+
日本に訪れた政治の季節は、少しずつ世界に影響を与えだしていた。
基本的に本土とも言われる日本国の弧状列島に上陸できる外国人は少ない為、その季節感とでも言うモノが世界に広がるのは遅く、そして正確では無かった。
だが、そうであるが故に影響を与える事となる。
日本寄りの国家群の反応は2つであった。
受け入れるか、頭を抱えるか、だ。
日本のする事だからと受け入れた筆頭はフランスであった。
日本との関係は良好であるが、
又、日本が管理する国際連盟信託統治領北ドイツ平原州の併合を見ていたという部分もあった。
日本がそれなりの投資を行っていた為、国土のみならずそれらも
対して、頭を抱えた筆頭はアメリカだ。
ユーラシア大陸東領域を自分の内側に収めているが故に、その不安定化に繋がりそうに見えているからであった。
日本が反アメリカになるとは思えなかった。
鎹たるグアム
それどころか、大きく国境を接するフロンティア共和国とシベリア共和国との間で旺盛な経済交流や人の移動が行われていた。
シベリア共和国へと出稼ぎに出るフロンティア共和国人。
フロンティア共和国へと遊びに来るシベリア共和国人。
その関係は実に良好であった。
共に本国では無いという事もあって、
シベリア共和国で生み出された資源や日本製製品が比較的容易に入ってくる事で生活水準が一部アメリカ本土以上になったフロンティア共和国と言う存在は、アメリカにとって乳と蜜の流れる地そのものであった。
無論、日本にとっても利益は大きい。
食料生産に於いてフロンティア共和国は、広大で治安の良いお陰で投資のしやすい場所であった。
そして
その結果、オーストラリアと並んで日本連邦の重要な食料地帯となっているのだ。
否、日本連邦だけではない。
生産効率が高く、病に強く、尚且つ美味しい日本が作り出した種子によって生み出された大量の食糧は世界中に適切な価格よりも少しだけ手ごろな価格で売却されていっていた。
これは日本の方針であり
目的は戦争/紛争回避策であった。*2
フロンティア共和国が盛大に生み出す食料によってシベリア共和国の食糧事情は安定していたし、シベリア共和国が生み出す各種資源はフロンティア共和国の開発に無くてはならないモノであった。
フロンティア共和国に利益を齎している現体制、日本連邦の一員としてのシベリア共和国の存続を強く強くアメリカが望む理由は。
日本がシベリア共和国から手を引いた際に、アメリカがシベリア共和国を手に入れ更なる大陸利権の拡大を叫ぶ意見もあった。
だがアメリカ政府内部で大勢となる事は無かった。
誰もが、シベリア共和国を確保した結果、ソ連との国境線に陸軍部隊を配置するなどの悪夢は御免被る。*3
そういう話であった。
アメリカは日本を良く知るグアム
アメリカが行うとは思えない
尚、日本受けを最優先で行った宣伝の研究や実施を行った結果、萌えと言う概念によってアメリカのマーケティング企業が
――イラク
混迷の色が加わる日本の政治情勢。
とは言え日本国内の空気は凡そ平穏であった。
小日本主義の政党その他はTVなどで国民の関心と支持を煽り、対する日本政府 ―― 現行維持派も積極的に反論していた。
そこに反・小日本主義の国々や機関が宣伝活動をして彩を加えては居たが、そこに暴力的なモノは含まれていなかったからである。
日本人の民度が原因では無い。
都道府県は勿論として邦国まで含めた日本連邦全域の治安維持を担当する
ある意味で
そこに石を投げたのは、極東の日本とおおよそ関係があるとは言い難い中東のイラク ―― イラク王国であった。
勿論、それは戦争としてであった。
ドイツ戦争終結後、中東情勢は安定性を欠きつつあった。
中東全域に大きな影響力を持ったブリテンとフランスと言う2大国、そのフランスが
ブリテンは慎重に対応を行い、騒乱その他が発生した
だが、その全てが上手くいく訳では無かった。
ブリテンの様な
又、現地政府も民主主義国家とは言い難い為、
極東にユダヤ人の自治国家たるパルデス国が建国されたお陰で、中東における最大の火種となるであろうユダヤ人によるパレスチナ入植が無期限延期され、中東の国々の政治が一つにまとまる事こそ無かった。
だが、そうであるが故に纏まりの無い騒動が頻発し続けていたのだ。
だが本来、日本は無関係である筈だった。
日本はクウェート国に駐屯していたが、政治的な関与は一切行わなかったし、
勿論、注意深く飲酒と言ったイスラム教徒を刺激する様な事を基地の外で行わない様にもした結果、クウェート国での日本人は異教徒であるが良い奴と言う評価を得ていたのだ。
問題など起こる筈も無かった。
問題は、日本の
特に、クウェート国を独立国家ではなく、自国の影響下にある自治国的に見ているイラク王国の人間からすれば
とは言え今までは
だが、その番犬は去ろうとしている。
であればクウェート国は祖国へと帰順するべき。
否、させるべき。
そういう意見が出るのも当然であった。
まるで小日本主義が日本の方針であるかの様な誤解は、直接的に日本の情報を得られないが故の事であった。
そこから更に、急進的な人間が吹き上がった。
日本人が教化されていない辺境へと帰るというのであれば、今すぐもってクウェート国へと軍を進め、それを助けるべきであろうというのだ。
信じがたい話である。
たがそれが、
戦争を終わらせた戦争と一部で言われたドイツ戦争から4年。
確立した
アメリカの資本家が日本の関与を歓迎した理由は、その投資活動がアメリカ人資本家による経済活動と被らない部分が大きかった事が最大の理由であった。
アメリカの優先権を守り、その大きな収入源である農作物の生産や、チャイナ/アジア各国向けの工業製品の生産を助ける投資であったのだ。
1つは電力。
フロンティア共和国の経済活動を支える、発電施設と大都市圏を繋ぐ送電網の構築だ。
しかも
又、雇用も行っていたのだ。
反対意見が発生する余地など無いというのが実情であった。
水道もそうである。
経済や生活の質的向上に繋がる投資であった。
だが同時に、鉄道と言ったアメリカ人資本家の利益に関わってくる部分への投資は慎重に避けていた。
ある意味で日本の配慮。
そして、日本の配慮をアメリカに正しく伝達するグアム
それが日本とアメリカの関係が良好である理由であった。
人間、腹が満ちていれば多少の不満事があっても、簡単には武力に訴えようとはしないと言う考えに基づいていた。
馬鹿馬鹿しいと言う意見もあったが、日本の強力な後押しによって実現していた。
尚、重要な点は、貧困国の類であっても提供される食料は無償ではなく有償、かなりの長期的な返済になったとしても絶対に返済させるという契約が結ばれるという事であった。
フランスやアメリカなどは反対の声を上げたが、この点は日本が押し通した。
安易な借金の免責は、供与された国家の
卑しくも独立国家を名乗るのであれば、免責等と言う逃げは許さない。
そういう話であった。
同時に、先進国側にも植民地を援助漬けにして離れられない様にするのは許さないという断固たる姿勢であった。
日本はアフリカその他で、
面倒くさいからだ。
この為、途上国成長支援機構と言う枠組みを国際連盟の安全保障理事会の下に設けていた。
チャイナ戦争を切っ掛けに、アメリカ陸軍は本土防衛及びチャイナへの駐屯、そしてドイツとの戦争に備える形で30個師団体制(※海兵隊2個師団を含む)へと拡張されていた。
そして、ドイツ戦争の終結に伴って7個の師団が解体され、現在は23個師団体制へと至っている。
最低でも全てが自動車化されており、特に4個の戦車師団と5つの機械化師団と言う陣容は、日本を除く
だが、その程度で対峙できる程、ソ連軍は甘くなかった。
シベリア共和国とポーランドと言う国家の東西両端に強大な敵国を抱えているソ連は、そうであるが故に軍需国家と呼ばれる程に軍事偏重の国家となっていた。
民需から見た経済規模を見れば
如何なアメリカとて片手間に戦って勝てる相手と言う相手では無いのだ。
日本程に相手と隔絶した国力/科学力があれば話は別だが、アメリカとソ連の差は精々が1.5世代分程度しかない為、戦えば必ず被害が出る。
被害を抑えようとすればソ連の2倍規模の装甲や火力を用意する必要があるのだ。
そしてソ連は、日本からの侵攻に備えた重装備を整えている。
シベリアの大地でソ連との全面戦争をアメリカ国防総省が試算した結果を見た、アメリカ政府は、勝利に必要な軍事費と、戦争で想定される被害規模を見て怖気を震った。
フロンティア共和国やシベリア共和国で得られる利益で補填するとしたら、10年単位での時間を必要とする数字であった。
アメリカの有権者がソレを是とするとはとても思えない数字だ。
故に、アメリカ政府の政治方針が日本の大日本主義の肯定に入るのも当然の話であった。
設立目的は、その名前の通り広域の犯罪への対応である。
とは言え
これは、日本連邦の成立期に発生したジャパン帝国軍の
日本政府に対し、この時代の人々が持つある種の野心 ―― 立身出世への渇望と、その為に手段を選ばぬ所がある事を教えた結果であった。
それまでの政治不信による
デモクラシーの意欲溢れたが故に、大正時代に横溢した
様々な要因があり、1つの理由で説明できる話ではないのだが、兎も角として当時の旧ジャパン帝国軍の関係者は陸軍海軍を問わず、結果さえ出せば手段は問われない的な意識を持っていた事が危惧されていたのだ。
又、日本政府は
マスコミによる扇動、或いはSNSなどでのデマその他による恣意的な民意操作がタイムスリップ前の韓国や中国といった周辺諸国との関係を拗らせた部分があったからだ。
伝統的に権力の行使に慎重な政府与党ではあったが、
これは実際に一部在日韓国人らによる
当時の日本人は、朝鮮半島はその他の大陸利権諸共に損切りの対象と認識していた。
だが、そうであるが故にタイムスリップした人々への悪評に繋がる事を座視する積りは無かったのだ。
日本と関係のない国で起こった彼是。
それを為したのはタイムスリップした人々。
という事は、タイムスリップした人々の最大集団である日本も同じような事をするのではないか。
そう国際社会に思われては堪らない。
そういう話であった。
日本と言う国家が安穏とした日常の儘に存続する為には、世界中から資源や食料をかき集めねばならない。
それを、邪魔する可能性は許さない。
そういう話であった。
勿論、情報分野の仕事 ―― デマへの対応等といった所謂情報戦の類は内閣府指揮下の
尚、警察官僚たちは当初、予算と権限が増える事を歓迎していたが、実務的な話が進む中で担うべき業務が指数関数的に拡大する事が判明した時点で顔を真っ青にしたと言う。
当然であろう。
邦国で現代国家と呼べるのはグアム共和国だけであり、一部怪しい所があるけれどもそれなりに現代国家の態を為しているのはオホーツク共和国だけ。
それ以外の国々は警察機構を100年分一気に進歩させねばならないのだ。
更には、治安維持組織として邦国群での
後に設立される、警察組織を統括する日本連邦警察総省の
警察官僚が吐きそうな気分になるのも当然であった。
予算と権限の拡大は歓迎するモノであるが、それも限度があるという話だ。
その姿を、同病相憐れむという態で見ていたのは防衛官僚であった。
但し、注意深く沈黙を守っていた。
何かを口にした結果、そういう仕事は自衛隊がやれと言われては困るからだ。
尚、始まりから死んだような顔をしていたのは財務官僚であった。
歳出削減こそ
警察の組織再編拡大に関わった誰もが、タイムスリップと言う事態に怨嗟の声を上げるのだった。