タイムスリップ令和ジャパン   作:QgkJwfXtqk

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02-1925-1 日本の混乱

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 1925年へと飛んだ日本は、世界とのネットワークが全く途絶している事に気付いた。

 緊急事態対処として国会を召集。

 併せて日本政府は在日米軍司令部を含めてアメリカ大使館と協議を行った。

 その後、各国大使館と協議を行った。

 アメリカが優先されたのは、在日米軍あればこそであった。

 

 原因は不明。

 されど、中華人民共和国の次元振動弾が原因ではないかとの推測はされていたが、詳しくは判らなかった。

 海上自衛隊と航空自衛隊、海上保安庁が周辺捜索を開始。

 朝鮮半島は兎も角と、近い国家である台湾への連絡回復をと船舶の派遣を決定した時だった。

 北側対馬海峡で警戒中の海上保安庁より、至急とされた報告が内閣府に届けられたのは。

 船舶の領海接近を確認し対処しようとしたらトンデモナイ事が判った、と。

 彼らは古臭い駆逐艦でやってきた。

 曰く「朝鮮総督府より、連絡の途絶した内地の状況を確認する為に来た」のだと。

 日本政府に、日本がタイムスリップをした事が初めて伝わった瞬間だった。

 

 混乱のるつぼに叩き落とされた日本。

 同時に、世界も混乱した。

 極東の列強末席が、一夜にして別の存在へと成り替わっていたからだ。

 

 そこからの1年は混乱と混沌の時間だった。

 日本にとっても、世界にとっても。

 

 

 

 

 

――領土問題

 最初に問題となったのは、残された日本帝国の領域、朝鮮半島、台湾島、関東州、樺太南部、南洋諸島だった。

 国際連盟や米英仏などの太平洋領域に権益と権限とを持つ列強とも協議した結果、日本政府は暫定的ながらも日本帝国の権利と義務とを負う事になる。(※1)

 日本政府の方針としては、朝鮮半島と台湾島は民族自決と面倒事から離れるという意味で独立させようとしていた。

 

 

朝鮮半島

 日本政府は転移前の関係が劣悪だった事もあり民族独立の美名の下で、投資は借金という形にした上で「放り捨てるべき」という意見すらあった(※2)。

 この意見に日本国内に在留していた在日朝鮮人も乗った(※3)為、ほぼ本決まりとなりかかったが、それを止めたのが朝鮮総督府だった。

 朝鮮総督府の人間からすれば、近代国家のていをなしていない朝鮮半島を無理やりに放り出すのは鬼畜の所業であるとの認識だった。

 彼らは誠心誠意、日本の為に内鮮一体化を目指した理想家であった事もその行動原理となった。

 同時に、当時の朝鮮人も反対した。

 教育を得だした彼らは日本の発展ぶりを見て、その内側にある事の利益を理解したのだ。

 誇り(民族独立)より飯(経済的恩恵)。

 しかも、親日派の知識人は日本との交流の中で日本人に朝鮮人が蔑視されている事を理解した。

 蔑視される原因 ―― 歴史も理解した。

 そんな彼らは、独立後に日本から援助が受けられるなどと甘い想像はしていなかった(※4)。

 朝鮮総督府と二人三脚で親日宣伝務めた親日派知識人は、最終的に朝鮮での人民投票を行い、有効投票者数の7割以上の日本への帰属希望を集める事に成功する。

 又、法律家からも日韓併合条約に分離独立に関する条項が存在していない為に、日本政府の朝鮮側の合意を得ない分離独立は違法であるとの意見が上がった為、朝鮮半島の分離独立は断念される事となった。

 

 

台湾島

 日本政府は独立の方針であったが、台湾総督府は現時点での台湾島の産業の乏しさから独立は困難であると判断していた。

 又、独立の話が出た頃と前後して中国からの接触があった。

 偉大なる中国への復帰の命令だ。

 この事に、台湾人は拒否感を示す。

 日本帝国も日本も豊かな国だが、中国はそうではない。

 凋落を好んで選ぶ趣味は無いと言うのが、大多数の台湾人の選択だった。

 将来的な分離独立に含みを残したまま、日本の統治下に残る事となる。

 

 

関東州

 租借地であった為、租借権の売却を日本政府は検討する。

 これに対して関東軍が激烈に反対する。

 又、自衛隊の近代的な装備を見た関東軍首脳陣は、この軍備あれば中国を統治する事すら可能であると判断、日本政府に対して対中戦争の献策をする始末であった。

 これにキレた日本政府は、関東軍の鎮圧を決定。

 意図的に関東軍の暴発を誘導し、立案の段階で関東軍の首脳陣を捕縛処断する事とした。

 その事に気付かない関東軍若手将校は中国との紛争を立案、その計画の策定を持って日本政府は破防法を関東軍に適用、この捕縛を行う。

 又、若手の独断専行を止めなかった首脳陣に関しても、監督不行き届きとしての処断を断行する。

 後に関東処分と言われた苛烈な粛軍であった。

 日本政府は一罰百戒、日本陸軍の残余による独断専行 ―― 好戦的な気分をへし折る為に断行したのだ(※5)

 関東処分の後は、チャイナへの有償返却を日本政府は選んだ。

 だが、有償の金額の高さにチャイナ政府が二の足を踏み、無償化ないしは有償額の引き下げ交渉にチャイナが入った所で、アメリカ政府が乱入。

 日本政府が提示した額の倍額を提示した為、日本政府は関東州権益と満鉄に関わる全ての権利をてアメリカに売却する事とした(※6)。

 

 

樺太南部

 ソ連との国境線があり、重工業なども無い事もあって日本政府は最初から保護を選択。

 但し日本への編入ではなく自治国となった。

 朝鮮半島や台湾島、或は関東州在住の日本帝国人が多く流入する形となった。

 特に関東処分で不遇をかこった人材も多く流入した為、日本国への反発もあって尚武な国づくりを進めていく事となる。

 尚、人口構造が男性に偏っている為、諸外国に女性の流入を訴えるという涙ぐましい努力を行っていく事となる(※7)

 

 

南洋諸島

 日本帝国の信託統治領となってまだ10年と経っていなかった為、近代的な国家の独立を行うだけの基盤が無かった為、早期の独立は断念する事となる。

 日本政府は独立に向けたロードマップを作製、独立に向けた作業に入る事となる。

 

 

 4年の歳月を掛けた後に日本国と朝鮮州、台湾州、樺太州、南洋州から構成される日本連邦が成立する事となる(※8)。

 

 

 

 

 

(※1)

 対価として、日本は日本帝国時代の対外外交条約と貿易協定を継承する事となる。

 このお蔭で日本は資源の輸入に於いて一息つく事となる。

 資源不足に日本の足元を列強が見なかったと言うのは、一見すると不自然であるが、国際連盟にせよ列強にせよ、世界大戦が終結したばかりの現状で世界が不安定化する事を望まなかった為である。

 

(※2)

 台湾も同一条件で独立させるが、ODAで借金は相殺する予定であった。

 

(※3)

 発展途上国を、日本で蓄えた資産で合法的に支配出来るとの皮算用からであった。

 窓口となった韓国民団では、接触を開始した時点で大韓民国建国準備委員会を発足させ、日本政府に対しては朝鮮民族への賠償行為としての活動支援を要請していた。

 無論、黙殺されたが。

 

(※4)

 当時、在日朝鮮人からの接触を受けた彼らは、在日朝鮮人の余りにも甘い見通しと、甘言に呆れたとの感想を記録に残している。

 曰く「彼らは同胞であると言うが、その視線は内地(日本)人以上に我々を蔑視するものだった。言葉の端々から下に見ているのが見て取れた」と。

 

(※5)

 関東軍処分は、その苛烈さ故に日本帝国陸軍将校と日本政府との関係に深い影を残す。

 日本政府は法的な根拠と証拠を十分に用意して毀損の無いように行動しており、であるが故に感情的な相克は後々まで尾を引く事となる。

 捕縛される事となった関東軍若手将校の主導的人物は獄中にて、食器のナイフを持って抗議の割腹自殺を図るほどであった。

 とは言え、即座に発見された為、死ぬことは無かった。

 そのまま裁判が実行され、1年の裁判を経て最終的には死刑が確定する。

 帝国陸軍将校より助命嘆願が出されるも却下され、刑の確定から1年で執行された。

 裁判の際、日本政府を「武人の心を判らぬ匹夫の群れ」と痛烈に批判、対して法務大臣が記者会見の際に「近代国家で法も護れぬのであれば、それは武人では無く蛮人だ」とコメントし物議をかもした。

 

(※6)

 米臨時代表部(在日米軍と在留米国人の管理組織)から、将来的な歴史の流れを知らされたアメリカ政府であったが、アメリカ国内での景気拡大に伴う市場拡大要求に抗しきれなかった。

 農作物と資源に関しては日本が大口顧客となったが、同時に日本からの鉄鋼やショベルカー等の建設機器、樹脂製品などなどの高品位品や新素材などの輸入も劇的に発生した為、相殺状態となって居た。

 対日貿易の関税は無きに等しかったが、アメリカの製品が売れる目処などごく一部の趣味性の高いモノ以外は殆ど売れないのが実情だった。

 だからこそ、真っ新な開拓地をアメリカの産業界は欲したのだ。

 それが中国大陸だった。

 底なし沼である可能性を把握しつつも、民意に圧される形でアメリカは中国進出を進める事となる。

 

(※7)

 労働力確保の為もあり、諸外国からの積極的な移民受け入れ政策を実行した。

 この為、1930年代に入ると欧州で迫害を受けたユダヤ系の流入する事となる。

 又、内戦状態になった中国、ソ連が混乱した際にもかなりの難民を受け入れる事となった。

 結果として、日本帝国の雰囲気を強く残しながらも無国籍染みた民族構成の国家(自治国)となっていく。

 

(※8)

 単純に日本国の拡大とならなかったのは、将来的には各州の独立を想定しての事であった。

 その為、各州は日本国憲法の遵守こそ要求されるが法律に関しては独自のものの制定が認めらている。

 又、州軍の保有が認められている。

 国家として見た場合、外交に関しての権限が無いだけである。

 

 

 

 

 

 


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