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それまで明文化されていなかった習慣、或いは国際協調に関する法整理が進められる事となる。
1つには、
被害の発生した地域は
有り体に言って、戦火の及んだ全ての地域と言えた。
大多数の国家、特に戦火の及ばない地域にある国家の政府にとっては
だが、そうは成らなかった。
何故ならば、それらの事件での詳細な写真が撮影されていたからである。
日本が従軍申請をした記者たちに対し、申請を行いさえすれば誰にでも小型で頑丈なカメラを
当然、デジタルカメラである。*1
記者たちは、そんな綽名をカメラに付けて持ち歩いていた。
日本からすればごく普通の、それこそスマートフォンで使うような程度の性能しかないデジタルカメラであったが、1940年代の一般的なフィルムカメラとは比較にならない精緻な写真を提供する事となり
大問題になったのも当然の話であった。
とは言え戦争中の場合、
特に軍事機密に繋がる訳ではないのだから。
故に戦後となった今、対応が要求される事となった。
主体となったのは当然ながらも国際連盟である。
多国間の安全保障に関する枠組み作りと同時に戦時犯罪への対策を行う事となった。
とは言え、
戦争と言う怪物によって悲嘆を味わう人間を減らしたいと言う意思、或いは世論自体に反対する事は無かった。
だが同時に、法治と言う意味で先進国の基準に達していない国々で行われる裁判と言うモノをどうしても好意的に捉えきれなかったのだ。
又、それは同時に先進国間でも同じ事が言えた。
法律と言うモノは、それぞれの国家や民族の歴史が作り上げたモノであり、そうであるがゆえに別の国、別の民族からすれば奇異に見える内容となる事がある。
それが罰則に及べば、感情的にも同意し辛いと言うモノであった。
人間、罪を犯した者に罰を与える事には同意できても、それが同意し辛い罰であれば納得し辛いと言うモノであった。
その点を
であれば、犯罪者を国籍国の法によって罰するとすれば、それも難しい。
被害者の国の側からすれば、犯罪者を罪を犯した国では無くその国籍国で行うと言うのは信用し辛い、或いは被害者や被害者家族 ―― 犯罪被害者の
この法の非共通性に起因する問題は、先進国の間ですら存在していた事が問題を複雑化させていた。
とは言え、難しいからと座視できる程に各国の世論は
国際連盟は
国際連盟加盟国の多くで、その様な
民主主義を標榜する国家に於いて、その様な気分を無視出来る筈も無かった。
国際連盟安全保障理事会の場で、各国代表団や国際法の専門家などの集まった小委員会が開かれ、対処が検討されていく。
各国代表団の多くは
にも拘らず、積極的と言って良い勢いで戦争時における国際法問題を取り扱う小委員会が開催されているのは、単純に、どの
特に先進国は
著しくやる気のない各国代表と同様に、国際法の専門家も正直な話として熱意は抱けなかった。
法秩序、或いは
絶対的な、普遍的な、正しいと言う事はない。
だからこそ法に基づいての裁定を出すしかないと言う認識である。
熱意のある、そして理想主義に酔っている専門家は召集の段階で慎重に排除されていたのだ。
かくして、誰もが積極的では無いが手を抜けぬ事として軍、軍人の身分で海外に出た際に行った諸犯罪に対する法秩序体制の構築が進められる事となる。
尚、この事態の1つの発端となったオランダ代表は、針の筵めいた身の境遇を嘆きながら参加していた。
さもありなん。
犯罪の当事者と、責任者には処罰を与え、被害者への公式な謝罪も実行した。
その様な真摯な態度を示した事によって、国際世論はオランダへの反発は余り生まれなかった。
だが、政府関係者は別だった。
この面倒くさい事態の発端であるのだから白い目で見るのは当然であった。
無論、国際的に何かの
だからこそ当分の間、白い目で見られる事になるとはオランダの政府関係者も受け入れているのだった。
――フランス
軍組織の国外展開に伴う非人道的な犯罪行為への対応。
併せて、フランスは強い調子で武器の輸出入に関する制限を主張していた。
主目的としては、フランス
かつて大々的に着火して回ったドイツは既に存在しない。
だが火はまだ燃え続けているのだ。
その対策の一環として、フランスは武器の流通を阻止しようと考えていた。
アフリカのみならずアジア、特に沈静化に成功したとは言え、大規模な武力蜂起の発生したフランス海外県
特に警戒していたのはチャイナ、蒋介石率いるチャイナ民国の動向だ。
アメリカとの戦争が終結し、軍の規模も縮小したチャイナ民国の余剰となった兵器の存在である。
一応、南チャイナとは一定の緊張感を持ってはいたのだが、南チャイナも国際連盟への加盟をしようとしている現状で、戦争は現実的でなかった。*2
だからこそ、余剰となった武器が流出しているのだ。
政府が戦争に対して真剣でないが為、
チャイナ ―― 旧ドイツ系の装備が少なからずフランス海外県
だからこそ武器の管理、そして取引に関する条約の必要性をフランスは訴えているのだった。
アフリカに本腰を入れなければならない現状で、アジアに構っている暇はない。
そう言う話であった。
――国際連盟安全保障理事会
フランスの、自国の都合最優先の提案であったが、武器の売買や管理の強化と言う主張は、概ね好評をもって受け入れられる事となる。
そして日本。
日本も世界が安定していた方がコストを抑えて商売ができるというのは利益であった。
それは、
問題は武器の売買や管理の範疇であった。
民間の売買はどこまで認められるのか、と言う点でかなり紛糾する事となった。
又、武器の管理に関して言えば、それは1級の軍事情報であり、ソ連の様な
総論賛成各論反対となるのも仕方のない話であった。
又、貴重な非
この為、ソ連はせめて空母に関するアルゼンチンとの商売が終了するまではと抵抗する積りであった。
かくして、踊る会議が始まる。
デジタルカメラを提供した理由は、基本的に安く作れると言う事と同時に、情報管理が容易と言うモノがあった。
現像 ―― 写真とする為には日本の管理する記者センターに来て印刷する必要があり、その際にデータを秘密裏に収集する事が出来るからであった。
尚、当然ながらも要請次第では各国軍に貸し出しが行われた。
一般的なデジタルカメラも、偵察任務も可能な望遠レンズ付きのモノも貸し出されていた。
尚、この日本による情報管理は薄々とながらも
国際連盟は連盟加盟国間で戦争が勃発した場合、侵略した側 ―― 国境線を最初に超えた側を先ず叩くべきであると言う議論が為されているのだ。
大きな戦争になる前に、一切合切を決着させるべきだとの考えである。
国際連盟安全保障理事会の議決によって、国際連盟加盟国は平和の回復の為に軍事力を振るうと言う方針である。
そして、チャイナ民国の周囲には国際連盟
北にはアメリカ軍の駐屯するチャイナ人民共和国がある。
南には香港と言うブリテン軍の駐屯する場所がある。
少し離れていればフランスも居る。
何より、海を隔てたとは言え隣には
間違っても火遊びをしたい状況では無かった。
チャイナ民国にせよ、南チャイナにせよ。