タイムスリップ令和ジャパン   作:◆QgkJwfXtqk

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159 第2次世界大戦-26

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 日本国民と日本政府とがドイツ戦争に対して思う気持ちは、損切りであり世界秩序に於ける不良債権の処理であった。

 マスコミや一部の有識者などは、日本がタイムスリップ直後にナチス(国民社会主義ドイツ労働者党)やアドルフ・ヒトラーの排除を行わなかった事が、この事態を招いたのだと政府を攻撃していたが、それが大きな支持を得る事は無かった。

 未来情報(過去の歴史)に基づいた人の選別は行うべきでは無いと言う結論が、政府諮問機関や国民投票の末に1920年代末には出ており、これを失敗であったと口にする程に日本国の有権者は恥知らずでは無かった。

 そもそも、世界に対して100年程度の情報的アドバンテージに基づいて干渉したとして、最初の数年数十年は良いだろうが、その影響で未来は確実に不確定化するのだ。

 又、未来情報などと言うものに頼って世界に管理者面して干渉した場合、最終的には世界のヘイトを集める事(覇権国家米国の苦労の二の舞)になるのが明白であると言う判断もあった。

 世界の為と行動し、恨まれるのではやってられない。

 世界を管理すると言う仕事は列強と言う自負の強い国々(アメリカ、ブリテン、フランス)に委ね、日本は金とアドバイスを出すにとどめるべきと言う割り切りでもあった。

 日本は金を稼ぎ、呑気に暮らせれば十分であり、名誉は欲しがる連中に与えれば良いと言う何とも身も蓋も無い話とも言えた。

 この方針が定められる際、グアム共和国代表(在日米軍将官)は、米国の苦労を思い出し、日本の気持ちは判ると語っていた。*1

 兎も角として、損切りと言う作業として日本政府はドイツ戦争を考えていた。

 だが、日本連邦加盟国は、そうでは無かった。

 

 

――シベリア共和国

 日本連邦への最後発加盟国としての意識、特にソ連(怨敵国家)と対峙する上で日本の庇護を求めた関係から、シベリア共和国の政府関係者は自らを()()()()()()()と認識していた。

 その選択を悔いる事は無かった。

 日本政府主導の投資 ―― 国土開発政策によって、10年で一般庶民の生活水準が劇的と言う言葉すらも生温い勢いで向上する事となった。

 大きな産業のなかったシベリアの大地、その津々浦々にまで電気が通り、通信網が作り上げられ、そして教育システムが完備されていった。

 無論、それらはシベリア人(ロシア民族)の感性にのみ則ったモノでは無く、日本の影響が極めて大きなものであり、当然の様に第2言語としての日本語教育が含まれていた。

 又、隣人に日本人(日本連邦諸民族)が入ってきて生活は変わっていった。

 その事を保守的な人間は否定的に捉える事もあった。

 ソ連(スターリン)を肯定する事は出来ないが、でも我々はロシア人であると言う主張である。

 だが、それらの主張(気分)は向上する生活、有体にいって豊かになった食卓の前では無力であった。

 ()()()()()

 子どもたちが飢える事が無くなり、子どもの為に老人が飢えに耐えなくてよいと言う事の前には全くの無力であった。

 特に、ソ連からの艱難辛苦を越えて逃げて来た人々、絶望からの自暴自棄めいてソ連に独立戦争に身を投じた人々は。

 尚、若い世代は素直に、日本から流入してくる文化(ソフトパワー)を楽しんでいた。

 兎も角。

 信じられない支援を日本から受けているとの認識は、程度の差こそあれどもシベリア共和国の人々で共有されていた。

 ()()()()()()()()、それらの支援の対価としてシベリア共和国は何かがあれば血の貢献(いざ鎌倉)を日本から求められると認識していた。

 ドイツ戦争の勃発で、日本が日本連邦統合軍をヨーロッパへ派遣する事を決定した際、その時が来たのだと感じていた。

 気の早いシベリア共和国軍の将校等は、永久の訣別を覚悟した(ウォトカ)杯を交わした程の事であった。

 内々で、第一派として30万人規模であれば予備役兵の動員によって即座に高練度(前線配置)部隊を派遣する事が可能と計算し、その準備を進めていた。

 だが、その悲愴な覚悟は裏切られる。

 日本政府 ―― 日本連邦統合軍幕僚(参謀)本部が決定したヨーロッパ派遣部隊は、日本連邦域から派遣される部隊の数的主力こそシベリア共和国軍であったが、それ以上の将兵が現地に参陣する事となっていた。

 日本連邦統合軍外郭(傭兵)組織とでも言うべきエチオピア帝国軍だ。

 シベリア共和国軍人からすれば、何とも肩透かしめいた話であった。

 その気分を、率直に、日本連邦統合軍連絡部会で口にした将校も居た程であった。

 血の貢献を要求されると思っていた、と。

 対する自衛隊やグアム共和国軍(旧在日米軍)の将校は笑って、今どきそんな戦争はしない。

 そもそも、()()に一方的に負担を強いる積りは無いと返していた。

 この話が伝わるや、元より親日感情の強かったシベリア共和国軍の日本に対する傾注は益々もって強化される事となる。*2

 

 

――日本連邦統合軍統合部隊

 日本連邦加盟国は日本を除いて7つの国が加盟しており、その中で、戦争を経験していない国家は3つであった。

 オホーツク共和国、南洋(ミクロネシア)邦国、台湾(タイワン)民国である。

 その事が、各邦国の関係に微妙な影を落とす事となる。

 ジャパン帝国の末裔と言う意識の強く、ある種のライバル関係にある樺太(ノース・ジャパン)邦国と朝鮮(コリア)共和国、それに台湾(タイワン)民国の関係には強い影響を与えていた。

 共に戦争に参加し、一定以上の評価を得た朝鮮(コリア)共和国と樺太(ノース・ジャパン)邦国。

 敢闘精神を見せつけた樺太(ノース・ジャパン)邦国軍。

 劣勢下で粘り強い戦を続けた朝鮮(コリア)共和国軍。

 共に、精強さを誇ったジャパン帝国軍の末裔たるに相応しさであった。

 であるが故に、実証(戦争処女の卒業を)していない台湾(タイワン)民国は下に見られていたのだ。

 正確に言うならば、台湾(タイワン)民国の将校は()()()()()()()()()()()()のだ。

 日本連邦統合軍の内部でそんな事実は無かった。

 連邦議会でも、その様な話が出た訳でも無かった。

 だが、事実は関係なかった。

 何故なら台湾(タイワン)民国の将兵がそう感じている(引け目を感じている)からだった。

 有り体に言って、樺太(ノース・ジャパン)邦国と朝鮮(コリア)共和国の将兵が自信あふれる態度を見せているのが羨ましかったのだ。

 同じ事はオホーツク共和国でも言えた。

 此方も、シベリア共和国との関係性から()()()()()()()()()()()()()()を欲したのだ。

 軍の不満を受けて両国政府は、協力して日本政府に対して自国部隊の派遣を強く要求する事となった。

 要求を受けた日本政府からすれば、何を好き好んで戦争(苦界めく大運動会)に加わりたいのかと呆れる話であった。*3

 とは言え、好んで派遣してくれるのであれば大歓迎と言うのが日本連邦統合軍参謀本部の本音でもあった。

 戦意がある部隊と言うのは有難いものであったからだ。

 台湾(タイワン)民国であれば、その最大の脅威であるチャイナは四分五裂しており、どの国家も当座は外征する(外へのスケベ心を出す)余裕など無いので、師団単位での派遣が可能であった。

 戦力の規模が小さいオホーツク共和国は、旅団規模での戦力派遣を検討していた。

 さて、この状況で黙っていられなかったのが南洋(ミクロネシア)邦国である。

 血の気が多いとは言えぬ、小規模で呑気な国家ではあったが、国家である様にと日本が育成してきた結果として国の体面(メンツ)を気にする余裕が生まれていた。

 とは言え、保有する部隊は極めて小規模であった。

 戦車や野砲などの重装備が無いのは当然として、最大でも連隊編成であった。

 そもそもとして戦争なり紛争なりという、()()()()()()をしていない国家なのだから当然の話と言えるだろう。

 只、練度が低いと言う訳では無かった。

 先進国の一員(日本連邦の構成国)としてテロ等に狙われる可能性を考慮して、日本が部隊育成に関して手を抜かなかったからである。

 特に、隊員の名簿どころか存在自体も公表されていない特殊戦部隊は、自衛隊の特殊作戦群を筆頭にした各邦国軍の特殊部隊と積極的に交流し、訓練でも実力を示し信用されている隊であった。*4

 南洋(ミクロネシア)邦国は、この特殊作戦部隊を派遣する事を主張した。

 それを受けて日本連邦統合軍幕僚本部は、特殊作戦部隊が提供されるのであれば、それに相応しい場所を提供するべきであると判断した。

 旧ユーゴスラビア王国である。

 高い練度を誇れども、重装備を持たない(本質的には)軽歩兵である特殊作戦部隊にとっては、現地の武装抵抗部隊(パルチザン)を支え、或いは指揮してドイツ軍を相手にすると言うのはピッタリの任務であるのだ。

 だが、ここだけでは話は終わらなかった。

 国家同士の大規模な戦争では光の当たり辛い各邦国軍の特殊作戦部隊が、活躍の場があるのであればと我も我もと手を挙げたのだ。

 それを名誉乞食だと断じるのは簡単である。

 だが、民主主義国家の軍隊として、税金で禄を食む身として、投じられた税金は無駄では無かったと実証せねばならぬと言う気分は、日本連邦統合軍参謀本部でも理解できていた。

 結果、各邦国軍の特殊部隊や自衛隊からも人員を供出した部隊が新設され派遣される事となった。

 最終的には日本連邦統合軍の特設部隊として第111特務団として纏められ、バルカン半島及びヨーロッパ亜大陸での特殊作戦を統括する事となる。*5

 こうして日本はバルカン半島の戦いに関わっていく事となる。

 

 

 

 

 

 

*1

 尤も本心は別であり、グアム共和国代表は随員との意見交換会に於いて、日本の希望どおりになると思うのは難しいであろうとの感想を漏らしていた。

 或いは、何時もの病気(己を子猫と思いこんだ虎病)が出たと。

 世界経済に於いて、100年の先進性と経済規模を持った国家は、その自重だけで世界に影響を与えるのだから。

 日本政府はユーラシア大陸から足を抜く事を考え、実際にジャパン帝国から継承する形となった大陸利権を諸外国へと売り飛ばしている。

 地域強国への指向である。

 だが、それが上手くゆくとは思えなかった。

 特に、日本に与する事を希望した(見捨てないでくれと泣き付いた)朝鮮半島や台湾島を、切り捨てられなかった事からもそう考えていた。

 実際、その認識が正しかった事は、歴史が実証した。

 1928年の日本ソ連戦争は、日本が内包する(スーパーパワー)を世界に示す事になった。

 世界の耳目を集め、そして列強からは新しい参加者(グレートゲーム・プレイヤー)であると認められる事となった。

 そして、経済的な理由からソ連-シベリア地方に進出した後のシベリア独立戦争が全てを変えた。

 世界は日本によるシベリアの切り取り(ユーラシア大陸再進出)であると認識した。

 同時に、日本はソ連と言う強国を一方的に踏みにじれる力を持つと示したとも。

 気が付けば日本は、日本連邦は世界有数の国土と人口、そして経済力に裏打ちされた帝国になりあがっていた。

 正直、日本政府関係者は頭を抱える事態(どうしてこうなった)であった。

 その事を素直に口にした自衛隊関係者に、在日米軍将官はアルカイックスマイル(常識的に考えて残当と言う気分)を浮かべるだけであった。

 

 

*2

 日本とシベリア共和国の友好に関する良い話として知られる本エピソードであるが、日本政府と日本連邦統合軍上層部の本音としては、聊かばかり生臭い部分もあった。

 面倒くさい、である。

 30万人規模の兵を日本連邦の領域からヨーロッパに装備込で運び込むのも大変だし、運用する為の補給を行うのも面倒くさい。

 そもそも、ドイツとの戦争など交戦自体は2年も必要としない、短い戦争で終わる予定だ。

 下手すると、部隊の集合と移動だけで派遣期間の半分が消費される勢いになると考えていた。

 そんな事に日本の船腹(マル・フリート)を消費するのは勿体ない。

 馬鹿げた勢いで発注の入っているMLシリーズ、その輸送だけでも相当な量の輸送船を必要とするのだ。

 この様な状況に、口の悪い政治家は、内々の会議でヨーロッパ()()に出す船は無いと言い切る程であった。

 現実とは、誠に以って散文的な側面を有していた。

 

 

*3

 日本は、正直な話としてドイツとの戦争を作業(ドイツの片づけ)と認識していたが、それでも戦争自体は容易なモノ(素晴らしきグレートゲーム)であると考えてはいなかった。

 どれ程に高度な技術を持っていても、どれ程に強大な装備を持っていても、戦争であれば死傷者は出るのだから。

 実際、タイムスリップ後に行った戦争 ―― ソ連との戦争やドイツとの戦争で日本は、軽傷者を含めた死傷者が累計で200名を超えて出していたのだ。

 慎重に、そして容赦の無い戦争を行っていたにも関わらずである。

 交戦、不幸な事故、或いは油断。

 如何に注意をしていても、様々な理由で負傷者や死者が出る事を止められなかった。

 だからこそ、戦争自体歓迎する気は一切なかった。

 

 

*4

 テロを最大の脅威とし、或いは周辺国家からの不正規戦争(破壊工作)を警戒した日本連邦統合軍では、日本政府に対して各国軍に特殊戦部隊の創設を提案していた。

 これは、米国政府と言う前例を見ていた日本国自衛隊が、日本が似た立場になるのに従い米国特殊部隊と同じように特殊作戦群などの部隊を便利屋扱いされたくないと言う事からの思いであった。

 最終的な出動(ケツモチ)を否定する気は無いが、初動から呼び出されるのは堪らない。

 特に、広大な日本の領域で飛び回るのは、洒落にならないと言う本音あればこそであった。

 2020年代に、漸くの事で(旅団)規模の特殊作戦部隊を錬成出来たのに、コレを政治家の思いつきなどで使いつぶされては堪らないとも考えていた。

 この判断が出た頃は、自衛隊の規模拡張や大規模な予算措置が、まだ政府と財務省内での検討段階であった為、この警戒は当然の事でもあった。

 結果、日本連邦統合軍は総数で師団規模の特殊作戦部員(オペレーター)を養成していた。

 

 

*5

 第111特務団としてまとめられているが、本質的には日本連邦構成国からの出向部隊の連絡の場と言う役割が大きく、装備などの管理や補給、或いは休暇などの手配などの事務/裏方業務を担当しており、各国部隊は独立性が高かった。

 各国の部隊が派遣される際に、便宜上、管理下に入る部隊(組織)とも言えた。

 この点が使いやすかったからか、ドイツ戦争後には、戦功があった事もあり常設部隊と言う形に改められ、第111統合特殊戦師団(トリプル・ワン)となった。

 

 




2022.05.20 文章修整
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