タイムスリップ令和ジャパン   作:◆QgkJwfXtqk

133 / 209
133 胎動の終焉

+

 人権人道その他をかなぐり捨て、自国の将兵に対して科学(自白剤)と暴力とを用いる事を躊躇しなかったオランダは、()()()()()()()()オランダ国内の関係各部署や民間人、果てはドイツ人にも一切の容赦を行わなかった。

 累計で100名を超える人間が拘束され、尋問された。

 ドイツ人への対応に関しては、非合法(アンダーグラウンド)な手段までも容認され、実行された。

 結果として判明した事は、日本哨戒艦(さくら)襲撃の実行(責任者)はオランダ駆逐艦の艦長であり、同艦の幹部将校は関与していないと言う事であった。

 旧式とは言え基準排水量で1500tを超える駆逐艦だ、その乗員は150名からを数えるにも拘わらず、艦長が独断でフネを動かせた理由は、出航前に乗り込んできた30名余りの()()()にあった。

 オランダ海軍司令部からの命令であると、偽造された命令書で提示し、艦長が話は聞いているとして乗船を許可したこの臨検隊とは、真っ赤な偽物 ―― ドイツ人(Waffen-SS)による艦掌握部隊であった。

 基幹要員を拘束し、或いは武器で脅して駆逐艦を乗っ取ったのだ。

 こんな事が出来たのは、オランダ海軍司令部で親ドイツ派が閥を形成していたからであった。*1

 愛国者として、祖国の繁栄(ドイツとの融合)を願っての行動であった。

 無論、それは一般的には売国と言える。

 オランダ政府は情報収集と並行して、軍や政府部内に蔓延っていた親ドイツ派の粛清を敢行した。

 過度なまでの危機感*2が生んだ暴走でもあった。

 兎も角、余りにも血臭漂う情報は資料として纏められるや否や速やかに日本へと伝達された。

 資料には、責任者として処罰(処刑)された大量の人員リストが添付されていた。

 これ程に苛烈な行動を行ったオランダを、日本は受け入れていた。

 少なくとも責任の所在を判明させ、処罰すると言う意味に於いてこれ以上は無いと言えるのだから。

 尚、日本側が納得したとの報告を聞いたオランダの対日担当官は、それまで余りに緊張していた為、その一報に緊張が緩んで失神してしまっていた。

 それ程に、オランダは日本への対応に緊張感をもって臨んでいたのだった。

 

 

――ドイツ

 発動される事となったオランダ侵攻作戦(ケース・レッド)

 投入される兵力は、1個装甲師団(戦車師団)と3個歩兵師団を基幹として、重戦車を装備した独立装甲連隊や空挺部隊を組み込んだドイツネーデルランド軍団を編成し投入するものとされた。

 当初は、オランダの親ドイツ派を呼応蜂起させる事で本格的な戦闘も経ずして併合する予定であったが、オランダ側が強硬姿勢を取った為、全面的な戦闘を行う事となった。

 呼応する予定であった親ドイツ派オランダ人は片っ端から摘発され、又、オランダ陸軍の殆どが国境線に展開させてきたのだから仕方がない。

 戦後の為、金の為、無傷に近い形でオランダを欲したドイツであったが、それは叶わぬ夢と化したのだ。

 とは言え、今更に退ける話ではない。

 独裁国家とは独裁者に対する国民の支持があってこそであり、支持される為には()()()()()()()()()()()()()のだから。

 一度はオランダが悪と定めて拳を振り上げてしまえば、後はその拳を振り下ろさねばならぬのだ。

 でなければ今度は独裁者が地位から引きずり降ろされる。

 それが独裁国家と言うものであった。

 結果、懲罰戦争として正面からオランダを攻撃する事となる。

 とは言え、ドイツ政府としては勝算が極めて高い為、この点に関しての不安は無かった。

 鎧袖一触のオランダは勿論、先制攻撃計画(ケース・ブラウン)が用意してあるポーランドも1月で戦争を終わらせる事が出来るだろう。

 強大なフランスであっても、練り上げられた戦争計画(ケース・イエロー)が用意できており、苦戦はしても最後は勝てる目途が立っているのだ。

 恐るべきは覇権国家群(G4)であるが、欧州に居るのはフランスとブリテンだけであり主敵たるフランスは打倒する目途が立っている。

 ブリテンはヨーロッパ亜大陸に興味は示していない。

 アメリカはユーラシア大陸(対チャイナ戦争)の後始末で身動きが取れず、そして日本はドイツに対して融和的なのだ。

 恐れるものなど何もないと言うのが正直な話であった。

 この政府の気分が感染してか、世界大戦からの復帰戦を勝利で飾ろうと気合の入ったドイツ陸軍(国防軍)であったが、気合が入ると言う意味ではドイツ空軍も同じであった。

 育て上げてきたジェット化した戦闘機や急降下爆撃機の部隊をお披露目する好機であると張り切っていた。

 又、ドイツ海軍も稼働全艦をもって()()を行う積りであった。

 海防戦艦アムステルダムは脅威であったが、その主砲よりも大口径を、その発射速度の効果を打ち消せるだけの数の砲を揃えれば排除は容易だと言うのが判断であった。

 又、空母艦載機による襲撃も考えていた。

 そこには1つ、フラストレーションの発散と言う側面があった。

 気位の高いドイツ人の()()()()()()()()()という自負を粉砕する残酷な現実(パクス・ジャパンアングロ)、それを少しでも忘れられそうだと言う事だ。

 一週間で戦争を終わらせる事を厳命したヒトラー。

 それは国際連盟からの干渉を恐れてでは無く、ドイツ人によるドイツ人の為のドイツ連邦帝国の威信を見せつけろと言う意思であった。

 

 尚、1914年から5年かけて行われた世界大戦(グレイト・ウォー)でも、同様の事が言われていた。

 「クリスマスまでには終わる」、と。

 無論、言うまでも無くその願望(希望)が果たされる事は無かった。

 

 

――国際連盟

 北海南部海戦を議題として国際連盟の総会は大いに荒れる事となった。

 公表されているのが、オランダが最初に発砲したと言う事実(ファクト)である為、どう対処するべきであるのか大いに紛糾したのだ。

 国際連盟と言う組織が世界大戦によって生み出された、集団的安全保障による戦争の防止と紛争の抑止が目的である事が、その理由であった。

 戦争と紛争を防止すると言う題目を見れば、自ら発砲したオランダの非は明白であったからだ。

 一部の(ソ連などの親ドイツ系)国家が、オランダ非難の決議を出すべきだと主張するのも仕方の無い話であった。

 とは言え常任理事国(日本)に近い国は常任理事国による秘密会議や日本とオランダでの会談の動きから、一方的にオランダが悪い訳では無いのでは? との理解をしてはいた。

 それ故に非難決議の前に原因究明を主張し、オランダに対しても、釈明を求めたのだ。

 2派による議論はオランダが動けばある意味で解決する話であったが、肝心のオランダにその()()が無かった。

 日本との外交 ―― 折衝に全能力を振り向けているのだ。

 仕方の無い話であった。

 又、国際連盟常任理事国の動きが遅いのも仕方の無い話であった。

 当事者である日本は仕方が無いだろう。

 アメリカはチャイナの仕切りで忙しかったから外交力を発揮する余裕が無いのも仕方が無い。

 ブリテンもチベット独立に向けた調整(雑に独立させて混乱させる訳にいかない為)に少なくない外交資産を消費しており仕方の無い話であった。

 唯一、余力があって隣国であるフランスだが、此方は論外であった。

 もうドイツなんて殴って良いじゃ無い(歴史上の概念にすれば無問題)とばかりに、対ドイツ全面戦争準備に傾倒しており外交をする気が一切無かったのだ。

 又、ポーランド(ドイツぶん殴りたい友の会会員)との調整やフランス海外県との戦力引き抜きに関する折衝などで外交資産を消費しているのも、国際連盟軽視的な動きに繋がったとも言えた。

 このように常任理事国が独自行動を行っている事が、総会の紛糾に繋がっていた。

 混迷する国際連盟、そこでイタリアが立ち上がった。

 この混乱を治めれば、常任理事国に準じる名誉と利益が得られると判断しての行動であった。

 又、イタリア国内に日本連邦軍が駐留しているお陰で、他の非G4国家群よりは日本に近い為、この武力衝突の真実 ―― どうやらドイツによる謀略らしいと言う感触を得ていた事も、イタリアの背中を押していた。

 バルカン半島の問題からこっち、フランス程では無いがイタリアもドイツは殴りたいのだから。

 そもそも、ファシズム政治の発祥はイタリアであるのにファシズムの本元と言わんばかりの顔をしているドイツが、ムッソリーニは嫌いだったのだ。

 であれば、公然と嫌がらせが出来る好機を逃すはずも無い ―― そういう事であった。

 イタリアの積極的外交(エントリー)によって、国際連盟総会の議論は反ドイツの方向へと流れ出す。

 この流れにソ連が慌てる。

 それはドイツに対する強い親近感があっての行動では無く、ドイツと言う国際連盟(ジャパンアングロ)の敵が消える事への恐怖であった。

 ()()()()となっては堪らないのだから。

 ソ連は必死で軟着陸できる方向へと外交努力を重ねる事となる。

 

 

――開戦

 国際社会が様々な思惑をもって動く中、孤立状態にあったドイツは己の利益だけを見た行動を開始する。

 先ずは外交的宣言。

 被害を受けたドイツに対しオランダは十分な謝罪も賠償も行わず、外交的にも対応して来ているとは言い難い事を非難した。

 その上で、24時間以内に満足のいく回答が成されない場合、ドイツは実力を世界に示す事となると締めくくった。

 事実上の宣戦布告であった。

 無論、その要求にオランダが答える事は無かった。

 北海南部海戦の前であれば、政府を非難するマスコミや政治家、或いは一般市民も居ただろう。

 だが、ドイツの影響下にあった人々は漏れなく捕縛され、処断されていた。

 呑気な(現実を直視しない)平和愛好者は残っていたし、その行動をオランダ政府が抑制しようとは考えていなかったが、平和愛好者とは本質的に無被害で正論を言う事が趣味な人間が大多数であった為、一部の硬骨漢を除いて大多数の人間は、強硬な行動を辞さなくなったオランダ政府に対しわが身を顧みずにモノ申すと行動する事は無かった。

 オランダはドイツの不当な要求に対して断固として対応すると宣言した。

 

 24時間と言う猶予は、静かに経過した。

 そして払暁、ドイツの戦車群がオランダとドイツの国境線を超えた。

 ドイツの対オランダ限定戦争、(レッド)作戦の発動だ。

 作戦名の如く、朝焼けに染まった鋼鉄の魔物(ベヒモス)の群れが進む姿は黄昏の始まり(ラグナロック)を幻視させる光景であった

 欧州の戦争が始まる。

 

 

 

 

 

 

*1

 尚、ドイツ艦へ最初に発砲した駆逐艦に関しては、ドイツ側の報復によって爆沈し生存者皆無であったが為に発砲に至ったプロセス等を解明する事は出来なかった。

 だが、海軍司令部側に臨検隊派遣命令に関する控えが残っていた為、さくらに発砲した駆逐艦と同様の事が発生していたであろうと推測されていた。

 

 

*2

 オランダ政府が危機感を抱いたのは日本だけでは無く、否、日本以上にドイツに対する強い危機感(恐怖)が行動の原動力となっていた。

 国内安定の為にも一定の親ドイツ派が生まれている事を容認していたら、親ドイツ(反日本)感情を拗らせて売国をしようとしていたのだ。

 危機感を抱かない方がおかしいと言うレベルの話であった。

 詳細な情報が集まるまで待つ ―― そんな悠長な事を選択する余地余力などオランダには無いのだから。

 

 




2021/04/11 文章修正
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。