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アメリカ発の世界恐慌の波は瞬く間に世界を駆け抜けた。
だがその影響の少ない国家もあった。
G4である。
4カ国はそれぞれに世界恐慌を余裕を持って乗り切っていた。
その事が益々もって非G4国との感情的対立を煽る事になったのは、仕方のない話であったが。
――日本
投資先として広大な邦国を抱えていた日本は、不況の影響というモノを殆ど受ける事は無かった。
マスコミが性癖として危機を煽ろうとしたが、情報分析能力に疑問符の付けられていた人々の扇動に国民が乗る事は無かった。
そんな事よりも新日本領域の開発であった。
樺太、台湾、朝鮮、南洋、積極的な日本企業群の投資が経済を活性化させ、日本は空前の好景気となっていた。
それ故に、日本はソ連で悲惨な状況にあるロシア人への支援を決意したとも言えた。
受け入れ先としたのはオホーツク共和国であったが、過酷な避難生活で疲弊した人々をそのまま送り込むには生活環境が過酷すぎた。
結局、100万とも言われたロシア避難民の2割近くが特別労働者枠として日本本土で生活する事となる(※1)。
この避難民の問題でソ連との関係が悪化する側面はあったが、日本政府は人道的処置であるとして退く事無く対峙した。
ソ連の脱農者狩りと対峙する民間軍事企業は、頑健な体で逃れて来たロシア人にとって最良の就職先であった。
危険手当も含めて待遇は良く、その上で同胞を救えるのだ。
その士気は高かった。
その構成員には義侠心に駆られた日本人も多く参加し、又、日本企業を介して日本が支給する日本製装備への興味を持ったG4諸国の退役軍人なども参加していた(※2)。
――アメリカ
世界恐慌の発端ではあったが、世界恐慌に苦しむ国家にとっては誠に腹立たしい事に、アメリカは世界恐慌の影響から素早く抜け出していた。
投資先として関東州と満州、沿海州があり、市場として日本と北チャイナが存在していたからだ。
相も変わらず日本の食料の購入は旺盛であり、同時に、日本の商社はアメリカの食料物流インフラへの投資も継続している。
素晴らしい交易相手だった。
北チャイナは南チャイナと対立している為、多くの軍需物資を必要としており、幾らでも買い込んでいく。
最上の市場であった。
黄金時代と言って良いアメリカ。
だが問題が無い訳では無かった。
チャイナ全域での反アメリカ感情の高まりである。
南チャイナからすれば民族の敵であり、北チャイナからすれば国家の金を吸い取っていく寄生虫との意識が醸成されていたのだ。
この話の背景にはチャイナ共産党の存在があった。
チャイナを貪るアメリカとその手下である北チャイナ、抵抗しきれない南チャイナでは無く、チャイナの未来はチャイナ共産党が護る。
そう宣伝しだしたのだ。
そのバックにはソ連が居た。
これはアメリカに対する嫌がらせであった。
余剰となっていたソ連製兵器をチャイナ共産党に安価で提供する。
僅かなりともソ連五ヵ年計画の資金の足しにもしようと言う、なんともいじましい話でもあった。
兎角、これ以降、中国全土でアメリカ人とアメリカ企業が襲撃される事件が続発する事となる。
この事にアメリカ人は激怒。
関東州のアメリカ軍部隊を増強し、沿海州に投入していた朝鮮人傭兵組織をアメリカ企業の護衛として満州や北チャイナへ投入していく事となる。
民間企業の私的な護衛戦力と言う建前により、法的な面でアメリカ軍を展開するよりも柔軟に行えるという利点からの行為であった。
問題は、横柄で暴力的な朝鮮人傭兵によって、チャイナ人のアメリカへの不満が高まった事である。
――ブリテン
日本を金を生み出す錬金術の巨釜としていたブリテンにとって、世界恐慌というモノの影響はそよ風の程度のものであった。
しかも日本の投資で経済が活性化していた中東、アフリカ、インドの植民地は、ブリテン製の製品を大量に購入していく市場としても成長していた。
その結果、ブリテン本島の経済活動も活性化するという好循環が生まれていた。
黄金の大ブリテン時代と評価する人間も居た。
とは言え、問題の無い訳でも無かった。
中東やインドでは、発展した経済力を背景に、ブリテンに対して自治権の拡大や独立の意見が盛り上がりつつあったのだ。
過日であれば断固として弾圧を行ったであろうが、日本との交流で、弾圧が経済の低迷に繋がると言う事を理解していたブリテンは、自分から金を稼げる体制を壊す気など毛頭なかった。
とは言え、自治権は兎も角として簡単に独立を認めてしまえば、現在の大ブリテン体制は崩壊してしまう。
ブリテンは好景気をタネにして、難しいかじ取りを迫られることになる。
――フランス
フランスは唯一、G4で世界恐慌の影響を大きく受けた国であった。
だが同時に、それを経済政策で乗り越えた国でもあった。
又、国際連盟の場でポーランドを筆頭とした中欧諸国の反ドイツ感情を知り、その支援(※3)を行う事でフランスを中心とした反ドイツ連帯を生み出す事に成功する。
これによって名実ともに欧州亜大陸の盟主の座をフランスは得る事に成功する。
同時に、ポーランドはフランスのこの政策の恩恵で近代国家として重要な重工業の育成に成功する事となる(※4)。
対ドイツ戦争を真剣に考えているフランスにとって、世界恐慌への対応も軍拡で行おうとしていた。
日本がソ連との戦争で投入した兵器群、特に隔絶した性能を見せた航空機分野への投資が最優先で行われた。
シベリア全土を麻痺せしめたあの航空戦力があれば、対ドイツ戦争など直ぐにも終結せしめる事が出来るとの判断だ。
とは言え、容易に100年先の技術を模倣できる筈も無く、その点に於いては七難八苦といった状況となったが。
(※1)
国籍は日本連邦オホーツク共和国籍の特別日本本土居住許可者とされた。
これは日本国内での労働力の不足を補う目的もあった。
好景気に沸く日本で、第1次産業に従事する人は減少傾向にあった為だ。
最終的にはこの特別居住者は日本国籍が与えられ、日本本土に住むロシア系日本人となる。
尚、第1次産業に就いたロシア人であったが不人気であったのは漁業であった。
これは海を見た事も無い人間が避難民の大多数であった事が主因であった。
(※2)
尚、参加した外国籍者の中には、在日米軍も存在した。
仕事を探していた在日米軍に日本政府が教官役としての業務を斡旋したのだ。
自衛官は拡大した自衛隊と邦国軍の教育で手一杯であった為の事であった。
この頃から、在日米軍は日本政府との連携を特に深めていき、日本連邦構成邦国グアム共和国の建国に至る事となる。
在日米軍内の非白人層と、アメリカ軍内部での非白人層への差別意識の問題が、大きな問題であり、在日米軍のもろ手を挙げたアメリカへの帰順は無理であると言うのが在日米軍と在日米大使館の最終決断となった。
将来、2025年頃であれば話も違うであろうとの判断が行われ、グアム共和国は日本とアメリカとの両方に所属する特別国家として成立する。
主要産業は軍事と観光、そして漁業となった。
(※3)
日本の先進技術の供与を受けたフランス製兵器の市場としての意味合いもあった。
(※4)
フランス製兵器の大量導入を対価とする、重工業へのインフラ投資であった。
欧州亜大陸の盟主としてフランスは、大盤振る舞いをしたと言っても良い。
但しこれも、対ドイツ戦争を真剣に考えていたフランスにとって、ドイツを挟撃する相手を育てると言う意味において重要な政策であった。
中欧側にドイツにとって脅威となる国家が存在する事で、ドイツは軍事力を涵養したとしても分散配置を強いられる事に成る。
そうなれば、フランスが組み立てていた先制強襲の戦争計画は簡単に遂行できるだろうとの見立てであった。
2022.10.18 構成修正