タイムスリップ令和ジャパン   作:◆QgkJwfXtqk

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112 日本の事前行動-01

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 ユーラシア大陸で行われているアメリカとチャイナの戦争は言うに及ばず、欧州でもG4とドイツとの対立は激化の一途を辿っており、日本に世界の潮流が大きな戦(ワールド・ウォー)へ向かいつつある流れを理解させた。

 嘗ての歴史の陣営 ―― 連合国と枢軸国よりも経済格差の大きな、G4(ジャパン・アングロ)/国際連盟と大欧州連合帝国(サード・ライヒ)*1であったが、それでも尚、ドイツが調和のある世界秩序(パクス・ジャパンアングロ)との対峙(覇権主義)を諦めてはいない事が、その行動で実証されていた。

 安寧の中で穏当に金儲けに邁進したい日本としては、本当に迷惑極まり無い話であった。

 日本連邦として広大な未発展の領域を得た結果得られた、嘗ての停滞(タイムスリップ前の喪われた30年)後退(タイムスリップによる経済活動の破綻)を乗り越えた経済発展の機会がふいになる危機であった。

 情報分析機関(連邦情報局)は、戦争による日本への影響を、予定される戦場が日本から遠い事によって直接的には受ける危険性は乏しいものの、戦争による世界物流の混乱 ―― 海洋交易路の不安定化は日本経済へ混乱を齎し、その悪影響は10年を超えるだろうと言う研究報告書(レポート)()()していた。

 この事が日本の世論に、来る戦争への参戦も止む無しの雰囲気を作り上げていた。

 未だ生き残っている極左的平和主義者(一国平和主義者)は、如何なる理由があっても戦争は良くないと言う主張を繰り広げていたが、既にこの時代に来て(タイムスリップから)20年が経過しようとする中で2度の戦争を経験し、()()()()を理解した有権者は、誰もその主張に乗る事は無かった。

 そもそも、殆どが高齢者であった為、体力的にもデモをする余力も無く、再建されたSNSで批判を展開する(愚痴をこぼす)のが精一杯の有様であったと言うのも大きいだろう。

 尚、タイムスリップ前ならば()()()()()()反戦の文字を旗頭に世論形成(世論捏造)に勤しんだであろうマスコミ(売文屋)が組織だって支援に動く事は無かった。

 2度の戦争を含むタイムスリップ後の日々で現実と向き合う人間がマスコミの中にも増えた事と、そもそもとして頑迷な極左的平和主義者(リベラルを自称する極左趣味者)の多くが定年によって会社を去った事もあって、現実主義(世論の創作では無く世論の太鼓持ち)に回帰していた。

 結果、国民世論の潮流に逆らった主張に賛同していても(部数)に結びつかぬと掌返し(機会主義の発揮)を行っていたのだ。

 この様な結果もあって日本は、国民の総意として金蔵に手を突っ込んで来る奴は全て敵であると戦争を容認する事となっていた。

 この為、機を見るに敏な野党などは、マスコミの討論番組などで、戦争が起これば全力でそれを終わらせる為に努力する事こそが人道に基づいた平和主義であるなどと主張する有様であった。

 日本は、資本主義であり民主主義の海洋国家(リヴァイアサン)としてドイツとの戦争に取り組む事となる。

 

 

――対ソ連

 日本が対ドイツを考える上でソ連との国境線は第2戦線であった。

 日本は嘗ての太平洋戦争末期の()()()を忘れては居なかった。

 その後の歴史も忘れて居なかった。

 故に、日本の政府関係者の一部からは、ドイツとの戦争前に、先にソ連と()()()()()()()()を起こし、その軍事力を一度壊滅させてしまってはどうか? と言う意見が出る始末であった。

 ソ連がシベリア共和国との全面に配置した各師団や重装備を撃滅する事は難しいだろうが、それらの行動を支える後方 ―― 物流網(ロジスティクス)を完膚なきまでに破壊し、向こう十年は大規模で能動的な活動が出来ない様にするのは、そう難しくは無いと言う話であった。*2

 その際に主力となるであろう飛行部隊、爆撃機部隊には新鋭のB-2爆撃機が続々と配属され続けられており、2個飛行隊が戦闘配置に就いていた。

 熟練のB-52による爆撃部隊(ソ連ゼッタイ焼きたいマン)も1個飛行隊が残っていた。

 戦力に不足など無かった。

 とは言え、その攻撃で消費する弾薬は決して少なくは無い。

 平時の予算では、爆撃に必要な弾薬を備蓄するのは難しかった。

 しかも、弾薬の不足に加えて可動率も低下するだろう。

 予防行動でドイツとの戦争への初動が遅れたらどうするのか? と言うのが反対派の主張であった。

 それに今のソ連の防空体制であれば、対ドイツを行いつつ()()()()()を行った時点で焼き払う事は難しい事では無いと言う部分もあった。

 一定の合理性がある主張であった為、最終的に日本はソ連に対する予防攻撃を選択する事は無かった。*3

 最終的に、日本はソ連に対する圧力の強化 ―― フィンランドやポーランドとの連帯の強化が策定された。

 包括的防衛力整備援助(ミリタリー・フレームワーク)協定をソ連の周辺諸国と締結し、低利な融資と通常の販売価格よりも安価に軍備を提供する体制の構築を行った。

 この詳細を知ったスターリンは、党要職の人間と共に幾夜も痛飲し()()()()()を病院送りにした。

 

 

――対チャイナ

 アメリカとチャイナの戦争に対する日本のスタンスは通常運転(アメリカ頑張れ、チャイナは増えろ)であった。

 とは言え、主となるのはアメリカであり、過剰な支援を行う事はアメリカの矜持に傷を付ける事となるので細心の注意が払われる事となっていた。*4

 取りあえず、参戦しているグアム共和国軍(在日米軍)を筆頭とした4ヵ国軍に対しては、武器弾薬、そして補修部品の供給に関して最優先で行う事とした。

 その上で、日本政府は5年の時限立法としてユーラシア非常事態対処法を成立させた。

 主目的は、軍需物資の生産に対する予算措置である。

 日本はある意味で、この非常事態対処法の成立と共に準戦時体制へと入る事となる。

 食料や各種資源の管理。

 その分野は軍需のみに限らず、民需までもカバーしていた。

 目端の利いた者は、その動きから日本政府が戦争準備に入った事を、それも今までの戦争とは違う、国家総力戦を想定して居るであろう事を了解し、株式市場で大きな利益を上げる事に成功した。

 その他、日本は米国前例を基にした軍事支援物資(レンドリース)の準備を各企業に指示していた。

 自動車やトラックを筆頭として、提供先の現場でも保守点検の容易な装備の開発である。

 自衛隊向け(ハイエンド)装備を簡素化するのではなく、1から簡素なものを開発する事としたのだ。

 前々から話を受けていた各自動車メーカーは、極めて簡素で生産性が高く、そして整備性にも優れた車両を短期間で完成させた。

 デザインに色気などは一切無く、製造効率を最優先した直線主体で無骨な合理性と信頼性だけで完成した支援供与車両(MLシリーズ)は、ある意味で日本自動車業界の本気であった。

 尚、完成した車両は即座に実戦投入 ―― チャイナで活動中のグアム共和国軍(在日米軍)北日本(ジャパン)邦国軍に供与され、実戦の場での運用試験が行われたが、その試験結果は上々であった。*5

 尚、この結果をみたアメリカ政府は、未だ戦時体制に移行していない自国の産業界の状況を鑑み、MLシリーズの輸出を日本に打診する事となる。

 アメリカの自動車産業界も圧倒的な生産力を誇ってはいるのだが、戦時体制に移行していない今の状況では、その生産力は民需に喰われており、アメリカ軍が欲するだけの車両、トラックなどを供給しきれていないのだ。

 正確に言えば、アメリカ軍が必要とする分は足りていた。

 だが、アメリカが参戦の出汁として各国に提供を約束した分には不足していたのだ。

 この要求に、日本は応える事となる。

 

 

 

 

 

 

*1

 尚、ドイツにとって唯一の同盟国と言って良いソ連であったが、そのソ連はドイツに与して国際連盟から離脱し、今の国際社会体制との対立を選ぶ ―― その様な選択を行う事は無かった。

 それどころかドイツとの連帯、事実上の同盟関係は維持しつつも国際連盟内での地位の維持と影響力の拡大に腐心しているのが実際であった。

 ドイツに対しては「ドイツの国際連盟への窓口」であると説明し、同じ話を国際連盟の場でも行っていた。

 ある意味でソ連はドイツと国際連盟とを両天秤に掛けていた。

 これはソ連が日和見主義から二股(コウモリ)外交を行っているからでは無く、国の後方に強大な敵国(日本連邦)を抱えている事が理由であった。

 ソ連とは比較できない程に強大な国力を持ち、1936年の傀儡国家(シベリア共和国)の建国以降も強硬で敵対的な態度を崩さない日本連邦の存在は、常にソ連のストレスであり続けた。

 別に、ソ連やスターリンが猜疑心が深い訳では無い。

 ソ連の東方国境線では()()()()()が追尾どころか視認する事も難しい高度で侵犯が繰り返されており、フィンランドとのカレリア地峡紛争の際には国際連盟の名の下で日本は躊躇なく武力を行使した狂犬国家なのだ。

 しかも並行してシベリア共和国西方で大規模な陸空の戦力を動員した機動演習までやってみせた戦争狂国家であった。

 この恐るべき超大国に硬質な対抗が出来ぬのであれば軟性の対応 ―― 対話を選択するのが世の常ではあるが、ソ連からの対話要求に日本が応じる事は無かった。

 不測の事態(ホット・ウォー)に備えた外交チャンネル、ホットラインこそ維持されているが、緊張緩和に向けたソ連の努力が実る事は無かった。

 日本が無理であればと、国境線で対峙するシベリア共和国との対話を試みてはいたが、此方は、その()()()()()から日本以上に強硬であった。

 この様な状況では、ソ連が国家の安寧と発達を犠牲にしてまで軍備を整えるのは止むを得ない事であった。

 そして、であるが故に、その狂犬国家に一定の首輪を嵌められる国際連盟と言う組織に所属する事を、その組織内で影響力を高める事にソ連は腐心するのだ。

 

 

*2

 尚、その余波によってソ連東部領域の民間向け物流網も消滅し、ソ連人民が塗炭の苦しみを味わう事となる事も想定されたが、対ソ連先制攻撃論を張る人は誰もその事を問題視する事は無かった。

 露系日本人も、そしてシベリア系日本人(旧ソ連人)もだ。

 否、シベリア共和国政府としては歓迎できる事態であるとすら評していた。

 ソ連民間の生活が困窮すれば、シベリア共和国への亡命者が出る事が予想されていたからである。

 日本資本による開発が本格化しつつあるシベリア共和国は、ソ連に備えた軍事力を整備しつつ経済活動を行わねばならぬ為、労働力が不足気味であったのだ。

 受動的(パッシブ)な労働力の収奪は、シベリア共和国にとって願っても無い話なのだから。

 シベリア共和国は、国境線を接するソ連領域の人民、その気持ち(豊かになりたいと言う欲望)を刺激する様に、民間ベースでの交流(宣伝)を行うのだった。

 

 

*3

 尚、数十年後の戦後 ―― 緊張緩和期(デタント)の時代に、この頃の日本の攻撃的(アグレッシブ)対ソ連戦争案を知った()()()人は、心底から平和に感謝し、国際連盟への加盟継続を指示し続けたスターリンの慧眼に敬意を表した。

 とは言え、スターリンとレーニンの銅像を倒す事は止めなかったが。

 

 

*4

 日本のアメリカ評の高さを聞いたアメリカ大使館付きの日本駐留連絡武官は、毎度の事ながらの自国に対する日本の高い評価と期待とに嘆息するのみであった。

 現実とかい離した様なアメリカ像で見られる事の大変さ。

 その事を、アルコールの入った緩い交流会(パーティー)の場で、日本連邦統合軍の将官に直截的に告げた事もあった。

 が、その時の将官の反応は、出来の良いアメリカンジョークを聞いた時に類されるものであった。

 尚、同席していたグアム共和国軍(在日米軍)の連絡武官は、凄く複雑な笑顔(アルカイックスマイル)を浮かべていた。

 何をやらかした、米国(ファッキン・フューチャー・アメリカァァァ)!! と、アメリカ人日本駐留連絡武官は内心で罵った程であった。

 兎も角。

 アメリカ側にとって正直な話として、地の利と数の優位を持ったチャイナは、想定して居たほどに楽勝出来る相手では無いし、その戦争は軍事費をモリモリと食べる底なし沼であった。

 日本が参戦してくれるなら、参戦しないまでも積極的に支援してくれるならばどれ程に楽であろうかとは、東ユーラシア総軍参謀団のみならず、アメリカ政府関係者ですら思う事ではあった。

 

 

*5

 MLシリーズの製造効率優先主義は、乗用車(ML-1)トラック(ML-2)の部品共通率が7割を超えていると言う所にも現れていた。

 個々の性能や居住性などは無視に等しい扱いとなり、フレーム以外では同じ部位であれば部品の流用が利く様に設計されていた。

 この為、一部の現場の人間は融通が利いてないと怒る一幕もあった。

 尚、安全基準は日本本土のソレに一切到達していない為、MLシリーズの車両を日本の公道を走らせる事は原則禁止されている。

 この点だけでもMLシリーズの自動車が、設計段階から如何にコストダウンをするかの努力が行われたかを示していた。

 

 




2020/08/28 文章修正
2020/10/03 文章修正
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