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日本ソ連戦争の終結は新しい体制の誕生でもあった。
日本の国威増大と反比例するソ連の国際的地位の暴落。
それが世界中へと影響を与えていく事になった。
――日本
建国したばかりであった千島共和国は、樺太北部を含めて拡大し、オホーツク共和国へと改名する事となった。
日本のODAにて行われたオハ油田の開発によって、日本の邦国で随一の豊かさを誇る事に成る(※1)。
又、戦訓を元にした軍備の再編も行われる事となった。
問題視されたのは日本連邦が防衛する規模に対する自衛隊の規模の少なさであった。
戦車等の装甲車の不足も深刻であった。
如何に現行の装備が優れていても、その数が余りにも劣ってしまっていては問題である事が認識されたのだ。
自衛官への成り手は、タイムスリップによって発生した経済的な混乱の余波として、志願者が増加傾向であったのが救いではあった。
――アメリカ
日本ソ連戦争の結果、ソ連の圧力の消えた関東州および満州で経済活動を活発化させる事となる。
食料に関しては、適正価格である限り日本はほぼほぼ無限に買い取っていく為、どれ程生産しても問題が無かった。
溢れたアメリカの金の投資先として活性化していく事となる。
又、その中で日本製のトラックや耕作機械が販売されて行く事となる。
これは観戦武官として日本を訪れていた将校が発見し、報告したものが伝わった為であった。
アメリカと日本の物価(経済力)の差から日本製の耕作機械は非常識なほどに高額なものであったが、同時に、その能力もアメリカ製のソレとは段違いであった為、満州に入植したアメリカ人にとって日本製の耕作機械を買う事は、1つのステータスシンボルとなっていった。
又、農業のみならず、土木作業などの現場でも日本製のものが、その性能もさる事ながら故障率の低さでステータスとなっていくのだった。
只、ステータスであるが故に狙われる事が多く、アメリカにとって大きな悩みのタネとなっていくのだった。
満州の開発と開拓、そして調査の際に油田の存在が発見された。
在日米軍経由で日本に確認した所、後に大慶油田と命名される大油田であった事が判明する。
この発見を期に、アメリカは中国への進出を強めていく事となる。
――チャイナ
アメリカによる満州開発と、その利潤に目の色を変える事になる。
特に石油は大きかった。
それまでは満州に大きな意識を向けて居なかったが、満州と関東州のアメリカの投資と比例する様に返還運動が発生していく事となる。
とはいえ、アメリカ側は一顧だにせず。
チャイナとアメリカとの確執となっていく。
――ソ連
日本ソ連戦争によって膨大な賠償金を背負う事になった。
とは言え成立してまだ国力の弱いソ連が簡単に返済出来る訳も無く難儀する事となる。
その為、日本は提案として返済の一環として、シベリアでの採掘権を売却する事を提案する。
租借では無く、国策企業としてシベリア資源開発公社を作り、そこを経由して資源売却を行うものとするのである。
これに、ソ連は乗る。
資源開発に伴うインフラ整備に関しては、日本が投資を約束した為、遅れているシベリア開拓事業が進む事を夢見たのだ。
尤も、この事業で売却された鉱山は高利益を望める場所ばかりであった為、ソ連にとっては頭の痛い問題となった。
又、ソ連は理解していなかった。
一度完膚なきまでに陸海を問わずに物流網が破壊されたシベリアでインフラ整備を主導する組織が国では無いという事を、そして、その組織が地元の住民を雇うという意味を。
それよりもソ連は、スターリンは日本がシベリアで経済活動をする事で得た利益で、国内の権力闘争に傾注していく事となる。
――フランス
観戦武官からの報告書を元に、対ドイツ戦争を前提とした戦備の構築に努めていく事となる。
重視したのは機動戦であり、同時に野砲であった。
樺太戦線の戦訓から、事前砲撃の重要性を再確認したのだ。
とは言え、世界大戦の被害から完全に復調した訳では無いフランスとしては、出来る事はそう多く無かった。
それ故にフランスは、ドイツが軍備を再建しようとした時に先制攻撃する事こそが肝要であると判断していた。
先制攻撃でドイツのルールなどの西部の工業地帯を占領する事で、ドイツの戦争遂行能力を破綻せしめる積りなのだ。
その為に必要なモノは機械的信頼性の高い戦車、歩兵装甲車両群、機械化された砲兵、兵站、様々なものを揃える必要性を自覚していた。
とは言え、全てを更新するだけの経済力はフランスには無かった。
それ故に、フランスは戦車と歩兵装甲車両に注力し、砲兵は代替を航空機に行わせる事で対処させる事を考えていた。
最終的には、エクレールプラン(※2)として纏められる事となる。
――ブリテン
観戦武官が持ち帰った日本の、自衛隊では無く国家の情報から、国力の涵養こそが大事であると判断し、日本からのインフラ投資のみならず、工業製品の近代化(未来化)に努力する事となる。
これは単純な設備更新のみならず、学校制度の改革も含まれていた。
在日英国大使館との交流で得た未来情報、1950年代以降の英国の衰退をブリテンが繰り返さない為の努力でもあった。
ある意味、日本に関わった列強の中で一番に未来を見据え、恐怖していたのはブリテンであった。
――ポーランド
ソ連の国力の低下によって、後背の安全を確保されたと判断した。
その為、軍事力の拡大とドイツへの圧力を深める方向で動く事となる。
その中には、ドイツ敵視政策を継続するフランスとの協力関係の強化もあった。
――ドイツ
フランスとポーランドによる挟撃と、経済の混迷が国家社会主義政党に力を与える事となっていく。
又、経済的活動を活性化させる為、ソ連との経済関係を深めていく事となる。
これは第2次ラパッロ条約として纏まり、ドイツはソ連の国力拡張に関わる5ヵ年計画に関与していく事となる。
(※1)
シベリア ―― ユーラシア大陸のソ連領は、日本ソ連戦争によって破壊されたインフラの影響で経済活動は停滞し、冬の時代を迎える事となる。
又、ソ連は日本ソ連戦争に於いて完膚なきまでの敗北をした結果、軍事力の増強に精を傾ける事となり、民生の活力は更に低下する事となる。
これが後に、ソ連からオホーツク共和国への亡命者が続発する遠因ともなった。
(※2)
エクレールプランは、ドイツへの先制攻撃と保障占領とを目的とした極めて攻撃的なプランであった為、その情報が国外に出る事をフランス政府は極度に恐れていた。
又、戦車や装甲車に関して、自衛隊の装備する装甲車両の売却を日本に要請するが、日本は拒否する。
この為、次善の策として開発への協力を要請する事となるが、これにも日本は簡単に承諾する事は無かった。
フランス政府は、かつての日本に好意的に技術協力をしていた事を盾に、協力を要請する事となる。
対して日本としても安全保障の問題もあるが、それ以上に安易な技術協力は、フランスの独自の技術開発力を阻害し、ひいては、この世界の健全な発展を阻害するのではないかとの危惧があったのが大きい。
難航した日本とフランスの交渉、そこにブリテンが乱入する。
日本との関係の深いアメリカを巻き込み、日本の先進技術活用に関する相互協定を呼びかけたのだ。
その上で、国際連盟をも巻き込んだ。
国際連盟の常任理事国である日本、ブリテン、フランスにアメリカがオブザーバー参加する安全保障理事会を作り、技術の伝播と戦争を抑止する体制を作り上げる事を提案したのだ。
建前としては。
本音としては、フランスの交渉を利用し、アメリカと日本の関係を利用する事で、形骸化していた日本ブリテン同盟から一気に日本をブリテンの帝国維持体制へと取り込む積りであった。
フランスとアメリカを巻き込む事は業腹であったが、フランスは主に欧州亜大陸にしか興味が無く、アメリカは支那大陸にのめり込んでいて、他に興味を示さないので、ブリテンの世界帝国の運営には大きな影響もないと言うのが、情報機関の見立てであった。
その上で日本だ。
正体の読みにくい日本であったが、在日英国大使館との交流から日本の気性を把握したブリテンは、日本という国が日本の本土が安泰であり経済活動が円滑に行えれば外へ野心を向ける様な気性では無いと理解した。
であれば、との判断であった。
後に、G4と呼ばれる防衛協定に昇華する。
尚、この協定に参加出来なかった列強諸国は反発を深める事となる。
2019.05.01 表現修正
2022.10.18 構成修正