タイムスリップ令和ジャパン   作:◆QgkJwfXtqk

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165 第2次世界大戦-32

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 ドイツとの戦争に於いて、侵攻が成功している事に驚いている国家は、先ずイタリアであった。

 かつては準同盟国であった為、ドイツ軍の精強さと装備とを間近で見て、その差を理解していたが故の事であった。

 とは言え親密であったのは8年以上も昔の事であり、困惑している者は8年以上も昔の当時に現場でドイツ軍将兵の精強さを見聞きした将校たちであった。

 8年の時代の流れで昇進し、責任ある立場に立っていたが故に警鐘を鳴らしていたのだ。

 ドイツ軍を侮る事なかれ、と部下に対して口酸っぱく油断せぬ様にと告げていた。

 ムッソリーニや軍首脳部は保有する戦車や対戦車車両の数や質をもってドイツとの戦争を楽観視していたが、現場上がりの将校たちは戦争が兵器の数と質だけで片が付くならば苦労はないと断じていたのだ。

 それ程の質をドイツ人将兵は持っていた。

 それが、蓋を開ければ快進撃である。

 困惑するのも当然であった。

 だがG4(ジャパンアングロ)に与して以降の、イタリアと言う国家の繁栄*1と軌を一にする形で軍歴を重ねてきた若手将校たちの反応は違う。

 当然の結果であると鷹揚に受け入れていた。

 当然であろう。

 進歩した工業によって生み出された新装備群や、日本やブリテンから導入した新鋭の戦車群、対戦車装備その他。

 豊富な石油を背景にして、機械化された部隊も十分に訓練を積んでおり、其処に更に追加の戦車や、トラックなどが来るのだ。

 侵攻前より、ドイツに負けるなどあり得ないと自負を持つのも当然の話であった。

 そして蓋を開けれ(戦闘が始まれ)ば、若手将校たちの想像通りとなった。

 元よりドイツ側(C軍集団)は、その後背とも補給路とも言うべき地域がフランスを発した部隊によって押しつぶされつつあるのだ。

 如何に、裏切ったイタリアに対する戦意に溢れたドイツ将兵とは言えその能力を十分に発揮するのは難しかった。

 だが、南部戦線は意外な展開を迎える事となる。

 

 

――ドイツ/C軍集団

 イタリアと交戦を開始した時点で、C軍集団の戦力は19個師団から成っていた。

 40万を超える将兵を抱擁しており、軍集団として見れば十分な戦力を持っていると言えた。*2

 イタリアのドイツ侵攻部隊が30万に届かない規模である事を考えれば、戦力の衝突前は抵抗も可能であると考えられていた。*3

 ()()()()()、である。

 航空機などによる偵察を諦めていたC軍集団司令部は、偵察部隊をイタリアに浸透させる形で集積されていくイタリア軍(ガイウス総軍)の情報を集めており、故に、自軍を上回る数の戦車や装甲車、野砲などが用意されている事を理解していたのだ。

 C軍集団の将兵、その大半が予備兵部隊(国民擲弾兵師団)即席兵部隊(国民突撃師団)と言う事を考えれば絶望的とすら言えた。

 防御に適したアルプス山脈地帯は、既に突破されつつある事も勘案すれば、名誉を守れる抵抗(時間稼ぎ)すら不可能ではないかとC軍集団司令部は考えていた。

 だがそれでも尚、命令は命令である。

 C軍集団はドイツ(チュートン騎士団)的生真面目さをもってカエサルの末裔(イタリア軍ガイウス総軍)に立ち向かうのだった。

 

 

――ガイウス総軍

 C軍集団との闘い自体は、ガイウス総軍にとって重荷になる事は無かった。

 戦車の数も野砲の数も圧倒しているのだ。

 それらを自由自在に動かし、好き勝手に乱射できるだけの砲弾も揃えているのだ。

 その上で航空攻撃まで自由に出来るのだ。

 数の不利等と言うものが存在する余地など無かった。

 問題は戦闘では無い。

 だが、数の差が齎す問題がガイウス総軍に圧し掛かっていた。

 捕虜の問題である。

 そして地域の難民問題である。

 ドイツ側がヒトラーの命令として行っている焦土戦術、その汚泥めいた側面であった。

 働ける人間は老若男女を問わず等しく国民突撃隊に徴発し、働けない高齢者や赤子などは現地に残す事でイタリアに負担(人道的対応)を強いると言う行為だ。

 余りにも非道な行いに真っ当な軍将兵では拒否する人間が多数発生した為、ナチス党高官はヒトラーに、武装親衛隊(Waffen-SS)内部に専門の祖国防衛特別行動隊を結成させるべきだと提言し、実現させていた。*4

 人が、人の手で地上に生み出した地獄。

 そう言うべきかもしれない。

 現地に食料や燃料などを一切残さない様にするという命令を、文字通りにやってのけた国防特別行動隊。

 結果、イタリア軍の進軍速度は大きく低下する事となった。

 豊かな時代に育ってきたイタリア軍将兵は、文明国の流儀を身に着けている(豊かさは人を優しくする)からであった。

 この事は頭の痛い問題であったが、同時に、イタリア軍首脳部は歓迎していた。

 ドイツとの戦争に積極的では無かった為、人道的行動によって積極的に動けないと言うのは良い理由となるからである。

 尤も、一部の参謀は、補給物資の輸送力が足りないならもっとトラックを融通しようと日本が言い出さないか、戦々恐々としていたが。

 

 

 

 

 

 

*1

 友好国(与してくる国家)には飴を与えると言う日本の方針に基づいた、G4程ではないにせよ最先端以外の高度な日本製品の輸出許可は、イタリアの産業の強化を大きく進める事となった。

 同時に、市場として解放された日本本土の旺盛な購買欲は、イタリアが生み出すものを無尽蔵と思える勢いで飲み干していった。

 少なくとも、イタリアにとっては。

 家具や服飾、オートバイクに自動車など。

 様々なモノが日本に飛ぶように売れて行った。

 無論、それらの商品は日本企業の紐付き ―― 合弁企業の設立によって、日本の商品基準に準じたものが、日本製の部品なども採用して生み出されていると言うのも大きかった。

 そしてそれが、イタリアの工業を更に進歩させるのだ。

 良好なサイクルが出来ていると言えるだろう。

 流石に重工業を発達させるのは簡単では無かったが、日本やブリテンから自由に輸入出来る高品位鋼材などはイタリアの工業製品の質を大きく向上させる事となった。

 それらは、リビアが生み出す豊満な石油あればこそとも言えた。

 兎も角。

 今のイタリアはかつての、世界大戦時代(ワールド・ウォー 1914-1918)からの混乱や景気の低迷など存在し無かったが如き繁栄っぷりであった。

 その様は新聞などで黄金期、大イタリア(第2ローマ帝国)の文字が躍ると言う時点で判ると言うものである。

 

 

*2

 西方総軍の管理下にあるC軍集団は、1944年の冬に人的な補充(徴兵)によって規模だけは巨大化していた。

 この為、指揮統制の整理を目的として南方総軍として独立させてまとめる事も検討されていたのだが、これに西方総軍司令部が反対した。

 対フランス戦争に於ける予備兵力としての位置づけをC軍集団に行っていた為、これを取り上げられては堪らないと言う事が理由であった。

 1944年冬の時点で、ドイツも又、イタリアとの戦争に関しては楽観視していた。

 イタリアのドイツとの戦争に対する戦意、或いはやる気と言うモノを正確に見ていたのだ。

 現実が想定通りに成らなかったのは、偏にフランスのドイツへの憎悪を見誤ったからであった。

 とは言えコレは、未来にして過去(タイムスリップ前)の独国と仏国の戦争が原因である為に、ドイツが悪いと一概に言えるモノでは無かったが。

 

C軍集団

 1個戦車師団

 7個歩兵師団

 5個国民擲弾兵師団

 6個国民突撃師団

 

 

*3

 イタリアによるドイツ侵攻部隊は10個師団と7個旅団を基幹とした総軍であり、イタリアは此れにガイウス総軍(ガリア討伐軍)と命名していた。

 ムッソリーニやその周辺は兎も角、軍の中堅からのクラスの人間は、それなりにヤル気であった。

 

ガイウス総軍

 3個機械化歩兵師団

 5個自動車化歩兵師団

 2個歩兵師団

 4個機甲旅団

 3個山岳歩兵旅団

 

 大量の自動車/トラックが供与されて尚、歩兵(非自動車化)師団が含まれている理由は該当する2個の歩兵師団が実質、占領後の治安維持部隊だからであった。

 その分、憲兵部隊や法務士官が増員されていた。

 尚、山岳歩兵旅団に関して言えば、山岳地帯での戦闘を前提としている為、重装備の類は乏しいが、移動用の自動車/トラックは十分に手配されていた。

 既にドイツとの戦線はアルプス山脈を越えつつあったが、この峻厳な山脈を利用したゲリラ戦術 ―― 補給路への攻撃を行われては堪らないと言う事であった。

 故に、ガイウス総軍で攻勢任務が可能なのは8個師団と4個旅団のみである。

 但しその装甲化と自動車化率は遥かにドイツを上回っており、又、装備の質自体も隔絶していた。

 

*4

 1944年も暮れに祖国防衛特別行動隊の結成がヒトラーの決済を受けたにも拘わらず、1945年の初夏には既に複数の連隊規模部隊がドイツの南部で活動していた。

 これは人員をドイツ軍や武装親衛隊(Waffen-SS)から徴募するのではなく、軽犯罪などで服役していた人間を、減刑を対価として動員したからであった。

 正気の所在を真剣に疑う行為であったが、ナチス党高官は至って冷静であった。

 合理的でもあった。

 荒っぽい仕事をするのであれば、それに向いた人間を用いれば良い ―― そう考えていたのだから。

 悲劇の種は冗談のような手軽さでまき散らされた。

 それでも、元からのドイツ領内であれば祖国防衛特別行動隊もまだ大人しかった。

 軽犯罪で留まっていた連中なのだ。

 紳士的にふるまう()()程度は出来たとも言える。

 問題は、ドイツの本領外でである。

 イタリアの進軍に応じて、オーストリアその他まで活動を広げた後である。

 

 賊を野に放ったが如し。

 

 イタリアの法務士官は、ドイツ国家防衛特別行動隊の被害を纏めた際、そう手記に残す程であった。

 実態を言えば、文字通りであったが。

 

 

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