タイムスリップ令和ジャパン   作:◆QgkJwfXtqk

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117 チャイナ動乱-27

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 アメリカ海軍大西洋艦隊(第2艦隊)は鬱屈の日々を送っていた。

 冬期自然休戦期が終わってからの活躍が著しいユーラシア方面の陸軍、そして昨年の屈辱を晴らすが如く暴れている極東艦隊(第5艦隊)に対し、通商破壊艦鄭和の足取りを捕捉する事に失敗し続けていたからだ。

 幸いなことに大西洋にせよインド洋にせよ太平洋にせよ、アメリカ船籍の船舶に被害 ―― 消息不明となる事件が発生していないので、第2艦隊司令長官の責任を問われる事態にまで発展はしていないが、それでも第2艦隊に関わる人々は心中穏やかでは居られなかった。

 この為、第2艦隊は訓練や休息、果ては整備のスケジュールまでもを蹴り飛ばす勢いで()動する艦を根こそぎ大西洋に解き放ち、鄭和を探していた。

 アメリカの国務省にも働きかけ、G4のみならず国際連盟加盟国にも捜索への協力をお願いしていた。

 だが、鄭和はおろかその影すら見つける事は出来なかった。

 少なくとも1942年度では。

 

 

――偵察巡洋艦 ミルウォーキー

 1942年が終わりを迎えようとする頃、第2艦隊司令長官は大きな要求を突きつけられる事となった。

 所属する全空母の、第5艦隊への供出である。

 目的は第5艦隊に空母を集中配備し、空母機動部隊を創設する事であった。

 突飛な発想と言う訳では無い。

 元より、空母の集中運用と言う概念はグアム共和国軍(在日米軍)を経由して効率的な空母運用構想(太平洋戦争の戦訓)は得ていた。

 それが今まで行われていなかった理由は、アメリカの仮想敵 ―― チャイナにせよドイツにせよ貧弱な海上戦力しか有していない事が理由だった。

 集中運用する空母の圧倒的打撃力よりも、分散運用した空母による広域哨戒能力が重視されていた事が理由だった。

 空母はおろか戦艦、重巡洋艦すらロクに保有していないのだ、言ってしまえば敵足り得なかったのだ。*1

 それが、北京市を巡る航空戦の結果、変化する事となる。

 水上戦力に敵は居らずとも、陸上は違う事が判明したのだ。

 特に攻勢の場合、或は敵の重要防御拠点を正面から殴り飛ばす場合、やはり空母は集中して運用されるべき ―― そうアメリカ海軍上層部は判断したのだ。

 とは言え、第2艦隊側からすればたまったものでは無い。

 空母の、航空機の持つ広域哨戒能力が一挙に奪われる事となるからだ。

 巡洋艦などが保有する水上機は残っては居るが、母艦への回収などで手間のかかり過ぎる事、そして洋上の状態(シー・ステート)にかなり拘束される為、外洋に於ける水上機の広域哨戒能力は空母艦載機に比べて劣っているというのが現実であった。 

 故に第2艦隊司令長官は、代わりとなる艦の早期配備を要求する事となる。

 哨戒巡洋艦(パトロール・クルザー)、ミルウォーキーだ。*2

 就役前ではあったが、艤装は終えており装備の最終試験中であったミルウォーキーは、艦載機部隊として先行量産型のF/VP-1哨戒戦闘機*3の評価試験部隊が、現場での試験と言う名目でミルウォーキーに乗り組む事となり、第2艦隊へと編入されたのだった。

 これは、状況の緊急性と言うよりも第2艦隊司令部の腹いせであった。

 様々な経緯を経て北大西洋に投入されたミルウォーキーであったが、第2艦隊の現場からは概ね歓迎されていた。

 空母と言う空からの目を奪われた第2艦隊の哨戒手段は、速力と航続力のバランスから主に軽巡洋艦、それも新鋭と言って良いアトランタ級やブルックリン級では無く旧式化著しいオマハ級が担っていたのだ。

 これは別段に第2艦隊が軽視されていたからでは無い。

 アトランタ級軽巡洋艦も配備はされていたのだ。

 だがアトランタ級が()()()()を重視した一種の防空巡洋艦であり、空母の直衛艦を担っていた為、空母と一緒に第5艦隊へと抽出されていたのだ。

 代替艦に関してアメリカ海軍上層部も早期に手配する事を約束してはいたのだが、如何せんアメリカ海軍全体が名誉挽回の為にと第5艦隊へ手厚く支援をせねばならぬ状況では、簡単に履行できる事では無かった。

 故に、ミルウォーキーは歓迎されたのだ。

 鄭和を発見し、そして必要とあらば独力でも撃破出来る力を持ったミルウォーキーは、第2艦隊の希望でもあった。

 だが、それでも鄭和を発見する事は叶わなかった。

 

 

――装甲艦 鄭和

 バルト海で訓練を積んでいた鄭和は、冬を迎える頃には艦の各部に幾多もの故障を抱える事となっていた。

 竣工がまだどころか、各部の試験も受けていない完成前の状態であったのだ。

 ある意味で当然の結果であった。

 又、艦の活動費用の問題も重くのしかかりつつあった。

 重油もだが食料、水もタダでは無いのだから。

 この事もあって鄭和は1942年の末には訓練をするどころでは無くなっていた。

 又、冬のバルト海の気候が厳しいと言うのもあった。

 この為、友好国であるソ連に避難し、冬を越す事となる。

 そこで問題となったのが活動費用である。

 特に問題なのは、ソ連の重油価格が高止まりしている事である。*4

 重油が無ければ艦の運航どころか、冬は艦内での生活環境維持にまで重大な影響を及ぼす事になる。

 そして、重油の調達に予算が取られると、今度は食料の調達にも甚大な影響を及ぼす。

 及ぼしているのが鄭和の現状であった。

 如何にして、この難局を乗り切るのかと艦長から将校下士官一兵卒までもが頭をひねる事となる。

 最終的に、鄭和の乗組員はソ連の地で自活に勤しむ事となる。

 屋台だ。

 鄭和に必要最小限度の人間を残し、買い出しをし、この東ヨーロッパではまだ珍しいチャイナ料理の露天だ。

 その上でチャイナの在外公館を通して、鄭和の運航費をチャイナ本国に要請するのだった。

 アメリカ海軍が鄭和を必死になって探しても見つけられない理由は、ここにあった。

 大西洋、北海、バルト海にすら出ていないのだ。

 見つけられる筈も無かった。

 

 

 

 

 

 

*1

 ドイツは戦艦も空母も保有していたのだが、アメリカから見てそのいずれもが大きな脅威ではなかった。

 日本からの未来情報によって、その詳細な設計情報を得ていた事が理由である。

 第1次世界大戦の頃の設計に現代風の皮を被せただけの戦艦や、実験艦の延長を脱する事の出来ない空母。

 装甲艦の評価も低くされていた。

 1万t級と軽量であるにも関わらず戦艦級となる大口径砲を備え、そして自艦の主砲直撃に耐える力を与える脅威の設計力 ―― そんなモノをドイツが持っていない事を理解したからだ。

 それどころか火砲に重量を奪われ、軽巡洋艦並みの装甲しか持たぬのだ。

 対処する戦力は必要だし甘く見るのは危険であったが、同時に、大きく恐れろと言うのも無理があった。

 

 

*2

 ミルウォーキーは、アメリカが外洋での装甲艦や仮設巡洋艦などによる通商破壊戦へ対応する為に計画したキティホーク級哨戒巡洋艦の2番艦であった。

 18,000t級と言う従来の巡洋艦を遥かに超える巨体を持ち、8in.3連装砲を3基有する点だけを見れば単なる大型重巡洋艦であるのだが、キティホーク級はその3基の砲塔を艦前方に集中配置させていた。

 これは防御区画の短縮と言うのが目的ではない。

 その艦級名に加えられた哨戒(パトロール)の役割の為、従来の1万t級とは別格の航空機運用能力が付与されていた。

 艦後部に大型の格納庫と飛行甲板を持ち、7機の()()()()()()が運用できる様に設計されていた。

 又、特徴としては主機にディーゼルエンジンを採用したと言うのが大きい。

 これは通商破壊艦を探して長期間、洋上で活動できる様にする為の選択であった。

 1番艦であるキティホークはアメリカ製のディーゼルエンジンが採用され、2番艦であるミルウォーキーには日本製のディーゼルエンジンが輸入され採用されていた。

 これは、技術試験と比較と言う意味合いよりも、キティホーク向けに開発した大型船舶用のディーゼルエンジンの実用化が難航していた為に行われた、ある種の非常対応であった。

 アメリカ海軍は、主機の輸入と言う選択をする程に通商破壊艦を警戒していた。

 尚、1番艦であるキティホークでは無くミルウォーキーが第2艦隊に配備された理由は、ディーゼルエンジンの問題であった。

 船舶用の大型高出力ディーゼルエンジンの実用化は、日本と言う見本をみて長足の進歩を遂げたアメリカであっても困難であったからだ。

 最終的に、キティホークと3番艦オーガスタ以外の同型艦8隻は、全て船舶用ディーゼルエンジンを日本から輸入し搭載する事となる。

 

キティホーク級哨戒巡洋艦

 

【挿絵表示】

 

 主砲:8in.3連装砲  3基

 両用砲:5in.連装砲  4基

 速力:33ノット

 主機:ディーゼル

 艦載機:垂直離着陸機 7機(+補用2機/部品状態で搭載)

 

 

 計画当初は対潜も考慮の上でヘリコプター搭載が考えられたが、実用的な対潜と哨戒が可能な機体は、早期の実用化は困難であり、日本からの輸入も不可能であると判断された結果、エンタープライズ社製の垂直離着陸機が採用される事となった。

 

 

*3

 F/VP-1哨戒戦闘機はエンタープライズ社が2番目に開発した航空機であり、同社はF/A-3戦闘攻撃機(F-10戦闘機)に次いで本機を開発した事により、やや特殊なデザイン(謙譲表現)ながらも確たる航空機メーカーとしての地位を確立させる事となる。

 F/VP-1哨戒戦闘機の開発は、当初、アメリカが行っていた実用的哨戒ヘリコプター開発計画(マルチコプター・プロジェクト)が発端であった。

 日本が運用する各種ヘリコプターの能力に惹かれての事であったが、如何にアメリカとて哨戒任務にも使えるレベルの飛行性能を持ったヘリコプターの開発は不可能であった。

 自社の技術を把握する各アメリカ航空機メーカーは、アメリカ海軍から構想レベルの話を聞いた段階で降りる有様であった。

 これでは哨戒巡洋艦が、その武器を得られないとアメリカ海軍は大きく慌てた。

 最悪の場合には水上機を搭載する事も検討しつつ、何とか新型機開発の道を探した。

 そして、アメリカ空軍向けで日本の技術も導入してF/A-3戦闘攻撃機を納入したエンタープライズ社に目を付ける(泣き付く)事となる。

 エンタープライズ社では当時、F/A-3戦闘攻撃機の開発が一段落していた為、アメリカ海軍の要請を受けることを選択する。

 そして、社内検討の結果、ヘリコプターよりも垂直離着陸機の方が、アメリカ海軍の欲する飛行性能を実現可能であると返答した。

 この回答に喜んだアメリカ海軍は、その場で試作機の開発を発注する程であった。

 発注を受けたエンタープライズ社には腹案があった。

 空力などの基礎設計まで行っていた偵察攻撃UAV、その有人機化である。

 これは日本連邦統合軍が進めていた戦闘ヘリの更新計画、前線経空攻撃偵察ユニット計画(スーパーチョッパー・プロジェクト)に向けて用意していたものであった。

 残念ながらエンタープライズ社の案は1次選考で落選していたが、そのお蔭で転用できるという部分があった。

 日本防衛総省にも確認し、了解を得て開発に着手する事となる。

 哨戒をする為の長い航続距離。

 巡洋艦クラスの船体でも運用できる垂直離着陸性能。

 迎撃を受けた場合には自衛できるだけの格闘性能。

 無茶な要望ではあったが偵察攻撃UAV(社内プロジェクト名:フライングパンケーキ)には要望に応えるだけの能力があった。

 只、問題は日本製の先進的鋼材、繊維素材を使えばと言う但し書きが付く事だったが。

 機体制御にも電子機器を必要としていた。

 これが面倒くさい問題を引き起こす事となる。

 建前としてあった、アメリカが自国(グアム特別自治州)内の企業に発注したと言う形式では、今度は日本側の先端技術物資輸出規制に引っ掛かってしまうのだ。

 国内(グアム共和国)なら兎も角、海外(グアム特別自治州)であっては、制限を掛けざるを得ないのだ。

 政治的な問題であった。

 アメリカ海軍は全力で政府に泣き付き、付き合いの深まっていた海上自衛隊にも泣き付き、解決の糸口を探した。

 最終的に、日本とアメリカの政府が折衝を行い、F/A-3戦闘攻撃機と同様に全量を日本連邦内で製造し輸出すると言う事で決着する事となる。

 そこに所属の問題などは一切記されておらず、ただ売却に関する契約が行われていた。

 正しく政治(玉虫色の決着)であった。

 政治的な問題は兎も角として、技術的には順調に開発された垂直離着陸機は、開発開始から半年も経ずして試験機が完成し、日本連邦統合軍やアメリカ海軍関係者にお披露目された。

 まるで円盤の様なその独特のデザインに、日本連邦統合軍関係者は本気で作りやがったと呆れ、そしてアメリカ海軍関係者は絶句していた。

 そしてアメリカ海軍関係者は、実際に飛行してみせた際の試験機の性能にさらに絶句していた。

 ジェット戦闘機程では無いが、ジェット戦闘機と比較できる水準の飛行性能を持った垂直離着陸機と言う時点で規格外の性能なのだ。

 ()()のデザイン的特異性など気になる筈も無かった。

 その場で、実用機の開発が熱望される事となる。

 これ程にとんとん拍子に開発が進んだ理由は、エンタープライズ社の能力ではなく、技術協力を求められる他社 ―― 日本の航空機開発技術者の層が厚くなった事と、何よりスーパーコンピューターなどによるシミュレーション技術の向上があった。

 第4世代級ジェット戦闘機クラスともなれば簡単では無いが、それ以前の水準の性能であれば比較的余裕で開発するだけの基盤が、日本にも出来上がっていた。

 その恩恵が出た形である。

 こうしてF/VP-1哨戒戦闘機は、そのデザインからは信じられない程に順調に開発され、配備された。

 

 

*4

 対日防衛軍備の拡張に必要な産業の振興に必要な資金を資源輸出に頼っているソ連は、ドイツに向けて原油を売りつけ続けていたのだ。

 その結果、民需分まで輸出に喰われる形となってしまい、ソ連国内で流通する石油量は所要の7割程度にまで落ち込む有様であった。

 重工業を発展させる為の施策が、重工業を含むソ連の民需を圧迫すると言う本末転倒の状況に陥っていた。その事をスターリンを含めてソ連上層部も理解していた。

 理解していて尚、日本への恐怖が民需を殺してでも国防に国力を注ぎ込ませていた。

 それ程に日本を恐れる理由は、毎年毎年に日本連邦統合軍がシベリアの国境地帯で行っている軍事演習の影響もあったが、それ以上に日本の民需 ―― 一般市民の経済力に対する恐怖であった。

 ソ連とシベリア共和国/日本が対峙するノヴォシビルスク、オビ川で分断された市街は東西で残酷な程の差が出来ていた。

 シベリア共和国独立当初は差が無かった。

 だが、シベリア共和国が日本連邦に加盟して以降は急速に高層ビルが立ち並ぶようになり、鉄道や道路の整備が推し進められ、不夜城の様に煌々と街明かりが灯り続けるようになった。

 対してソ連も国の面子をかけ、金に糸目を付けぬ勢いで西ノヴォシビルスクの発展を進めるのだが、勢いでも華やかさでも追いつけずにいた。

 正しく国力の差であった。

 その差をソ連の人民も良く判っていた。

 良く判った上で行動していた。

 それは、シベリア共和国との国境線に配置されているソ連軍部隊の役割が、日本連邦統合軍 ―― 日本帝国主義者から国を守るよりも、シベリア共和国での生活に憧れた人民の流出を阻止する方向へと変わりつつある程であった。

 

 




2020/11/03 文章修正
2020/11/23 挿絵挿入
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