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オランダ人憲兵の婦女暴行未遂と言う事件は、ドイツ戦争に参戦した全ての国際連盟加盟国に波及していた。
その原因は、言うまでも無く日本であった。
日本人にとってドイツ戦争は他人事であった。
図らずとも
マスコミは、戦争による物流の混乱や消費の拡大と言う部分を削除し、只、
ある意味で当然の話であった。
無論、欧州の戦場に送られた将兵の家族などは話は別であったが、日本連邦の総人口から見れば少数派であり、大きなムーブメントとは成らなかった。
大多数の日本人にとってはTV画面の向こう側の戦争であり、政府が行う兆単位の出資も増税に繋がる事は無く、出征した自衛隊にせよ日本連邦統合軍にせよ大きな人的被害が発生していないのだ。
それで、ドイツ戦争を我が事の様に理解しろと言うのは中々に無茶な話とも言えた。
戦争で悲惨な事が起こるのは仕方がない。
家が焼かれたのは辛い。
民間人まで巻き込まれるのは過酷だ。
でも、戦争だ。
戦争だから仕方がない。
だが、占領下での婦女暴行は話が別だ。
取り敢えずはそういう事であった。
――日本政府
オランダ人憲兵がドイツの支配領域で起こした問題は、日本政府にとっては法治を真面目にやれと言う話でしかなかった。
オランダ人の反日感情に関して言えば、他人の国の内面なんて知らないし、どうでも良い。
日本政府も日本も心底から興味を持っていなかった。
オランダ領東インドでの
治安さえ維持していれば、ODAなどでの相応の協力も惜しまない。
邪魔をするのであれば道義的解決を
それだけの話であった。
実際問題として、法的根拠のない要求を行うなどしたオランダ領東インドの高官など複数が、過去には日本側の遺憾の意を受けて罷免されていたのだ。
適切な
金にならないのに、金ばかり掛かる。
手間もかかる。
そんな面倒事はごめん被る。
日本は日本人が幸せであれば良い。
何とも
だからこそ日本国内で、オランダの中にある
表に出されない日本とオランダの折衝の場では、オランダ代表は平身低頭の態であり、実際、法的に適切な処罰を当該のオランダ人憲兵に与え、その上司に関しても教育責任を取る形での引責が約束されているのだ。
この上で何を要求しろと言うのか、と言うのが政府の正直な困惑であった。
だが国民世論を無視する事は出来ない。
特に、この流れに乗った野党が、政府批判に利用する様になったのだ。
又、社会的意味で死亡寸前であった
この様な状況で、対処しないと言う選択肢は無かった。
とは言え法に基づかない、感情的充足の為の対応を日本は選べない。
この為、迂遠な方向であったが、TV番組での野党などとの討論会に与党の重鎮や弁舌の得意な人間を出して議論を行わせ、同時に、マスコミとも折衝を行って国内世論の慰撫を図った。
同時に、抜本的な問題解決こそが重要であると持ち出し、ドイツ戦争に於ける戦場以外での民間人被害の把握と、その抑制を国際連盟安全保障理事会に議題として出す事とした。
――ソ連
国際連盟安全保障理事会の場で提示された日本の主張。
悪逆非道を働いたドイツの国民であっても、国際連盟は法治国家の集団として、法の擁護者として動くべきである ―― 法的な保護はドイツ人に対しても与えられるべきであるとの主張は概ね、国際連盟加盟国の賛意を集める事には成功した。
もとよりハーグ陸戦条約を筆頭とした戦時国際条約自体は存在し、国際連盟加盟国も締結していたのだ。
その遵守を要求されて、否定する国家は居ないとも言えた。
問題は、日本が実効的な遵守の為の国際連盟安全保障理事会隷下に常設の監視小委員会設置を提案したと言う事だろう。
少しばかり、現場部隊のお行儀の良さに自信の無い国家は、少しばかり背筋を伸ばす事となった。
又、オランダやポーランドと言った自国内でドイツ軍との戦闘を経験した国家は、内心で面白く無いモノを感じた。
だが困り果てたのはソ連であった。
前線部隊が東欧 ―― 基幹補給路として重視されたルーマニア以外の地で、
相手はドイツ軍およびドイツ人のみならず、現地住民をも武器で脅し、乱暴狼藉に及んでいたのだ。
国力の低迷しているソ連は列強諸国、特に
簡単に禁止すればよいと言う訳では無かった。
そもそも、既にやってしまった分があるのだ。
隠そうとしても隠しきれるものでは無かった。
少なくとも、ソ連軍上層部は
取り敢えず、収奪をせずとも良い様に食料燃料を自前で補給しようとする事とした。
結果、ソ連軍はその攻勢が鈍化する事となる。
――オランダ
オランダ内にあるドイツ人への
これは、オランダ人のプライドを大きく傷付ける事に繋がった。
治安維持任務を受けていた場所は新しいオランダの領土、と言う認識で居たのだから、ある意味で仕方のない話であった。
オランダ政府は、その決定を無批判で受け入れたが、オランダの野党は声高に批判する事となる。
ブレーメンやハンブルクと言った都市を含む、北ドイツ平野の大半は戦争の賠償としてオランダに割譲されるべきであると言う主張である。
剛毅、或いは豪快極まりない主張と言えた。
当然ながらもオランダ人の大半は、その主張に迎合した訳では無かった。
特に、オランダ領東インドで日本と直接接触した経験を持った若い世代ほど、
又、戦前の、ドイツとの良好な関係で利益を得たりもしていた高齢者層も、極端なドイツへの復讐心は抱いていなかったからだ。
だが、どんな国家にも、どんな集団にも跳ねっかえりと言う奴は存在する。
過激な愚か者はオランダ国内の火種となり、そしてオランダと日本との関係にも影を落とす事となる。
MLシリーズで最も欧州の戦場に供給されているのは自動車類や保存食類であり、この供給の為に民需が大きく喰われていたのだ。
武器弾薬が中心で無い理由は、前線にあるブリテンやフランスが武器弾薬の類であれば自前で必要量を十分に生産出来ると言う事が大きかった。
軍服などの衣料品もそうであるし、医療関連もそうである。
自前で用意出来るものは自前で行う。
それは、戦争と言う最悪の大消費状況に於いても、国内の経済を少しでも回しておこうと言う蟷螂の斧めいた努力とも言えた。
尚、保存食の類に関して言えば、100年の差は余りにも圧倒的であり、加温だけでそれなりの飯が喰えると言う戦闘糧食Ⅳ型 ―― 日本連邦統合軍健軍後に日系日本人以外の諸民族日本人の趣味や嗜好にも対応できる様に開発されたソレは、アメリカ軍めいてベジタリアンやハラールにも対応した逸品となっていた。
米食のみならずパン食へも対応し、甘味や粉末珈琲まで用意されている。
食事をするのに中々に余裕の少ない前線部隊でも、食事を
特に、後方段列の弱い国家の軍にとっては、トラックなどに並ぶ戦略的物資として補給を要求するモノとなっていった。
戦後、ある国の将校はマスコミに応えて言った。
「我々はトラックに乗り、
この戦闘糧食Ⅳ型が世界的にばら撒かれた結果、日本食と言うものが世界に知られる事となった。
特に、適当な量の水に適当な材料を入れ、最後に
それらの地域の農産物の特徴を受けたご当地カレーが、ドイツ戦争後に大量に生まれる程であった。
ソーセージの入ったジャーマンカレーや、ジャガイモしか野菜の入って居ないポーランドカレーなどだ。
尚、
観光客向けにイワシを使ったスターゲイジーカレーと言うモノをご当地カレーとして開発しようとして、ご意見係として呼ばれた日本の大使館
尚、この女性であった人達によるシュプレヒコールは街頭を歩く人間は勿論ながらも、マスコミからも礼儀正しく無視されていた。
1930年代からの日本は、
重機やトラックドライバー、鉱山労働や大規模農業。
天然資源の豊富で広大なシベリアの大地は、男だの女だのとの細かい事を相手にせず、その欲望や希望ごと人を飲み込んで行ったのだから。
そして、シベリアのみならず日本連邦加盟国で使用する機械その他の為に、日本国内の工場も大規模に稼働する様になっていたのだ。
又、労働現場では重労働を軽減する為の
現場での、男女の不均衡が少なくなっていたと言う事が、古典的な
尚、それ以外にも意識の高い欧州系日本人などが中心となった人々が、先進国家である日本が世界を善導するべきとの主張しても居たが、それらの