タイムスリップ令和ジャパン   作:◆QgkJwfXtqk

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115 チャイナ動乱-25

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 戦争再開から一週間も経ずして40万と号した大軍勢を失い黄河以北での優勢を喪失したチャイナは、その国家の体面に深刻な傷を負う事となった。

 敵であるアメリカの強大さよりも、チャイナ政府に()が無いのではないかとチャイナの一般大衆から思われる様になったのだ。

 対外戦争に於いて常に負け続けて来たが故の、ある意味で評価が蓄積した結果だった。

 しかも今回、この戦争は()()()()()()()()()? との期待もあったが為、失望がより深くなったと言う側面があった。

 だが、チャイナ政府は折れて居なかった。

 100万の軍勢で駄目なら200万の軍勢を宛てれば良い。

 200万で駄目ならば400万の軍勢を作り出せば良いとの剛毅な意見がチャイナ参謀団では幅を利かせていた。

 だが兵は兎も角として、黄河以北喪失の危機は重要都市である北京喪失に直結しかねない重大な事態であった。

 だがチャイナ政府は重要視してはいなかった。

 南京を首都とする現在のチャイナにとっての主要産業地帯は長江流域である為、歴史的要衝の都市を失う事による体面の問題はあっても、国家の死活問題には直結していない事も理由として大きかった。

 先端装備の主要生産拠点である山東半島(ドイツ租借地)近くまでアメリカが近づく事は厄介であるが、()()()()ドイツは好意的中立を維持しているのだ。

 ()()()()()()であれば問題は無いだろうとチャイナは判断していた。*1

 この為、チャイナ参謀団は貴重な機甲部隊を北京市近郊から更に下げる事を決定する。

 建前としては反撃用としての再編成であり、場所は華北平原南部の中心的地位を持った徐州とされた。

 これは比較的交通インフラの破壊を免れていた事も大きい。

 とは言え北京市から見て500㎞近く下げる事となる為、東ユーラシア総軍の矢面に立つ北京鎮護軍はその意図を誤解しなかった。

 この為、塹壕の構築を含めた陣地作成に血道を上げる事となる。

 尚、この決定に合わせて内モンゴル西方域にて東ユーラシア総軍第1軍と対峙していた第2北伐軍集団も後退が命令される事となる。

 この決定に慌てたのはチャイナ共産党である。

 チャイナ政府との共闘関係の約定を交わしてはいたが、チャイナ共産党軍は兵の数こそ居ても近代的な装備、重装備は勿論ながら無線などの通信機器や軍服まで事欠く有様で在り、完全に機械化されたアメリカの部隊と正面から殴り合える様な状態では無かった。*2

 この為、新編された東ユーラシア総軍第11軍*3は無人の野を行くが如く西進するのだった。

 

 

――東ユーラシア総軍

 第1次攻勢作戦(グッド・モーニング)の成功によって、アメリカは黄河以北のイニシアティブを握った。

 その優位性を生かす為、第2攻勢は第1次のソレを上回る全面攻勢が予定されている。

 目標は北京。

 目標は黄河。

 かつて中原とも呼ばれたチャイナの心臓部を掌握する作戦であった。

 第2次攻勢作戦平和への道(ロードローラー)、黄河以北の平穏を回復させる為の作戦であると嘯かれていた。

 この時点で東ユーラシア総軍は指揮下の部隊を4つの軍に分けて運用していた。*4

 正面から北京を目指す第2軍と第22軍。

 渤海沿岸部を一気に南下し、山東半島の孤立化を目指す第1軍。

 そして、対チャイナ共産党として西進を図る第11軍。

 その全てに十分な航空支援を行う用意をしていた。

 特に、チャイナの先端軍備の供給元と言って良い山東半島(ドイツ租借地)とチャイナの分断を任務とする第1軍には、チャイナ側が必死になって抵抗する可能性もある事を見越して、アメリカ海軍の全面支援が行われる予定となっていた。*5

 

 

――チャイナ共産党

 捨て駒の様な扱いを受けたチャイナ共産党では、チャイナ政府に対する反発が強いモノとなっていた。

 それは日々、己の領域へと迫りくる東ユーラシア総軍第11軍に対する恐怖の裏返しでもあった。

 重装備を失ったチャイナ共産党軍はゲリラ戦での抵抗を試みるが、戦場である南モンゴルの領域に於いてはチャイナ共産党軍こそが外部からの侵略者である為、民衆の支持を得られる筈も無く、各個撃破され一方的に狩られていた。

 潜るべき人民の海こそが、チャイナ共産党の敵となっているのだ。

 勝ち目などある筈も無かった。

 勢力を失い続けるチャイナ共産党。

 だが、不思議な事に末端の部隊は潰されても、指揮系統や中枢組織に被害は出て居なかった。

 敗走を重ねるチャイナ共産党は、その理由を考えるよりも生き延びる事に必死であった。

 散り散りとなって逃げるチャイナ共産党指導部、そこに日本が接触した。

 月餅(チャイナ・ビスケット)計画、日本とアメリカによるチャイナ分割工作の一環である。

 現地住民に成りすまし活動していた支那(中国)系日本人の情報工作員(エージェント)は、チャイナ共産党指導部の要人で、比較的穏健派と呼べる人物が孤立した所を拉致したのだ。

 目的は、安全な場所で日本とアメリカが()()する為であった。

 拉致された人物が選ばれた理由は、比較的穏健な思想を持つ事と、何より、上位者に絶対的に服従し行動する事の出来る性質を見込んでの事であった。

 交渉(脅迫)によって、上位者を共産党指導者からG4(ジャパン・アングロ)へと切替えさせようというのだ。

 そもそも、日本とアメリカの影響下にある国家としてチャイナ北部を統治させる組織としてチャイナ共産党が選ばれた理由は、それ以外のある一定の統治能力を持つ事が期待できる組織 ―― 軍閥が事実上の消滅状態にあった為であった。

 国家の運営とは一朝一夕で出来るものでは無いのだから、既存の組織で使えるものは使う。

 それが日本の認識であり、アメリカもそれを承諾した。

 とは言え、日本の情報からチャイナ共産党の悪しき部分、特にその指導者の厄介性が認識されていた為、現指導者と過激な思想の人間は排除(パージ)し、共産主義の看板を下ろして再出発をさせると言う前提であったが。

 その要求を、拉致されて来た要人 ―― 周恩来は幾つかの交渉の末に受け入れる事となる。

 これは、1つには日本とアメリカが新しい北部チャイナ国家に対して要求する事が、モンゴル、フロンティア共和国(マンジュ)東トルキスタン共和国(ウイグル)、そして将来的には独立したチベットも含めた()()()()()()()()だけであったと言うのが大きかった。

 日本にせよアメリカにせよ、新しい北部チャイナの国家を植民地や属国にしようと言う意図は無かったのだ。

 無論、国家運営に人材(アドバイザー)の派遣を行う話はあったが、それもあくまでもチャイナ人による自治を助ける為の手段であった。

 北部チャイナに新たに興される国家の役目は1つ。

 現チャイナ政府と対峙する事であった。

 この、日本やアメリカの支配下にある国家の安全を守る緩衝国家を欲し、その為の支援は惜しまないと言う話を受けて、周恩来はチャイナ人の政治勢力が排除されつつあるチャイナの北部域でチャイナ人の自治を守る為に交渉を受け入れたのだ。

 周恩来が要求を受け入れると同時に、新国家準備委員会が発足した。

 合わせて、日本が主体となって旧悪のチャイナ共産党指導部は抹殺される事となった。*6

 

 

 

 

 

 

*1

 無論、この様な甘い認識をアメリカが追認する様な筈も無く、アメリカは対チャイナ戦争の一環として山東半島の封鎖と無力化も検討していた。

 最も穏当な手段で、第三者組織である国際連盟安全保障理事会による査察と駐留。

 過激な手段では、ドイツによる戦争関与を理由にした占領が予定されていた。

 尚、ドイツへの憎悪を隠さないフランスは、山東半島の占領案をG4の連絡会で盛大にアメリカに提案していた。

 何ならそのままフランスは対ドイツ戦争を始めても良いと宣言する程であった。

 陸軍の動員等、フランスの戦争準備は万端とは言い難いが、それはドイツも一緒なので問題では無いという認識が在っての事であった。

 幾度もの改定が行われ、練り上げられた最新の1941年度改訂版対独戦争計画(ラファール・プラン)に、フランスはかなりの自信があったのだ。

 過激と言って良いフランスに対して、日本やブリテンは、事後が面倒くさいので宣戦布告無しに爆撃をするのは勘弁してくれと言う立場であった。

 どの国も、ドイツとの関係悪化や戦争を忌避しては居なかった。

 

 

*2

 当初はソ連から融通された戦車やチャイナから供与された旧式化した重装備を装備した部隊が師団規模程度には居たのだが、1941年の秋から冬にかけての冬期自然休戦期までの戦いで壊滅しており、再建の目処など何もないのが実状であった。

 この為、第2北伐軍集団の後退は、チャイナ共産党にとってチャイナの明白な裏切り行為であった。

 しかも、この時点で最悪な事にチャイナ共産党軍は小規模な部隊が乱立したゲリラ組織から連隊を基幹とした軍事組織へと再編成されていたのだ。

 指揮系統その他、直ぐ様に人民の海に潜る(ゲリラ戦体制へ移行する)事は難しかった。

 チャイナ共産党内部でチャイナ政府への怨嗟と憎悪の声が高まるのも当然の事であった。

 

 

*3

 2個師団1個旅団編成であった第11軍団を基に、6個師団規模の自動化師団主力の高速展開軍として創設された。

 その中には7000人規模ながら強引に師団の名を名乗る、南モンゴル独立軍第1義勇師団の姿もあった。

 新編された第11軍の目的は南モンゴル西方域の掌握 ―― 対チャイナ共産党軍対策であった。

 尚、これに歩調を合わせて日本は、その属国とも呼べる東トルキスタン共和国に対して軍事的なてこ入れを行っていた。

 独立後に編成された軍の練度が上昇していた為、MLシリーズの戦闘車両や航空機などを供与したのだ。

 特に重視されたのは偵察用の軽量航空機、ML-19であった。

 連絡/偵察機(ML-19)はSTOL性に優れており、何より簡素な機体で運用コストが抑えられており、国としての産業基盤に乏しい東トルキスタン共和国でも整備運用が出来る点で実に優秀な機体であった。

 供与(廉価リース)されたML-19のお蔭で、東トルキスタン共和国は国境線の管理能力を得る事が出来る様になった。

 これらの目的は、万が一にもチャイナ共産党がウイグルの地に逃れて再起を図る事が無いようにする為であった。

 日本とアメリカは、金床と金槌の役割を分担していた。

 

 

*4

 アメリカ本土からの2個師団の増派とフロンティア共和国軍の全面的な動員、そして世界中からの派兵を受けて東ユーラシア総軍は目覚め(グッド・モーニング)作戦開始時点で32個師団5個旅団へと大幅に拡大されていた。

 又、次善の宣言通りに装備の大盤振る舞いを行う事が実証された為、南米などの国家からも参戦 ―― 派兵の打診があった程であった。

 アメリカはそれらを全て受け入れる事を宣言していた。

 これは、ある意味で国費の濫費の様にも見えるが、アメリカからすれば本土の工場などが持つ余剰生産力の消費と言う側面があり、景気活性化策でもあった。

 フロンティア共和国へと安い人件費を求めて工場などが進出した結果、アメリカ本土の工場群は稼働率が低下気味であったのだ。

 そこに、大規模軍需と言う特需を与えるのだ。

 国家総力戦体制にならない範疇での軍備の大幅発注は、景気に対して良好な影響を与えていた。

 アメリカ大統領の支持率は、対チャイナ開戦以降の景気拡大と歩みを共にして上昇し続けていた。

 又、経済的な効果の他に、諸外国から将兵が来る事でアメリカの若者が血を流す危険性が低減するのだ。

 であれば、アメリカが多少の出費(準列強クラス国家の国家予算程度の出費)を厭う筈も無かった。

 

東ユーラシア総軍

 第1軍/11個師団

  第1軍団

   第11機械化師団(US)

   第1機械化師団(Fr)

   第3機械化師団(Fr)

  第12軍団

   第4機甲師団(Fr)

   第501機械化師団(Gs)

   第701機械化師団(Sr)

  第13軍団

   第14機械化師団(US)

   第2機甲師団(US) 

   第22機械化師団(Fr)

  第41軍団

   ポーランド第1戦車師団

   ポーランド第1機械化師団

 

 第2軍/8個師団 3個旅団

  第21軍団

   第7機械化旅団(Pc)

   第101義勇自動化師団(Nj)

  第23軍団

   第707自動化師団(Kr)

   第3機械化旅団(Pc)

   第24自動化師団(Fr)

  第24軍団

   オランダ第1自動化師団

   オランダ第2自動化師団

   オランダ第1戦車師団

  第25軍団

   第23自動化師団(Fr)

   第25自動化師団(Fr)

   国際連合軍第1旅団

 

 第11軍/7個師団 1個旅団

  第111軍団

   第2機械化師団(Fr)

   第21自動化師団(Fr)

   モンゴル第1義勇師団(Mo)

  第51軍団

   第27機械化師団(US)

   国際連合軍第2旅団   

   フランス第1自動化師団

   フランス第2自動化師団

   フランス第3自動化師団

 

 第22軍/6個師団 1個旅団

  第221軍団

   第101機械化師団(kr)

   第102機械化師団(Kr)

   第103機械化師団(kr)

  第222軍団

   第26機械化師団(Fr)

   第202自動化師団(kr)

   第204自動化師団(kr)

   国際連合軍第2旅団

 

 

US(アメリカ

Fr(フロンティア共和国

Gs(グアム共和国軍(在日米軍)

Sr(シベリア共和国

Kr(朝鮮(コリア)共和国

Pc(パルデス

Nj(北日本(ジャパン)邦国

Or(オランダ

Fc(フランス

Mo(モンゴル

 

 

*5

 第1軍の作戦は、チャイナの武器供給を削ると言う目的と共に、アメリカ海軍に対する名誉挽回の場の提供と言う役割も担っていた。

 1941年の戦いで、軽い気持ちで空母航空隊を投入し北京を狙った結果、チャイナの必死の防戦に敗れ敗退した事は、世界有数の戦力集団と言う自負のあったアメリカ海軍の面子を大きく傷付けた。

 故に、アメリカ海軍は東ユーラシア総軍(アメリカ陸軍)に対し、名誉挽回の機会を望んだのだ。

 アリゾナを旗艦とし、戦艦8隻と空母5隻を中心に編成された第5艦隊(TF-5)は、()()()()()全ての国家の海軍と戦う事の出来る大艦隊であった。

 又、そこには海兵隊も加わっていた。

 強襲部隊である第1海兵師団が、支援の為に準備されていた。

 作戦名は津波(ウォーター・ハンマー)

 アメリカ海軍は、海から第1軍の邪魔をする全てを叩き潰し、海洋国家の矛たる本懐(リヴァイアサンの何たるか)を示す積りであった。

 

 

*6

 グアム共和国軍(在日米軍)内の()()()を指導教官として作り上げられた日本の情報工作機関(トウキョウ・フーチ)は、その数々の明かす事の出来ない秘密作戦(アンダーグランド・オペレーション)の1つとして、SMS社の特務警備部隊(オメガ)を実行部隊として暗殺作戦を実行した。

 先ずは、支那系日本人の潜入工作官によって所在地を把握し、ステルス機(F-3戦闘機)による夜間空爆を実行し混乱させた所でオメガを投入。

 確実に抹殺する事に成功した。

 尚、この作戦に支那系日本人が排除されずに用いられている理由は、その置かれた環境の厳しさ故に、支那系日本人が一般の日本人以上に日本人らしく振る舞い、日本の利益を考えるが故であった。

 支那系日本人は朝鮮系日本人と共に、血を以って日本人の一員たる資格を示し続けていた。

 旧敵国民であると言う事は、重い(シリアスな)のだ。

 尚、余談ではあるが旧敵国民と言う点では露系日本人も()()であったが、彼らは何も考える事無くカニと鮭を売った金でアルコールを飲んでマヨネーズを喰って日本のサブカルチャーに耽溺し、普通に日本人になっていた。

 軍や官僚で栄達を図ろうと言う人間も居る事は居るのだが、大半の人々は呑気であった。

 或は、かつて世界の半分を支配下に治めていた国家の民は、面の皮の厚さが違っていたと言うべきか。

 

 

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