タイムスリップ令和ジャパン   作:◆QgkJwfXtqk

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A.D.1949
197 エウロペア・ニューオーダー -3


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 ドイツ戦争終結は、ポーランドにとって福音と呼べる部分と呼べない部分とがあった。

 1つはフランスである。

 ポーランドとフランスは、対ドイツと言う面に於いて深い協力関係にあり、ポーランド軍の近代化と精強化に於いては大きな役割を果たしていた。

 特に、日本から入手した産業機械や技術によって余剰となった古い諸々を格安で提供してくれていたのだ。

 フランスから見て古い機械などであっても、最先端の列強国家の機材であるのだ。

 ポーランドからすれば値千金の機材であった。

 1930年代から40年代にかけての時代、ドイツと言う()によってポーランドとフランスの蜜月の時代と言えるだろう。

 だからこそドイツ戦争終結(ドイツと言う国家の滅亡)は大きな転機となるのだ。

 既にフランスからの積極的な支援は細くなりつつあった。

 フランスの目はアフリカに集中しており、フランスの生産力も又、アフリカに集中しつつあるのだ。

 そこにポーランドが割り込む余地は乏しかった。

 だが、ポーランドはまだまだ発展せねばならないのだ。

 ドイツと言う脅威は消えこそしても、ソ連と言う脅威はいまだ健在であるからだ。

 否、脅威は強大化しつつあると言って良い。

 コンゴと言うアフリカの資源地帯を手中に収め、更には人的資源も得ているのだ。

 又、重工業的な意味ではアルゼンチンとの貿易を強化しつつあるのだ。

 成長をせねば死ぬ事となる。

 正直な話として、ポーランドが製造出来ている戦車や戦闘機などは一流、一級品と言うには聊かばかり寂しい。

 日本の持つ超一流の装備は別にしても、他のG4(ジャパンアングロ)諸国のソレらから見ても2世代は遅れていると言うのが実際であった。

 対して仮想敵国であるソ連。

 ソ連が開発し配備している戦車などは、一流と言うのは無理であっても、それに次ぐ水準には達しているのだ。

 又、アルゼンチンと共同での技術開発も行っているのだ。

 ポーランド政府が危機感を抱くのも当然の話であった。

 産業の近代化。

 そして段階的な軍備の近代化。

 ドイツとの戦争が終わったと言う程度で呑気で居られる程にポーランドの状況は甘く無かった。

 無論、加盟している国際連盟がある。

 万が一にソ連が狂を発して戦争を仕掛けてきた場合、国際連盟加盟国の全力 ―― フランスは兎も角としても他のG4(日本やブリテン)から全力で支援が得られるとは確信できていた。*1

 だがそれでも、ポーランドは独立国家の矜持故に、可能な限り独力で有事(ソ連の侵攻)に対抗せねばならぬと考えているのであった。

 とは言え、国力の涵養は簡単では無い。

 紆余曲折に四苦八苦を重ねているポーランド。

 そんなポーランドに救いの手を差し伸べる国があった。

 ブリテンだ。

 最先端の技術は含まれない限定的ではあっても、産業技術と軍事技術の供与を提案してきたのだ。

 そこにはブリテン装備の格安での売却も含まれていた。

 

 

――ブリテン

 ブリテンにとってポーランドとの協力は幾つかの意味で重要な意味を持っていた。

 一つは対フランス。

 ヨーロッパ亜大陸で主導的地位を占めているフランスの権勢に楔を打ち込む事であった。

 尚、当初はイタリアにも期待してはいたのだが、イタリアは良くても中立であり、親G4(ジャパンアングロ)を堅守しつつも、同時に、G4(ジャパンアングロ)の4ヵ国に対しては等距離を維持していた。

 実に賢い、国家防衛戦略(弱者の戦略)と言えた。

 一つは対ソ連。

 ヨーロッパの盟主を自称しつつアフリカ対策に奔走しているフランスと、ソ連を明確に仮想敵国としている日本。

 その両国に対ソ連戦力を涵養すると言うのは恩が売れると言う計算があった。

 そして最後の一つ。

 ブリテンの都合として一番重要な事は、ソ連との軍拡(技術開発)競争をしているポーランドと協力する事で軍備開発に於ける最先端の情報を収集すると言う事であった。

 真の最先端と言えるのは日本であり、ブリテンは日本との共同技術開発なども行っている。

 だが、日本は先を行き過ぎてしまっており、結果を得る事は出来ても、日本の居る場所へと至る道を探すのは難しいのだ。

 だからこそ、ブリテンは地に足のついた技術開発の為、ポーランドをパートナーとして選んだのであった。

 中心となるのは陸軍、戦車を代表とした機甲戦力である。

 ブリテン単独での技術開発と言う選択肢が無いわけでは無いのだが、ブリテン陸軍の軸足がフランスと同様に治安維持が中心となっている為、どうしても戦車などの機甲戦力の開発に掛かる予算は重視されづらかった。*2

 ここに危機感を抱いていたブリテン政府が、ポーランドの状況を奇貨としたのだ。

 又、ポーランドとの共同技術開発、そして新装備の生産に際してはブリテン製の様々なモノを売り込める ―― ポーランド陸軍が装備した戦車などはフィンランドなどでも採用される事が期待できると言う部分もあった。

 幸い、ブリテンとポーランドの関係は極めて良好であり、特に()の面ではある種の同盟関係にあったが為、陸上分野でのブリテンとポーランドの関係強化も、すんなりと進む事となった。

 尚、フランスの政界、その一部からはフランスの領域(ヨーロッパ亜大陸)でブリテンの影響力が強まる事に対する否定的感情の表明が為される事となったが、フランス政府が動く事は無かった。

 フランスにとって重要度が高いのはアフリカである以上、ポーランドのソ連との対峙に対してブリテンが()()してくれるのは良い。

 そう言う認識であった。

 ブリテンがポーランドと関係を深めると言う問題に関して言えば、アフリカ問題が解決後にひっくり返せると思って居ればこその余裕とも言えた。

 

 

――ソ連

 ブリテンとポーランドの接近、そして共同での装甲車両の開発と言うモノは、ソ連に多大な影響を与える事となる。

 ソ連にとってポーランドは北欧との間でソ連を睨んだ軍事同盟 ―― ワルシャワ反共協定の主催国であり、明確な敵国であった。

 とは言え、その脅威度は低いと言うのが一般的な認識であった。

 経済力、特に重工業の分野で圧倒的と言える差がある為、如何に軍事力の充実を図ろうとしても、ソ連から見れば旧式、或いは二流の装備しか開発配備しか出来ないと言う評価だ。*3

 だが、そんなポーランドに性格の悪い事で言えばG4(ジャパンアングロ)筆頭に居るブリテンが絡んでくると言う。

 ソ連が落ち着いていられる筈も無かった。

 ブリテンは日本とも技術の開発協定を結んでいるのだ。

 である以上は、日本がブリテンを仲介役にポーランド軍の強化、そしてソ連の挟撃に出たのではと被害妄想に陥るのも仕方のない話であった。

 最初、ソ連は国際連盟に対して軍事技術の拡散、そして装備の売却の抑制を目的とした協議を提案した。

 却下された。

 そもそも、ソ連はアルゼンチンとの軍事技術の開発協定を結んでいるのだ。

 ソ連の都合(アルゼンチンとの関係)は別であるとして、軍事技術の拡散と武器売却は良くないなどと言い出されては、失笑以外の何が出るのかと言う話であった。

 結果、ソ連は経済への投資の主軸を軍需とし、民需向けの発展が遅れていく事となる。*4

 結果として、ソ連はポーランドとの戦車開発競争を行っていく事となる。

 そして日本(シベリア共和国)からの侵略を前提としたシベリア防衛計画案とは別に、ポーランドと戦争になった際の、短期間でポーランドを沈める為の電撃作戦の立案も行われる事となった。

 その際、ソ連軍内部で極大攻撃手段として核兵器の開発と装備を極秘裏に行う事も検討されていたが、それを知ったスターリンの鶴の一声で停止させられていた。

 日本による懲罰行動、核兵器を遥かに上回る核融合弾(純粋水爆)の躊躇なき使用を恐れての事であった。

 その威力は、ドイツ戦争後、国際連盟の加盟各国から代表を募って行われた爆破試験で実証されていた。

 南太平洋の小さな無人島で行われたソレは、文字通り、島を消し飛ばしていたのだ。

 それは正に国際連盟安全保障理事会の、G4(ジャパンアングロ)の、日本の横暴であった。

 だが、その対価として、電力源としての原子力の民間使用に関しては日本が技術公開を行い、又、独自に開発する余力の無い国家に対しては日本が全面的に協力する事(低利融資と原子炉の提供)を約束しているお陰で、国際連盟加盟国の間に大きな批判が持ち上がる事は無かった。

 実際、1940年代後半にはG4(ジャパンアングロ)を筆頭に、世界に40基以上の原発の建設計画が持ち上がっていた。

 そこにはソ連すらも含まれていたのだ。

 事、核の平和利用と言う面で日本は本気であった。

 ()()()()()、スターリンは核兵器を実際に使用した際の日本の行動に恐怖していたと言えた。

 ソ連内部では、特に軍の強硬な反日本主義者の間では、スターリンを批判する声を上げていたが、大きな動きになる事は無く、スターリンが病気によって死亡するまで権力の座から引きずり降ろされる事は無かった。

 又、ソ連軍内部の別の一派からは、核兵器開発と配備に掛かるコストが試算された結果、真っ当に戦車部隊を涵養してポーランドをひき殺した方が安いし、国際連盟を敵にせず安全であるとの結論が出され、ソ連の核兵器保有計画が実働する事は無かった。

 

 

 

 

 

 

*1

 フランスに期待出来ない理由は政治的な理由などではなく物理的な理由、1949年の時点で、ドイツを殴殺しきったフランスの強大な大陸軍(グランダルメ)が消滅していたが故の話であった。

 フランスは植民地帝国としての地位を維持する為、アフリカでの治安維持戦(対独立運動鎮圧)にのめり込んでおり、重装備の無い武装蜂起集団に対抗する為、重厚な戦車を中心とした機甲戦力から、装輪装甲車を主体とした高機動戦力へと組織を改編していたのだ。

 ドイツ戦争で活躍した重装備群の大半は諸外国に売り払われ、代わりになったのは日本の16式機動戦闘車(Type-16MCV)の様な大口径砲を持った装輪装甲車であった。

 大口径砲とは言えども低圧化した90mmに過ぎず、装甲も20tに満たないと言う事で期待できない。

 その様な偵察戦闘車たるEBR-90がフランス陸軍の装甲戦闘車の数的主力であったのだ。

 これでは期待できないと言われるのも仕方のない話であった。

 アフリカの大地で偵察と火力支援を担う車両としてはEBR-90は極めて優秀であったが、本格的な機甲戦闘を行うのには不十分であった。

 

 

 

*2

 正直な話として、G4(ジャパンアングロ)による国際連盟を下部組織とした世界覇権体制は確立しており、コレに積極的に敵対しようと言う国家は存在していないというのがブリテン政府の認識であった。

 木っ端な国々が、多少の()()()()をしでかしたとしても、それが強い影響を持つ筈が無いとの考えである。

 それ程にG4(ジャパンアングロ)と、それ以外の国家との経済力の差は圧倒的であった。

 

 

 

*3

 ドイツ戦争時にはフランスを筆頭としたG4(ジャパンアングロ)による支援によって長足の進歩を遂げたポーランド軍であったが、それも戦争期間中だけの事であり、戦争が終わって以降、装備の更新は停滞気味であった。

 旧ドイツの東側を支配下に収めはしたが、戦争によって産業基盤や物流インフラなどが荒廃しており、ドイツの力を手にした強大なポーランドと言うのは画餅の有様であった。

 それどころか、その復興に掛かるコストがポーランド経済に大きくのし掛かってきている有様なのだ。

 無論、高度な教育を受けた労働者自体は消えた訳ではないので、今後の10年から先は期待出来るが、現状では全くのお荷物状態であった。

 又、ポーランド国内も侵攻してきたドイツ軍によって荒らされており、その復興コストも馬鹿に出来ない規模となっていた。

 又、戦争の舞台となり荒れ果てた農地が齎す食糧危機問題も深刻であった。

 幸い、国際連盟による緊急食糧供給プログラムによってオーストラリアからの小麦や肉、タイからの米の輸入によって飢餓状態に陥る事は免れていたが、何年も輸入で凌ごうとすれば外貨の消費は劇的な事となり、又、農家の労働意欲にも悪い影響を与える為、早急な農地の被害回復が図られていた。

 日本などによる復興支援もありはするが、基本は支援(サポート)であって主体はポーランドが予定を組み立て、予算を組むのだ。

 ポーランドは戦勝国であると言っても、呑気で居られる筈も無かった。

 

 

 

*4

 ソ連の民間の発展の遅れは、オビ川を挟んでシベリア共和国(日本)と接するノヴォシビルスク市であからさまな事となる。

 宣伝目的もあってソ連も西ノヴォシビルスク市に投資し、ビルの建設なども行っているのだが、シベリア共和国(日本)の摩天楼ぶりに敵うモノでは無かった。

 日本政府はソ連との戦争が始まれば、ソ連との戦争の趨勢は別にして東ノヴォシビルスク市は()()()()と判断していた。

 一応は東西共にノヴォシビルスク市は非武装地帯と停戦協定で定められているが、ソ連がそんなモノを真面目に守る国では無いと思って居るのだから当然の話であった。

 建国当初はシベリア共和国政府でもそう思って居たのだが、経済発展が進むと共に西シベリア低地最大の都市である東ノヴォシビルスク市は民間の投資対象となり、大いに経済発展する事となって話が変わったのだった。

 又、東西ノヴォシビルスク市はソ連とシベリア共和国(日本)の貿易が行われる場所でもあった事もあり、有事には切り捨てられる都市であると定めた上で、ソ連に対する宣伝(嫌がらせ)目的での投資を行う様になったのだ。

 貿易は民需主体であり、同時に資源などの交易も行われていた。

 特にシベリア共和国の西部域では、距離の問題(陸送コスト)からソ連(ウクライナ)産の小麦などの食料品も出回っていた。

 対してシベリア共和国は、日本政府の人道的判断によって許可されている医療品や、たばこや酒と言った嗜好品。

 そして良質な子供向けのオモチャや遊具、アニメや漫画などの輸出を行っていた。

 娯楽の少ない西ノヴォシビルスク市やその周辺では、日本製の漫画やアニメなどが政治的な要素など欠片も無いからこそ普及(蔓延)する事となり、後にソ連の思想家などからは悪質な文化侵略だとの批判の声が上がる事に繋がる。

 尤も、その頃には日本製のアニメが公共電波で放送される有様になっており、子どもが黙ってTVを見ていると親が助かっていると言う母親たちの強い反論によって、思想家の主張が大きな影響力を持つ事は無かったが。

 

 

 

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