タイムスリップ令和ジャパン   作:◆QgkJwfXtqk

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138 第2次世界大戦-05

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 国際連盟の一員として参戦する事となった対ドイツ戦争に於いて、日本が先ず行うべきなのは山東半島に存在するドイツ領(ドイツ海外領)の制圧であった。

 特に警戒していたのは日本の近海での潜水艦や装甲艦による無制限通商破壊戦である。

 日本列島間やユーラシア大陸との航路、果てはアメリカとの太平洋航路で跳梁されてはたまったものではないからだ。

 そもそも本土の目と鼻の先に戦争相手国の領土の存在を許すなど戦争に対して()()()であるとすら考えていた。

 取り合えず日本は、独系日本人外務省職員を特使として派遣して降伏勧告を通告した。

 簡単につぶせる場所で、しかもドイツ本国からの援軍は無い。

 そもそも、ドイツ側としてこの場所を保持し続ける意味は無かろうと言う常識的な判断から、勧告内容は極めて穏当なものとなった。

 日本連邦統合軍の駐屯とドイツ軍部隊の武装解除があれば拘束などは行わず、域内のドイツ法も尊重すると言う内容となっていた。

 食料その他の物資も、適切な価格で融通するとされた。

 何とも甘い対応とも言えたが、山東半島を更地にするコストと、統治機構を粉砕して直接統治する面倒とを考えると、素直に下ってくれる事は大変にありがたいのだ。

 だが、この日本のスタンスに反対する国が2つあった。

 1つはチャイナ ―― チャイナ民国だ。

 国際連盟加盟国として、先祖伝来のチャイナの大地をドイツから取り戻したいと言う主張であった。

 無論、日本は一蹴したが。

 チャイナ民国軍は一度壊滅して再建途上の今である為、文明国としての流儀が出来そうに無い ―― ロマンス(出会ったその場でフォーリンラブ)だの何だのと、戦後処理が面倒くさい事になるのは嫌だと言うのが理由としては大きい。

 だがそれ以上に、公式に山東半島はドイツへと売却されたものであるのだ。

 ドサクサに紛れて領土の回収と、ドイツの工場などの設備を接収しよう等と言いだしたチャイナ民国に対しては、国際連盟安全保障理事会から公式に遺憾の意(イエローカード)が出されていた。

 遺憾の意と言えば軽くも見えるが、この場合のソレは甘いモノではない。

 付帯して、国際連盟安全保障理事会戦争補完委員会の統制を逸脱し、自国利益を優先した行動を採るのであればそれは国際連盟の敵である ―― 国際連盟からの永久追放と加盟国(主に日本)への懲罰行動の許可を出すと言う通告が出されたのだ。

 こうなってはチャイナ民国が出来る事など無かった。

 只でさえ戦争であらゆるものを失い、残された領土内での統制が乱れつつあるチャイナ民国が国としての形を維持するには国際社会(G4)からの支援を必要としているのだ。

 この遺憾の意と言う議決への流れを作った日本への反発すら表明する事も出来ず、チャイナ民国は平伏したのだった。

 残るもう1国、正確に言うならば地域はドイツ、ドイツ海外領、山東半島の自治政府だった。

 日本からの特使を丁寧に遇し、ドイツ極東軍司令官とドイツ東洋艦隊司令官も一緒に居る会談の場にて、形式的とは言え1度は抵抗したいと述べたのだ。

 独系日本人特使は理解しがたいと言う顔で、必ず死にますよ? と尋ねると言うよりも翻意を促すために確認した。

 が、ドイツ軍人は折れなかった。

 微笑みすら浮かべてドイツ極東軍司令官は先ず特使に感謝の弁を述べ、それから日本が強大と言う事は理解していると続けた。

 その態度は、よく言われる四面四角なドイツ的頑迷さとは全く無縁の態度であった。

 理性と悟性とがない交ぜになったものを瞳に浮かべ、ドイツ人として誇り、ドイツ軍人としての名誉、そして戦後を見据えた上で我々は()()()()()()()()()()の意義を示さねばならないと言った。

 それは、ドイツと言う民族国家消滅を想定した、ある種の殉死的な意味すらも含んだ言葉であった。

 失礼ながら、と独系日本人特使は反論した。

 余りにも悲観的ではないだろうか、と。

 独系日本人特使は己が生きていた時代(Lost History)を鑑みて、戦争終結後のドイツが東西乃至はそれ以上に分割される事はあっても、民族国家としては生き残れるだろうと考えていたのだ。

 対して、この時代を生きてきたドイツ極東軍司令官は、フランスとポーランドのドイツへの態度 ―― 世界(国際連盟)の敵として扱われている事から、民族国家としての再興を、少なくとも短期間では成せぬだろうと判断していた。

 或いは、ドイツの立地が対立する陣営の間であったならば、前衛乃至は緩衝国家としての再興が勝者たちから要求されるかもしれない。

 だが、今現在の世界情勢でそれは無い。

 G4(ジャパンアングロ)が余りにも圧倒的だからだ。

 ドイツ以外で、G4に抵抗しそうな国家は幾度も戦争をしたソ連位であるが、そのソ連も今では国際連盟の従順な構成員(ミスター・ダー)でしかない。

 万が一、将来、G4が分裂し対立を始めたとしても、G4各国は海で隔てられており、内陸国のドイツが緩衝地帯となる事はあり得ない ―― 少なくともブリテンが欧州亜大陸に直接的な支配領域を得ようとしない限り。

 ()()()()()()()、戦ってドイツ民族の誇りとドイツ軍人の献身を歴史に刻まねばならないと言う。

 欧州戦線での戦いでも、それらは示されるだろう。

 だが、敵はフランスでありポーランドである。

 彼らが果たしてドイツの名誉ある行いを正しく残すであろうか? それは質問と言うよりも確認であった。

 その言葉に、独系日本人特使は同意をする以外の反応を示す事が出来なかった。

 

 

――日本

 外務省経由で齎された、山東半島のドイツが死合いを望んでいると言う話に日本政府は頭を抱えた。

 いや、気持ちは判るし、別段に日本にとって面倒が大きく乗ってくる話ではない。

 それどころか話を聞いた人間で血の気の多い者は、ドイツの心意気を無視しては日本人の名折れであり武士の情け(手加減は失礼である)との精神で相対するべきだと主張する程であった。

 尤も、大多数の人間は、そういう良識に基づいての覚悟を決めた人間を敵と認識するには心苦しく、出来れば、本人の希望に反するとは言え生き残らせたいと願っていた。

 その大多数の人間に、日本の意思決定に関わる人々も含まれていた。

 故に命令(オーダー)が発せられた。

 山東半島のドイツ人の本懐を果たさせ、併せて被害(ドイツ人死者)を最小限度に抑える様にとの。

 尚、この点に於いて日本側の死者が考慮されないのは、発生しえないモノを検討する必要性が、思考実験すらも含めて皆無であるからであった。

 偶発的な事象、或いは事故などで発生する可能性はあり得るが、事、海洋及び空中での戦闘に於いてそれが発生すると言う事はあり得なかった。

 それ故の()()()でもあった。

 だが命令された側にとっては、そうそう気楽に構えられる訳では無かった。

 今の日本連邦統合軍の、特に日本本土軍(自衛隊)の戦備は火力が強大である為、被害を限定すると言う事が極めて難しいのだ。

 如何に味方の被害を抑えて相手を無力化するかと言う、ある意味で真っ当な思想に基づいて油断なく進化を続けていた日本の火力は、それを裏打ちする科学水準の高さによって、この年代の諸外国軍の持つ()()とは比較にならぬ威力に達していたのだから。

 対艦で言えば、主力となる対艦ミサイルは重量級の超音速弾(ASM-3シリーズ)は、相手が戦艦級であっても速度と弾体重量で大抵の装甲をぶち抜いて船体に致命傷を与える事が出来る。

 下手をすると1発で相手を轟沈(生存者ゼロ)せしめる可能性すらあった。

 又、廉価な多目的弾(ASM-4シリーズ)はどうかと言えば、此方も凶悪であった。

 言ってしまえば、重量約500㎏の榴弾が音速の約8割で突っ込んでくるのだ。

 14in.級以上の戦艦砲等に比べると物足りない数字かもしれないが、確実に船体の弱点に命中し、戦艦であっても軽視する事の難しい被害を与えるであろう。

 更に言ってしまえば軽対艦誘導弾(ASM-4シリーズ)は命中して終わりではなく、それをつゆ払いに本命 ―― 500lb.誘導化爆弾(JDAM)が続く事を意味しているのだから。

 では次善と言って良い艦砲射撃はと言えば、16in.砲弾にせよ13.5in.砲弾にせよ雨霰と降り注ぐのだ、白旗を掲げて降伏するよりも先に沈んでしまうのは目に見えていた。

 魚雷に至っては言うまでもない。

 対艦攻撃用として潜水艦が装備する長魚雷は、500lb.を超える炸薬が船底で起爆すると言う凶悪な兵器なのだ。

 並みの艦船では船体が真っ二つになるのだ、喰らった艦船の乗組員が生き残れるか否かなど神のみぞ知ると言う有様だろう。

 この様に、人情と言うモノを加味させるには()()()()()()()()()()()のだ。

 にも拘わらず、出来るだけドイツの面子が立つ(見せ場を作る)ように行わなければならない。

 無理難題と言えるだろう。

 とは言え、命令されれば行動しなければならぬのが宮仕え(特別職国家公務員)の辛い所。

 ドイツ極東軍を瞬殺せず、とは言え余り無駄な苦しみを与えない方向で撃滅する方策を短時間でひねり出す事となる。

 結論は洋上決戦であった。

 ある程度、敵側を視認しつつ攻撃を行うので、加減がしやすいと言う事が理由であった。

 練度十分なあそ型(14.650t級対地)護衛艦2隻に加え、ドイツ側に強大な敵と戦ったと言う満足感を与える為に、就役したばかりで練度が十分とは言い難いものの極東最大の直接戦闘艦 ―― 52,000t級防空護衛艦(戦艦)きいの投入を行うものとされた。

 

 

――アメリカ

 日本が戦艦を持ち出すと聞いて黙って居られなくなったのは、誰あろうアメリカである。

 極東で唯一の魅せ場になるのが見えている為、これに参加せずに何とすると言う気分であった。

 幸い、チャイナとの戦争に際して戦艦部隊を極東に派遣していた ―― まだハワイへと帰還させていなかった部隊が居る為、見せ場に参加する戦力は居るのだ。

 それも新世代型戦艦(ポスト・ヤマトクラス)としてアメリカが自信をもって建造した基準排水量50,000tの、重武装重装甲ながらも最大速力31ノットを誇るアイオワ級高速戦艦*1の2隻だ。

 アイオワとケンタッキー。

 アイオワ級戦艦は日本と共同開発した最新鋭の全自動化16in.砲を3連装3基9門備えた、きい型護衛艦(戦艦)の姉妹と言うよりは親戚の様なフネであった。

 アメリカは、名誉を与える為であるならば、16in.砲戦艦3隻で迎えるべきだと国際連盟安全保障理事会戦争補完委員会の席上で、強く強く主張(参加を要請)していた。

 日本は、過剰火力にならぬか心配しつつ、参加を快諾していた。

 

 

――ドイツ極東軍/東洋艦隊司令部

 アメリカの善意を知ったドイツ極東軍司令部は、ある種の乾いた笑いを浮かべていた。

 現時点で山東半島に駐屯していた10,000t級越えの大型艦はプロイセン級装甲艦のポツダムとアドミラル・ヒッパー級重巡洋艦ブルッヒャーのみなのだから。

 後はヒトラーの政治的見地からの指示として行われた、外洋が荒れがちな極東海域では運用が難しいケーニヒスベルク級軽巡洋艦のケルンと駆逐艦2隻が居るだけであった。

 ヒトラーとしては、日本が無視しえない有力ではあるが、深刻な脅威ではない戦力を配置する事が政治であると言う認識であったのだ。

 問題は、世界有数の荒海である日本列島近海で運用するには、ドイツの比較的小型な艦は役者不足であったと言う事だ。

 山東半島の工廠で様々な試行錯誤が行われはしたし、決してドイツとしても手を抜いた訳では無いのだが、実働戦力と数えられるのはポツダムとブルッヒャーの2隻のみだった。

 山東半島の直衛に魚雷艇なども配備はされているが、広い外洋に面している為、有意な戦力と数えるのは難しいのが現状であった。

 尚、本来は潜水艦も3隻が在籍しており、うち稼働状態にあった2隻が訓練と哨戒とを兼ねて東シナ海で任務に出て居たのだが、()()()()()()()()()()を境に連絡が途絶えていた。

 その事を誰もが誤解しなかった。

 制海権が無いと言う次元を超えている現状を把握できぬ程に、呑気な人間は居なかった。

 ある意味でドイツ極東軍司令部と東洋艦隊司令部が祖国に殉じる(勇者の如く倒れる)事を決めた背景であった。 

 又、ドイツ本国が対日戦争と言う全く想定していなかった現状に混乱し、積極的に命令を出してこなかった事も、この判断を後押ししていた。

 

 

――山東半島東部海域海戦

 経緯故に政治的な意味合いの強いこの海戦は、ある種の神話(サーガ)的な色彩を帯びる事となったが、実際の戦いは散文的なものに終始した。

 当然であろう。

 16in.砲戦艦3隻と、装甲艦と重巡洋艦各1隻の戦いでしかないのだ。

 走攻防、そして数とあらゆる面で劣る側が善戦するなど不可能と言っても過言では無かった。

 そもそも、ドイツ側は乗組員から30代以下を全員下船させ、40歳以上も志願者のみでフネを運用しているのだ。

 後に、露悪的表現を好む人間が()()()()と評したのも仕方の無い話であった。

 とは言え日本側もドイツ側に華を持たせる為、発砲が出来る距離まで接近する事となる。

 砲戦距離3万。

 だがそれは、日本がきい型の装甲に自信を持っていたからでも無ければ、ドイツの艦砲が当たらぬと慢心していた訳でも無かった。

 単純に、その砲弾を艦対空誘導弾で叩き落とせるからであった。

 きい型の計画時の名前は52,000t級()()護衛艦、退役するこんごう型ミサイル護衛艦(イージスシステム艦)の役割を一部引き継ぐ事も目的としていたのだ。

 将来の脅威 ―― 超音速の対艦ミサイル飽和攻撃へ対応出来る性能が付与されていたきい型にとって、正直な話としてポツダムが散発的に放ってくる28㎝砲の砲弾は余裕をもってさばける程度の脅威でしかなかった。

 3度の斉射までドイツ側の発砲を許し、そこから攻撃を開始した。

 きいがポツダムを、アイオワとケンタッキーがブルッヒャーを狙った。

 ポツダムは最初の斉射で命中弾が発生した。

 比較的薄いプロイセン級装甲艦の水平装甲は重い16in.砲が大角度で突入してくる事に耐える事は出来なかった。

 そして砲弾は恐ろしく短い間隔で更に叩き込まれた。

 戦闘開始から1分と経たぬうちに3度も砲弾が降り注ぎ、日本が意図していた降伏を強いるよりも先に、無慈悲にも弾薬庫と機関部を粉砕する事となった。

 言うまでも無く轟沈である。

 そして僚艦のブルッヒャーの運命は、ある意味で、より悲惨であった。

 きいと比較して見て命中精度が低い為、命中 ―― 沈没までに5分の時間を要したのだから。

 雨霰と降り注ぐ16in.砲砲弾に弄ばれると言う地獄を経る事となっていたのだ。

 船体を隠す程に乱立する着弾の水柱は1万tを超える船体を小舟の様に弄んでいた。

 否、そもそも5分を要したと言うのも推測であった。

 余りの発射速度の為、確認する為に5分で発砲を止めた所、ブルッヒャーは浮いていなかった為、5分で沈んだのだろうと推測されただけの話であった。

 祖国と民族に殉じようと言う精神(ロマンチズム)の発露は、軍事的技術格差の前では全くの無力であった。

 尚、本海戦の映像は日本の手で高解像度で残されていたが、その余りの酷さ(公開処刑っぷり)に、武士の情けと公開を躊躇う程であった。

 

 

――ドイツ山東半島

 洋上戦闘での一方的かつ短期間での殴殺に、ドイツ極東は名誉の為の抵抗と言う決意を粉砕された。

 特に下士官や兵の戦意が完全に消失した。

 勝利が望めないどころか、名誉も何もなく、それこそ機械的に屠殺されるが如く死ぬのは勘弁であるとの人間としての素直な感情の発露であった。

 この結果、ドイツ海外領山東は素直に降伏する事となる。

 

 

 

 

 

 

*1

 アイオワ級戦艦は新世代戦艦として、アメリカが戦後を睨んだ ―― 21世紀まで運用できる発展余裕を持った戦艦として設計された戦艦であった。

 当初は4隻の整備で終わる予定であったが経済的政治的理由から更に2隻の建造が認められていた。

 経済的な理由は、更新された製鉄業界の製造力の消費先として造船業界へのテコ入れの必要性が訴えられた事が大きかった。

 アメリカ製鉄業界と造船業界の象徴的な役割が要求されたとも言える。

 政治的には、ブリテンが新世代戦艦を7隻し、フランスも8隻建造する事への対抗であった。

 尤も、ブリテンは兎も角としてフランスからすると、このアイオワ級の整備と並行して大型巡洋艦と自称するも基準排水量が25,000t(※計画時)に達する(ほぼほぼ戦艦クラスの)アラスカ級を平然と6隻整備している癖に何を言っているのかと言う気分ではあったが。

 

 艦名 アイオワ級戦艦

 建造数   6隻

 基準排水量 50,000t

 主砲    50口径16in.3連装砲 3基 9門

 両用砲   38口径 5in. 連装砲 8基16門

 装甲    耐16in.防護を実施

 速力    33ノット

 主機    蒸気タービンエンジン

 

 

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