タイムスリップ令和ジャパン   作:◆QgkJwfXtqk

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強者の理屈は、いつでもまかり通る

――ラ・フォンティーヌ    
 







052 カレリア地峡紛争-1

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 ソ連からの国境線変更の交渉を受けたフィンランドは、基本的に拒否を貫いていた。

 国力の差から言えばソ連側が圧倒的に優位な2国の関係であったが、フィンランドには2つの頼るべきものがあった。

 国際連盟とワルシャワ反共協定(※1)である。

 1935年のエチオピア危機以来、平和維持の為の戦力展開を辞さなくなった国際連盟は、武力に頼った国境線の変更を断固として認めないと言う事で意思が統一されていた。

 又、ワルシャワ反共協定に関しては文字通りの反共連合である為、ソ連の横暴に対しては断固とした対応を期待できたのだ。

 

 

――フィンランド

 国際連盟に対して、ソ連から受けた横暴な要求をはねのける為の協力を要請する。

 その上でソ連に対しては武力を以て国境線の変更を図るのであれば、実力をもって抵抗すると宣言した。

 その上で、乏しい国家予算の中から軍事費を捻出し、軍の強化を図る事となった。

 だが同時に、その軍備の増強を背景としてソ連に対して戦争を回避する為の交渉を継続した。

 戦争となれば負ける。

 負けずとも被害は甚大となるだろう。

 それがフィンランド政府の偽らざる本音であった。

 

 

――国際連盟

 ソ連に対しては強制的な国境線の変更を行わない様に要求を出し、その上で必要があれば国境監視団を編成し戦力の衝突を抑止する旨、提案される事となった。

 だがこれが即座に通る事は無かった。

 主要理事国の1つ、フランスが国内の政治的混乱によりソ連に対する強いメッセージを出す事を躊躇した事が理由であった。

 又、ドイツがソ連側に立った事も大きかった。

 ソ連の国防上の理由で在る以上、武力衝突に至っていないのであれば国際社会は2国間の交渉に関与するべきでは無いと主張したのだ。

 これにチャイナが同調した。

 満州事件に関して、国際連盟からの干渉を快く思っていなかったチャイナは、ここぞとばかりにドイツとソ連の肩を持ったのだ。

 主要理事国では無いにせよ、大国と言って良い2国がソ連側に回った為、国際連盟の足並みが揃うには時間が掛かる事となる。

 

 

――ソ連

 外交的勝利を求めたにも関わらず、軍事的勝利が必要となった状況にソ連上層部は頭を抱える事となった。

 当然である。

 ソ連軍がシベリア独立戦争で受けた傷、その後に行われた粛軍による傷は決して浅いものでは無かったのだから。

 だが、それ故にソ連軍の士気は高かった。

 ソ連軍は佐官級以上の指揮官が軒並み粛清、或は退役していた為、組織として相当に若々しい組織となっていたのだ。

 それ故に、フィンランドとの武力衝突は汚名返上の機会であり、同時に自らの昇進に繋がる機会でもあると認識していたのだから。

 とは言え、ソ連軍が全力でフィンランドに対峙出来た訳では無かった。

 最大の敵であるシベリア共和国、下腹部を狙って来る怨敵ポーランド、この2カ国への備えを削る訳にはいかないからだ。

 この為、ソ連は徴兵を強化して歩兵師団を新設し、侵攻部隊に充てる事とした。

 ソ連政府は国内に対しては、この徴兵を指して、外交を支える戦力であると宣伝した。

 尚、開戦後には、素晴らしく小さな戦争を行うピクニックの様な戦争であると宣伝した。

 最終的にソ連軍は、新規徴兵した兵を中心とした12個師団21万名を用意し、フィンランドに圧力を掛ける事となる。

 尚、新兵主体である為、戦車、装甲車が優先的に配備されている。

 この部隊の錬成に関してソ連政府はドイツを中心とした友好国のメディアに公開を許可し、フィンランドに圧力を掛けた。

 訓練では、最新鋭の45t級戦車であるISが公開され、その洗練されたデザインは、世界中の戦車開発に少なくない衝撃を与えていた。

 ソ連軍としては珍しい程に情報を公開したのは、ソ連上層部の中に居る非戦派 ―― 外交的勝利派の影響であった。

 非戦派にとって、今のソ連はシベリア独立戦争によって国力が大幅に減衰しており、戦争の出来る状態では無いと言うのが共通の認識であった。

 

 

――シベリア共和国

 ソ連と対峙するシベリア共和国にとって、ソ連とフィンランドの衝突はもろ手を挙げて歓迎すべき事態であった。

 日本連邦から全幅の支援を受けているとは言え、対峙するソ連は国力で倍近い格上の国家であった。

 その格上国家が少しでも疲弊するのであれば何でもすると言うのが、シベリア共和国の方針であった。

 即座にソ連相手の非難声明を上げると共に、日本へ確認の上で義勇軍の編成とフィンランド派遣を決定した。

 シベリア共和国政府の要請を受けて日本は、機甲部隊を含めた重部隊の派遣を了承する。

 日本としても、ソ連の国力低下は願っても無い事である為、日本は派遣部隊の装備に関して優先的に提供する事を約束、実行する。

 このお蔭で、編成された第1シベリア義勇団(※2)は、戦車、装甲車、野砲を充足した増強機械化旅団となる。

 航空部隊でも義勇部隊を編成した。

 此方は、F-6戦闘機を中心とした20機余りの部隊であった。

 気前よく新鋭機を義勇部隊として貸し出す理由は、アメリカから購入した諸戦闘機とは比べ物にならぬ高い稼働率があった。

 又、消耗品に関しては、日本がブリテン駐留部隊を介して協力すると言うのも大きかった。

 この他、シベリア独立戦争の際に鹵獲したソ連軍の小銃や野砲、果ては戦闘機などの提供もフィンランドに約束していた。

 

 

――フランス

 国内の親ソ連派 ―― 平和派が活発に活動することによる国内情勢の混乱は、欧州の盟主を自認するフランスに積極的な行動を許さなかった。

 それ程にフランス国内の平和派は有力であり、同時に過激な主張を繰り返していた。

 フランス政府が、最悪の状況として内戦(シビル・ウォー)への備えをする程度に。

 とは言え、何もしないという選択肢も政権にとってはあり得ない話であった。

 義勇部隊の編成こそ行わなかったが、ブリテンに声をかけて戦争抑止の為の海洋任務部隊を編成し、ソ連への圧力を掛ける事を決定していた。

 又、保有する旧式装備、戦車、野砲、航空機、小銃などのフィンランドへの提供も申し出ていた。

 

 

――ブリテン

 国際連盟主体の平和監視団編成が行われていない現状、フィンランドへの支援はフランスと共同で行う戦争抑止の為の任務部隊の編成と派遣の他は、人道に基づいた支援が中心であった。

 これは、主にフランスに遠慮したと言う面があった。

 世界はブリテンが、旧大陸(欧州)はフランスが、などという認識があった為、出しゃばる事を躊躇したと言う側面があった。

 同時にブリテンは世界を制するが故に、その世界各地での植民地での独立を求めた活動が活発化しており、その対応に外交力が食われていると言う状況でもあった。

 この状況であっては、如何に世界帝国であると自認するブリテンであっても自由には動けないでいた。

 

 

――アメリカ

 国際連盟に正式加盟していないアメリカが国家として行った動きは乏しかった。

 1つはソ連に対する非難声明。

 1つは民需物資の売却に関する声明。

 1つは、日本に対して売却中の1000馬力級エンジンに関して優先度を上げる ―― 国内需要向けを一時中断した上で、日本へ売却する事を選択した。

 アメリカにとって優先されるのは対中、満州経営であった。

 

 

――日本

 シベリア共和国同様に、ソ連の国力低下を狙う意味でフィンランドへの人道的支援を宣言する。

 その上でフィンランドに対して、軍事物資の提供を行う対価として国境線条約の締結を持ちかけた。

 これはフィンランドが国境線を外側に向けて変更する場合には、日本と国際連盟の承認を必要とする事を定める条約であった。

 これは、日本の国内世論対策が主となった条約の締結要請である。

 即ち、防衛装備移転三原則に基づいた処置であった。

 シベリア独立戦争の頃より、日本の武器輸出に関してはかなり柔軟性を持ったものとなっていたが、それでも新規に輸出する場合には国内世論や国会での審議に時間が掛かる状態ではあった。

 この為、国境線条約をフィンランドと結ぶ事で、フィンランドは日本の防衛装備転移三原則を遵守する積りがあると宣言して貰ったのだ。

 フィンランドとしては、特に問題となる事は無かった為、国際条約としては恐ろしい速度での締結になった。

 この締結をもって、日本は、人道的国防装備の売却を宣言した。

 主たるものは防御的な装備、携帯食料や衣料品、簡易対戦車ロケット、地雷などである。

 その上で、フィンランド政府から強く要求されたのが戦闘機であった。

 日本はエンジンの整備性が高いと言う事と、既にシベリア共和国に供給し、運用実績のあるF-6戦闘機を主として売却する事を決めた。

 又、F-6戦闘機の数が揃うまでの数合わせとして、ブリテン製1600馬力級水冷エンジンを搭載したF-7戦闘機も少数が提供された(※3)。

 シベリア共和国空軍向けに本格的に量産の始められたF-6戦闘機では無く、いまだ低率量産段階にあるF-7戦闘機を最初に供出する理由は、エンジンがブリテン製である為、保守部品の供給が容易である事が大きかった。

 

 

 

 

 

(※1)

 ソ連の周辺に存在するフィンランド、ポーランド、シベリアの3ヵ国から構成されている。

 名前の由来は、協定が締結されたのがワルシャワ市であった為である。

 当初は対ソ連での情報の共有が目的であったが、シベリアが日本連邦に参加する事になって以降はある程度日本の先進技術の共有が図られる事となっていた。

 先進技術の共有 ―― 漏えいに関して日本は、シベリアへの圧力低下を狙うと言う意味で黙認していた。

 但し、物資の売却に関しては慎重に行う様に要請(・・)していた。

 これは対フランスの絡みがあった。

 ポーランドを自国の影響下にある国家と認識するフランスと波風を立てぬ為であった。

 フィンランドに関してはフランスの強い影響下にある訳では無かったが、フランスの持つ欧州の盟主と言う認識故に過度の日本からの干渉に対してはフランスが遺憾の意を表明する事があった。

 とは言え、1930年代後半に入ってからのフランスの政治的混乱により、フランスの欧州全域に対する影響力は格段に低下する事となり、フィンランドもポーランドも自国防衛の為にも日本に頼る形となる。

 

 

(※2)

 第1シベリア義勇団

  1個機械化歩兵連隊

  2個自動化歩兵連隊

  1個戦車連隊

  1個自走砲兵連隊

  1個偵察大隊

 錬成途上の部隊から、人員を集成して作られた第1シベリア義勇団は、過度にソ連を刺激しないという政治的判断から旅団規模を公称しているが、人員は約15000人を数える、堂々とした師団規模部隊であった。

 4個中隊編成の戦車連隊が装備する戦車は、3個中隊こそアメリカ製のM2戦車であったが、1個中隊は日本から導入したばかりの新鋭38式戦車が定数配備されていた。

 機械化部隊の装甲車に関しても、38式装軌装甲車が充足している。

 この他、部隊で使用される自動車は全て日本製が配備されていた。

 日本製の自動車、特にトラックは雪のフィンランドでも問題なく稼働し、その整備性も相まって兵たちから高く評価される事となる。

 この為、フィンランドは戦争終結後も日本に対してトラックの提供 ―― 売却を要請する事となる。

 

 

(※3)

 日本政府がフィンランドに提供を決めたF-7戦闘機は、日本連邦統合軍欧州総軍欧州方面隊隷下の第666航空団(トリプル・シックス)で運用試験が行われていた機体12機であった。

 ブリテン空軍の部隊錬成にも協力していた第666航空団は、ある種の宣伝部隊も兼ねていた。

 海外輸出向けのF-7戦闘機 ―― 特に欧州で好まれている水冷式のエンジンを搭載している為、模擬空戦などを行って機体性能をアピールする事が望まれていたのだ。

 第666航空団が大仰な部隊番号と部隊名(ニックネーム)を持っているのも、或は髑髏をあしらった派手な部隊章を持っているのも、宣伝任務を持っている為であった。

 フィンランドのパイロットたちは、ブリテンの地で第666航空団から航空機材を譲り受け、そして訓練を受ける事となる。

 尚、同様の部隊としてF-6戦闘機を装備したシベリア総軍の隷下にある第501航空団(ストライカーズ)が存在している。

 

 

 

 

 

 




2019/10/01 文章修正
2019/11/15 題名変更
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