タイムスリップ令和ジャパン   作:◆QgkJwfXtqk

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167 第2次世界大戦-34

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 ドイツ国防軍の粛清を決断したドイツ総統ヒトラーであったが、その実行は簡単な事では無かった。

 今現在、ドイツは全力で国際連盟(ジャパンアングロ)との戦争を遂行中なのだ。

 にも拘らず、ドイツ軍と言う組織の機能を低下させると言った行為は自殺行為と同義だからである。

 故にヒトラーは大規模な粛清では無く、ドイツ軍内部でヒトラーとナチス党への反感を隠さない将官を捕らえる事で綱紀粛正を図る積りであった。

 少なくともヒトラーとしては。

 実際、ドイツ軍に於ける反ヒトラー・ナチス政権派は多勢では無かった。

 国際連盟との講和と言う惰弱な行為は許されざると心底から思っている人間も居たし、或いはヒトラーのナチズムに心酔している人間も居たからだ。

 だからこそ、国際連盟に接触したドイツ軍将校は、反ヒトラーの組織を大きくしようともしていなかった。

 クーデター(軍事力による政権奪取)と言うものは、関わる人間が増える毎に指数関数的に露呈するリスクが上昇する事を認識しての事だった。

 にも拘わらずドイツ軍中枢が行った国際連盟との交渉が露呈したのは、それだけ伝統主義めいたドイツ軍内部にあっても変革者としてのヒトラーを信奉する人間が一定数は居た結果と言えるだろう。

 ある意味で穏便に済ませようと考えていたヒトラーに対し、SSはそうでは無かった。

 教条的な所のあるドイツ人にあって、最も過激(チュートン的)な人間の集まりがSSであったのだ。

 ある種の、宗教的情熱を持っているとも言えた。

 そうであるが故にSS(親衛隊)であるとも言えるだろう。

 故に、前線での戦いが常軌を逸するレベルで敗走しているにも関わらず、その情熱が揺らぐことはなかったのだ。

 兎も角。

 己の理想を邪魔する者としてドイツ軍を認識したSSは、その排除と純化を考えた。

 無論、SS内部でもその発想の危険性 ―― 前線ドイツ軍部隊の壊乱に繋がりかねないとの危惧を持つ人間も居たが、それが大勢を得る事は無かった。

 そもそも国際連盟、否、G4(ジャパンアングロ)に対するドイツの劣勢は、G4が強大だからではなく、ドイツ軍のサボタージュが原因であると思い込んでいる人間が多かったのだ。

 伝統的な海軍国であるブリテンやアメリカを相手にした海軍が負けたのは判る話である。

 先ず、保有する戦艦の数が違い過ぎるのだから。

 空軍も、ジェット戦闘機の保有数の差で劣勢になってしまうのは仕方がない。

 ポーランド戦線は敵国であるし、西部戦線は一度、フランス領内に誘い込まれているので様々な要素が絡み合い、十分な能力を発揮できない事は想像可能だ。

 だが陸軍は違う。

 あれ程に強大な、強敵フランスは勿論ながらもブリテンやアメリカだって持っていない重戦車があり、世界有数の将兵を誇っていた。*1

 宣伝省が上映していたニュースフィルムでは、その強大さが盛んに宣伝されていた。

 にも拘らず、一方的に敗走していると言うのだ。

 簡単に認める気になれる筈も無かった。

 しかも、重装備は失っても人的被害は少なく、撤退は容易だと言う。

 ドイツ市民の、難民としての後退すらも簡単に出来ていたのだ。

 疑い出せばきりがない、そういう状況であった。

 ある意味で状況証拠が揃い過ぎていた為、ある種の人としての純粋さを持っていたSSの人間の心にスルリと入ってきたのだ。

 ドイツ軍が謀略で、ヒトラーとナチスによって作り上げられた栄えあるドイツを簒奪しようとしているのだと言う(陰謀論)が。

 

 

――ドイツ軍

 国際連盟中核メンバー国(ジャパンアングロ)代表と接触した事で、1つの希望と1つの絶望を得た。

 希望は、国際連盟はドイツの民族を地上から抹殺(ジェノサイド)しようと言う訳では無いと言う事。

 絶望は、ドイツ連邦帝国(ナチスドイツ/サード・ライヒ)の消滅後にドイツ人の民族国家を望む事は不可能と言う事であった。

 外交の場に出たドイツ人は、4ヵ国の代表が2度も大戦争を引き起こしたドイツを禁治産者として見ていた事を理解した。

 ドイツ人として果てしない恥辱であった。

 だが同時に、2度も勝てぬ戦争を始める羽目になっていたのだ。

 1度目はまだ良い。

 帝政国家であり、大衆によって選ばれた政府ではないと言う言い訳は出来るのだから。

 だが2度目、今回は選挙によってヒトラーとナチス党をドイツ人自身が選んでいるのだ。

 例え選挙自体に疑念があったとしても。

 ヒトラーとその一党に騙されたにしても。

 それでも、独立した成人(大人)として、ドイツ人が無辜であると言うのは決して主張できるモノでは無かった。

 口にする事の容易いソレを、一度でも口にしてしまえば、禁治産者(大人未満)と言う評価が確定してしまうからである。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう言われかねないのだから。

 フランスの代表などは、何度もドイツ人がそう口にする(暴発する)様に水を向けている程であった。

 だからこそ、ドイツ軍代表は必死で反論する事を耐えたのだった。

 兎も角。

 ドイツ軍高級将校たちが考えていた、ヒトラーとナチス党を排除して新生させたドイツ人国家で国際連盟と和睦を行い、ドイツの民族国家を存続させると言う目標は不可能であると言う事が判明した。

 ここから、どうやってドイツ人を救うのか。

 救うべきは命なのか、名誉はどう守られるべきなのか。

 有能であるが故の苦悩とも言えた。

 無能であれば、先ず、国際連盟と接触すること自体が不可能であるからだ。

 だが、苦悩をしている時間は極めて短かった。

 SSの国家保安本部が、ドイツ軍の著名な反ナチス派の将官の逮捕に乗り出したのだ。

 それも複数。

 前線や後方を問わぬ動きであった。

 標的とされた将官たちは国際連盟との接触に関与した人々では無かったが、国家反逆罪と言うものを前面におし立てたその様から、狙いは明白であった。

 この動きに慌てたドイツ軍高級将校たちであったが、事態は更に急変する。

 前線で苦心惨憺していた将兵が、訳の分からぬ理屈をもって部隊の指揮官を逮捕に来たSSを迎撃したのだ。

 衝撃が走った。

 場所は西部戦線。

 重装備を失い、トラックの類すらない徒歩でボロボロの歩兵や戦車兵たち。

 その指揮官は伝統的な軍人貴族(ユンカー)出身であり、悪戦苦闘しつつも可能な限り兵卒を守り、市民を守る為に手を尽くしていた。

 足りない物資 ―― 燃料や食料の確保にも尽力し、フランス軍部隊などと接触した際には指揮官先頭で応戦してみせた。

 才能と人望とを兼ね備えた将校の鑑、そういう人物であった。

 反ナチスであった事は、その出自故の事であり、又、政権奪取に関わる手法の法的曖昧さからの批判でもあった。

 ある意味で、ごく普通の、良識を持った人間であるが故の、常識的で控えめな反発の範疇であったと言える。

 兎も角。

 将校、下士官、兵卒から我らの指揮官と仰ぎ見られていた人間を、後方から来た、アイロンの効いた染み一つない制服を着たSSが捕らえようと言うのだ。

 激発するのも当然の流れであった。

 又、SSの態度も悪かった。

 ドイツ軍による政権奪取(クーデター)と言う先入観(陰謀論)に凝り固まっていたが為、最初から銃器を突き付けて下士官や兵卒を罵倒し、指揮官を連れて行こうとしたのだ。

 暴発するのも当然の結果とも言えた。

 交戦に至る事は無かったが、それでも状況は深刻の一言であった。

 そして同時に、この暴発が軍の横の連携で一気に広がった。

 燎原の火のごとくである。

 SSは国家の徒であり、ヒトラーの走狗である。

 であれば、前線で国の為に命を懸けている人間を、国は後ろから刺すのかと言う話となったのだ。

 事態が深刻化するのも当然であった。

 同時に、ドイツ軍の規律が限界を迎えつつある証拠でもあった。

 連戦連敗と言う状況は、どれ程に規律を守る癖(チュートン的性癖)を持った人間であろうとも限界を超えさせるのだ。

 

 

――西部戦線/国際連盟

 ドイツが季節外れな政治の季節に突入するのと前後する形で、フランス軍はドイツ領内侵攻を停止させた。

 戦争の被害などが原因ではない。

 損耗は軽微であり、戦闘部隊に問題など無かった。

 では、何故に停止させるかと言えば、物資の補給網を支える拠点作りと同時に、ドイツ人自身が破壊していったドイツ領内のインフラの応急修理の為であった。

 道路が荒れているのは鉄板の類でも敷けば問題は無いのだが、橋ともなれば話が違う。

 又、鉄道の再建も重視されていた。

 水運も軽視されてはいない。

 燃料の輸送に関して言えば、鉄道や船舶の輸送力がとても大きな意味を持つからである。

 これらの整備に関しては、捕虜となったドイツ軍将兵が用いられた。

 医療や食事の類だけは満足に与えられたが、被服に関してはボロボロの、階級章を奪われたドイツ軍の軍服のままであった。

 宣伝戦(イメージ戦略)であった。

 占領下のドイツ領内で、誇りを奪われた哀れなドイツ軍の将兵がボロボロの姿で強制労働をさせられる。

 フランス人の将兵は、綺麗な格好で銃を手に只、監視している。

 その様は、勝者と敗者を鮮烈に印象づけるものであり、それを一般のドイツ人が見るのだ。

 正に、ドイツの終焉を理解させる光景であった。

 尚、ドイツ人捕虜の強制労働で、監視するフランス人であったが、逃亡する人間に対して銃を発砲する事は無かった。

 銃を向ける事すら滅多になかった。

 ドイツを憎むフランス人であったが、歯向かって来さえしなければ実に鷹揚であった。

 逃げるも良いだろう。

 どうせ又、敗北して捕虜になるだけである ―― ある種の傲慢さであった。

 或いは余裕。

 その余裕すら、ドイツ人は間近で見るのだ。

 何故なら、撤退するドイツ軍によって燃料や食料迄奪われたフランス支配下のドイツ人が、それらを得る為に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 食事の提供や、洗濯やその他。

 ドイツ軍捕虜収容所の運営に、フランスはドイツの市民を組み込んだのだ。

 ドイツ軍への幻想を叩き壊すと言う目的もあったが、同時に、食料や燃料を奪われた哀れな身であるとは言え、ドイツ人に無料でそれらを配る事が嫌だったというのもあった。

 何とも性格の悪い統治であった。

 そして、そうであるが故に、ドイツ人の反抗心は折られていくのだった。

 そんな最中に発生した、ドイツ軍とSSとの衝突である。

 フランス人は闘鶏を見るかの如き態度で、それに向き合うのであった。

 そして、入念に部隊再編と侵攻準備を進めるのであった。

 

 

――ヒトラー

 SSとドイツ軍が衝突した。

 その一報を聞いたヒトラーは卒倒した。

 椅子に座り込んで、それから気付けにブランデーを持って来させ、並々と琥珀色の液体が注がれたグラスを一気に干すと、SSとドイツ軍の代表を同時に総統官邸へと呼びつけるのであった。

 だが、既に事態は物理的衝突を前提とした状況になっており、それが上手く為される事は無かった。

 先攻したのはSS側だ。

 反逆を図るドイツ軍からヒトラーを守る為、護衛と称して信用できる武装親衛隊(Waffen-SS)の1個連隊を総統官邸周囲に配置させたのだ。

 これを見てドイツ軍の代表側は粛清されるのだと判断、此方も信用の出来る部隊を首都ベルリンへと急行させた。

 併せて、己の城たる参謀本部で、急いでバリケードの構築などを行わせていた。

 脱出を選ばなかった理由は、戦力の均衡による対話の状況を作ろうとしての事であった。

 職務に忠実であり、祖国への忠誠に曇りの無いドイツ軍の代表は、強大な国際連盟(ジャパンアングロ)との戦争のさなかに、ドイツ人同士が干戈を交えるのは正気の沙汰では無いとの思いからであった。

 だが、SS側はそうでなかった。

 それが混迷を深める事に繋がる。

 ヒトラーは激怒した。

 SSにも激怒したし、ドイツ軍にも激怒した。

 だが、感情の儘に振る舞う事は状況が許さなかった。

 SSはヒトラーの統治力の源泉であるのだから。

 ドイツ軍はドイツの柱であるのだから。

 それが相食む状況は、ドイツの自滅であるのだから。

 状況を打破する為にチョコレートを貪りながら、ヒトラーは政治的に動き出す。

 そしてドイツ軍の司令部(頭脳)の機能停止と、この状況を打破する為にヒトラーが掛かりっきりになった事は、戦争に絶望的な影響を与える事となる。

 東部方面と、南部方面である。

 ドイツ軍の統制の消失は、苦心惨憺ながらも維持されていた東部戦線への補給を完全に止める事に繋がったのだ。

 ポーランド軍は、それを見逃す程に甘くは無かった。

 ヒトラーの政治的影響力の低下は、南部方面の旧独立国家群に、独立の機運を与える事となった。

 治安維持に投入されていたSSとWaffen-SSとが、活動を低下させた事もソレを助けた。

 そして、旧独立国家群の反ドイツ活動家たちは国際連盟軍に支援を訴える事とした。

 一番近いイタリア軍に。

 ムッソリーニは、一切深入りする積りの無かった東欧方面に関わって行く予感に頭を掻きむしるのであった。

 

 

 

 

 

 

*1

 1945年時点での、日本を除く主要参戦国の戦車を見た場合、ドイツの誇るⅦ号戦車は70t近い重量と随一と呼べる巨大さを誇っていた。

 フランス軍の国産最強であるARL40戦車が90mm砲を主砲とし、55tと言う重量であった。

 アメリカ軍の主力戦車であるM5戦車は105mm砲を主砲とし、49tと言う重量であった。

 ブリテン軍が主力とするのはチャレンジャーⅡ戦車は105㎜砲を主砲とし、52tと言う重量であった。

 この様に見た時に、ドイツ人がⅦ号戦車に自負を持つと言うのも判らぬ話では無いのだ。

 とは言え性能は重量や車体規模、或いは主砲口径に比例しない。

 例えばフランスのARL40戦車。

 3ヶ国の中で主砲が90mmと小口径に抑えられているARL40であるが、その理由は、この砲用に日本と共同開発した高価な90mm向け装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)が用意されているからであった。

 文字通りの重戦車殺し(シルバー・ブレット)であり、その威力はⅦ号戦車とはいえ確実に撃破出来るだけの威力を誇っていた。

 同時に、重戦車以外を相手にするのであればフランス製の90mm徹甲弾(AP)で必要十分であるのだ。

 であれば安く、数を乗せられる90mm砲を採用する事がフランスの合理性であった。

 又、最軽量と言えるアメリカのM5戦車であるが、装甲材の品質の高さと避弾経始を十二分に計算した装甲配置を採用しており、その防御力は決してⅦ号戦車に劣るものでは無かった。

 尤も、その対価としてアメリカ製の兵器としては珍しく、居住性が良好と言い難いものとなっていた。

 これは軽量化による戦略的展開力の維持が重視された結果であった。

 フランスとアメリカの戦車と比べ、ブリテンのチャレンジャーⅡ戦車は特筆するべき部分は無かった。

 Ⅶ号戦車の装甲を打ち抜く普通に強力な主砲を持ち、初歩的ながらも複合装甲を採用する事で正面であればⅦ号戦車の10.5㎝砲をも防御可能。

 大出力のエンジンを採用した事で必要十分な機動力も併せ持つ。

 正に、主力戦車であった。

 欠点はARL40戦車やM5戦車に比べれば高価だと言う事だろう。

 とは言えブリテンとて列強(ジャパンアングロ)の一角であり、世界帝国なのだ。

 必要十分な数のチャレンジャーⅡ戦車を揃えるなど容易な事であった。

 

 尚、主要参戦国(ジャパンアングロ)で最も軽量な戦車は日本の10式戦車であった。

 尤も、10式戦車を見て生還したドイツ軍将兵がほぼ居ない為、ドイツ軍以外での10式戦車の知名度は低かった。

 この点を陸上自衛隊戦車兵は素晴らしく小さな戦車(Splendid little Tank)と呼び、小さいから見つからないのだと、従軍記者などに対しては笑っていた。

 尚、同行するフランスなどの将兵は、直截的な言葉(評価)を残している。

 皆殺し戦車(見た敵は必ず死ぬ戦車)、と。

 

 

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