タイムスリップ令和ジャパン   作:◆QgkJwfXtqk

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151 第2次世界大戦-18

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 モンスーン戦隊の消滅をもって、ドイツ水上艦戦闘部隊は歴史的存在へと姿を変えた。

 だが、その事に世界の耳目が集まる事は無かった。

 前後する形で、ドイツ戦争西部戦線に日本連邦統合軍が本格的に投入されたのだから。

 守勢的な北部(オランダ)戦線とは異なり攻撃的な任務を、それも邦国軍ではなく最精鋭(陸上自衛隊)第19機械化旅団(JGDF-19th Mechanized Infantry Brigade)*1が実戦参加するのだ。

 日本の戦争に観戦武官を大規模に派遣した事の無かったG4(ジャパンアングロ)以外の国々にとっては、神秘の(ベール)の向こうにあった天皇陛下の日本軍(Imperial Army)が実力を見せつけようと言うのだ。

 意識が集中するのも当然と言うモノであった。

 又、第19機械化歩兵旅団と共に第11施設科旅団(JGDF-11th Combat Engineer Brigade)*2参加していた。

 だが逆に言えば、日本(陸上自衛隊)基準で2個旅団でしかないのだ。

 総兵力で言えば1万人にも満たない事を世界(非G4)は危惧し、同時にドイツには安堵を与えていた。

 ドイツの安心材料は他にもあった。

 多くの犠牲を払いながら継続されている航空偵察によって、日本の2個旅団への支援部隊の動きも把握していたが、此方も大規模では無かったのだ。

 支援部隊は、多数の戦車や装甲車を装備するとおぼしき優良なフランス陸軍(機甲)部隊であるが、上を見ても3個師団規模であった。

 日本にせよフランスにせよ、早急な解囲を狙わねばならぬ関係で、かき集められた戦力がどうしても不足気味になっている。

 そうドイツは考えていた。

 であるならば、とフランスの第1次攻勢を下したのと同じ手法で撃退出来るとも考えたのだ。

 領土内に引き込んでの迎撃だ。

 それも真っ向勝負では無い。

 己の優秀さに対して強烈な自負を持ったドイツ人であったが、シベリア戦争での戦訓もあって、日本の戦車にドイツの戦車で対抗できるなどと一切考えてはいなかった。

 故の、非対称的な戦いだ。

 隠蔽した塹壕から一撃を加えた後に撤退するという遅滞戦闘。

 引き込みながら、道路その他のインフラの破壊を行って補給路を砕く。

 如何に日本と言えどもこれを踏破するのは困難であろう。

 そう、ドイツは考えていた。

 

 

――日本フランス第1統合軍

 マインツ市解放作戦に投入される戦力は、効率的な運用の必要性から統合部隊とされた。

 フランスの配慮から、指揮は日本人が執る事とされた。

 とは言え日本本土から派遣する時間的余裕は無く、又、第19機械化歩兵旅団の上位組織である遣欧総軍は部隊の移動管理に集中する必要があった為、第19機械化歩兵旅団の旅団長を臨時昇進として大将配置とし、日本フランス第1統合軍(Japan-France 1St Joint Army)の指揮官に配置する事となった。

 少将からの2階級昇進であるが、管理下にフランス陸軍部隊 ―― 第7戦車軍集団第77軍の2個機械化歩兵師団と4個戦車師団が入る為、必要な措置であった。

 政治的なバランスを取る必要性から、その幕僚(参謀)団にはフランスの将校が配置されている。

 急造部隊と評価される部分もある。

 とは言え、派遣されている将校は常日頃から第19機械化歩兵旅団に派遣されていた人間が充てられている為、意思疎通に問題は発生しなかった。

 又、目的が明確であった事も重要であった。

 マインツ市までわき目もふらずに突進し、包囲下にある部隊を救出する。

 只それだけであるのだから。

 尚、作戦名はユリシーズ(第31号合同作戦ユリシーズ)とされた。

 

 

――マインツ市解囲作戦

 航空輸送によってある程度の食料や武器弾薬の輸送、或いは重傷者の後送は行っては居た。

 だが、ドイツ側が彼我の被害を無視した本格的制圧作戦を何時開始してもおかしくない状況である為、出来る限りの早急な解放が望まれていた。

 この為、日本フランス第1統合軍は、取り合えずの戦力が攻勢発起点に集積すると同時に行動を開始する事となる。

 日本は偵察機で念入りに侵攻ルートを確認し、第19偵察大隊を基幹とした第19偵察戦闘団(大隊戦闘団)を前衛に立てて攻勢を開始した。

 同戦闘団には、第11施設科旅団から地雷や敷設爆弾(IED)対処を専門とする戦闘工兵部隊が派遣されていた。

 更には、フランスの機甲師団の連隊戦闘団が脇を固める形で配置されている。

 第19偵察戦闘団が単独で撃破が困難なドイツ軍部隊 ―― 部隊規模が大きく、対処に時間が掛かりそうな場合に、代行する部隊であった。

 側面を気にせず突進せよ。

 極論すれば、第19偵察戦闘団に下された命令は、その一言(シンプルさ)であった。

 突進を開始した第19偵察戦闘団は、センサーを山盛りに装備している24式装軌戦闘偵察車*3と、空中にある守護天使(戦闘偵察ヘリ)AH-64D.M3*4が集める情報を元に、怪しげな場所に片っ端から火力をぶち込んで前進していく。

 或いは電波(通信)を傍受しても、容赦なく40㎜砲や105㎜砲、或いはロケット弾を叩き込んでいく。

 一般市民が巻き込まれる可能性を一切考慮していない誠にもって無慈悲な進軍であるが、これは事前に一般市民向けにビラ(空中投下宣伝)で作戦日時とルートを伝達したが故の事であった。

 居ないで下さいと伝えた。

 であるので、作戦エリアに居る(センサーに映った)人間はドイツ軍人以外には無い。

 だから火力を投射しても問題は無い。

 日本は作戦開始前に(悪知恵を働かせ)、国際連合安全保障理事会戦争補完委員会法務小委員会でこの旨を確認し、戦争補完委員会の公式文章さえ発行させていた。

 (ルール)とは、それを作り守らせるモノが一番強いのだと言う事を示す好例とも言えた。

 一切の容赦なく、大地を均す勢い(ロードローラーめいて)で進軍する日本フランス第1統合軍に、ドイツ側は大いに慌てる事となる。

 どれ程厳重に隠蔽していた陣地であっても、簡単に発見されて潰される。

 大量に埋めた筈の地雷も、簡単に発見されて処理されていく。

 状況を把握するために派遣した偵察部隊は、どの規模であれ先ず生還しない。

 被害覚悟でレーダーに把握され辛い低空からレシプロ偵察機を投入したら、ヘリコプター(AH-64D.M3)に撃墜された。

 後方の指揮所も安全ではない。

 通信をしたら即座にミサイルが降ってくるのだ。

 ドイツ参謀本部では、通信途絶が日本の進軍速度を現していると自嘲的に言う始末であった。

 

 

――ドイツ

 時間稼ぎの為の、複数の陣地を用いた遅滞戦闘が実質的に無力化された事で、ドイツは方針を変える事となる。

 小規模な部隊で対処しようとすれば、一方的に蹂躙される。

 だがドイツとて状況を座視し、手をこまねいている訳では無かった。

 であるならば、小規模な日本の戦力では対処不能な大軍勢をもって包囲撃滅しようではないかと気炎を上げていた。

 幸い、マインツ市の近くでは第3軍集団が配置されており、W軍集団も再編途上ではあったが支援的であれば戦闘行動が可能であるのだ。

 歩兵師団が主体とは言え30個師団を超える戦力であり、日本フランスの合同部隊が3個師団2個旅団規模(※現実は6個師団2個旅団)である事を考えれば、不可能では無いと判断していた。

 1桁上の戦力をぶつける。

 日本の対応力よりも多い戦力で飽和攻撃を仕掛ければ、勝てる。

 そう思っていた。

 確かにその通りではある。

 敵の数が持っている弾数よりも多ければ、打ち倒す事は出来ないのだから。

 だが、その数の優位を生かすのに絶対的に必要なものがある。

 情報だ。

 敵が何処に居るのか、どれくらい居るのか。

 それらが無いままに動く事は出来ない。

 所謂、戦場の霧だ。

 敵軍(日本フランス連合部隊)の情報無くしてやみくもに動けば、それは只の遊兵にしかならないのだ。

 そして、その情報が致命的に不足していた。

 西方総軍は、ドイツ参謀本部を介してドイツ空軍に対して全力での情報収集と一時的で良いのでフランスの航空優勢をかき乱す事を要請した。

 戦力温存に務めていたドイツ空軍も、ここがある種の決戦であると説得され本腰を入れる事となる。

 始まった大航空戦。

 問題は、ドイツ空軍が想定していたのはフランスと、精々がブリテンであったのだが、日本が全力で殴りに来たと言う事であった。

 それも空中撃破では無く基地破壊を狙ってきたのだ(水漏れは元栓を〆るのが大正義)

 無論、空中戦闘でも可能な限り撃墜を図った。

 その上で、レーダーや偵察機を用いてドイツ空軍機の帰還を追跡し、そこで見つけた航空基地に爆撃機を回したのだ。

 元より、日本爆撃機部隊はドイツの航空基地狩りを行っていた。

 その為の誘導弾なども備蓄していたのだ。

 ある意味で、ドイツ空軍の積極的行動は自殺的行動(カモネギ)であった。

 既に、ドイツ西部のレーダー網は消滅していた為、この偵察を察知する事も出来なけば、爆撃を探知して迎撃する事も出来なかったのだから。

 結果、それまで温存していた航空基地の尽くを焼かれ、たったの2日でドイツ空軍は西部戦線に於ける能動的作戦能力を完全に喪失する事となる。

 この為、偵察情報は極短距離で離着陸が可能な陸軍管理の機材(Fi156)に頼る事となる。

 日本が運用している戦域偵察用無人機(大型UAV)にも劣る速度や航続距離しか持たず、発見されるや生還など望めぬ機体であったが、無線封鎖したこの機体のみが生還する可能性を持った偵察手段であった。

 そもそも、極東における日本の主力攻撃ヘリAH-64D.M3よりも遅く、そして非武装なのだ。

 この様な機体で出来る事は、神に祈る程度であった。

 余りにも悲惨な状況であったが、ドイツ人は全力を尽くしていた。

 問題は、相手と、その全力など歯牙にもかけない水準で技術力の格差があると言う事であった。

 必死になって努力するドイツ陸軍。

 その努力をあざ笑うかの様に、日本フランス第1統合軍と接触する前に日本とフランスの航空部隊に徹底的に叩かれていく。

 戦車の敵が戦車と誰が決めたのだ?(戦場で相手を叩く手段にアンフェアは無い) ―― そう言わんばかりの戦い方であった。

 空襲によって、各師団1日毎に1個大隊が消滅していく。

 そう手記に残したドイツ人指揮官が居る程であった。

 これは戦闘では無い。

 処理である。

 ドイツ人への敵愾心に燃えたフランス人ですら、幾ばくかの憐憫を感じる程に、一方的にドイツ西方総軍第3軍集団もW軍集団も溶けて行くのだった。

 かくしてユリシーズ作戦は、作戦開始から10日目にてマインツ市近郊に到達。*5

 包囲されていたフランス軍アルザス・ロレーヌ総軍の残余の解放に成功する事となる。

 それは同時に、ドイツ西部に巨大な楔が打ち込まれた事を意味していた。

 ドイツ戦争西部戦線の動きが大きくなっていく。

 

 

 

 

 

 

*1

 日本連邦統合軍 日本陸上自衛隊 遣欧総軍 欧州方面隊 第19機械化歩兵旅団

 陸上自衛隊に属する機械化歩兵旅団は、軍事的要求では無く政治的要求に基づいて編制された部隊であった。

 特に第19機械化歩兵旅団に関しては、フランスからの対ドイツを前提とした強い派遣要請あればこその部隊であった。

 陸上自衛隊からすれば、大規模な陸軍を保有するフランスが何故に日本に頼るのかという気分であったが、フランスからすれば話は違う。

 ドイツとの戦争を有利に進める為に、確実に勝つ為に日本を巻き込まねばならぬからであった。

 この目的の為、フランスは日本に対して結構な融通を利かせていた。

 日本が必要とする資源や食料の提供。

 或いは、フランスの権益が関わらぬ場所での日本の権益拡大に対する政治的支援等である。

 これはフランスに駐屯する第19機械化歩兵旅団への配慮も含まれていた。

 結果、第19機械化歩兵旅団でのフランスへの感情は良好であり、この実戦参加に関しても大多数の将兵は好意的に捉えていた。

 

>>旅団司令部 - 司令部管理中隊

 第191普通科(機械化歩兵)連隊

  3個中隊編成 /24式装軌装甲車装備

 第192普通科(機械化歩兵)連隊

 第19戦車大隊

  3個中隊編成 /32式戦車完全充足

 第19偵察大隊

 第19特科大隊

  1個ロケット中隊 /28式装輪自走多連装ロケットシステム

  2個自走特科中隊 /34式155㎜自走榴弾砲

 

 

 

*2

 日本連邦統合軍 日本陸上自衛隊 遣欧総軍 欧州方面隊 第11施設科旅団

 元は1920年代に日本とフランスとの間で結ばれたフランス戦災復興支援協定に基づいて派遣された部隊である。

 戦災復興支援協定とは、第1次世界大戦に於いて毒ガスなどの散布が行われたフランス本土の古戦場の復旧作業を定めた条約である。

 この条約に基づいて日本はフランスの国土復興を支え、その対価としてタイムスリップ直後の食料や資源を輸入する事が出来ていた。

 従来の施設科は団が最大単位であったが、フランスや諸外国が理解しやすいと言う事で旅団と言う呼称が採用されている。

 この第11施設科旅団の新編に合わせて、他の施設化部隊も旅団呼称が採用されている。

 

 

*3

 24式装軌戦闘偵察車とは、タイムスリップ前に陸上自衛隊が開発を進めていた戦術装軌装甲車 ―― 24式装軌装甲車のファミリーであり、歩兵戦闘車(IFV型)とは別の、センサーと通信端末を大量に積んだ車両である。

 日本陸上自衛隊の機械化部隊は、全て、この24式装軌装甲車のファミリーを配備している。

 尚、邦国向けとしては、低価格で整備の容易な和製M113とでも言うべき38式装軌装甲車が用意されている。

 此方は、多少の性能向上よりも整備性や防護性能が優先されており、愛想のないデザインとなっている。

 

 

*4

 AH-64D戦闘ヘリは、タイムスリップ前(2010年代)の日本が悪化した中国と韓国への備えとして行った抜本的防衛力強化政策の一環として大規模に導入した機材であった。

 一度は整備を中止していたAH-64Dだが、戦争が近すぎると判断された為に米国に掛け合ってFMS(対外有償軍事援助)として一気に100機以上が導入されていた。

 正しく時間を金で買う行為である。

 他の国向けの生産枠すらも金で叩いて、生産ラインを占拠していた。

 日本国内には、AH-64Dの性能的な問題を指摘する声はあり、財務省も一度性能の不足を理由に調達中止したものを再開するのは問題であると声を上げたが、戦争が近いと言う政治の判断が、それらを潰した。

 高性能でも戦争に間に合わぬ兵器では意味がない。

 金庫番は蔵の金を数える以外は口を挟むな。

 戦争モードに入った日本人は、戦争に向き合う為、実際的な事以外のあらゆる主張を粛々とブチ殺したのだった。

 尚、タイムスリップ後、予備部品などの問題や電子機器などの更新の為、F-35Bと同様の処置 ―― 在日米軍の許可と立ち合いの下で分解解析による、国内メーカーによる社外交換部品の製造が行われている。

 この為、現在、前線に配置されているAH-64DはM3型、UAVの管制機能も付与された多機能化第3形態(Multiple 3)となっている。

 現在、日本本土の部隊には、より強力で純国産の複合(コンパウンド)戦闘ヘリであるAH-2の配備が始まっているが、今現在の欧州の空にあるのはAH-64D.M3であった。

 3度の近代化改装を越えて、禍々しい外見となったAH-64D.M3は、その禍々しさを裏切らない活躍を見せる事となる。

 

 

*5

 10日も作戦に掛かった理由は、日本フランス第1統合軍が移動インフラの整備も同時進行で行っていたからであった。

 アルザス・ロレーヌ総軍の撤退をスムーズに行う為の、道路の補強や橋の整備を進めていたのだ。

 第11施設科旅団が丸ごと派遣されていた理由でもある。

 当初は、遮二無二突進する予定であったが、ドイツの抵抗が()()であった為、トータルでの効率が優先されたのだった。

 

 

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