タイムスリップ令和ジャパン   作:QgkJwfXtqk

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41.1937 ドイツの策動

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 ソ連とスペインに義勇軍と物資を提供したドイツに、看過しえない問題が発生した。

 国庫の枯渇である。

 G4 ―― 主にフランスの敵視政策によって、特にヨーロッパ域内での国外向け経済活動が活性化させ辛い立場にあったドイツの経済は低調であった。

 ヒトラー政権になって以降の経済政策によって雇用自体は劇的に向上してはいるのだが、経済規模の伴わないそれは、労働者の賃金増大や消費活動の拡大をもたらしては居なかった。

 それ故に税収は拡大せず、国庫は苦しいままであったのだ。

 この状況下で外貨を消費したソ連やスペインへの協力は、ドイツに重くのしかかったのだ。

 資源不足こそ、ソ連からの輸入(※1)で一息を吐く形とはなっていたが、ドイツの外貨不足は深刻であった。

 この為、ドイツは非G4諸国への工業製品の売却の道を探す事になる。

 大口なのはチャイナであったが、その次に南米諸国への売り込みを図る事となる。

 

 

――チャイナ

 チャイナ共産党が火を点けたチャイナ人民による反アメリカの機運は収まる所を知らなかった。

 チャイナの各地で、一般のアメリカ人が犯罪に遭う事が多くなった。

 この為、アメリカ政府は自国民に対してフロンティア共和国や上海、香港など以外での活動を自粛する様に呼びかける事となった。

 結果として、チャイナ本土で流通するアメリカ製品は減少する事となる。

 この隙間を突くように、ドイツはチャイナに対して輸出攻勢を掛ける。

 元よりドイツとチャイナの関係は良好であった為、対アメリカ戦(※2)を睨んでドイツ製の戦車や戦闘機を大量に購入していく事となる。

 ドイツは、アメリカのM2戦車に対し自国のⅢ号戦車が攻撃力と機動性では優位であるが、装甲に於いてはやや不利である事を認識しており、チャイナに対しても、Ⅲ号戦車の改良型を提案した。

 Ⅲ号戦車C型である。

 エンジンと足回りを強化し、その上で装甲を強化したモデルである。

 A型に比べて4tもの重量が増した29tというⅢ号戦車C型は、傾斜地などでの運用には神経を使う部分もあったが、シベリア独立戦争での戦訓を元に改良された新鋭戦車と言う売り込み文句はチャイナ人の心を捉えた。

 その他、外見でも強そうに見えるⅢ号戦車C型はチャイナ人の好みであった。

 最終的にチャイナはドイツに400両ものⅢ号戦車C型を発注する事となる。

 200両はドイツ本国から完成品として輸入し、100両はチャイナに部品を輸送して組み立てるとし、そして最後の100両はチャイナで製造する事とされた。

 又、運用実績次第では更なる購入契約を結ぶ事がドイツとチャイナ間で取り決められた。

 併せてドイツから軍事顧問団を招聘し、チャイナは機甲部隊の育成に全力を傾ける事となる。

 この時点でフロンティア共和国に存在する戦車は、フロンティア共和国軍2個戦車旅団分と、アメリカ機械化師団の分だけであり、200両を超える程度であった。

 チャイナは倍の戦車で殴れば勝てるとの算段をしていた。

 その他、航空優勢の確保の為、戦闘機に関してもチャイナはドイツに大量発注を行う事となる。

 ドイツ経由で齎されたシベリア独立戦争の戦訓は、それだけの脅威をチャイナに認識させるに至っていた。

 如何に大量の戦車を揃えても、空から潰されては意味が無い ―― そう思わせられるだけの被害を、ソ連陸軍は航空機によって受けていたのだ。

 ドイツはチャイナに対して、新鋭の1000馬力級水冷エンジンを備えた戦闘機の売却を了承した。

 

 

――ドイツ

 国庫の不足をチャイナとの交易で幾分か補う事に成功するが、それで何とかなる程にドイツの経済規模は小さく無かった。

 その事がヒトラーに1つの決断をさせる事となる。

 中欧の掌握である。

 ドイツへの敵対行動を隠しもしないポーランドは無理にしても、オーストリアや周辺諸国を併合すれば、それらの国の中央銀行にある資産を収奪しドイツ経済は一息つく事が出来る。

 その上で、ドイツ経済は労働者を手に入れる事が出来るのだ。

 労働者の入手先として当初はトルコとの提携も考えられていたのだが、ドイツがソ連と接近した為、その話は御破算となっていた。

 この為に中欧と中東、そして南米へと手を伸ばす事となる。

 

 

――中欧

 フランスとポーランドが音頭を取っている反ドイツ連帯であるが、オーストリアやチェコ・スロバキアといったドイツの裏庭とも言うべき国家群への影響力はそこまで大きなものとはなっていなかった。

 それよりも世界大戦の影響で政治的に不安定な状況が続いていた事から、ファシズムの台頭とドイツへの親近感 ―― 大ドイツ主義へと回帰する事態となっていった。

 この状況にヒトラーは乗る。

 フランスやポーランドとの戦争リスクはあるものの、外貨不足に苦しむドイツにとって、中欧諸国の中央銀行が保有している外貨や金塊が余りにも魅力的であったのだ。

 ドイツは大ドイツ主義による大団結と、ゲルマンによる生存圏確立に向けた宣伝を深めていく事となる。

 

 

――中東

 ブリテンが軟着陸を図っている中東の独立指向への対応に、真っ向から逆らう様な行動をドイツは取る事となる。

 各地域の独立強行派に秘密裏に接触しドイツへの留学を招聘したり、頭脳労働者や一般労働者を問わずにドイツ国内の仕事を斡旋したのだ。

 この他、秘密裡に武器の売却にまで手を広げていた。

 主としては小火器などであったが、一部は戦車すら含まれて居た。

 これらは、イタリア領東アフリカへの輸出品目に混入させる事でイギリスの目を誤魔化していた。

 中東の大地は既に、日本の石油需要によって潤滑な資金があった為、ドイツにとって良い金蔓へと育って行った。

 この時点でブリテンが把握していたのは、ドイツへの留学の増大だけであり、ドイツの策謀に気付く事は無かった。

 

 

――南米

 ドイツが資金源として主目標としたのは軍事独裁政権下にあるべネズエラであった。

 基本的に親米路線を取っているベネズエラであったが、政権首脳陣への賄賂攻勢を行う事で、ドイツに対する融和政策を行わせる様にしたのだ。

 その上で、戦車や装甲車などの最新兵器を惜しげも無く販売する事を約束したのだ。

 南米を自らの裏庭とするアメリカであったが、そうであるが故に、地域の安定性を損なう危険性のある武器の売却に関しては慎重であったことが

裏目に出てしまい、ドイツとベネズエラの接近を許す事となる。

 ドイツはベネズエラへの接近を足掛かりに、かつてファシズム政権を立てていたアルゼンチンへと接触を図る事となる。

 アルゼンチンは、内政の混乱と外交の失敗の重なりによってイギリスの属国の様な立場に立たされており、その国民と軍部の不満に乗る形となった。

 

 

 

 

 

(※1)

 ドイツとソ連の交易は、事実上のバーター取引であった。

 ソ連が必要とした工業力や、工業製品の対価として鉱物資源や原油などを輸入していた。

 ソ連とて重工業の発展によって旺盛な内需を抱えてはいたのだが、皮肉にもシベリア以東を喪失した事によって資源の消費先が減少して居た為、ドイツの需要に答える事が出来ていた。

 

 

(※2)

 チャイナ共産党の扇動によって、チャイナ人には等しく1つの思いを持つようになった。

 それはチャイナ人の大地である満州からアメリカ人を追放してこそ、チャイナの栄光は蘇るというものである。

 他のG4、特にアジア人であり中華の序列に含まれている筈がチャイナを尊重しない日本人は憎たらしい敵であった。

 そしてチャイナの大地を侵食するアメリカが、ブリテンが、フランスが敵であった。

 それら4ヵ国民は、中華の秩序を乱す者たちという意味で“四夷狄子”という蔑称が付けられる事となる。

 同時に、チャイナ政府はドイツは友好国であり、中華秩序に下らぬものの徳のある国家であると遇するように宣伝を繰り広げる事となる。

 

 

 

 

 

 


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