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ドイツがオーストリアとチェコスロバキアの併合に意欲を持って取り組む様になったのは、大きく言えばドイツ経済が理由にあった。
小さく言えば、ドイツ軍が原因であった。
ドイツ軍の再軍備の為にドイツ政府が発行していたメフォ手形と呼ばれる軍備費手形、その最初の償還期限が近づいていたからであった。
メフォ手形によるドイツ軍の再軍備はドイツ経済の活性化 ―― 景気回復の一助とはなったが、世界経済の大多数を占めるG4諸国とドイツとの関係が良好とは言い難かった為、ドイツ企業の世界との貿易量と額は伸び悩み、期待されていた程の波及効果が生み出されたとは言い難いのが現実であった。
チャイナとの軍事協力と武器売却は少なくない利益を上げては居たが、軍需主体であり、ドイツ経済の浮揚に結びつくとは言い難かった。
それはソ連との関係に於いても同じことが言えた。
ドイツ経済は、旺盛な購買力を持った市場を欲していたのだ。
だが旺盛な購買力を持った国は、その大多数がG4の勢力下であり、無理な願いであった。
それ故に、ドイツはドイツ人 ―― ゲルマン民族の多く住むオーストリアとチェコスロバキアの併合を目論む事となったのだ。
同じゲルマン民族の大団結と言う建前を持って、2つの国家を市場として取り込むのだ。
併せて両国の中央銀行が保有している
ドイツは収奪経済への道を転がり出していた。
――ドイツの拡張主義
ヒトラーの掲げるスローガンに、何時の頃からか“アーリア人によるアーリア人の為のアーリア人の生存圏確立”が入る様になった。
ドイツを中心とした中欧諸国の大団結によって
同時に、国家社会主義政党の私兵集団である
両国の世論を誘導し、
ドイツは、G4と政治的な対立が続いている事を理解していた。
特にフランスとの対立は政治的な段階を越えつつある、薄氷の上を歩くが如き関係にあると理解していた。
日和見とも言える態度を見せているブリテンや、已むを得ずシベリアで激突する事となった日本とアメリカとは違い、フランスとは欧州の主導権を掛けて争っていると言う理解である(※1)。
故に、ドイツはドイツの拡張主義では無く、ドイツへの統合をオーストリアとチェコスロバキアに熱望されて統一すると言う筋書きで進める積りである。
当座の目標はオーストリアとチェコスロバキアの2カ国であるが、可能であればハンガリーやスロバキア、ルーマニアまでも併合を目論んでいた。
ドイツの必要とする購買力と労働力は、それ程に不足しているのだった。
ヒトラーと国家社会主義によるドイツは一見では繁栄している様に見えたが、その実として極めて不安定な国家であった。
――国際連盟
オーストリアとチェコスロバキアで盛り上がりつつある、ドイツへの帰属 ―― 統一論に、フランスは動き出す事となる。
情報機関を派遣し、世論の動きや国民感情を把握せんとする。
情報収集活動の最中、
又、デモなどでゲルマン系の両国国民が暴力的に振る舞う様を見ていた。
その上で、非ゲルマン系の両国国民が、粗暴な国家社会主義への嫌悪感を内包しつつ、だが、その粗暴性故に表明できていない現実を把握した。
故にフランスは、オーストリアとチェコスロバキアに於けるドイツへの称賛と国家統合への希求を、ドイツによる情報工作であると断じた。
その上で国際連盟に対し、ドイツが国際連盟の規約第11条第2項に定められた連盟加盟各国間の良好なる関係を撹乱せしめる行為を行っていると弾劾したのだ。
国際連盟は蜂の巣をつついたような騒動となった。
国際連盟に加盟する大多数の国家は、先の世界大戦から10年以上を経過し平和にまどろんで居た為、戦争の脅威から目を逸らし続けていたのだ。
それは、平穏であれと言う願いにも似た被膜に包まれていた現実を直視する時が来た事を示していた。
国際連盟は紛糾する事となる。
ドイツとてG4には及ばぬものの一角の列強であり、列強同士の戦争は国際連盟加盟国の大多数を占める中小規模の国家にとって、その余波だけで死ねる死活問題であった。
ドイツを殴る気満々のフランス、加勢する気満々のブリテン、巻き込まれる事を覚悟している日本。そして中欧の雄であるポーランドは、ドイツへの横殴りの決意を隠した笑顔を見せていた。
周辺諸国の厳しい対応に、ドイツは慌てる事となる。
ドイツにとって中欧のオーストリアとチェコスロバキアは、安全に切り取れる対象であればこそ価値のある相手であったが、戦争を行ってまで取るには価値が低かった。
だが同時にドイツとて矜持があった。
国際社会に威圧されて引き下がれぬ国民感情というものがあった。
世界大戦の敗北の恥辱から復活したと言う意地。
或は、ドイツ政府が常に宣伝していた精強なるドイツ国防軍は、莫大な税金を投じて作り上げられているドイツの軍は、列強の干渉に折れねば成らぬほどに弱い存在であるのか? というドイツ軍の根幹に関わりかねない深刻な疑問であった。
ドイツ政府は進退窮まる事となる。
――チャイナ
民族自決と内政干渉の問題に揺れる国際連盟に対し、空気を読まないチャイナが爆弾を落とした。
この民族自決への制限と列強による内政干渉と言う問題こそは、正にチャイナが10年に渡って味わっている恥辱であり、アメリカを筆頭とする列強各国はチャイナの大地から追放されるべしと宣言したのだ。
どの国の国際連盟大使も唖然とした。
友好関係から自国への支持を行ってくれるものと信じていたドイツは呆然となった。
チャイナから国土を割譲せしめたブリテンやフランスは、戦争を仕掛けて負けた敗戦国の分際で寝言を言うなと唖然とした。
大多数の国連加盟国は、アジアの田舎者が先進国の深刻な会議にアジアの片田舎の小さなことで口出しするなと憤然とした(※2)。
だがチャイナは真剣であった。
真剣に、アメリカを筆頭とするG4による横暴を訴えたのだ。
ドイツを批判するのであればアメリカを、日本を、ブリテンを、フランスを糾弾するべきであると訴えたのだ。
国際連盟の総会は一気に荒れだす事となる。
(※1)
ドイツのG4諸国への理解は、この程度であった。
事実として、4カ国の対ドイツ感情は極めて悪かった。
歴史を知るが故に警戒を緩める事の無く、何時かは殴る事に成りそうだと覚悟している日本。
裏庭である南米に手を入れられ、チャイナ相手に武器を流し込む事で何時かはぶん殴ろうと決意しているアメリカ。
イタリア領東アフリカの経緯から中東に着火したのはドイツではないかと睨み、何時かケジメを付けさせたいと狙っているブリテン。
元駐日仏国大使館経由で未来情報を知り、フランス国土に戦禍が及ぶ前にドイツを焼き尽くす事が決定しているフランス。
どの国も、ドイツに友好的な感情を抱かず、何時戦争になるのかと図っているのが現実であった。
国際連盟などの場で、露骨な反ドイツ行動を示されなかった為、ドイツは厳しい現実を認識出来ずにいるのだった。
(※2)
尚、アジアと言う地理的な枠に於いては日本もアジアの国ではあったが、G4を含めて国際社会の中で日本と言う国家はアジアの国家と言う
特に、G4でも列強でも無い国家にとって日本は、アジアでは無く、先進国では無く、列強では無く、もっと恐ろしくも悍ましいナニカ ―― と言う扱いであった。
2019/11/17 題名変更