タイムスリップ令和ジャパン   作:◆QgkJwfXtqk

169 / 201
169 第2次世界大戦-36

+

 地獄と親戚の地(地獄を代名詞とする事)となったドイツ。

 戦争中に、その遂行に必要なドイツ軍とSS(親衛隊)とが()()()()()()()()()()状況となっているのだ、当然の状況であった。

 無論、全面衝突にまでは至っていない。

 ポーランド領内を筆頭にドイツ本土以外は破滅的であったが、ドイツ国内でヒトラーや両組織のトップの統制によって、まだ政治的衝突(暗闘)の範疇に収まっていた。

 とは言え、ドイツ軍もSSも相手の非難を声高に叫び、解決策として相手組織の自組織への吸収、乃至は統制下に置く事を強く主張していた。

 全てを軍が握るべき(先軍政治)を主張するドイツ軍。

 SSと党による完全なドイツ国家の統括を主張するSS。

 妥協点など見えなかった。

 尚、そんな中にあって武装親衛隊(Waffen-SS)は、情勢に対する局外不参加を宣言していた。

 理性からでは無い。

 感情であった。

 ドイツを侵食せんとする憎むべき敵が目の前にいるのに、遊んでいる暇はないとの事であった。

 同時に、自分たちこそがドイツを守る精鋭(エリート)であると言う気位でもあった。

 兎も角。

 ドイツ国内の状況は宜しく無かったが、それでも()()()()()()()()()()()()()()と言う有様であった。

 特に酷いのは、ポーランドであろう。

 侵略者が戦争に負けて叩き出されようと言う状況なのだ。

 悲惨な事になるのも当然と言うものだ。

 だがそれ以上に、ある意味で悲劇的状況に陥っているのはドイツの国内 ―― 日本とブリテンの軍によって掌握され、そしてオランダの管理下に入った、ドイツ西部の北側であった。

 

 

――ドイツ/オランダ管理領域

 日本にせよブリテンにせよ、国際連盟安全保障理事会の決議に基づいてドイツ打倒の為に動いてはいるが、正直な所としてドイツを支配しようと言う気は皆無であった。

 とは言え、それは地政学的な意味での島嶼(海洋)国家が大陸に土地を得てしまう事のリスクを考えたからと言う訳では無かった。

 簡単に言えば旨味が無いからである。

 面倒臭いとも言えた。

 両国は共に広大な領域を影響下に置いており、ドイツとは比較に成らぬ水準に科学なり工業なりが達しているのだ。

 ドイツは自ら技術強国と主張してはいるが日本は別格にしても、日本の影響で長足の進化を遂げていたブリテンから見ても旧世界(古い国家)でしか無いのだ。

 文化、民芸品や芸術品などは兎も角として工業製品に於いてドイツに見るべきモノはなかった。

 だからこそ、補給路の維持を対価としてオランダに管理を委託する形としたのだ。

 前年に行われたドイツによるオランダ侵攻、その損害に対する対価としてのドイツ領土の割譲は国際連盟総会に於いても承諾されていた。*1

 そしてオランダは、捕虜となったドイツ軍将兵や占領地に残っていた住人を動員し、荒廃したオランダの農地の復旧や、ドイツ支配領域のインフラ等の整備に酷使したのだ。

 オランダの農地の復旧に関しては、道具なども優先的に与え、効率的に行っていたのだが、ドイツのインフラに関しては別であった。

 道路や橋などと云った軍の補給路に関しては最優先とされたが、そうでないモノに関しては効率を無視した作業が行われていた。

 それは、ドイツ人に可能な限り苦役を与えたいと言うオランダの報復心あればこその話であった。

 ロクな道具も与える事無く地雷除去をさせ、或いは人力だけで擱座した戦車や野砲などの撤去を行わせた。

 食料も、(カロリー)は兎も角として味は致命的なモノが意図的に振る舞われていた。

 酷い時には、ブリテン軍の携帯糧食(レーション)などが用いられた。

 無論、紅茶は無い。

 せいぜいが水。

 それも十分とは言い難い量でだけであった。

 過酷過ぎる現場。

 だが、監視は緩かった。

 移動中は勿論、作業中でも手錠などが用いられる事も無かった。

 逃げたいなら逃げれば良い。

 但し、生きて逃げられると思うなかれ。

 そう言う事であった。

 又、些細な法律違反であっても、即決で裁判が行われ、その場で刑が執行された。

 無論、大概は死刑だ。

 私刑めいた軽さ(スナック感覚)で行われる死刑は、正に地獄の光景であった。

 それだけの事をドイツ人はオランダでしてしまっていた。

 又、オランダ人による横暴な態度は、一般の住人にも向けられていた。

 暴行、略奪、婦女暴行。

 それらの痛ましい事件に対して地元の警察のみならず、()()()()()()()()も捜査を行ってはいたが、犯人が捕まる事は稀であった。

 抵抗できる気骨ある人間は、いつの間にか行方不明になっていた。

 逃げる事の出来る人間も、いつの間にか行方不明になっていた。

 残っているのは抵抗も、逃げる事も出来ない弱い人々だけであった。 

 結果、困り果てた地元住人は日本やブリテンに泣きついた。

 だがブリテンは容赦なく見捨てるのであった。

 ヨーロッパ亜大陸が不安定化するのであれば、それはブリテンの利益だからだ。

 正に、血も涙もない決断(ブリカス仕草)であった。

 だが日本は違う。

 ドイツに対する関心、なによりも好意と言うものは皆無であったが、1つだけ問題があったのだ。

 日本に在住する独国系日本人である。

 

 

――日本

 独国系日本人はそう大きな人数では無かった。

 我らは独国系日本人であると言う意識は高くとも、正直な話として影響力は乏しかった。

 日本の外様3大()族とも称される米系、英系、露系*2に劣るのは当然としても、それ以外の人々(タイムスリップの被害者仲間)と比べても、目立ってはいなかった。

 その独国系日本人が、余りのドイツの惨状に動いたのだ。

 大規模な政治勢力となれる程の集団では無いのだが、彼ら彼女らは日本政府に対して人道的配慮を嘆願した(泣きついた)のだ。

 ドイツの行いは悪である。

 ナチスは極悪非道である。

 だが、一般のドイツ人が無辜であると言うのが、その主張であった。

 日本政府は一蹴した。

 日本社会も、ヒトラー・ナチス政権は民主主義の手法に則って誕生したのであり、である以上はドイツ人有権者が無辜(無関係)であるとの主張は成り立たない。

 そういう世論が大勢を占めていた。

 ヒトラーとナチス党による政権掌握は、厳密に言えば民主主義的な手法によってのみ行われたとは言い辛い部分もあったが、それらの理性的な声が日本の世論の耳に届く事は無かった。

 日本の世論は、既に感情(ヒステリー)の段階に達していたからだ。

 安寧と繁栄を邪魔するドイツ。

 そもそもナチスとは、歴史的に見ても人類で稀に見る邪悪だとタイムスリップ前の独国人すら言っていたではないか、と。

 ドイツ人が戦争を始めなければ良かった。

 でなければ日本は臨時予算で100兆円からの出費をする必要も無かった。

 因果応報である。

 正に感情であった。

 マスコミによる悪趣味な扇動番組(ワイドショー)ですら、そういう雰囲気で放送されていた。

 その状況を変えたのは、1つの事件であった。

 場所は前線からはるか後方、オランダ管理下に編入されたあるドイツの都市での事だった。

 真昼間から(勤務時間中に)酒を飲んで酔っぱらっていたオランダ人憲兵が、通りがかったドイツ人女子(ティーンエージャー)に絡んで、路地裏に連れ込んで婦女暴行に及ぼうとした事があったのだ。

 そこに、偶々休暇として後方に下がって来ていた自衛官の集団(日本軍部隊)が出くわしたのだ。

 それも、部隊に張り付いて取材する従軍報道官(マスコミ)が居た時に。

 最初は窘める程度で対応した自衛官であったが、酔っぱらっていたオランダ人憲兵が邪魔された事に激昂して不適切言語(エスニックでレイシズム)な言葉を乱発して挑発。

 それに、前線帰りと言う事で血の気が多かった自衛官がガチギレして乱闘騒ぎとなったのだ。

 ドイツ人の女の子が可愛らしかったので、その前で良い恰好をしようとしたというのも大きいかもしれない。

 最初に殴り掛かったのが伊国系日本人自衛官だったと言う辺り、その気配は濃厚であった。

 兎も角。

 最終的にはオランダの憲兵部隊と日本軍(陸上自衛隊)中隊がもみ合う大騒動となるのであった。

 オランダの現地部隊と日本の現地部隊の指揮官たちは困った事になったと頭を抱え、両国の政府は面倒な外交事案になると現地部隊を呪った。

 とは言えオランダからすれば日本の機嫌は損ねたくないし、そもそも、内容的に問題を抱えているのはオランダ側だ。

 穏当な解決(事件自体のもみ消し)を狙った。

 対する日本も、戦争中に友好国とのトラブルは勘弁して欲しいし、そもそもオランダは日本にとって補給路を担っているのだ。

 オランダ側と同様に、日本も相手の機嫌を損ねたくないというのが本音であった。

 幸い、場所は日本からすれば世界の向こう側の事である為、物事が大きくなる事を止めるのは簡単 ―― そう思っていたのだ。

 後に、被害に遭いそうになった女の子の髪色とオランダに因んで、赤花事件(レッドチューリップ)と呼ばれる事となる一部始終をマスコミが報道しなければ。

 今度は日本政府の一部が、自衛隊による造反(クーデター)だ! 等と吹き上がったが、日本連邦軍遣欧総軍の報道管制部門からすれば、軍事機密に関わらぬ部分である為に検閲する理由も権限も無いと言うのが本音であった。*3

 かくして、日本の国内には可憐なドイツ人少女を守る自衛官と悪漢であるオランダ人憲兵と言う、余りにも分かりやすいニュースが、大量の写真と動画を伴って流通する事となったのだ。

 そして独国系日本人の組織は、その流れに全力で乗って行くのだった。

 

 かくして、日本の欧州に対する方針が大きく変わる事となる。

 

 

 

 

 

 

*1

 オランダに対するドイツの領土拡張に関しては、ソ連が国際連盟の総会の場において、民族自決と言う国際連盟の精神的基点となるベルサイユ条約の精神に反する事に成るのではないかと控えめに主張していた。

 民族自決と無併合の原則は死守されるべきとの主張である。

 ソ連からすれば当然であった。

 強大な日本(日本連邦)との戦争を警戒しているソ連としては、戦勝による利益と言うものが否定される状況が有難いからである。

 だが、この点に関してはフランスが強く反発した。

 民族自決と言うモノは、生活に直結した地方自治の権限に類されるものであると認識しているのだと。

 世界には様々な民族が存在している。

 どの国にも少数民族と言うものは存在する。

 にも拘わらず理念優先で、民族自決と自決の為の独立が正しいとした場合、世界は秩序を失うだろう。

 そういう主張であった。

 実際問題として、ソ連も又、その領内には少なからぬ少数民族が存在している。

 ユダヤ人やロマ人(ジプシー)も居るのだ。

 ソ連は正式にはソヴィエト社会主義共和国連邦であり、その連邦の中にはウクライナを筆頭に様々な民族が共和国と云う形で参加している。

 それと同じであると、フランスの代表は堂々と反論した。

 実に理論的意見(上等な屁理屈)であった。

 故に、フランスの反論にソ連は主張を下げる事となる。

 G4(ジャパンアングロ)を牽制する為にドイツを維持しようとして、ソ連が民族自決の建前で分割されてはたまらない。

 そう言う話であった。

 ドイツの運命は、この総会の場で決したとも言えたのだった。

 

*2

 日本とアメリカとの仲立ちを行い、強大な軍事力をある程度維持している独立国家(グアム共和国)を持った、別格の米国系日本人の様には成れず。

 過去の同胞(オホーツク共和国とシベリア共和国)との一体化を図り、存在感を示している露系日本人のようには成れず。

 或いは、国家は無くとも政治集団として高い影響力を持った英国系日本人にも成れなかった。

 尚、数の上では中国系日本人と韓国系日本人も多いのだが、()()()()()()()から日本連邦の社会に於いて存在感を出そうとは一切する事は無かった。

 特に中国系日本人は、純粋な日本人化を生存の為に推進していた。

 韓国系日本人も同じであった。

 過激な人間がタイムスリップ後の朝鮮(コリア)共和国の建国に纏わるアレコレで消滅した事も相まって、日本に帰化し、そして集団としては消えつつあった。

 

 

*3

 勿論、人間的な意味で、現地の遣欧総軍関係者(自衛官たちが)オランダ人によるドイツ人に対する行動に対する反感を覚えていたという事は否定されない。

 その意味において、合法的に状況を変えられる機会(チャンス)を見逃さなかったと評するのが妥当であるかもしれない。

 尚、この件に関して遣欧総軍司令部の法務部門の長は、問題になれば自分が腹を切るからと言って全力で見逃せ(見て見ぬフリをしろ)と命令していた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。