその言い分を理解せざるを得ません。ビーストが暴れてもパークは滅びませんが、セルリアンが大量発生したらパークが滅びかねないのです。

 

 しかし、だからと言って納得するかは別の話。かばんが言い募ろうとしたその時、二人が口を開きました。

 

「なのでビーストの方はかばんが対処するです」

「我々はセルリアンに備えるのです」

「ぇ……」

 

 かばんは交互に二人の顔を見つめます。『セルリアンへの対処を手伝え』と最初に言われた以上、手が足りているという事はないでしょう。文字通り、猫の手も借りたいのかもしれません。それでもなおそう言ってのけた二人に、かばんは驚きと共に聞き返します。

 

「その、いいんですか?」

「セルリアンも厄介ですが、ビーストを放置できないのも確かです」

「止められるのならそれに越した事はないのです」

「あ、ありがとうございます!」

 

 再び頭を下げようとするかばんを手で制し、博士は変わらぬ無表情で淡々と続けます。

 

「礼を言う必要はないのです。パークの危機に対処するのは当然なのです。我々は(おさ)なので」

「セルリアン程度、我々だけでもどうにでもなるのです。我々は賢いので」

「でもはかせ、ここだとあの子のことは分からなかったんだよね?」

 

 サーバルが鋭く問題点を突きます。博士と助手の言が正しいのならば、この図書館にはビーストの資料はほとんどないはずなのです。それでどうするのかという言外の問いに、助手は再度鉄面皮なドヤ顔を見せました。

 

「ふふん、その程度我々が考えてないと思うですか」

「噂ですが、このパークのどこかに、“研究所”というものがあるらしいです」

「けんきゅうじょ?」

「何かを詳しく調べるための場所です」

 

「何の研究をする場所なんですか?」

「そこまでは知らないのです。なにせどこにあるのか分からないので」

「それってホントにあるのー?」

「可能性は高いと考えているです」

 

 そこまで喋った二人は、視線をかばんに向けました。

 

「かばんを見て確信しましたが、ヒトは高い知能を持っていたはずです」

「そんな()()()が、我々フレンズやサンドスターについて調べなかった、とは考えにくいです。というか調べたからこそ、ジャパリまんを作れるようになったはずです」

「そして調べるなら、このパーク内で調べるはず。わざわざ他の場所で調べるのもおかしな話です」

「確かに……」

 

 筋は通っていますし、蓋然性(がいぜんせい)も高い推論です。となると、焦点になるのはただ一点。“その研究所がどこにあるのか”という事です。

 

「博士さん達は、何か心当たりが……?」

「当然なのです。我々は(おさ)なので」

「と言っても、我々では入れなかったというだけなのですが」

「助手、余計な事は言わなくていいのです」

 

「入れなかったの?」

「おそらくですが、フレンズでは入れないようになっているのです」

「壊せば入れたかもしれませんが、その時はそこまでする理由もなかったです」

「それで、どこにあるのー?」

 

 サーバルの問いかけに、博士と助手は揃った息で告げました。

 

「この図書館から北東の」

「海に近い深い森の中に、それらしき建物はあるのです」

 

 

の の の の の

 

 

 博士と助手の言葉に従い、森の中の道を進む事しばし。潮の匂いがサーバルの鼻をくすぐる頃、木々の間から灰色の何かがちらほらと見えてきました。

 

「あ、あれかな?」

「ソウダヨ。アレガ研究所ダ」

 

 かばんに答えるラッキービーストをつんつんつつきながら、サーバルが少しばかりぶすくれた顔を見せます。

 

「知ってたんなら、としょかんに行く前におしえてくれればよかったのに」

「研究所ハ僕ノ管轄外ダカラ、ビーストノ資料ガアルカドウカハ知ラナインダ。確証ノナイ事ハ言エナイヨ」

 

 妙なところで頭が固い言い分です。人工知能らしい、と言えるかもしれません。

 

「ソレニ研究施設ハテーマパークジャナイカラ、本来ハ案内スルトコロジャナインダヨ」

「むー、なんか納得いかないよー」

「しょうがないよサーバルちゃん、ラッキーさんにも事情があるんだから。それよりほら、行ってみようよ!」

「……そうだね!」

 

 開けっ放しだった門からバスが塀の中に進み、建物の前で止まります。サーバルが兎のように跳ねて飛び出し、かばんもそれに続いてバスを降り、研究所を見上げました。

 

 かなり大きな、白い壁の建物です。体育館のような丸みを帯びたドーム状の屋根が幾つか連なり、円柱状の建造物がそれらをまとめるように中央に鎮座しています。しかし周囲は緑に覆われ、壁は薄汚れており、長い時間放置されていたであろう姿を晒していました。

 

「ねえ、これどうやって開けるのー?」

「関係者以外立入禁止ダヨ、サーバル」

「じゃあ、どうするんですか?」

「トリアエズヤッテミルヨ」

 

 ラッキービーストの目が緑色に点滅し、しばらくの後にピピッという電子音が扉の横から聞こえて来ます。ガラス製の自動ドアが、ゆっくりと開きました。

 

「成功シタヨ」

「わーい!」

「待ってよサーバルちゃん!」

 

 駆け出すサーバルをかばんが追いかけ、研究所の中へと二人は入ってゆきます。

 

 外縁部の荒廃具合に比して、内部は意外にも在りし日の面影を保っていました。埃や汚れはほとんどなく、ガラスの天井から陽光がこぼれ落ちています。ひょっとすると内部清掃用の機能が生きているのかもしれません。

 しかし人の気配だけはぽっかりと欠けており、やはりどこか物寂しさを感じさせる佇まいでありました。

 

「うわぁ、なにこれなにこれー! すっごーい!」

 

 とある一室に入ったサーバルが、興奮してくるくる回ります。スチール製のデスクや回転椅子、棚に置かれた鉱物標本、机に放置されたガラスのフラスコや試験管等々、見た事が無いものがたくさんあったのです。

 

「これは……研究室、かな?」

「けんきゅうしつ……。ここでなにかをしらべてた、ってこと?」

「多分、そうだと思う」

 

 かばんは何の気なしに、棚に並べられていたファイルを一つ抜き出してみます。そこには、驚くべき表題が書かれていました。

 

「『ビーストについて』……!?」

「え? あの子がどうしたの?」

「ここにそう書いてあるんだ。ひょっとしたら、何かのヒントになるかも!」

「おおー!! 中はなんてかいてあるの!?」

「ちょっと待ってね……」

 

 かばんは真剣な顔つきで文字を追いかけ始めます。なんとなく手持ち無沙汰になったサーバルは辺りを見回しますが、そこでふと何かに気付きました。

 

「……ん?」

 

 視界の端で何かが動いたような気がしたのです。反射的にそちらに体を向けると、白い壁に薄緑色の人影がぼんやりと浮かび上がっていました。

 

「うわぁぁああああ!? おばけー!!?」

「うわぁぁああああ!?」

 

 驚いたサーバルの声にかばんも驚き、一瞬にして混乱が巻き起こります。しかし喋り始めた人影のその声が、サーバルに冷静さをもたらしました。

 

『とても残念です……』

「あれ、この声って……たしか、みらいさん?」

「え? え? ミライさん? という事は……」

 

 かばんが見下ろしたその先には、目を緑に光らせたラッキービーストが壁を向いて固まっていました。以前にもあった事ですが、ラッキービーストが過去の記録映像を映し出していたのです。おそらく今回は、“研究所”にヒトが足を踏み入れた事で反応したのでしょう。

 

「ラッキーさんの仕業だったんですね……」

「びっくりした……おどかさないでよ、ボスー」

『……私たちはパークを退去する事になってしまいました。本当に、残念です』

 

 人影ははっきりとした像を結び、眼鏡をかけた若い女性の姿が映し出されました。眉と肩を落とし、意気消沈している事が画像越しでも伝わってきます。

 

『フレンズの皆さんも一緒に避難できれば良かったのですが……せめてアレの研究が終わっていれば』

「アレ? なんだろ?」

「分かんないけど、この言い方からすると……」

 

『せめてもの出来る事として、試作品と資料はここに置いて行こうと思います。ひょっとしたら遠い未来に、フレンズの誰かが完成させてくれるかもしれませんし。それに――』

『――あっ、こんなところにいたんですかミライさん! 急いでください、ミライさんで最後ですよ!』

 

 姿は見えませんが後ろから男の声が聞こえ、ミライがそれに振り向いて答えます。

 

『すみません、今行きます! ……そういう事だから、本当に留守はお願いね、ラッキービースト』

『任セテ』

『さよならは言いません。私たちは、必ず戻ります。だから、また会いましょう!』

 

 そこで人影は消え、記録映像は終わりました。サーバルは何かを思い出すかのようにぼうっと壁を見つめ続けていましたが、かばんの声に我に返りました。

 

「サーバルちゃん! 探そう!」

「……え? えと、なにを?」

「さっきミライさんが言ってた“試作品”とその資料だよ! もしかしたら、あの子の事を解決できるかも!」

 

 

の の の の の

 

 

 その頃、図書館から少し離れた道の上にて。アライグマが図書館を背に土煙を巻き上げながら爆走し、フェネックがその後を追いかけておりました。

 

「さあ急ぐのだフェネック! パークを危機からまもるのだー!」

「そんなに慌てるとまた転ぶよ、アライさん」

「あっはっは、そんなわけないのだ! アライさんは――――ふべっ!」

「いわんこっちゃないねぇ」

 

 見事にずっこけ涙目のアライグマを、フェネックがやれやれと言わんばかりの態度で助け起こします。そんな二人を、空中から見下ろす目がありました。

 

「あいつらは何をしてるですか」

「いつも通りなのでは?」

 

 博士と助手です。彼女達は呆れと不安をもって、仕事を押し付けた相手を見つめていました。

 

「あんな調子で本当に“四神(ししん)”を探せるのか、はなはだ不安なのです」

「気持ちは分かるですが博士、アイツらには一応実績があるです。溶岩を見つけて持ち込んだのもアイツらなのです」

「分かっているです」

 

 “四神(ししん)”。サンドスター・ロウを除去するフィルターを張るのに必要なアイテムです。見た目は黒い石板で、“四神(ししん)”の名の通り“朱雀”“白虎”“青龍”“玄武”の四枚から成ります。

 

 今現在のセルリアン大量発生は、海底火山からのサンドスター・ロウ大量発生によるもの。ならばその海底火山に四神(ししん)を設置し、フィルターを張る事に成功すれば問題は解決されます。

 

 しかしパーク中央の火山にある四神(ししん)は動かす事が出来ないため、新しい四神(ししん)を探さなければなりません。博士達はそれをアライグマとフェネックに依頼したのです。

 

「それでも、空回りして骨折り損になりそうな予感がぷんぷんするのです」

「しかし博士、必ず失敗すると思っていれば、探すようになど言わないはずでは?」

「助手、余計な事は言うななのです」

 

 じろりと目線を向けられた助手はしかし、しれっとした顔で話を続けます。

 

「我々も探すのですから、どうにかなると信じたいところなのです」

「それだけではないですよ。セルリアンへの注意喚起、いざという時の逃走経路や避難場所の策定、戦力になりそうなフレンズに話を通す等々、やる事は山積みなのです」

「手がかかるですが仕方ないです。我々は(おさ)なので」

「我々は(おさ)なので」

 

 二人は翼を羽ばたかせ速度を上げます。大気が風となり顔に当たって流れる中、助手がふと気づいたように隣に顔を向けました。

 

「ところで博士、かばんは気付いてると思うですか?」

「あれは間違いなく気付いてないです。目の前の事に集中しているのもありますが、自分の事には鈍そうなので」

「違いないです」

 

 二人は鉄面皮のまま含み笑いを漏らし、そのまま歌うように言葉を続けました。

 

「様々な場所に足を運ぶ」

「本来関わりのない事に首を突っ込み解決する」

「フレンズのために心を砕き行動する」

「望む未来を引き寄せるために努力する」

 

「それは(おさ)の在り方なのです」

「それは(おさ)への道なのです」

 

「これからかばんはどうするですかね」

「ヒトを探しに外に出るか」

「次の(おさ)としてパークに留まるか」

 

「外に出るなら手伝ってやるです、我々はこの島の(おさ)なので」

(おさ)になるなら仕事を教えてやるです、我々はこの島の(おさ)なので」

 

「決めるのはかばんなのです」

「何を選んでも応援してやるです、我々は心が広いので」

「心が広いので」

 

 ちらりと研究所の方を振り向く二人の顔には、確かに笑みが浮かんでいました。我知らず道を歩むかばんを言祝(ことほ)ぐ、先達としての柔らかな笑みが。

 

「しかし個人的には、パークに留まってほしいところなのです」

「そしたら先代の(おさ)の権限で、かばんに料理をさせる事ができるのです。じゅるり」

「料理食べ放題。実に心惹かれる言葉なのです。じゅるり」

 

 

の の の の の

 

 

 そして、各々が各々のすべき事をこなしながらも時は経ち、数日後。風雲急を告げる使者が図書館に訪れました。

 

「大変です博士! セルリアンが、セルリアンがたくさん出てきてます!」

「リョコウバトではないですか」

「どこにセルリアンが?」

 

 すでに戻ってきていた博士と助手の問いかけに、焦りのままに彼女はその決定的な一言を口にしました。

 

「海です! ジャパリホテルの向こう側の海から、たくさんのセルリアンがやってきました!」

 




 そろそろ終わりが見えてきました。
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