タイムスリップ令和ジャパン   作:◆QgkJwfXtqk

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099 フランス植民地帝国の壊乱-04

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 1940年より始まっていたフランス領インドシナでの独立闘争は、2年の月日を経て鎮圧されようとしていた。

 フランスが本気を出した ―― アフリカなどから装備と練度の良好な正規フランス人による部隊を投入したと言うのが大きい。

 日本やアメリカには劣るが、それでもこの時代としては十分な信頼性を持った装甲と機動手段を持った、練度良好な部隊である。

 旧式の小銃や手榴弾、自作の爆弾が精々のベトナム独立派が頑強に戦い続ける事が出来る筈も無かった。

 又、フランスは、フランス領インドシナを重視している事を示す為に今現在で1隻しか稼働状態にない空母ペインヴェまで投入していた。

 ジョフレが被ったスカゲラック海峡事件での戦訓に基づいた大改装こそ行われていないが、小規模な改装と運用の手直しは行われて居た為、フランスは戦艦ストラスブールを旗艦とする6隻の護衛部隊も付けて東洋戦隊の名前を付けて派遣していた。*1

 こうなってしまえば、ベトナム独立派は狩られるだけの存在になるしかなかった。

 如何に人民の海に潜って隠れていても、武器を持って戦おうとすれば鏖にされるのだ。

 この状況に止めを刺したのがチャイナ人義勇兵 ―― 大アジア連帯主義(グレート・アジア)者の離脱である。

 度重なった敗北、劣勢であったが為に士気も盛り上がらなかったチャイナ人義勇兵が、祖国から届いた大アジア連帯主義に基づく南チャイナ独立運動に心惹かれたのも、ある意味で仕方のない話であった。

 とは言え、抜けられるベトナム独立派からすればたまったものでは無い。

 既にベトナム独立派を軍たらしめてきた職業軍人集団、中堅指揮官も兼ねていたジャパン人将校団が喪われていた所に、兵士たちも失ったのだ。

 武力闘争の継続など出来るものでは無かった。

 又、フランスがベトナム独立派の活動資金元を調べ、それらを潰す動きをしていたと言うのも大きい。

 特に、フランス領インドシナの民族系資本に対しては、相互監視と密告の奨励を行い、それが出来ないのであれば重税を課す様な事をしていたのだ。

 指揮する者が減り、兵は失われ、金は無い。

 その様な状況で独立運動を継続し続けられる筈も無かった。

 

 

――ベトナム独立派

 大規模な軍事蜂起、抵抗運動が困難になる中で、ベトナム独立派の主要な人間が考えたのは、政治的妥協であった。

 独立はもはや不可能であるが、それでも最低限度のベトナム人の権利をフランスに認めさせたいと言う思いからであった。

 問題は、その要求をフランスが飲む必要は無いと言う事である。

 既に大勢は決しているのだ。

 敗者の願いを勝者が受け入れる必要性など皆目無かった。

 だがそれでも、独立派は自らの行動が、これまで重ねて来た死者が犠牲が全くの無意味であったと言う事に耐えられなかった。

 故に、無謀なテロ活動に注力する事となった。

 政治的妥協をフランスに要求し、それが認められないのであればテロを行う様になったのだ。

 当初はフランス政府関係施設を狙っていたが、直ぐに防備を固められて()()を出す事が難しくなった。

 その結果、次善の策として公衆の場でのテロ行為が行われる様になる。

 それは当然ながらも一般のベトナム人を巻き込む行為となる。

 それが、ベトナム独立派の思惑とは異なり、一般のベトナム人の心をベトナム独立派から引き離していく事へと繋がっていく。

 

 

――フランス

 大規模なベトナム独立運動軍の撃滅に成功し、チャイナ ―― 南チャイナとの国境線付近も完全に掌握する事に成功したフランスであったが、問題は山積していた。

 大規模なベトナム独立派の軍勢こそ殲滅せしめたが、今度はテロ活動が行われており、治安は悪化の一途をたどっていた。

 これでは、フランスのアジア経営が立ち行かなくなる。

 それでなくとも、延べで100,000以上の将兵を紛争と治安維持戦に投入しているのだ。

 その戦費は、フランスに重くのしかかっていた。*2

 フランスは早期のフランス領インドシナ ―― インドシナ連邦全域での収支の黒字化が望まれていた。

 重税を課すのは簡単であるが、それでは再び治安が悪化するだろう。

 そうなれば、今、フランス領インドシナに派遣されている戦力はそのまま駐屯させ続けなければならないだろう。

 それは、今後のそう遠くない頃に勃発するであろう(殴り掛かる予定の)ドイツとの戦争を考えれば、どう考えても悪手であった。

 フランスとしては、開戦と共に営々と育て上げて来た機甲部隊でドイツが対応する前に殴り殺す予定であったが、()()()()()

 第1次世界大戦(ワールド・ウォーⅠ)の戦訓や、日本から知らされた独仏戦争の情報を考えれば、予定通りに戦争が推移するとは限らないと覚悟はしておくべきであるともフランスは考えていた。

 そうなれば、インドシナ連邦軍をフランス本土へと徴集する必要が出て来るかもしれない。

 その様な事を考えると、今現在の武力に頼った統治政策は好ましいものでは無かった。

 ベトナム人とインドシナ連邦をフランスに心服させねばならぬ。

 フランスがその結論に達するのも当然であった。

 とは言え、独立運動 ―― 紛争が繰り広げられ、今もテロが続発する有様なのだ。

 簡単な話では無かった。

 頭を抱えたフランスは、最終的にブリテンとアメリカの植民地政策を混ぜ合わせたモノを採用する事となる。

 フランス領インドシナをフランス海外特別自治県として、フランス領に留めながらも()()()()の自治権を与えようと言うのだ。

 ある意味で古典的な、(自治)()であった。

 この政策がベトナム人のベトナム独立派支持層の背骨を折る事となる。

 苛烈なテロを行わずとも、権利が得られるのだ。

 にも関わらずベトナム独立派は、フランスからの自治権()の話が公表された後であってもテロを続けた。

 今更退けぬと言う理由もあっただろう。

 だがそれは、ベトナム人の民意と乖離した行動となったのだ。

 大衆から見捨てられたベトナム独立派は、フランス政府からの過酷な追撃を受け続ける内に、何時しか歴史上の存在へと変わるのだった。

 

 

――ベトナム特別自治県

 紆余曲折を経て治安の安定したフランス海外県ベトナム特別自治県であったが、問題はその経済であった。

 如何にしてベトナム独立派鎮圧に掛かった戦費を回収するのか? と言う問題である。

 重税で絞れば治安は悪化する。

 経済振興に予算を振れば本末転倒だ。

 この為、フランスは日本に助力を求めた。

 未来での越南の情報を基に、出来る限り安く、そして効率的に経済発展をさせようと考えたのだ。

 日本政府はフランスの要請に、国際発展研究機構*3に対処を委託した(ブン投げた)

 国際発展研究機構側は、日本人的な勤勉さを発揮し、フランスの要求 ―― 少ない出資で安定した経済発展と言う我侭な要望に応えていく事となる。

 重視されたのは鉱物資源の輸出と、食料生産である。

 そして副作用も大きいが、短期的に金を生むのは傭兵稼業(アメリカ側に立ったチャイナ派兵)であると告げた。

 フランスは、主要輸出産業が傭兵である朝鮮(コリア)共和国の経済情報を得て、精査した結果、インドシナ連邦軍のアメリカ派兵(輸出)を決断した。

 アメリカはフランスの提案を、喜んで受け入れた。

 そして契約金として、少なくない額をフランスへと提供した。

 ベトナム特別自治県の経済発展は、この血染めの金が基点となるのだった。

 

 

 

 

 

 

*1

 尚、大型戦闘艦2隻を含む準艦隊規模の部隊である為、その整備に関してはシンガポールの軍港を利用する事でブリテンとの間で話が付いていた。

 当初は、日本の軍港も検討されていたのだが、日本を訪問した経験を持ったダンケルクの艦長が待ったをかけたのだ。

 ()()()()()()()()()()()()が発生しかねない、と。

 別に日本がフランス人を差別するとか言う事がある訳では無い。

 ダンケルクの整備に関して、日本人は完璧であった。

 又、観光に出ようとすれば仏系日本人がガイドをしてくれるし、寄港地の地元住民も拙いフランス語で話しかけて来るなど歓迎してくれる。

 日本の美点を口にするダンケルク艦長に、海軍上層部は首を傾げた。

 であれば何が問題なのか、と。

 艦長は答えて曰く。

 物価の差であり、通貨価値の差であった。

 日本で一寸した小物 ―― 現地の子ども(ティーンエイジャー)が気軽に買う様なモノであっても、下士官はおろか下級の将校ですら手が出せないのだ。

 この事実が、自国が世界に冠たる列強である事に自負を持つフランス人を打ちのめすのだと言う。

 デパートに出かけた子供が、玩具に手を出そうとして値段を見て尻尾を垂らした様なモノだと海軍上層部は認識した。

 笑い話のようなモノであるが、打ちのめされた将兵の士気低下は看過しがたい問題なのだ。

 最終的に、艦長その他、上級士官一同で私物の貴重品を供出し合って、これを駐日フランス大使館を通じて売却し(質草に入れて)、日本海軍(海上自衛隊)に泣き付いて記念品を用意して貰い、これを配る事になったのだ。

 そこまでしなければ士気を取り戻せず、無事に太平洋を乗り越える事は難しかっただろうとダンケルク艦長は自信満々に言った。

 フランス政府は、このダンケルク艦長の上申を、何とも言えない気分で受け入れたのだった。

 

 

*2

 一応、フランスは通常の国家予算に影響を出さぬ様に国債を発行し、凌いでいた。

 大口の購入国家はG4、日本やブリテンだ。

 両国はアフリカなどでの資源開発と売却に関する権限を担保として盛大に買い込んでいた。

 これは資源の安定的な確保が目的であるのと同時に、フランスと言う世界の軸の1つが不安定化する事を回避する為の措置として日本-ブリテン-フランスで協議され、行われたモノであった。

 尚、アメリカが参加していない理由は、自前の戦争(対チャイナ戦争)があった為である。

 又、国債は2カ国以外にも、ポーランドなどが購入していた。

 此方は、将来的な対ドイツ戦争を睨んでの事であった。

 国債を買う事で恩を売ったのだ。

 実際、この国債取引の後に、フランスからジェット戦闘機や戦車などの装備の安価での購入が可能となった。

 

 

*3

 タイムスリップ後に新設された内閣府の外郭団体である。

 国際協力機構(JICA)やアジア経済研究所、民間の研究機関(シンクタンク)等を束ねる組織であり、当初は日本連邦参加国の経済発展と国内安定化を主題とする研究の発表と意見交換を行っていた。

 だが現在、国際連盟の協力研究機関(アドバイス・オブザーバー)として国際社会に関与する立場へとなっていた。

 

 

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