【完結】けものフレンズ(勝手に)2   作:佐藤東沙

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第三話 ほてるおおそうどう

「セルリアン!!」

 

 セルリアン。フレンズを()()()()性質を持つ、フレンズの天敵です。()()()()()フレンズは元の動物に戻り、記憶も消えてしまいます。セルリアンは形も大きさも様々ですが、目が一つしかなく、“石”と呼ばれる弱点が身体のどこかにある事は共通しています。石を破壊すれば倒せますが、それ以外で倒すのは困難です。

 

「うわっ!」

「ガラスが!?」

 

 そのセルリアンが、ガンガンと窓ガラスを叩き始めました。いかなジャパリパーク驚異の技術力と言えど、こういう状況は想定されていません。みるみるうちにガラスにひびが入り始めます。

 

「逃げようかばんちゃん!」

「う、うん!」

 

 反射的にラッキービーストと帽子とかばんを引っ掴み、大急ぎで部屋を出ます。その後ろから、バリンとガラスが破れる音が聞こえてきました。

 

 咄嗟にドアは閉めましたが、その下からわずかに海水が染み出してきています。ホテル内の空気が抜けないと水は入って来られないので、完全に浸水するまでは時間がかかるはずです。とはいえ悠長にもしていられません。

 

「どっちに逃げよう!?」

「上! 上なら水も入ってこないよ!」

 

 かばんの声に従い二人は走り出します。その後ろで、水の流れ込む音が一際大きくなりました。

 

「ホテルのフレンズさん達にも知らせないと!」

「で、でも、どこにいるのか分からないよ!?」

 

 広いホテルです。今からあちこち探し回るのは現実的ではありません。大声を出せばあちらから見つけてくれるかもしれませんが、セルリアンが寄って来る可能性もあります。何よりあまり時間をかければ、入って来る水で身動きが取れなくなってしまう事でしょう。

 

「カバン、アノボタンヲ押スンダ。アソコノ、赤イランプノ下ダ」

「ラッキーさん! 分かりました!」

 

 かばんがラッキービーストの指示を疑う事なく受け入れ、薄いプラスチックの奥にあるボタンを強く押し込みます。そう、ホテルには必ずある、非常ベルのボタンを。

 

「うわっ!」

「この音は!?」

 

 ジリリリリと、ホテル中に大音量が鳴り響きます。とっさの判断で、火災報知器を警報代わりにしたのです。やはりとんでもない高性能人工知能です。その音に追われ、フレンズが部屋から転がり出て来ました。

 

「なんだなんだ何事だ!?」

 

 ハブです。意外と近くにいたようです。かばんが現状を端的に伝えます。

 

「セルリアンです! 窓が破られて水が入って来てます!」

「何だとぉ!」

 

 あまりの事態に、スカートから伸びる長細い尻尾がぴんと立ちます。それでも素早く状況を飲み込んだ彼女は、二人と並んで走り始めました。

 

「オオミミギツネちゃんとブタちゃんは!?」

「今の時間なら上で寝てるはずだ! つってもこの音で起きんだろ!」

「なら上まで逃げて二人と合流しましょう!」

 

 

の の の の の

 

 

「セ、セルリアンが来るだなんて……」

「ど、どうしましょう、支配人……」

 

 上階、ホールにて。三人は残る二人のフレンズと合流を果たしていました。海面より高いここならば、内部が完全に水没しても水は入ってきません。ですが、予断を許すような状況ではない事は明白でした。

 

「うぅ……まだお客様もほとんど来てないし、PPP(ぺパプ)のライブもロクに見てないし、ホールでディナーショーもやってもらってないし、握手もしてないし、新曲も聞いてないのに……」

「お前んな事考えてたんか……」

「意外と余裕ありますね……」

 

 そんな危機的状況で思わず欲望が漏れ出るオオミミギツネに、ハブとブタが半ば呆れた目を向けます。それに気付いた彼女は、頬をわずかに赤く染めて咳払いしました。

 

「ゴホン! と、とにかく! どうにかしないといけません!」

「どうにかって……どうすんだ?」

「に、逃げましょうよぅ」

 

 ブタがハブの服の裾を掴み、気弱そうに提案します。しかしハブは眉をひそめました。

 

「……セルリアンは海から来たんだよな? このホテルから陸に行くにゃ、泳がなきゃならねえんだぞ?」

「あ……」

「泳いでる間に襲われてしまうでしょうね。私達は、そこまで泳ぎが得意という訳でもありませんし」

「あ、あの、すみません、僕は泳げないです……」

「そんなぁ……」

 

 かばんの自己申告もあり、ブタの垂れ耳がより垂れます。まあ最初から無理がある提案です。泳げると言っても、セルリアンより速く泳げるかは分かりません。追いつかれたら最悪全滅です。

 

 ちなみにかばんは泳げませんが、これは訓練する機会がなかったからでしょう。ヒトは陸上生物としては、むしろ泳ぎが上手い方です。オリンピック選手は時速7.5~7.6㎞で泳げますが、これはペンギンと大体同じくらいの速度*1なのですから。

 

「ハンターの人達を呼べば……」

「来る前に俺らが襲われなきゃいいがな。つーかどうやって呼ぶんだよ」

「あぅ……」

 

 ハンター。セルリアンを狩る事を生業とするフレンズです。彼女達なら確かにどうにかなるでしょうが、今ここにいない以上はどうにもなりません。ラッキービースト間の通信で呼ぶにしても時間がかかります。ハブの言うように、その間にセルリアンに襲われてしまうでしょう。

 

「そうだ、みんなでバスに乗っていったらどうかな?」

「全速力で飛ばしたから充電が切れてるって、ラッキーさんが……」

「ダメかあ……。あ、ここでじゅうでんできないかな? ほら、あのカフェの時みたいに!」

「ココニモ充電設備ハアルケド、時間ガカカルヨ」

 

 日が昇ったらホテルの太陽光発電で充電するつもりだったので、今はまだカラです。夜でもホテルの電気は使えるので充電池はどこかにあるのでしょうが、そこから取ってホテルそのものの電源が落ちる事を懸念したのが(あだ)となりました。

 

「そっか、あの時も時間かかったもんね……」

「それに、バスから電池を抜く時に襲われるかも」

 

 初めて聞くラッキービーストの声にホテルのフレンズが騒いでいますが、説明したらすぐに納得してくれました。基本的に彼女らは素直なのです。

 

 それはともかく、出る案にことごとく問題点が見つかってしまっています。こうなればと腹を括ったオオミミギツネが、拳を握りしめて宣言しました。

 

「こうなれば、戦うしかありません! 私達のホテルは私達で守るのです!」

「あ、あの、私は戦いは……」

「ブタさんアナタ力は強いでしょう! 今やらずにいつやるというのですか!」

「おい落ち着けよ。確かにやるしかねーんだろうが……お前らは戦えるのか?」

「私は大丈夫!」

「僕はちょっと無理です……」

 

 フレンズの身体能力や戦闘能力は、概ね元の動物に準じます。クマやライオンのような大型獣なら強く、コアラのような小型獣では弱く*2なります。

 

 この場のフレンズを、元になった動物の体重で比較すると、オオミミギツネは3~5㎏、ハブは1.3㎏前後。ブタは100㎏を超えますが見ての通り及び腰。ヒトは40~60㎏といったところですが、かばんはフレンズとしては少し特殊で、体格相応の身体能力しかありません。結局のところ、戦力になりそうなのは元が10~15㎏のサーバルのみです。

 

「一人だけでもいるだけマシか……?」

「あ、あの、セルリアンは海の中にいるのに、どうやって戦うんですか……?」

 

 ブタが重大な問題点を指摘します。泳げると言ってもさほど得意ではない以上、海中では上手く動けないでしょう。セルリアンに後れを取ってしまう可能性は、決して低くありません。

 

「うげ、そういやそうだった……」

「うぅっ、八方塞がりじゃない……。逃げるのも戦うのもダメなんて……せめて、PPP(ぺパプ)の新曲ライブだけは見たかったわ……」

「諦めんの早すぎんだろ! 戦うんじゃなかったのかよ!」

 

 ああでもないこうでもないと、どったんばったん大騒ぎです。そんな中、サーバルの視線が自然にかばんに向かいます。彼女は瞳に決意を宿し、一歩前に進み出ました。

 

「考えがあります。皆さん、聞いて下さい」

 

 

の の の の の

 

 

「どうですか、オオミミギツネさん?」

「――――いますね。でも、ずいぶん遠いです。ひょっとしたら、私達を見失っているのかも」

 

 ホテル内部、大ホール。水が侵食して来ている波打ち際。オオミミギツネが目をつぶり、海中に意識を向けます。彼女の役目は、聴覚による偵察です。その聴力ならば、距離があってもセルリアンの動きを捉える事が可能かもしれない、とかばんは考えたのです。

 

 なお火災報知機の警報音は、すでにラッキービーストが止めています。普通は操作パネルを直接いじらないと止まらないはずですが、ここではラッキービーストが干渉できるようになっているようです。

 

「な、なら、今のうちに逃げられませんか?」

「無理よ」

 

 腰が引けているブタを、オオミミギツネがばっさりと一刀両断します。

 

「さっきも言ったけど、私達が泳いでいる時に気付かれたら逃げ場がないわ。セルリアンがどこにいるかが分かっても、こっちが動けなきゃ意味がないの。ここで倒しておかないと」

「って事は、やっぱここまでおびき寄せねえとだな」

「う、うぅ……よ、よし! やります!!」

 

 ブタがおみやげの木刀を振り上げ、柱をガンガンと叩き始めます。セルリアンに聴覚や触覚があるかは分かりませんが、暗い海の中で活動しているのなら、その可能性は低くない――というのが、ラッキービーストの推測です。ダメならまた別の方法を考える予定でしたが、どうやらその必要はなかったようです。

 

「――――! 動きました! こっちに向かってます!」

 

 オオミミギツネの耳がぴくぴくと動きます。緊張が走る空気の中、かばんの声が響きました。

 

「みなさん、作戦通りに!」

 

 四者四様の返事が返され、海中からセルリアンがその姿を現します。大きさは150cm程度といったところで、セルリアンとしては中型です。だからこそ、ホテルの廊下や階段を通り抜けられたのでしょう。

 

 セルリアンは四本の触手をうねらせ、空中に浮かびます。セルリアンの中には水を苦手とするものもおりますが、これは水陸両用のようです。巨大な一つ目が、ぎょろりと不気味に動きました。

 

「えーい!!」

 

 オオミミギツネが木刀を投げつけます。投擲(とうてき)は本来ヒトの専売特許のようなもの*3ですが、フレンズはヒトと酷似した身体を得ているために可能なのです。元の動物の性質に引きずられたのかフォームはかなりデタラメですが、身体能力がそれをカバーします。

 

「ひぃ! こっち向いた!」

「ったりめーだろ! 動け!」

 

 木刀はカンという音を立て、セルリアンに命中しました。セルリアンは弾力のあるゴムのような体をしている事も多いのですが、どうやら硬い個体のようです。その一つ目がオオミミギツネを捉え、触手がうねうねと伸びます。彼女は尻尾の毛を逆立たせ、一目散に逃げだしました。

 

「うひゃあああ!」

 

 触手をよけながらオオミミギツネが走ります。セルリアンの動きそのものは遅めですが、不規則に動くため厄介です。さらに触手の速度はそれなりで、おまけに四本もあるので必死です。

 

「ハ、ハブ、まだなのぉ!?」

「もうちょい待て!」

 

 他のセルリアンと異なり表面がでこぼこしているので、弱点の石がそれに紛れてしまっています。その事を予想していたかばんが、ハブに石探しを依頼していたのですが、難航しているようです。

 

「――見つけた! 体の真後ろだ! ほんの少しだが温度が高い!」

「お、温度なんてわかんないわよー!?」

「スマン! 形が綺麗な四角形だ!」

 

 ハブにはピット器官があり、赤外線、つまり熱を可視化する事が出来ます。そしてセルリアンには体温があります。かばんは以前の経験からそれらの事柄を知っており、ならば熱の差から石を探す事が出来るかもしれない、と推測したのです。

 

 むろん何の証拠もない、単なる憶測です。ですがそれは今、正しかった事が証明されました。

 

「サ、サーバルさん、はやくぅー!」

「うぅー、そんなに動かれたらうまくあてられないよー! オオミミギツネちゃん、止まれないー!?」

「ムチャ言わないでー!!」

 

 とは言え、それで石を破壊できるかはまた別の話です。石に直接攻撃を当てるなら、セルリアンの飛んでいる場所までジャンプしなければなりませんが、急に動かれると狙いがズレてしまいます。跳躍してセルリアンに取り付き、しかるのちに破壊するという手もありますが、触手が危険です。

 

「うぅー、私だって、私だってー!」

「お、おい!?」

 

 ブタが片足で数度地面を蹴り、セルリアンに突進します。予定にない行動にハブの目が点になり、セルリアンの視線がブタへと向けられます。四本の触手が、ターゲットを変えました。

 

「うわぁああああー!!」

「危ねえ!!」

 

 ブタの勢いはすさまじく、まさに猪突猛進です。ですが馬鹿正直に正面から行ってしまってはいい鴨です。触手が(うごめ)き、彼女を絡めとらんとしたその時。かばんの声が横から響きました。

 

「ブタさんそのまま突っ込んでっ!!」

 

 セルリアンの目が唐突にブタから外れ、触手の動きが止まります。セルリアンの目を惹いたのは、紙飛行機でした。かばんがあらかじめ作っておいたものです。セルリアンには動くものを追いかける習性があるため、それを利用して足止めをするつもりだったのです。

 

 予定とは少し違う形で使われた紙飛行機は、しかしてその役目を見事に果たします。その一瞬の隙にブタがセルリアンの懐に飛び込み、走る勢いを全て注ぎ込んで、彼女は頭を上に思いっきり突きあげました。

 

「う、あああああ――――ッ!!!!」

 

 轟音と共に、セルリアンが天井に叩き付けられます。『しゃくり』です。元はイノシシの習性で、敵に突進しその勢いのまま頭を持ち上げ捻りこむ、というもの。まともに当たると成人男性でも数メートルは吹っ飛び、太腿の血管が破れて死ぬ事もあります。

 

 フレンズになっても、その習性はしっかりと受け継がれているようです。いえ、パワーアップしていると言うべきかもしれません。なおイノシシを家畜化したものがブタなので、イノシシの習性がブタに残っているのは全くおかしくありません。同種とされる事もあるくらい近いのです。

 

 とにもかくにも、セルリアンの動きは止まりました。その瞬間を狩人は、本来肉食性の獣であるサーバルは逃しません。

 

「うみゃみゃー!!」

 

 天井につきそうな程に高く高く跳び上がり、自慢の爪を振り下ろします。ぱっかーんと石は破壊され、セルリアンは無数の色とりどりなキューブとなって飛び散り消滅したのでした。

 

 

の の の の の

 

 

「いやあやるなあお前! ヒトってのは頭いいんだなあおい!」

 

 ハブが笑顔で機嫌よく、ばしばしとかばんの背中を叩きます。かばんは困ったような顔で、しかしさりげなーくその手を押さえて言いました。

 

「いえ、みなさんのおかげです。その、すみませんでしたオオミミギツネさん、一番大変なところをやらせてしまって……」

「い、いえ、私が適任でしたから」

 

 聴覚による偵察はまだしも、囮は地味にキツイ役どころです。付かず離れずセルリアンを引き付けておかなければなりません。しかし彼女の言うように適任ではありました。オオミミギツネにはセルリアンに対抗できるだけのパワーはありませんが、それなりにすばしっこく頭も回るからです。

 

「ハブさんもありがとうございます。石を見つけてくれなかったら、きっと倒せませんでした」

「なあにいいって事よ! 石の温度が違うかも、なんて俺一人じゃ思いつかなかったしな!」

 

 ハブはばっしんばっしんと再び背中を叩きますが、かばんはやはりそれとなくその手を押さえます。水面下で微妙な戦いが起こっていますがそれは置いて、かばんが心配そうな顔をブタに向けました。

 

「ブタさんは……大丈夫ですか?」

「は、はい。あの、ごめんなさい、勝手に動いちゃって……」

「いえ、ブタさんが無事ならよかったです」

 

 紙飛行機だけでセルリアンの動きを封じ切れたかどうかは、微妙なところです。ブタがある程度のダメージを与えていたからこそ、ああも上手く作戦がハマった……のかもしれません。はっきりしない? セルリアンの詳細なデータが不明な以上、それは仕方がない事です。

 

「そ、その……サーバルちゃん、ごめん」

「え?」

「もっと、安全な方法を考えつけたらよかったんだけど……ううん、僕が戦えていれば……」

「いーの! フレンズによって得意なことちがうから!」

 

 サーバルを危険に晒したと落ち込むかばんを、サーバルが笑い飛ばします。

 

「私はあんまり頭がよくないから、かばんちゃんが代わりに考えてくれてるんだよ! だから気にすることなんてないよ!」

「ほー、かばんが考えてサーバルがやるのか。なかなかいいコンビじゃねえか」

「そ、そうですか……?」

 

 サーバルがふふんと胸を張ります。

 

「そうだよ! かばんちゃんは、すっごくすごいんだから!」

「そ、そんなことないよ。サーバルちゃんの方がすごいよ!」

「かばんちゃんの方がすごいよ!」

「サーバルちゃんだよ!」

「かばんちゃん!」

「サーバルちゃん!」

 

 むーっとにらみ合いますが、次の瞬間相貌(そうぼう)を崩し、どちらからともなくぷっと噴き出します。それにつられて皆の頬も緩み、笑い声がホテルの中に響いてゆきました。

 

 

の の の の の

 

 

「にしても、これからどうすっかねえ……」

 

 内部まで浸水したホテルを見ながら、ハブが黄昏ています。先程とは打って変わって、今のホテルのように沈んでいます。そんな彼女の後ろから、オオミミギツネがひょっこり頭を出しました。

 

「コラ、お客様がいらっしゃるのにそういう事言わない!」

「つってもよお、マジでどうすんだよ。ただでさえお客が少なかったのに、こんなんじゃあますます来なくなるだろ」

「うっ」

「しかも来たら来たで、三人じゃそのうち手が足りなくなるのは目に見えてる」

「ううっ」

「泊まれる場所が減っちまったから、その辺はどうにかなるかもしれねえが……本末転倒だよな」

「ううううー!」

 

 敵を倒しましためでたしめでたし……で終わらないのが現実です。セルリアンという問題は解決されましたが、それ以外の問題はそのままです。というか水没した分悪化してます。

 

「……もういっそ、別んトコに移るか?」

「それはダメ! 私はこのホテルを、パーク一のホテルにするの!」

 

 そこは譲れないようです。ですが実際問題として、解決策はどこにも見当たりません。ハブが思わずため息をつこうとしたその時、唐突に後ろから声がかけられました。

 

「あの……」

「うおぅ!?」

「うわぅ!?」

 

 二人が驚きに飛び上がります。勢いよく振り向いた先にいたのは、かばんでした。

 

「い、いたのか……」

「ごめんなさい、聞くつもりはなかったんですが、出るタイミングがなくなっちゃいまして……」

 

 あはは、と誤魔化すように笑うかばんは言葉を続けます。

 

「それより、お話を聞いて思いついた事が――」

「何か名案がッ!?」

 

 オオミミギツネが食い気味に食いついてきました。心なしか、セルリアンと戦っていた時よりも素早く見えます。かばんはちょっとのけぞりつつも、朗らかな笑みを絶やさず提案しました。

 

「こういうのは、どうでしょうか?」

 

 

の の の の の

 

 

「いらっしゃいませ! ジャパリ()()ホテルへようこそ!」

 

 後日。オオミミギツネが、満面の笑みで客を出迎えていました。客のフレンズは不思議そうな顔で、受付の横に並べられている、大きなヘルメットのような物体について尋ねます。彼女は営業スマイルを崩す事なく、よどみなくその質問に答えました。

 

「はい、こちらは海の中でも呼吸が出来る道具です」

 

 要するに、酸素ボンベ内蔵の海中ヘルメットのようなものです。酸素の補給不要で動く辺り、ジャパリパーク驚異の技術力です。サンドスターの力かもしれません。万能ですサンドスター。

 

「これを使用して、ホテルから直接海中散歩を楽しめるのが当ホテルの自慢でございます」

 

 ホテルの浸水している部分から潜り、水で満たされた廊下を歩き、セルリアンが破った窓を通って外に出る、という事です。直接海に潜ればいいのではないかとも思われますが、オオミミギツネ的には譲れないところなのでしょう。

 

「――おや、早速行かれますか。ではブタさん、案内して差し上げて」

「はい! こっちです、お客様!」

「いってらっしゃいませ、ごゆっくりどうぞ」

 

 気合に満ちたブタに案内され、客が早速水中へと向かいます。オオミミギツネはそれを見送り、二人の姿が見えなくなると、低く含み笑いを漏らしました。

 

「ふふふ……海中ホテル計画、ついに始動よ! ゆくゆくは観光名所ホテルとしてジャパリパークに君臨し、そしてPPP(ペパプ)のライブを……!」

「おい、アメリカビーバーと連絡ついたぞ」

「よくやったわ!」

 

 アメリカビーバー。かばんから教えてもらった、高い建築能力を持つフレンズです。その彼女に頼み、桟橋を伸ばしてホテルまで繋げてもらおうという計画です。連絡は、おそらく空を飛べるフレンズにでも頼んだのでしょう。

 

「これでまたセルリアンが出ても逃げられるわね!」

「お客が泳がねーでも来れるようにするのが目的じゃなかったか? いや分かるけどよ」

 

 船なんて気の利いた物はなかったので、これまでは空を飛べない客は容赦なく泳がせていました。そういうところです。

 

「しっかしあいつもオモシレー事考えんな」

「ええ、あの発想はなかったわ」

 

 かばんの提案。それを一言でまとめるなら、『宿泊施設としてではなく、観光施設として売り出す』という事でした。水没したホテルという点を逆手に取り、物珍しさを前面に押し出す作戦です。

 

 とは言え泳げるフレンズばかりではありません。なので彼女は当初、海のフレンズのみを対象にしようと考えていました。それを補足したのはラッキービーストです。彼(彼女?)は潜水ヘルメットの存在を教え、水に入れるフレンズに範囲を広げたのです。

 

 そして肝心のヘルメットは、イルカとアシカが持ってきてくれました。ラッキービーストの通信で連絡を取る事に成功したのですが、幸運な事に彼女達は元から置き場所を知っていたのです。

 

「鳥のフレンズには宣伝と従業員の募集を頼んでるし、これは私達の時代も近いわね!」

「それを考えたのもかばんだがな」

「話の腰を折らないの! とにかく、ホテルの未来は明るいのよ!」

 

 この後、アメリカビーバーの面倒な性格のせいで、作る前から桟橋増設計画が座礁しました。

 

 

の の の の の

 

 

 未来にそんな事になるとはつゆ知らず、ホテルを出たかばんとサーバルは、バスに乗って森の中の道を進んでいました。

 

「オオミミギツネさんたち、大丈夫かな……」

「あの三人ならきっとなんとかなるよ!」

 

 サーバルが笑顔で言うと、本当にそんな気がしてくるから不思議です。そこでサーバルの顔が、ふと何かに気付いたようなものになりました。

 

「ところでかばんちゃん、次はどこに行くの?」

「あれっ、決めてたんじゃないの? バスに乗ってたから、てっきり行きたいところがあるのかと思ってたよ」

「ないよ?」

 

 きょとんとした顔です。ノープランだったようです。フレンズは割と好奇心と本能に任せて動くので、こういう事もあります。

 

「それなら、ひさしぶりに私のなわばりに戻る?」

「うーん、それも悪くないけど……そうだ、ラッキーさん!」

 

 突然名を呼ばれたラッキービーストが、ピコピコと点滅します。

 

「ドウシタノ、カバン」

「ラッキーさんの体って、元に戻らないかな?」

「ボスの……体?」

「うん、ラッキーさんって機械だからたくさんいるでしょ? なら、体だけのラッキーさんもどこかにいるんじゃないかな、って」

「体だけのボス? 見つけてどうするの?」

「僕の腕にいるラッキーさんを入れたら、ラッキーさんが元通りになるかもしれない」

「おおー!」

 

 ラッキービーストの『本体』はあくまで、かばんの腕に巻かれているレンズ状の部品です。なのでかばんが言っている事が可能なら、このラッキービーストが再び体を得る事も出来るでしょう。

 

「スペアノボディハアルヨ。デモ、僕ノ事ハ気ニシナクテイイヨ」

「なんでー? ボスがまた動けるようになったら、私もうれしいよー?」

「僕ハパークノガイドロボットダ。ダカラ、優先サレルベキハフレンズノ事情ナンダヨ」

「えー? よくわかんないけど、だめだよそんなの!」

 

 むぅうとサーバルが膨れますが、こればかりはどうにもなりません。ラッキービーストは非常に高性能ですが、それでも人工知能なのです。自身の定義を自身で変える事は出来ません。

 

「……ラッキーさん。今の僕は、ジャパリパークのガイドなんですよね?」

「ソウダヨ。正確ニハ暫定パークガイドダヨ」

 

 かばんはフレンズですが、同時にヒトでもあります。それを利用し、ラッキービーストがかばんを『暫定的なパークガイド』と定義する事で、様々な制限――ラッキービーストはフレンズと直接会話禁止、等――を外しているのです。

 

「なら、パークガイドからの要請です。ラッキーさんは、自分の体を取り戻してください」

「――――了解シタヨ。スペアボディニ換装スルヨ」

 

 レンズ状の部品が青く点灯し、ラッキービーストがパークガイドからの要請を受諾しました。それを見ていたサーバルが、不思議そうな顔をしています。

 

「えーと、どういうことかばんちゃん?」

「ラッキーさんの体を直しに行ける、って事」

「そうなの!? やったー! やっぱりかばんちゃんはすごいね!」

 

 サーバルが片手を勢いよく突き上げ、元気よく言い放ちました。

 

「よーし、ボスの体のところまでしゅっぱつだー!」

「最寄リノ保管場所ハ逆方向ダカラ、Uターンスルヨ」

 

*1
敵から逃げる時等、瞬間的になら時速12~13㎞出ると言われている。

*2
コミック版だと1㎞を5分12秒。腕力も弱く運動神経も悪い。

*3
投擲が可能な生物は少なく、その中でも人間はトップクラス。




(かばんさん作者より頭よくない……?)
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