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ドイツ戦争の終結に伴い、様々なモノが変化を始めた。
かつての世界経済に於けるドイツの地位、或いは影響力と言うものは小さくはないが大きくもないと言うモノであったが、それでも
その影響が全くでないと言う事は無かった。
特に、非
ドイツはG4に与したくない国家にとって、ある意味で1つの
列強クラスの国家としては他にソ連も存在してはいる。
だが、国際連盟の総会などで
だが、そのドイツの敗戦と消滅によって情勢が変わる。
特に南米諸国にとって、ドイツと言う貿易相手国が消えると言う事は決して小さい話ではなかった。
常にアメリカの政治的圧力を感じている
アメリカと関係悪化した場合、保守部品の売却などで邪魔をされるリスクを考えての事である。
尚、G4筆頭である日本はその点で割と
1930年代に入って以降、日本は請われれば出来る範疇で兵器の国外売却を行う様になっていた。
内閣府と防衛省、それに外務省が加わった
情報の機密管理や国家間の信頼性などを鑑みて、4つのクラス分けを行っている。
先ずは
これは日本の邦国 ―― 連邦加盟国が対象である。
邦国の日本連邦統合軍への供出部隊以外向けとしての売却であるが、最先端の
又、各邦国の要請に応じた技術開発や装備の開発も行われるモノとされていた。
次が
これは
日本製兵器の海外最大顧客たるフランスや、共同技術開発を行っているブリテンなどは当然の話であるが、ここにイタリアが含まれている理由は、東欧諸国安定と言う大仕事を担うが故の、ある種の
飴と言う意味に於いてはオランダも同じであった。
旧ドイツ領で
そのオランダを日本は、自国の友好国である事を示す
日本
それをあからさまに非友好国と言う形に見せる訳にはいかない。
正に政治であった。
とは言え、オランダ政府からすれば爆弾を与えられた様なモノであった。
友好国としてオランダを見ている日本。
その日本相手に跳ねっかえりのオランダ人が何かを仕出かしたら、こんどこそオランダは終わる ―― そういう
オランダの政界は政府野党を問わず、秘密の会合を幾度も重ね国家存続の為の合意を作り上げていた。
VVJと後に略称され、オランダ政府で堅持された
取り合えず反日はしない。
特に暴力的反日活動は行わない。
そして、民族的な意味で他所の国を揶揄しない教育を国民に施していく。
ブリテンなどは、その様を指して
とは言え、多くの日本人は善意を見せられると素直に喜ぶという、ある意味でシンプルな国民性である為、このオランダの方針は大当たりをする事となる。
尚、
アメリカである。
独自性のある諸州の連邦によって成り立つアメリカと言う国家。
その諸州の中にグアム、
建前として
何とも汚いと、フランスなどは怨嗟の目を向ける程であった。
汚い事は日本にせよアメリカにせよ何もしていないが、
とは言え、
そして
此方は、一般的な国際連盟加盟国であった。
機密保護その他の手続きも煩雑であれば、提供される装備や技術レベルも限定されていた。
そして
国際連盟未加盟国、そして一部の国際連盟加盟国が入っていた。
軍事兵器、及び兵器開発に繋がる技術の提供が著しく規制、そして監視されている国家群であった。
認められているのは、人道的な装備類だけとされている。
医療キットその他、何とも厳しい措置であるが、国際連盟がある種の軍事同盟である以上は、その同盟に入って居ない国家への当たりが強くなるのも仕方のない話と言えた。
尚、国際連盟加盟国で
日本が公式に
尚、政情不安定と言う理由でチャイナの各国も含まれている。
この日本の兵器売却に関する枠組みにブリテンもアメリカも乗っていた。
当然と言えるだろう。
覇権国家群として、秩序を維持する事で利益を得る体制となっているのだ。
その秩序を乱す要素など認められる筈も無かった。
只、
武器の輸出が、フランスにとって貴重な外貨獲得手段となっていたからである。
正確に言うならば、
ドイツ戦争が終結しても尚、戦火が途絶えない広大なアフリカ大陸での治安維持戦であった。
――フランス
アフリカ
ブリテン等は維持が不可能であるならば手放せば良いと評していたが、
そもそも、フランスの世論がそれを認めていなかった。
宿敵たるドイツを討ち滅ぼした栄光あるフランスが、一部の海外県住人が謀反をした程度の事でおたつくなど赦し難いとの事である。
又、フランスの政界も本格的な混乱期に突入してしまっていた。
今まで、自己主張の強い人々をまとめ上げていた
百家争鳴と言えば聞こえは良いが、その実、フランスの外から見れば支離滅裂と言う塩梅であった。
それが破局的な段階に達していないのは、現政権がドイツ国家の消滅と言う大成果を上げた遺産 ―― 高い国民支持率から
その点を自覚するフランス政府は、旧ドイツ領の絞り上げと、利益の再分配に注力し、国民の支持を喪わない様に注意する事となる。
それが、逆に
搾取はする。
だが、その搾取する為に支援を惜しまずに行う事となったのだ。
工場や炭鉱などで過酷な労働が強いられても相応の対価、給与は勿論として食料その他を自由に買う事が出来るのだ。
それは人道ではなかった。
労働の効率、労働生産性を考えた事、それと同時に人権と言うモノを考えた結果であった。
もはやドイツ人は居ない。
彼ら彼女らは東フランス人である。
である以上は、相応の待遇をせねばならない。
フランスの理想主義的な部分、その善性が発揮された形だった。
かくして、かつてのドイツ人たちは
尤も、それで全てが解決する程に、フランスが直面した
取り合えず100万の治安維持軍を編成し、アフリカの各地に展開する事とした。
その活動を支える食料や燃料を用意する為、フランスは旧式化した武器、鹵獲したドイツ製の装備、そして欲しいと声を上げた国が望むモノを大量に売りさばいていくのだった。
その中には、ソ連や南米の国々が含まれていた。
新しい火種が世界に与えられていた。
――ソ連
ベルギーよりコンゴ自由国を得たソ連は、この大地をコンゴ人民共和国と改名し、ソ連 ―― ソヴィエト人民共和国連邦の連邦加盟国とした。
その上で、コンゴ民族の共産主義や民主主義に対する
実態として、
別の表現をするならば植民地である。
人民の守護者、帝国主義との対峙者を標榜するソ連であったが、国土の半分近いシベリアを喪失し、その嘗てのソ連領に
尤も、スターリンの意志を受けた
兎も角。
ソ連の経済的発展の
労働力として、将兵としてのコンゴ人。
ソ連発展の為の資源供出拠点としてのコンゴ。
スターリンの下へは、コンゴによってシベリアを失った分以上に発展するソ連と言うバラ色の未来予想図が提出されていた。
実際問題として、シベリアは天然資源が豊富であったが余りにも広大であり、そして自然環境が過酷である為、ソ連の現段階の国力では有効活用が難しかったのだ。
だがコンゴは違う。
ある学者は奇禍、或いは
問題は、フランスの
ベルギーが、コンゴをソ連に売却するのに合わせて、統治/治安維持に掛かる費用をケチった結果、当時のドイツが行っていた火付けの余波を受ける形で武器が流入してしまい、盛大に燃え上がっていたのだ。
常のスターリンであれば容赦のない武力鎮圧を指示する所であり、コンゴの人民が半減した所でそれが最短の手段であったのだが、今回はそれを自重していたのだ。
殺してしまった叛徒や叛徒被疑者は肥料にしかならず、ソ連の為の資源開発や兵士にする事が出来ないからであった。
とは言え、
アフリカは混乱、混沌、その他が綯交ぜとなった坩堝となっていく。
――ブリテン
アフリカにブリテン連邦加盟国を抱えているブリテンは、この
別段、人道的な理由などではない。
それらの国々から避難民が発生する事を恐れたのだ。
難民爆弾。
たとえ1000人であっても、労働生産性に何も寄与しない人々が1000人。
それも何時まで支えれば良いのか全く分からないのだ。
国庫への負担がどれ程のモノになるか、想像もしたくないと言うものであった。
しかも、避難民が1000人程度で収まるなどとてもではないがあり得ない。
ブリテン連邦アフリカ諸国にとって、始まって以来の大ピンチと言えた。
ブリテン政府は、難民が流入した際の事の検討を始めると共に、イタリアとエチオピア、そして日本を巻き込んで対応を検討する為の場を立てる事とした。*2
尤も、アフリカ情勢はブリテンや日本が積極的かつ効果的対応を行うよりも先に、いとも容易く悪化してくのであった。
悪い冗談めいた話であったが、この邦国待遇に関して日本と世界各国との間で政治的な悶着が1つ発生していた。
それは、ドイツ戦争終結後、なし崩し的に日本連邦の加盟国となったシベリア共和国や、公式に準邦国となったエチオピアと言った国々の繁栄その他の経緯を見た諸外国が、国家の安泰と発展の為に日本連邦への加盟を打診すると言う騒ぎである。
日本政府が外交と国防の2点以外では日本連邦加盟国に対して殆ど、束縛らしい事をやっていないと言う事が可視化した結果であった。
特にエチオピアの例は大きな政治的影響力があった。
この1940年代の非
とは言え、日本側からすれば縁も所縁も薄いどころか、国土が地球の反対側の水準で離れている国家から日本連邦に加盟したいと言われても、それは困ると言う話であった。
結果、日本連邦への加盟への申請は受け付けないと日本政府が公式の発表を行う事となった。
ブリテン代表からアフリカ問題対応で国際連盟安全保障理事会の下にアフリカ問題小委員会を設置すると聞いた日本代表は、他人事の様に頑張れと声を掛けた所、
日本はアフリカに権益は無い。
資源などは現地政府から購入する様にしており、慎重に独立運動などに巻き込まれない様にしていたからである。
だが、ブリテンはそれを許さない。
日本はエチオピアの
それを言われては日本も辛い所があった。
エチオピアは先のドイツ戦争で軍を日本連邦軍に派兵しており、日本連邦の準加盟国扱いであったからだ。
そして、エチオピアの代表が申し訳なさそうに日本代表を見ていたのだ。
である以上は、この難問から逃げると言う選択肢を取れるはずも無かった。
それでも即答はせず、
とは言え日本政府の判断は、逃げる事は国際的道義に於いて不可能と言うものであり、結果、小さな時間稼ぎになっただけであったが。
国際連盟安全保障理事会アフリカ問題小委員会への参加命令を見た日本代表は
2023.08.24 文章修正