タイムスリップ令和ジャパン   作:◆QgkJwfXtqk

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171 第2次世界大戦-38

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 オランダ人憲兵の婦女暴行未遂と言う事件は、ドイツ戦争に参戦した全ての国際連盟加盟国に波及していた。

 その原因は、言うまでも無く日本であった。

 日本人にとってドイツ戦争は他人事であった。

 地球の向こう側(世界の片隅)の戦争であり、又、かつてと違い欧州が追い付き追い越す相手(切磋琢磨するライヴァル)では無いと言うのが大きかった。

 自国(日本連邦)を絶対と思う保守界隈から見れば、安定した国家繁栄の協力者たる3国(アングロ・フランク)以外はどうでも良い相手であったから。

 図らずとも()()()に位置する事となったリベラル界隈から見れば、かつての最先端も今はまだ帝国主義に溺れる発展途上国であり、その趨勢を追う事は無かった。

 マスコミは、戦争による物流の混乱や消費の拡大と言う部分を削除し、只、物価高騰(低率のインフレ)と物資不足だけを口にしているのだ。*1

 ある意味で当然の話であった。

 無論、欧州の戦場に送られた将兵の家族などは話は別であったが、日本連邦の総人口から見れば少数派であり、大きなムーブメントとは成らなかった。

 大多数の日本人にとってはTV画面の向こう側の戦争であり、政府が行う兆単位の出資も増税に繋がる事は無く、出征した自衛隊にせよ日本連邦統合軍にせよ大きな人的被害が発生していないのだ。

 それで、ドイツ戦争を我が事の様に理解しろと言うのは中々に無茶な話とも言えた。

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 戦争で悲惨な事が起こるのは仕方がない。

 家が焼かれたのは辛い。

 民間人まで巻き込まれるのは過酷だ。

 でも、戦争だ。

 戦争だから仕方がない。

 だが、占領下での婦女暴行は話が別だ。

 取り敢えずはそういう事であった。

 

 

――日本政府

 オランダ人憲兵がドイツの支配領域で起こした問題は、日本政府にとっては法治を真面目にやれと言う話でしかなかった。

 オランダ人の反日感情に関して言えば、他人の国の内面なんて知らないし、どうでも良い。

 日本政府も日本も心底から興味を持っていなかった。

 オランダ領東インドでの日本の経済活動(日本への物資輸出)を邪魔しなければ、現地住人(オランダ人)の感情などどうでも良かった。

 治安さえ維持していれば、ODAなどでの相応の協力も惜しまない。

 邪魔をするのであれば道義的解決を()()する。

 それだけの話であった。

 実際問題として、法的根拠のない要求を行うなどしたオランダ領東インドの高官など複数が、過去には日本側の遺憾の意を受けて罷免されていたのだ。

 適切な取引(ビジネス)さえ出来れば問題は無いと言う態度。

 内心の自由に関与したり(反日感情の抑制や)、現地政府を直接コントロールするなどの面倒事は嫌だ。

 金にならないのに、金ばかり掛かる。

 手間もかかる。

 そんな面倒事はごめん被る。

 日本は日本人が幸せであれば良い。

 何とも日本式覇権国家の態度(金満国家の流儀)とも言えた。

 だからこそ日本国内で、オランダの中にある反日感情に対する反発(日本が舐められているのではないかとの疑念)が上がった際、日本政府は困る事となる。

 表に出されない日本とオランダの折衝の場では、オランダ代表は平身低頭の態であり、実際、法的に適切な処罰を当該のオランダ人憲兵に与え、その上司に関しても教育責任を取る形での引責が約束されているのだ。

 この上で何を要求しろと言うのか、と言うのが政府の正直な困惑であった。

 だが国民世論を無視する事は出来ない。

 特に、この流れに乗った野党が、政府批判に利用する様になったのだ。

 又、社会的意味で死亡寸前であった女性権利運動家(フェミニスト)も、これぞ活躍の場とばかりに街頭に出てシュプレヒコールを上げていた。*2

 この様な状況で、対処しないと言う選択肢は無かった。

 とは言え法に基づかない、感情的充足の為の対応を日本は選べない。

 この為、迂遠な方向であったが、TV番組での野党などとの討論会に与党の重鎮や弁舌の得意な人間を出して議論を行わせ、同時に、マスコミとも折衝を行って国内世論の慰撫を図った。

 同時に、抜本的な問題解決こそが重要であると持ち出し、ドイツ戦争に於ける戦場以外での民間人被害の把握と、その抑制を国際連盟安全保障理事会に議題として出す事とした。

 

 

――ソ連

 国際連盟安全保障理事会の場で提示された日本の主張。

 悪逆非道を働いたドイツの国民であっても、国際連盟は法治国家の集団として、法の擁護者として動くべきである ―― 法的な保護はドイツ人に対しても与えられるべきであるとの主張は概ね、国際連盟加盟国の賛意を集める事には成功した。

 もとよりハーグ陸戦条約を筆頭とした戦時国際条約自体は存在し、国際連盟加盟国も締結していたのだ。

 その遵守を要求されて、否定する国家は居ないとも言えた。

 問題は、日本が実効的な遵守の為の国際連盟安全保障理事会隷下に常設の監視小委員会設置を提案したと言う事だろう。

 少しばかり、現場部隊のお行儀の良さに自信の無い国家は、少しばかり背筋を伸ばす事となった。

 又、オランダやポーランドと言った自国内でドイツ軍との戦闘を経験した国家は、内心で面白く無いモノを感じた。

 だが困り果てたのはソ連であった。

 前線部隊が東欧 ―― 基幹補給路として重視されたルーマニア以外の地で、何時もの行動(蛮族仕草)をやってしまっていたからである。

 相手はドイツ軍およびドイツ人のみならず、現地住民をも武器で脅し、乱暴狼藉に及んでいたのだ。

 国力の低迷しているソ連は列強諸国、特にG4(ジャパンアングロ)と比べて将兵の待遇を良くする事が難しいが為、それらの行為(将兵の私的利益の確保)をある程度黙認する事で戦意を保っている面があったのだ。

 簡単に禁止すればよいと言う訳では無かった。

 そもそも、既にやってしまった分があるのだ。

 隠そうとしても隠しきれるものでは無かった。

 少なくとも、ソ連軍上層部は()()()()()()()を図る程に判断力を喪失しては居なかった。

 取り敢えず、収奪をせずとも良い様に食料燃料を自前で補給しようとする事とした。

 結果、ソ連軍はその攻勢が鈍化する事となる。

 

 

――オランダ

 オランダ内にあるドイツ人への感情(復讐心)を理解した日本は、日本とブリテンの部隊が掌握したドイツ領の治安維持任務のオランダへの委託を取りやめる事を国際連盟安全保障理事会に提案した。

 これは、オランダ人のプライドを大きく傷付ける事に繋がった。

 治安維持任務を受けていた場所は新しいオランダの領土、と言う認識で居たのだから、ある意味で仕方のない話であった。

 オランダ政府は、その決定を無批判で受け入れたが、オランダの野党は声高に批判する事となる。

 ()()()()()()()()()

 ブレーメンやハンブルクと言った都市を含む、北ドイツ平野の大半は戦争の賠償としてオランダに割譲されるべきであると言う主張である。

 剛毅、或いは豪快極まりない主張と言えた。

 当然ながらもオランダ人の大半は、その主張に迎合した訳では無かった。

 特に、オランダ領東インドで日本と直接接触した経験を持った若い世代ほど、G4体制(パクス・ジャパンアングロ)に逆らう事の愚を理解していた。

 又、戦前の、ドイツとの良好な関係で利益を得たりもしていた高齢者層も、極端なドイツへの復讐心は抱いていなかったからだ。

 だが、どんな国家にも、どんな集団にも跳ねっかえりと言う奴は存在する。

 過激な愚か者はオランダ国内の火種となり、そしてオランダと日本との関係にも影を落とす事となる。

 

 

 

 

 

 

*1

 MLシリーズで最も欧州の戦場に供給されているのは自動車類や保存食類であり、この供給の為に民需が大きく喰われていたのだ。

 武器弾薬が中心で無い理由は、前線にあるブリテンやフランスが武器弾薬の類であれば自前で必要量を十分に生産出来ると言う事が大きかった。

 軍服などの衣料品もそうであるし、医療関連もそうである。

 自前で用意出来るものは自前で行う。

 それは、戦争と言う最悪の大消費状況に於いても、国内の経済を少しでも回しておこうと言う蟷螂の斧めいた努力とも言えた。

 尚、保存食の類に関して言えば、100年の差は余りにも圧倒的であり、加温だけでそれなりの飯が喰えると言う戦闘糧食Ⅳ型 ―― 日本連邦統合軍健軍後に日系日本人以外の諸民族日本人の趣味や嗜好にも対応できる様に開発されたソレは、アメリカ軍めいてベジタリアンやハラールにも対応した逸品となっていた。

 米食のみならずパン食へも対応し、甘味や粉末珈琲まで用意されている。

 食事をするのに中々に余裕の少ない前線部隊でも、食事を(補給)ではなく楽しみに出来ると言う意味では素晴らしい存在であった。

 特に、後方段列の弱い国家の軍にとっては、トラックなどに並ぶ戦略的物資として補給を要求するモノとなっていった。

 戦後、ある国の将校はマスコミに応えて言った。

「我々はトラックに乗り、カレー(代表的日本食扱い)を喰ってドイツを踏みつぶした」

 

 この戦闘糧食Ⅳ型が世界的にばら撒かれた結果、日本食と言うものが世界に知られる事となった。

 特に、適当な量の水に適当な材料を入れ、最後にカレー粉(ルーの元)を入れれば出来上がるカレーは、戦争で物資不足になった場所では貧困救難食として扱われる程であった。

 それらの地域の農産物の特徴を受けたご当地カレーが、ドイツ戦争後に大量に生まれる程であった。

 ソーセージの入ったジャーマンカレーや、ジャガイモしか野菜の入って居ないポーランドカレーなどだ。

 尚、()()

 観光客向けにイワシを使ったスターゲイジーカレーと言うモノをご当地カレーとして開発しようとして、ご意見係として呼ばれた日本の大使館関係者(料理担当官)に本気で止められ、最終的にはビクトリーカレーと称してカツカレーを提供する様に成ったと言う一幕があったりもした。

 

 

*2

 尚、この女性であった人達によるシュプレヒコールは街頭を歩く人間は勿論ながらも、マスコミからも礼儀正しく無視されていた。

 1930年代からの日本は、開拓地(フロンティア)としてのシベリアを得た事からの経済的拡張期を迎えていた為、現実的な女性差別問題を相手としない遊びを相手にする時間は無かったのだ。

 重機やトラックドライバー、鉱山労働や大規模農業。

 天然資源の豊富で広大なシベリアの大地は、男だの女だのとの細かい事を相手にせず、その欲望や希望ごと人を飲み込んで行ったのだから。

 そして、シベリアのみならず日本連邦加盟国で使用する機械その他の為に、日本国内の工場も大規模に稼働する様になっていたのだ。

 又、労働現場では重労働を軽減する為の道具(パワーアシスト)が普及した事によって、男女での極端な能力の格差が見えなくなったと言う事も大きな意味があった。

 現場での、男女の不均衡が少なくなっていたと言う事が、古典的な女性権利主義(フェミニスト)の声を無効化していたのだ。

 尚、それ以外にも意識の高い欧州系日本人などが中心となった人々が、先進国家である日本が世界を善導するべきとの主張しても居たが、それらの思想(ビッグブラザー=ジャパン)は機会主義ではあっても現世利益を重視する現実主義的な大多数の日本人 ―― 非日系日本人ですらも現実的ではない(カルト的である)と忌避し、大きな集団になる事は無かった。

 

 

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