042 戦車開発競争/G4
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シベリア独立戦争の戦訓は、各国に戦車の開発競争を呼ぶ事となった。
十分な装甲を持ち、高い機動力を持ち、あらゆる戦車を打破し得る火力を持った戦車が望まれる時代である。
――アメリカ
シベリア独立戦争に於いて実戦投入されたM2戦車は、その足回りこそ技術的な未成熟故のトラブルを多発はしたが、火力と装甲はソ連BT戦車を相手に充分な効果を発揮し、一方的な勝利を得る事に繋がった。
だが同時に、日本と交戦したKV-1戦車に衝撃を受ける事になる。
主砲こそ76㎜と、M2戦車とほぼ同格の火力を持つKV-1であったが、車重45tが与える重装甲は圧倒的であった。
M2の主砲である75㎜は90㎜砲の開発の遅延によって代替として搭載されたものであり、元が1900年代以前に開発された野砲であった為、KV-1の正面装甲を打破するのは極めて困難であった(※1)。
この事から、アメリカ陸軍は鋭意新鋭の対戦車90㎜砲の開発を進める事となる。
当初はM2戦車を改良し搭載する予定であったのだが、シベリア独立戦争の戦訓があった為に車体構造から一新した新型戦車として生み出される事となった。
M3中戦車。
新開発の90㎜砲を持ち、重量は32tとなった。
アメリカ陸軍としてはより装甲の厚い戦車を求めていたが、アメリカ本土で製造し、海上輸送をすると言う必要から、重量を抑える必要があったのだ。
この決定にアメリカ陸軍は不満を覚える。
再びソ連と戦争をする事となった場合、M3戦車ではKV-1戦車やその後継と戦うには明らかに装甲が不足しているのだから。
この為、火砲その他を部品としてフロンティア共和国に持ち込み、同地の重機工場で製造する体制の構築を図った。
打倒KV-1戦車。
アメリカ陸軍の不安と不満が行わせた行動であった。
この結果、重量制限の撤廃される事となる戦車は、仮称
更なる長砲身化した90㎜砲と40tを超える重量を持つ事実上の重戦車開発であった(※2)。
――ブリテン
日本との共同で行われていた重突撃戦車の開発が漸く終了する。
チャレンジャー戦車である。
新開発の17lb.戦車砲を持ち、傾斜装甲と空間装甲を持った42tの重戦車 ―― 事実上の主力戦車の誕生である。
開発に時間が掛かった理由は、チャレンジャー戦車が単なる高性能戦車ではなく、今のブリテンで量産し整備する事が安易に成し得る戦車として望まれた事が理由であった。
その意味でチャレンジャー戦車は、日本の持っている戦車に関するノウハウを吸収する為の戦車でもあった。
そして、チャレンジャー戦車開発で蓄積したノウハウを元に、歩兵戦車の後継である機動砲車が開発された。
チャレンジャー戦車のコストが高額である為、戦車部隊向けの巡航戦車は兎も角として歩兵部隊に随伴する歩兵戦車まで更新するのは負担が大きすぎるのだ。
歩兵に随伴できる程度の機動力と、戦車以外の目標を破壊できる火力、歩兵程度の火力から身を護れる程度の装甲を持った、低コストな車両として機動砲車は開発される事となった(※3)。
新規開発された6lb.対戦車砲を主砲とし、重量は18tに抑えられていた。
軽量化の為、鋳造された砲塔は薄い装甲ながらも傾斜を充分に計算されて作られており、G4や列強以外の国から見れば立派な戦車であった。
否、それどころか高威力な6lb.砲によって、ドイツやソ連にとっては40t級以上の重戦車以外では撃破されかねないパンチ力を持った厄介な相手であった。
尚、コストを下げる為、日本の企業の支援を受けてトラック向けに開発したディーゼルエンジンを搭載していたのだが、車体重量の軽さから軽快な機動力を発揮した。
この為、ソ連などは軽戦車と判断していた。
命名はバンク、歩兵部隊の堤防となる事を期待されたバンク機動砲車となった。
――フランス
日本から導入したType-31戦車 ―― J36戦車を装備した事によってドイツに対する正面戦力の優位性を確保しているフランスであったが、補助戦力を見た場合、ドイツがⅢ号戦車C型や後継車両を開発している事から、75㎜22t級のS34戦車では早晩に陳腐化する事が予想された。
この為、補助戦車として30t級戦車の開発がスタートする。
研究の為、日本からシベリア独立戦争で鹵獲したドイツとソ連の戦車を購入し分析した。
分析によってフランスは、ドイツとソ連の戦車に共通する弱点として足回りがある事を理解した。
即ち、機動性である。
フランスは次期騎兵戦車に高い機動力を求める事となった。
問題は、機動力のベンチマークとなったのがJ36戦車だと言う事である。
最低でもJ36戦車に追随可能な騎兵戦車と言う要求は、フランスの工業界にとって余りにも高度で在り過ぎた。
この為、機動力の要求を下げるか、装甲(重量)を下げるかと言う選択を迫られた。
その選択にフランスは、第3の回答を選んだ。
二者択一とする1台の戦車では無く、それぞれの目標を達成した2台の戦車を作る事としたのだ。
これはJ36戦車が高性能であっても200両しか存在していない事が理由であった。
主力部隊の戦車としては200両は少なかった。
攻勢の主力としては、フランス陸軍は400両は必要であると計算していたのだ。
不足する200両が機動性が高くとも装甲が薄い戦車となれば、日本戦車に戦いを挑んだソ連戦車の如くドイツ戦車と戦う際に悲惨な事に成るのは明白であったからだ。
とは言え、全ての戦車を重装甲にする必要は無い。
装甲よりも機動力を必要とする場面もそれなりにあるだろうと言うのがフランス陸軍の判断であった。
この為、35t級重戦車と30t級騎兵戦車が開発される事となる。
主砲は共に新開発の長砲身90㎜砲を搭載する事となる。
重戦車として開発されたB38戦車は、J36戦車導入前よりフランス陸軍内で検討されていた1921年計画車を原案とした、やや古いコンセプトで纏められた車両であったが、最近のドイツの拡張主義に早期に対応する必要から採用される事となった。
対して騎兵戦車は、J36の運用実績と情報を元に1から開発される事となり、開発はB38に比べて1年遅れて完成する事になる。
こちらは多数の新機軸を盛り込む関係上、民間企業では無く陸軍設計工場が主体となって設計開発される事となった。
完成後は、AMX39と命名される事となった。
――日本
10式戦車と31式戦車で併せて2000両を超える規模の戦車部隊を有する日本 ―― 日本連邦統合軍であったが、シベリア共和国を筆頭とした第3国の友好国向けの戦車を開発する必要が生まれた。
高度な技術を一切使わず、出来る限り廉く、そして整備し易いシンプルな戦車というコンセプトとなった。
この為、セラミックス装甲なども一切導入せず、エンジンやFCSもデジタル化の行われて居ない戦車であり、同時に、導入国の既存の装備(機銃や発煙筒、果てはエンジン)も採用し易い設計が採用される事となった。
砲塔は安く軽量に仕上げる為、鋳造式も検討されたが、最終的に採用されたのは鍛造の装甲板をフレームに溶接して造られたオーソドックスな砲塔であった。
これは製造コストの問題よりも、機械的な信頼性と品質が重視された結果であった(※5)。
この結果、重量は38tに抑えられる事となる。
主砲は、フランスの開発した90㎜砲を採用している(※4)。
命名は38式戦車とされ、その販売国第1号はシベリア共和国となった。
同時に日本の各連邦国軍でも31式戦車よりも整備コストが抑えられる為、38式戦車が採用される事となった。
又、陸上自衛隊でも第101海兵旅団(外人部隊)の様な海外への展開が前提とされる部隊では、整備への負担が少ないと言う点が評価され、改良型が採用される事となった。
改良型である38式戦車B型(本国用)は、主砲を31式戦車と同じ105㎜砲へと換装と増加装甲を設置し、無線機などを自衛隊規格へと交換したものであった。
(※1)
グアム共和国軍(在日米軍)の技術的な指導によって成形炸薬弾が用意されており、交戦は不可能では無い。
(※2)
F戦車は、最終的にM24戦車として完成する事となる。
2桁の登録番号となっているのは、2桁台がフロンティア共和国の戦車工場で開発/製造された事を意味し、1桁台はその4番目に検討された事を意味している。
M2を元にした1番目の案、M3を元にした2番目の案、日本の31式戦車を模倣した3番目の案の全てを破棄し、1から検討開発された戦車である。
(※3)
機動砲車は、その由来から歩兵支援を主体とする車両であったが、その運用は諸外国の対戦車自走砲と変わるものでは無かった。
又、生産が容易であった為、大量に生産され、チャレンジャー戦車の不足した部隊では戦車の代役としても運用された。
(※4)
当初は共同開発の形となったブリテンの17lb.砲を採用する予定であったが、ブリテン政府より、17lb.砲を諸外国に拡散されてしまっては困ると言うクレームを受けて断念。
次善の案として6lb.砲の提案を受けたが、それでは諸外国の戦車に比べて小口径であり商品の魅力が落ちると日本が拒否する。
この結果、日本は代案としてフランスと交渉をする事となる。
シベリア独立戦争で得たドイツとソ連戦車の残骸を安価で提供する対価として、フランス国内向け価格での90㎜砲の輸入を行う事としたのだ。
フランスとしても諸外国向けに砲弾は売れるので利益が上がる為、了解する事となる。
尚、90㎜砲のライセンス生産を行わなかった理由としては、38式戦車が輸出専用であり何両製造するかも判らない為、メーカー側が設備投資を断った事が原因であった。
これは嘗て日本が製造していた90㎜砲を再生産しないのも同じ理由である。
そして、砲弾の製造すらフランスに委託し、全量を輸入で賄う理由でもあった。
(※5)
尚、実際に製造ラインを組む際に計算した所、この時点で予定されていた1000台程度の製造であれば、鋳造よりも鍛造の方が値段が安く出来る事が判明している。
2019.06.15 説明を追加
2019.06.15 記述を追加
2019.06.16 説明を修正