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シベリア共和国の義勇部隊のフィンランド派遣は大馬力で行われる事となった。
各部隊の連携訓練もそれ程行われる事は無く、佐官級以上の指揮官達は輸送艦や人員輸送艦(※1)をネットワーク化して、意思伝達や部隊運用に向けた図上演習を行う事で対応するものとされた。
ここまで急ぐ理由は、フィンランドとソ連の開戦前には義勇部隊をフィンランドに送り込みたいと言うシベリア共和国政府の要望があった。
同時に、日本政府としては開戦に至る前にフィンランド側を強化する事で、ソ連政府に
――ソ連
戦争を抑止する為として大々的にマスコミに公開されて行われた
特にスターリンは、アドミラル・エヴァルトは断固として撃沈するべきであると見ていた。
それ故に、ソ連はフィンランドとの開戦を遅らせる決断をしていた。
潜水艦であれば国籍など不明となる。
アドミラル・エヴァルトを含むTF-391が平時と思ってバルト海を訪れた時、
現時点でバルト海に投入できる潜水艦は12隻。
漁船に偽装した哨戒艇をスカゲラック海峡に投入しTF-391を捕捉、包囲し打撃を与える積りであった。
第1目標はアドミラル・エヴァルト。
第2目標は各種輸送艦。
そして、可能であれば日本の海洋戦力の象徴である、超々々大型空母ずいかくと戦艦むさしの撃沈であった。
攻撃に成功した潜水艦は勲章の授与を確約し、撃沈出来た場合は昇進も約束した。
12隻の潜水艦には最優先で物資を融通し訓練時間も存分に与えた。
ソ連は万全な形でTF-391を迎え撃つ積りであった。
――日本
TF-391を編成するのと前後して、日本は北海-バルト海に於ける航路安全の為の航空部隊の展開を行った。
元から航空部隊の駐屯していたブリテンを主基地とし、非常時の支援用にポーランドへ航空基地を借り受ける交渉を行ったのだ。
展開する主力はP-1哨戒機とE-767AWACS、そしてEC-2電子戦機であった。
欧州に短時間でここまで航空戦力を展開出来たのは、欧州総軍の後方支援を行うクウェートの基地あればこそであった。
G4を含めて諸外国は、日本が滅多な事では海外展開させない未来戦闘機、F-3戦闘機を欧州に展開した事で日本の本気を見た。
とは言え、日本の目的はそれ程に威圧的なものでは無かった。
単純に、P-1哨戒機にせよE-767AWACSにせよ展開速度が速いので、護衛をするには同等以上の高速発揮が可能なF-3戦闘機が必要だというだけであった。
――ドイツ
フィンランドにて繰り広げられたF-7戦闘機とYak-9戦闘機の実弾を伴わない空戦情報をソ連から得たドイツは、現状ではドイツ空軍の主力機である1000馬力級エンジンを搭載したBf109戦闘機ではF-7戦闘機に対抗する事は困難であると判断していた。
これは推測では無く、事実であった。
ソ連から求められたエンジンの共同開発の為、ドイツは情報収集としてソ連のフィンランドとの国境線近くに10機のBf109戦闘機を派遣、情報収集を行った結果だった。
1000馬力級エンジンを搭載したBf109E型戦闘機では、F-7戦闘機に全くと言って良い程に歯が立たなかったのだ。
この為、開発中であった現エンジンの改良型、1500馬力級の実用化に努める事となる。
又、このエンジンの開発で得られた知見をソ連側にも提供し、共同での大馬力エンジンの開発に着手する事となった。
そこに登場したのがF-3戦闘機、ジェットエンジン機である。
日本がジェットエンジンの戦闘機を保有する事は知っていたが、P-1哨戒機などと違いシベリア独立戦争にも投入されず本土以外には展開させない為、ある種の張子の虎と見ていたのだ。
そのジェット戦闘機が欧州に展開し、活動する様にドイツは衝撃を受けた。
Bf109戦闘機では勝てない、と。
その結論に激怒したヒトラーは、ドイツの航空機製造メーカーに対して、ジェットエンジン戦闘機の開発を厳命する事となる。
――ブリテン
ドイツ同様にF-3戦闘機の衝撃を受けたブリテンも、独自の次世代戦闘機開発に注力する事となる。
だが同時に、開発と量産体制の確立まで時間を必要とするジェットエンジンのみに注力する事無く、補助戦力としてのレシプロエンジン機の開発も進める事とした。
ある意味で、これがドイツとの国力の差であった。
――フランス
国内の政治的混乱から、ジェットエンジンの開発に全力を傾ける事が出来ずにいた。
エンジンメーカーへの指示と、補助金を捻出する事は出来たが、それが精一杯であった。
フランスの航空産業は少しづつ世界の流れから遅れ出していた。
――アメリカ
日本に次いでジェットエンジンと、ジェットエンジン機に関する知見の豊富なのはアメリカであった。
グアム共和国(在日米軍)経由でふんだんに未来情報を知り得たアメリカは、本格的なジェットエンジン戦闘機を開発する余力を持っていた。
にも関わらず、開発を本格化していなかった理由は、開発に必要な膨大な予算の問題であった。
或は敵。
1939年の時点でアメリカにとっての主敵はチャイナであり、その航空戦力は貧弱であったが為、ジェットエンジン機を大馬力で開発する必要性に乏しかったからだ。
ある意味でアメリカは平和にまどろんだ国家だった。
とは言え、F-3戦闘機の欧州展開を切っ掛けに列強各国でジェットエンジン機の開発がスタートした状況を座視する事は無かった。
各メーカーに補助金をふんだんに与え、グアム共和国(在日米軍)から得た情報を提供し、G-4で最初のジェット戦闘機を開発する事となる。
(※1)
人員輸送艦とは、タイムスリップ時に民間造船会社が受注建造途中であった大型客船や貨客船を景気対策として日本政府が買い取った船舶の総称である。
又、タイムスリップ後、
又、一部の中型貨客船の場合、人員輸送よりも通信機を増設し、ヘリ甲板まで設置した指揮機能強化型人員輸送艦も存在する。
マスコミや野党からは、最終的に30隻を超える大整備計画となった外洋船舶整備計画(人員輸送艦のみならず、タンカーや自動車運搬船などの雑多な、建造途中の大型船舶の買い上げ)は官需主導による不正常な政府予算の運用であり、拡張的軍国主義的の表れであると批判の声も上がった。
だが日本政府は、この批判を退けて整備計画を遂行した。
この官需あればこそ民需が復活するまでの短く無い期間、日本国造船業界と雇用を守る事が出来るとの判断であった。
尚、平時には船乗りの訓練船(訓練学校)を兼ねる病院船として南洋方面や欧州、アメリカに派遣されている。
又、建造が進んでいた客船は豪華な内装のまま建造され、外交文化交流用に用いられた。
人員輸送を艦船に頼る理由は、航空機で世界展開するには、日本本土を除く各地の航空機運用インフラの整備状況が極めて劣悪だからである。
2019/10/03 文章修正
2019/11/15 題名変更