タイムスリップ令和ジャパン   作:◆QgkJwfXtqk

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137 第2次世界大戦-04

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 ドイツによるポーランド侵攻は機械化、自動車化も含めて歩兵師団86個と、戦車師団10個からなる約200万余りの大軍勢によって行われた。

 それを北部軍集団、中央軍集団、第4軍集団と言う3つの軍集団に分けて運用していた。

 北部軍集団の目的は、失われたドイツ領(自由ダンツィヒ)の回復とポーランドの海の玄関口の掌握、そしてバルト三国(国際連盟加盟国)に対するけん制であった。

 中央軍集団がポーランド攻略の主力であり、ポーランド侵攻部隊の6割近い戦力を保有していた。

 そして第4軍集団であるが、此方は比較的にポーランド側の戦力が少ないと判断された南部域の掌握を担っていた。

 広域な担当領域の為、自動車化部隊が優先して配置されていた。*1

 これ程の兵力を投入する理由は、このポーランド戦役(東部戦線)を出来る限り短期間で収束させねばならぬと言うドイツの都合であった。

 フランスと言う格上の敵を抱えている為、この200万の兵力をいつまでも東部戦線に張り付けて置く事は出来ないのだから。

 対するポーランド軍は、20個の歩兵師団が主力であり、機械化戦力として5個の機械化歩兵師団と10個の戦車師団を用意していた。

 総兵力で言えば約80万、彼我兵力差は2倍を超えていた。

 しかもドイツ側にはまだ予備兵力が残っていた。

 対フランス戦力まで含めれば総兵力は500万近いのだ、その差は歴然であった。

 だが、その事にポーランドが絶望しているかと言えば、そうでは無かった。

 その差をひっくり返す ―― は無理にしても、互角の戦いに持ち込む事が出来るだけの用意をしていたのだ。

 1つは自動車化。

 ポーランドは数の劣勢を機動性で対処しようと、全ての部隊に自動車を配備する事を目指した。

 国産の自動車や支援国たるブリテンからの導入、何よりアメリカ-チャイナ戦争へ参戦した事で得られた日本製(ML-01/02)の導入により、完全 ―― とまでは行かないものの、かなりの自動車化を達成していた。

 少なくとも戦車師団や機械化師団は全てが自動車化されていた。

 この機動力の高さがポーランド軍に大きなアドバンテージを与える事になる。

 2つ目は通信システムだ。

 日本製の通信システム(ML-04)を、戦車や自動車よりも最優先で発注したのだ。

 その規模は、日本の通信機用の生産ラインを全て食いつぶさんばかりの勢いであった。

 流石に他の発注してきた国への義理が立たぬと難色を示した日本であったが、ポーランドは他の発注国に頭を下げて回って、様々な対価まで約束して購入してみせたのだった。

 とは言え、まだ配備したばかりであり、現場部隊の機材への習熟や整備が十分とは言い難かったが。

 兎も角、ポーランド軍は(情報の共有)(部隊の機動性)に於いてはドイツ軍に優越した状況で開戦を迎えていた。*2

 

 

――ポーランド/東部戦線

 国家を生き残らせる。

 それ以外の全てを切り捨て、その目的の為にドイツを殴り飛ばすと決断していたポーランド軍の後退は、戦略的後退であり、何よりも攻勢的な行動であった。

 主要な場所以外での防御を諦め、だが同時に、機動戦闘が可能な部隊による遊撃戦を選択したポーランド軍。 

 ポーランドの大地は南北に500㎞に迫ろうかと言う広大さであり、その全てを網羅しうる前線を作るには、ドイツ軍ポーランド侵攻部隊200万は余りにも不足していた。

 当初は津波の如く、ポーランドの大地を塗り替えていたドイツ軍は国境線を突破して100㎞までは余裕だった。

 200㎞までに問題は無かった。

 だが300㎞、開戦から10日目を超えて最前線部隊がヴィスワ川に到達しようと言う頃になると状況が変わりだす。

 先ず、前衛であった中央軍集団第1装甲軍の消耗が3割を超えたのだ。

 人員はそうでもないのだが、戦車や装甲車の被害が大きすぎた。

 前衛部隊に配備されているのが中戦車、Ⅲ号戦車及びその後継であるⅤ号戦車系列であったと言うのが大きかった。

 Ⅲ号戦車にせよⅤ号戦車にせよ中戦車として機動性が優先されており、その実現の為に装甲は()()()薄目だったのだ。

 少なくとも、38TJの90㎜砲や数的主力である35TPの90㎜砲を前にして余裕であると評するのは難しい程度には。

 本来であればドイツ側とて重戦車であるⅣ号戦車や新鋭のⅥ号戦車を前衛にしたいところであったが、重戦車は重戦車であるが故に展開速度に問題を抱えており攻勢任務には向いていなかった。

 故の、この惨状であった。

 その上、ヴィスワ川までの到達に要したたった10日間の戦いでドイツ空軍が想定以上に消耗していたと言うのも大きかった。

 航空戦力に関しても数的にはドイツ側が優位であったのだが、守勢の強みとブリテンからの軍事援助で構築されたレーダー網によってポーランド側は少ない戦力であっても十分に活用する事が出来たのだ。

 更には、無理を言って少数ながらも導入した新鋭機(F-10戦闘機)は目の覚めるような活躍を見せていた。

 特に鮮烈であったのは11機で出撃した初陣だった。

 レーダーに見守られ防空指揮所の指示(支援)を受けながらドイツ空軍機約30機余りの編隊に殴り掛かり、蹂躙し、被害を受ける事無く撃破に成功したのだ。

 ドイツ空軍にすさまじい衝撃を与える事となった。

 落とされたのが二線級のレシプロ戦闘機ではなく、れっきとした新鋭機 ―― ソ連と共同技術開発し生み出されたTa183であったと言うのも大きかった。

 とは言え、その戦いで撃墜されたのは約半数であり、残りは被弾しつつも撤退に成功してはいた。

 だからこそ、恐るべき怪鳥(前進翼機)の情報、戦闘詳細がドイツ空軍に齎される事となったのだ。

 その後もF-10戦闘機は戦場に現れ、都度都度、ドイツ航空隊の作戦を邪魔し続けた。

 特に爆撃隊は手荒く痛めつけられた。

 高度1万メートルまで余裕で駆け上がり、そこを戦場として自在に戦える心臓(エンジン)を持った荒鷲は、いまだ完全なジェットエンジン機への機種転換の終わっていなかったドイツ爆撃隊にとって悪夢と同義語であった。

 数的にはごく少数であり、又、彼我損失割合(キルレート)こそ凶悪な数字ではあっても実際にF-10戦闘機に落とされたドイツ空軍機はごく少数であった。

 だがそれでも初戦のイメージの大きさ、そしてポーランド側による空の支配者(Air Dominance)と言う異名を付けた積極的な宣伝活動もあって、ドイツ空軍司令部はF-10戦闘機との交戦は可能な限り回避する様に命じる程であった。

 様々な要因が重なった結果、ドイツの攻勢はその衝突力を喪失する事となる。

 

 

――バルト海

 ドイツ海軍によるバルト海掌握は、比較的容易に進んだ。

 重巡洋艦アドミラル・ヒッパーを旗艦とした水上艦部隊(バルト海戦隊)がバルト海へと出るのに相前後して、ポーランド海軍部隊はポーランドを離れた。

 ポーランド海軍の主力はブリテンで建造された駆逐艦4隻であり、後は哨戒艦や魚雷艇が精々であった為、重巡洋艦を含んだ有力なドイツ水上艦部隊との交戦 ―― 抵抗は不可能であり無意味であるとの判断であった。

 ポーランド海軍とて戦意に不足は無かったが、現時点で祖国の前で倒れる事に意味が無いと理解していたのだ。

 国防の誓いに身をゆだねると言う甘美な誘惑を、理性で押さえつけたのだ。

 そう遠くない未来に国際連盟加盟国が総力を挙げて行う反攻作戦に戦力として参加できる艦艇を残す、と言う明確な目標があった事も良い方に作用した。

 最終的にポーランド海軍は出航後にありったけの機雷を散布し、同盟国でもあるフィンランドへと向かった。

 潜水艦を除いて。

 ポーランド潜水艦部隊は、水上艦部隊離脱後もポーランド近海に残って情報収集と偶の嫌がらせ雷撃任務を背負うのだった。

 対潜能力の貧弱なドイツ海軍にとって、このポーランド潜水艦は非常に鬱陶しい存在となる。

 

 

――フィンランド

 対ソ連を前提としたポーランドとの同盟関係にあるフィンランドは、()()()()()()()()ポーランドへの大規模な軍の派遣を決定した。

 それ程にフィンランドはソ連と言う国家を信用していなかった。

 とは言え、戦力を送るには陸路でも海路でも近いとは言い難い両国であった為、バルトエストニア、ラトビア、リトアニアの3国を経由しての派遣となった。

 正直な話として、軍備と言う意味に於いては貧弱な3国はドイツとの戦争に繋がり兼ねない行動は避けたいと言うのが本音であったが、加盟する国際連盟安全保障理事会戦争補完委員会 ―― G4からの()()を受けてはどうにもならなかった。

 横暴なドイツは恐ろしいし野蛮なソ連は洒落にならない。

 だが一番危険なのは容赦の無い覇権国家群(ジャパンアングロ)なのだから。

 兎も角、バルト3国の協力によってフィンランドは精鋭と言って良い航空部隊と機械化された陸軍約10万をポーランドに送る事となる。

 

 

――デンマーク

 ドイツに隣接する国際連盟加盟国の中で唯一、ドイツとの戦争に積極的ではなかったのがデンマークであった。

 これは経済力に起因する軍事力の乏しさ故に()()()()と言うのが実情であった。

 国際連盟加盟国の一員としてなけなしの正規軍を国境線に配置し、予備役兵の動員も行ったが、これらは国際連盟安全保障理事会戦争補完委員会(日本)からの融資があればこそ出来た行動であった。

 この状況を把握するドイツも、デンマークに関しては放置状態であった。

 国際連盟加盟国としてドイツへ宣戦布告を行った事への懲罰は、オランダを掌握した後にと言う事で先送りされる事となった。

 故にデンマーク・ドイツ国境地帯は軍の睨み合いと偵察機の飛ばしあいこそあれども火力の応酬は無い、まやかしの前線(ファニー・フロントライン)と言われる事となる。

 

 

――イタリア

 ヒトラーにとって、最も潰したい国家はイタリアであった。

 とは言え腹立たしい事にドイツ本土進攻が可能な国力を持った国家で、一番、ドイツ本土への侵攻を行いそうに無い国家も又、イタリアであった。

 イタリアが見ているのは未回収のイタリア(旧ヴェネチア共和国領)のみであるのだから。

 今だ都市国家的な性格を持ったイタリアはファシスト党(偉大なるドゥーチェ)の力をもってしても、いまだイタリアと言う統一国家の領域にまで国民意識が達していなかった。

 イタリアの為、イタリア民族の為と言う帰属意識の乏しさとも言える。

 故に、イタリアは大国の一角ではあっても対外侵略戦争を行うだけの力に乏しいのだ。

 その意味に於いて、ドイツが侵攻しなければ当座は放置出来る場所であった。

 この為、ドイツは約10個師団からなるアルプス軍集団を編成しイタリアと対峙させてはいても、同軍集団司令部に対しては守勢防御以外の一切の行動を禁じる程であった。

 この事はバルカン半島の放棄にもつながる選択肢であったが、既にあらかたの資産は収奪済みである為、特に大きな問題では無かった。

 政治的にはヒトラーとナチス党の失点ともなる話であったが、大ドイツの為に断腸の思いで、などと宣伝する事で失点としては大きなものには成らなかった。

 そもそも、ドイツ自体の安全が最優先として行動すると言う方針だ。

 余程の人間(大ドイツ主義者)でも無い限り、反対する人間が出る筈も無かった。

 そして、その()()()()()と言う奴は、今のドイツではナチス党の党員が大半である為、党首 ―― 総統たるヒトラーの決定に異を唱える筈も無かった。

 全会一致の勢いで決められたイタリア不干渉。

 只、ヒトラーだけは、この方針の指示書にサインする際に本当に、心底から残念な顔をしていたと言う。

 

 

 

 

 

 

*1

 ドイツ軍に於ける自動車化部隊とは、歩兵の移動が自動車で行われると言う意味ではなく、後方部隊までも自動車での機動が可能な部隊と言う意味合いであった。

 軍需による各産業の活性化、その一環であったが、200を超える全師団の自動車化はドイツ国防軍にとってまだまだ未来の話であった。

 装甲化に至っては、予定すら立てられぬと言うのが実情でもあった。

 

 

*2

 尚、日本製戦車の導入も行われており、此方は日本が一般海外向けとして開発した38式戦車(Type-38)を38TJとして100両程導入していた。

 38TJは、38tと言う1940年代中盤では比較的軽量な(主力)戦車であったが、合理的な避弾経始を優先したデザインであり、そもそも装甲材の質が余りにも違っている為、40t以下のクラスは勿論、50t級の戦車と比較しても十分な防御力が与えられていた。

 その代償と言う訳では無いが車内空間は極めて狭く、実際に戦争に投入されるまで ―― 被弾し、装甲の能力を実証するまでは、一部からは非難の声が上がっている程だった。

 主砲は90㎜砲を採用している。

 40t以下の中戦車向け戦車砲としては大口径であるが、ポーランド軍は更に金を掛けて日本から高価な装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)を輸入していた。

 同量の金を投げるが如きと言われた高価格弾であり、ポーランドの財務省は凄い顔で必要性を再確認した程であった。

 無論、軍も政府も導入を強力に後押しした。

 負けじのポーランド軍魂(フサリア魂)の発露であり、そして何よりもドイツの中戦車は勿論、重戦車も絶対に撃破してやる(ブッコロス)と言う強い決意の現れであった。

 

 




2021.06.01 文章修正
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