様子を見ながらと言ったな。あれは嘘だ(ぉぃ
「ん~?」
鼻歌混じりで街中を歩いていたユエの耳に爆発音が聞こえてくる。その方向を見てみると黒煙がモクモクと上がっていた。
「爆発?誰か暴れてるのかな」
興味を持ったユエの耳に人々の声が聞こえてくる。
「ヴィランが暴れてるって!」
「マジかよ!ヒーローは?」
「何人かいるみたいなんだけど……人質になってる子供が個性使って暴れてて近づくことも難しいみたい」
そんな言葉を聞いてユエは口角を上げる。
「ん~、チャンスあるかなぁ?いい個性ならちょっと『欲しい』なぁ。とりあえず見に行ってみようかな」
スキップをしながら動き出したユエはそのあとの言葉を聞き逃す。
「オールマイトもいるみたいだし、すぐに解決するんじゃないかな」
「おー、暴れてる暴れてる」
ヘドロのようなヴィランが取り込もうとしているのだろうか、ツンツン頭の少年に纏わりついている様子を見てユエが呟く。
「んと……あの爆発してるのが個性なのかな?どういう原理かわからないけど強そうだなぁ。でも流石にここでもらうのは難しいか」
残念、と肩を竦めるユエの隣にボサボサ頭の少年が立つ。何かに気づいたのか、少年は口元を抑えて涙目になっていた。
「大丈夫?」
なんとなく、特に理由があったわけではないがユエは少年に声をかける。
「えっ!?あ、は、はいっ!」
「無理しないようにね?」
そんな会話を交わして少ししたくらいだろうか。ヴィランの中の少年の視線がこちらに一瞬向く。それとほとんど同時だった。
「っ!!」
「えっ……?」
ユエの隣にいた少年が人ごみをかき分けヴィランへ向けて走り出す。ボサボサ頭の少年の行動に驚いたユエだったが、即座に少年の通った道を無音で動く。人ごみの最前列まで移動したユエの視界に入っている少年はカバンをヴィランへと投げつけるとツンツン頭の少年を助けようと素手で描き分けようと必死に動く。
「いい個性持ち……ってわけじゃなさそうだけど、なんで?でも……」
もしかしたらチャンスかもしれない。ヒーローたちも焦って動き出そうとしているこの瞬間なら。
「私の力なら一緒に助けようとしてるフリすれば……っ!?」
その時だった。
ユエは本能的に動きを止める。圧倒的なプレッシャー。見るものがみれば安心する姿なのだろう。だがユエにとってそれは恐怖の、憎悪の対象でもあった。
「本当に情けない……」
うっすらと、ユエでなければ聞き逃すほどの声でボサボサ頭の少年へと声をかけているのか、はたまた独り言なのか。その男はつぶやく。
「君に諭しておいて、己が実践しないなんて……っ!!」
「あれが……」
実際に目にするのは初めてのユエは身体を震わせる。
「プロはいつだって、命懸け!!!」
拳を力強く握りしめたその男。
「デトロイト・スマッシュ!!」
No.1ヒーロー、オールマイト。拳の一振りでヘドロのヴィランを吹き飛ばし、さらには雨雲を作り出す。人々が歓喜する中、無言、無表情でユエは立ち尽くす。
「オール……マイト……!」
俯いていた顔を上げたユエの表情が変わる。
「かっこいい!!」
満面の笑みに。
「~♪」
いい個性を得ることはできなかったが、父の仇でありながらユエが好きなヒーローでもあるオールマイトを生で見ることができたからだ。とはいえ、自分がヴィランであるということも重々承知しているユエは決して彼の前に近づくという愚は冒さなかった。
「アレがパパの言ってたオールマイトかぁ。私だけじゃ
ありとあらゆる条件を満たしても今の自分では無理だろう。何せオールフォーワンですら再起不能なまでに追いやられたのだから。
「うん、考えるのは弔くんに任せよっと。でも弔くん、オールマイト大嫌いなんだよなぁ」
そんな独り言をつぶやきながら裏路地へと入っていく。人通りのない路地の奥まで進むとユエは足を止める。
「そろそろかな?」
「お久しぶりです、霧咲月」
ユエの背後に黒い靄が出てきたかと思うと、人型になる。
「黒霧さん!久しぶり!」
「お元気そうでなによりです。……何かいいことでもありましたか?」
「うん!初めてオールマイト生で見たの!」
「ははは……そうですか。ですが、それを死柄木弔の前では言わないほうがいいかもしれません」
「あれ、弔くん機嫌悪いの?」
首を傾げながらユエが尋ねる。
「まぁ、いつも通り……よりは機嫌がいいかもしれませんね。貴女が来られるのを楽しみにされてましたから」
「そうなら嬉しいなぁ」
黒霧と話をしながら黒霧の靄へと入っていくユエ。そこを抜けると何処かのバーのような場所に繋がっていた。
「やっと来たか……遅いぞ」
身体中に手を付けた怪しい痩身の男。オールフォーワンの後継者の死柄木弔である。
「弔くーん!」
そんな男に迷うことなくオールフォーワンにしたように抱き着くユエ。
「抱き着くな鬱陶しい……!おい黒霧、この馬鹿剥がせ」
そんなことを言いながら頭を軽く押すだけの弔に黒霧は肩を竦める。
「霧咲月。死柄木弔が困っていますのでその辺で……」
「えー?……はぁい」
不満そうに離れたユエに軽くため息をつく弔。
「俺の個性知っててよく抱き着けるな」
「え?だって弔くんだし。弔くんが私を『壊しちゃう』ならそれはそれで仕方ないよ」
離れておきながら次は握手しようと手を差し出す。
「……だから、俺の個性知っててそんなことをするなって言ってるんだ。……面倒臭い」
手を差し出して満面の笑みを浮かべるユエに頭を抱えながらも指を一本立てた状態で手を差し出す。
「絶対触るなよ」
「うん。握手握手」
「それで、弔くんはこれからどうするつもりなの?」
「今の社会をぶっ壊す」
「そのために?」
「邪魔する奴は全部壊す」
「そっかー」
なんとも気の抜ける会話をする二人の前ではカップを吹く黒霧がいる。
「一応先生が実験体を準備してるらしい。ドクターと共同開発とか言ってたが……お前何か知ってるか?」
「パパとドクターの?……あー、なんか変なの作ってた気がする」
「変なの、ねぇ」
「弔くんと同じの私も欲しい!」
黒霧が作ったカクテルを飲む弔の隣に座っているユエが指さしながら言う。
「お前にはまだ早い。おい、黒霧。アレ出せ」
「はい。……どうぞ、こちらを」
コップに注がれた真っ赤な液体。
「コレなに?」
「先生とドクターからのプレゼントですよ。貴女の好みに調整したものだそうです」
「パパから?」
普通であれば躊躇しそうな雰囲気のそれを迷うことなく飲むユエ。一口飲んだあとに目を輝かせる。
「おいしい!!」
「それはよかったです。ですが、死柄木弔。先生からはまだ待機してくようにと指示を受けています」
「チッ……じゃあ何もできないじゃないか」
「それだと暇だねぇ」
足をプラプラさせながらユエが言う。
「お前は個性の強化だろ。誰でも壊せる個性を準備しておけ」
「はぁい」
「そういえば、今お前何持ってんだ?」
「溜めてる個性って意味だよね?一つだけだよー」
個性の内容を告げるユエ。それを聞いた二人は少し驚く。
「なんでその個性にしたんだよ」
「パパが試してみろってくれたの」
「じゃあお前の今の力、本体のだけじゃねぇか」
「大丈夫。緊急時用の準備してるから」
小さな赤い飴玉のようなものを取り出すユエ。
「何か攻撃できる個性を補充しとけ。事を起こすときにそれじゃ困る」
「うん!じゃあ、私はまた一度離れて色々やってみるね!」
「定期的に連絡はしろ。……黒霧、安全な場所まで送ってやれ」
「はい」
再び弔たちと別れたユエは街をぶらつく。
「個性を伸ばすって何したらいいのかなぁ。今度連絡したときにでも聞こっと。……あ!いいこと思いついた!」
ピッ、と電話を何処かへかける。
「あ、もしもしパパ?お願いしたいことがあるの!」
雄英高校。日本屈指のヒーローを輩出する有名高校である。全国に複数あるヒーロー科の中でもその知名度は別格である。そして今日はその入学試験当日。
「~♪」
いつものように鼻歌混じりでその試験会場に向かうユエ。どこから仕入れたのか、その姿は普通の女学生だ。
「あれ?あの子」
ユエの視線の先にはボサボサ頭の男の子。そう、過去にオールマイトと会ったときにいた少年だ。そして、その少年に悪態をついて立ち去るツンツン頭の少年。のちに調べたら爆豪なんとかという名前だった。
「ツンツンくんのは欲しいな」
……ところ変わって実技演習場。
「むー、ツンツンくんは別の場所かぁ」
周囲を見渡して残念そうに呟くユエ。
「あ、代わりにあの子いるんだ。あの子個性ないのかと思ったんだけど」
遊びながらチェックしなきゃ、とユエは考える。できるだけ多くの個性を見極めたいから。
『はい、スタートォ!!』
前ぶりなく突如響く声。それに反応したのは全会場でも数人。その中の一人は勿論ユエだった。
「あはは、実戦だもんねぇ。よーいドンじゃないよね」
そんなユエの前に現れたのはロボット。仮想ヴィランと名付けられたソレを見るとユエは息を大きく吸い込むと呼吸を止める。一発、二発、三発。ロボが動き出すより前に接近して殴打を繰り出す。
「ぷはっ!」
十発を超えたころだろうか、息を吸い込むと同時にロボが四散する。
「この程度なのかぁ。ヴィランって弱いね」
制服姿のままのユエが大きく跳躍する。スカートなのもお構いなしだ。数人の少年たちが動きを止めてしまったのは仕方のないことだろう。
「でも、ゲームみたいで面白いっ!」
視界に入った仮想ヴィランに向けて思い切り襲いかかる。そして数分が経過したころだろうか。大きな地鳴りとともに現れたのは超巨大な仮想ヴィラン。
「ポイントは……いくつだっけ。ゼロ?」
それを目にして逃げるほかの子たちを気にすることもなく見上げるユエ。そんな中、まったく逆の行動をとるものが現れる。
「あれ、あの子」
またあの時の子だ。対抗できる力を持たないのに何故か人を助けにいった男の子。何事かと立ち止まるほかの試験者とは違い、ユエはその理由を目にする。一人の女子生徒が足を瓦礫に挟まれて動けなくなっていたのだ。
「……面白そう!」
ポイントがないと分かっていながら、突撃していった少年についてユエも動き出す。目の前で、その少年が恐ろしいまでの速度で跳躍するのを見てユエは固まる。
「な……」
ユエの跳躍よりもはるかに高く、力強い。拳を握りしめた少年はビルよりも高い仮想ヴィランの頂点付近まで飛び上がる。
「早い……!」
驚くユエの前で更に驚きの光景を少年は見せる。
「スマァァッシュ!!!」
その一撃は超巨大なヴィランを完全に破壊する。
「すごい……まるで……」
そう、オールマイトのような一撃であった。