タイムスリップ令和ジャパン   作:◆QgkJwfXtqk

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A.D.1948
192 南米ラプソディー -3


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 一寸した事から始まってしまった南米での軍拡競争。

 発端となったアルゼンチンも、対抗したブラジルもチリも、どの国も戦争をしたい訳では無かった。

 政治家も軍人も、各国の要人たちは誰もが流血を望んではいなかった。

 同時に、各国の軍部の冷静な人間たちは、他の2国もそうであると認識していた。

 言わばゲームであるとの認識である。

 理性的と言って良いだろう。

 だが、それら南米の雄国群(ABC諸国)以外の国家からすれば話は別であった。

 例えばボリビア。

 チリとアルゼンチンの関係緊張化は、太平洋戦争(1879 チリ-ボリビア戦争)で奪われてしまった喪われたボリビア(太平洋への出口)の回復、そのチャンスではないかと思ったのだ。

 ボリビアは経済的には豊かと言えない国であった。

 だからこそ海を奪った怨敵たるチリとアルゼンチンが対立を深める今の国際情勢が奇貨と見えたのだ。

 ボリビア政府は秘密裏にアルゼンチン政府に接触し、軍事支援を含めた2ヵ国条約の提案を行うのであった。

 例えばペルー。

 隣国エクアドルとの間で領土問題を抱えていたペルーにとって、この南米に吹き込んだ軍拡と言う風は好機であった。

 特にペルー軍部は自らの価値を示す機会が迫っていると盛り上がっていた。

 1930年代以降、G4(ジャパンアングロ)によって支配される国際連盟は戦争をかなり抑止する事に成功しており、そこにはペルーによるエクアドル侵攻も含まれていたのだから。

 南米の雄国群(ABC諸国)が戦争を始めてしまえば、エクアドルを一方的に殴る様な小さな戦争は目立たないだろう。

 そう考えていたのだ。

 そこにはペルーも参戦し、そして屈辱的敗北を喫した太平洋戦争(1879 チリ-ボリビア戦争)の敵国、チリへの備えと言う態で新しい装備を揃える事も可能になると言う皮算用が存在していた。

 南米の、特に中小の国々はある意味でドイツ戦争その他、世界の潮流から少しばかり離れた場所にあるが故の事とも言えた。

 兎も角。

 政治的な意味でも本流に近い場所には居なかった。

 独立独歩めいて地位を保っていたが故に世界を、国際連盟を、何よりも覇権国家群(ジャパンアングロ)理解していない(舐めている)のだった。

 

 

――ブラジル

 対機甲戦力の不足、そしてそもそも機甲戦力の訓練不足と言う問題はかなり深刻な話であった。

 南米と言う広大な大陸の、それも随一と言って良い領土を誇るブラジルの陸軍が小規模と言って良いのは、これまでの南米が如何に平穏であったかを示していた。

 治安維持が主任務であり、外敵の恐れは小さい。

 だからこそブラジルの軍はその護るべき領域に比べて小規模で良かったと言える。

 そこに降って湧いたが如き軍拡競争である。

 チリがチャレンジャー巡航戦車を導入した事でアルゼンチンがT-34/Ar戦車を導入した。

 チリと国境を接していないブラジルにとってチリのチャレンジャー巡航戦車は脅威では無い。

 万が一にも戦争になったとしても、正直、インフラへの負荷が大きすぎるチャレンジャー巡航戦車は脅威とは言い難かった。

 だからこそ、アルゼンチンのT-34/Ar戦車が脅威となるのだ。

 ブラジル軍が見る所、50t近いチャレンジャー巡航戦車は守勢が精々であり、国境線に張り付けて置いて移動トーチカめいた運用をするのが精々と言うモノであった。

 だがアルゼンチンのT-34/Ar戦車は違う。

 コンパクトで、40tにも満たないT-34/Ar戦車であれば、貧弱なインフラであってもそれなりの機動力発揮が可能になる。

 更に言えば、アルゼンチン国内には世界有数規模の鉄道網が存在し、アルゼンチンの首都たるブエノスアイレスからブラジルとの国境地帯のポサーダスにまで伸びているのだ。

 当然ながらも比較的軽量なT-34/Ar戦車は鉄道輸送も簡単である。

 ブラジルからすれば穏やかならざる気分になるのも当然の話であろう。

 ブラジルが保有する対装甲火力は、牽引式の対戦車砲とごく少数の38式戦闘装甲車(Type-38CAPC)が持つ6lb.砲しか無かったのだ。

 元はイギリス製の6lb.(57㎜)砲はそれなりの火力ではあったが、85㎜砲を持っているT-34/Ar戦車に優越出来るモノでは無かった。

 そもそも、本質的に38式戦闘装甲車(Type-38CAPC)は歩兵部隊の支援用車両でしかないのだ。

 歩兵を、その籠った塹壕ごと蹂躙する火力。

 歩兵の雑多な火力から身を守れる装甲。

 適切な機動力を発揮できる足回り。

 その全ては、戦車との交戦を前提としたモノでは無かった。

 故にブラジルは、G4(ジャパンアングロ)で一番の友好国であるアメリカに泣きついたのだった。

 

 

――アメリカ

 南北アメリカ大陸の守護者を自認するアメリカは、ブラジルから頼られた(泣きつかれた)事に気を良くしていた。

 とは言え、提供できる戦車には問題を抱えていた。

 T-34を一方的に撃破可能な戦車と言う意味では、保管状態になっているM3戦車と現在の主力中戦車であるM4戦車であれば余裕で可能となっているが、それぞれに問題を抱えていた。

 M3戦車に関して言えば、余剰となっているM3A2Eが即時提供が可能であった。

 34tの、8.8㎝対応として装甲を強化したモデルだ。

 30t台前半と言う事で、インフラの脆弱な地方でも十分に活躍可能ではあった。

 主砲は90mm砲を採用しており、攻防に於いてT-34/Ar戦車と十分に戦う事が出来るだろう。

 とは言え問題もあった。

 強化された装甲が正面装甲が主体であった為、極端なフロントヘビーとなっており、その運用には細心の注意を払う必要があったのだ。

 試作段階で、重量バランスの問題は判明していた為にエンジンの変更、重量のある大型エンジンを搭載する事でバランスを取る事が考えられていた。

 尚、重量増への対応は、変更されるエンジンが大出力である事で補えると考えていた。

 実にアメリカ(パワーサイツヨ主義)であった。

 残念ながらも、上手くは行かなかったが。

 M3戦車の足回り、特に変速機周辺がエンジン出力の上昇に耐えられず、整備の手間が上昇してしまったのだ。

 アメリカは保守部品を定数の倍以上揃える事で対応していた。

 部隊に配備する際、予備車両を用意もしていた。

 実にアメリカ(金満軍隊の流儀)であった。

 だが、そんなアメリカ式解決手段がブラジル軍に出来る筈が無かった。

 尚、M3戦車にはB1型もあった。

 此方はM3戦車の量産性の高さから、補助戦車としての役割を期待して開発された車両であり、Ⅲ号戦車及びⅤ号戦車であれば充分に撃破を期待できる76㎜砲を搭載していた。

 問題は、一種の歩兵支援型(対戦車自走砲)である為、防御力は貧弱であり、そして76mm砲はT-34/Ar戦車の装甲に対して十分以上に威力を発揮する事が難しい点であった。

 T-34/Ar戦車に限らずT-34戦車は、34t級と1940年代中盤の戦車としては比較的軽量であったが、車体自体を小型化する事と避弾経始を重視しているお陰で、クラス随一と言える防御力を有しているのだ。

 そして、主砲は85mm砲となっており、装甲を強化しているM3A2E戦車以外の場合には一撃で撃破可能となっているのだ。

 M3B1戦車をブラジル軍として採用出来る筈も無かった。

 保管兵器となっているM3戦車が駄目であれば、現在の主力であるM4戦車があった。

 此方はM3戦車の運用実績や、諸外国(ジャパンアングロ)の戦車を参考に開発された事実上の主力戦車であった。

 36tと言う比較的軽量であるが、傾斜装甲と空間装甲を採用して必要十分な防御力を持つにいたっていた。

 火力はブリテンからパテントを購入して導入した76.2mm(17lb.)砲。

 足回りその他は、M3戦車で培った実績を基に余裕を持ったモノが採用されていた。

 額面の数値(カタログスペック)で言えばM3A2E戦車と差は無いが、実用性と言う意味では別物であった。

 問題は、現在のアメリカ陸軍の主力戦車*1であると言う事だった。

 ブラジルが望んだ、お手頃(中古)戦車では無いと言う事。

 チャイナ戦争もドイツ戦争も終結しているが為に予算の削られていた(戦時の予算措置が終了した)アメリカ陸軍では、まだ十分に配備が進んで居ない最新装備なのだから当然の話であった。

 当然、低価格での提供と言う話もあり得なかった。

 アメリカの目はユーラシア大陸に向けられている為、ブラジルに温情を掛けるべき気分にならなかったという面があったのだ。

 同時に、アメリカはまだ事態を甘く(コップの中の嵐と)見ていた証拠でもあった。

 最終的に、アメリカはフロンティア共和国内に予備装備として保管されていたM2戦車の提供(友好国価格での売却)を提案する事となった。

 1930年代(シベリア独立戦争)に活躍した戦車である。

 既に10年以上も昔の基本設計の、それも初期型であるA2型であり完全に旧式と言っても間違いのない戦車であった。

 フロンティア共和国に残されていた理由も、チャイナ戦争参戦国に参戦のご褒美としての提供を打診しても旧式過ぎて不要と言われた、正に余り物であった。

 主砲も75mmとT-34/Arに対して劣位であったが、ブラジルは飛びつく事となった。

 旧式の余剰管理兵器と言う事で安いと言う事も大きな理由であったが、先ずは24t級と言う軽さが重要であったのだ。

 車体の軽さはインフラへの負担の軽さであるからだ。

 しかも、古いとは言えアメリカ製であり、同時に古いが故に機械的信頼性も確か(枯れた戦車)であった。

 又、予備部品も豊富である事も重視していた。

 かくしてブラジルは格安でM2A2戦車を200両から導入する事に成功したのだった。

 

 

――アルゼンチン

 新年を祝う場で行われた、ブラジルの新戦車配備計画の発表。

 ご丁寧に塗装しなおしてピカピカになったM2A2戦車を脇に置いてブラジル大統領が、宣言したのだ。

 ブラジル政府は、国家の安全の為の努力を止める事はない、と。

 大統領の宣言に続いて、満面の笑みを浮かべた駐ブラジルアメリカ大使が言う。

 アメリカはブラジルの安全保障に協力を続ける、と。

 アルゼンチン政府にしてみれば、新年早々に頭から氷水を掛けられた様なモノであった。

 当然である。

 アルゼンチンが当初整備しようとしていたT-34/Ar戦車は、対チリを主目的にして抑制的に200両に抑えていたのだ。

 奇しくもブラジルが整備する戦車と同数であった。

 戦車単体の性能だけを見ればT-34/Ar戦車はM2A2戦車に優越している。

 だが、アルゼンチンの戦車はチリとの国境線にも張り付けねばならぬのだ。

 単純に言えば2正面であり、半分ずつの戦車しか配備出来ない。

 その意味でアルゼンチンは数的劣勢である事が運命づけられているのだ。

 断じて受け入れられる話では無かった。

 対応の1つとして、アルゼンチンはフランス製戦車の導入数を増やす事とした。

 当初は10両程度の導入が予定されていたAMX39快速戦車を、その4倍以上の50両としたのだ。

 1個戦車連隊を充足させようと言うのだった。

 AMX39快速戦車は30tと言う軽量な戦車であり、装甲防御力に関しては脆弱であったのだが主砲は90mmとM2A2戦車を相手と見た場合は必要十分であった。

 又、戦力の均衡が目的であったので、アルゼンチンとしては十分でもあった。

 そしてもう1つの対応が、ボリビアとの接近であった。

 ブラジルと国境を接しており、過去の紛争の結果としてボリビア領であったアクレ地方を割譲させていたのだ。

 まだ40年も経ていない話である。

 和平条約も締結はしている。

 だが、ボリビアがブラジルに対して報復に出る可能性が無いとは言えない ―― 少なくともブラジルに()()()()()()を抱かせる事が出来そうな話であった。

 アルゼンチンは、ブラジルにも二正面と言う面倒を味わわせようと動くのであった。

 ボリビアとの相互安全保障条約の締結。

 そして、アルゼンチンは少なからぬ予算を用意してソ連のT-34戦車、その初期型(旧式)を斡旋するのであった。

 だがアルゼンチンは忘れていた。

 アルゼンチン-ボリビア関係は、アルゼンチンの都合で深められる関係であった。

 だが、アルゼンチンに比較して小国とは言えボリビアも独立した国家である。

 独立した国家であるが故に、ボリビアは自国の都合で動くと言う事を。

 その事をアルゼンチンが痛感するのは、事態が更なる混迷を迎えた時であった。

 

 

 

 

 

 

*1

 アメリカ陸軍は、ブリテンやフランスの陸軍とは異なり、現時点で保有する戦車を40t級以上の主力戦車(MBT)に統一する積りは無かった。

 これは予想される戦場がユーラシア大陸である為、40t級以上の重量級戦車で揃えてしまえば輸送が大変な手間であると言う事が重視された結果であった。

 又、コストの問題もあった。

 広大なユーラシア大陸、チャイナとの戦争を考えた場合、数が重視されると言う部分もあった。

 そして何より反アメリカ的な態度を完全に捨てていないチャイナ民国(蒋介石政権)であるが、その保有する戦力は貧弱の一言であり、40t級以上の主力戦車が要求される部分が少なかったのだ。

 軍備とは相手に応じる。

 そういう話であった。

 

 

 




2024.02.03 文章修正
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