「今日はテレビの撮影がありますから」
担任の菅原が言い出したのは朝のホームルームだった。
美鈴の学校生活の風景をとるために、カメラが何台か入るらしい。
(本当に出番増やさせてもらえそうなんだな)
美鈴から話には聞いていたが、いよいよ三和が実感できるところまで現実味を帯び出していた。
美鈴と仲のいい女子生徒がインタビューを受けていた。三和の出番はもちろんないが。
授業風景などにもカメラが入り、多くの生徒たちが浮ついているようだった。美鈴がアイドル業をやっていることは周知の事実だが、学校にカメラが入るなど初めての事だった。
「今からサインもらっておいたほうがいいかな」
安原が笑いながらそう声をかけてくる。
「そうだな、もらっておいたほうがいいかもな」
真面目に返すと、安原が少し不思議そうな顔をした。
「なんだ?」
「いや、いつもの三和ならもうちょっと斜に構えているからさ」
「どうせひねくれているよ」
自覚していることだが樫崎に言われて以来、少しだけ自分の言動を見直すようにした。
授業の合間の休み時間、トイレに行った帰りだった。
「あの、三和君よね?」
「はい?」
声をかけてきたのはスーツ姿の女性だった。スタッフの一員だろうとは思うが、そのわりにはぴっちりとした衣装だ。他のスタッフの人たちはもっと動きやすそうなラフな服をしていた。
「私、永瀬美鈴さんのマネージャーの須賀松子といいます。少しお時間いいかしら?」
「はぁ……」
どこか二人だけで話せる場所がいいということなので、校舎裏の駐車場に案内した。
「俺に何の話でしょうか?」
「理江ちゃん……美鈴ちゃんと交際しているというのは本当?」
「本当です」
「後悔はしてない?」
「後悔?」
須賀の言っていることがわからず、聞き返す。
「あの娘はまだアイドルとしては駆け出しもいいところよ。うちの事務所は小さいし、苦労しているし……。でも今大きなチャンスをつかみそうなのよ」
「いいことじゃないですか」
「今はまだいいかもしれない。でもこれからは大変よ? アイドルの彼女を持つってことは。それを秘密にして交際するというのならなおさら」
「………。別れろ、ということですか?」
「そうね。マネージャーとしての立場ならそう言いたいところね。でも……」
「でも?」
「私はつい最近美鈴ちゃんのマネージャーになったばかりという話は聞いている?」
「ええ。鈴木とかいう男の人の代わりだとか……」
「だからまだ美鈴ちゃんのことをよく知っているわけじゃないんだけど、本当に彼女はここ一ヶ月がんばったと思うの。……だって、契約料として支払われるのは収録分だけ。でも彼女はその何倍もプライベートの時間を削って、シャドウバースのレートを上げたのよ? まともな仕事なら考えられないサービス残業よ」
「そうですね。でも、永瀬は、アイドルとか芸人とかは、そのチャンスを死ぬ思いでつかんで、はじめて道が開けると言っていました」
「ええ。それをがんばれたのは……三和君、あなたのおかげじゃないかと思うの」
「俺が?」
「うん。一人の力でできることは限られていると思うの。アイドルもなんでも。応援してくれる人がいるからがんばれるのよ」
「………」
「だから別れろとは言わない。ただ覚悟をしておいて。秘密に理江ちゃんと交際することは、あなたが想像以上に大変なことかもしれないってことを」
「はい……」
「それじゃ、何かあったときのために念のため、連絡先教えてもらえる?」
「はい」
三和の携帯端末に女性の連絡先が入るのは、家族を除くと美鈴に続いて二人目だった。
「それとね、話は変わるんだけど」
「なんですか?」
「RAGEの撮影風景だけどね、エキストラを用意したいの。それもやっぱりこの学校の子がいいわ。三和君もRAGEに挑戦するんでしょ? 参加してもらえない?」
「はぁ……いいですけど、エキストラって何をすれば?」
「賑やかしよ。カメラがまわっている時にそれっぽく応援してくれればいいわ。ただ、カメラの目があるからあまりベタベタはしないでね」
「はぁ……」
「他にも何人か都合つきそうな子はいないかしら? 理江ちゃんに聞いたら、男の子の友達はあまりいないって話だから」
「じゃあ……俺の友人でいいですか?」
「そうね。お願いできる?」
「何人ぐらいいりますか?」
「あと2、3人いればいいわ」
「わかりました。探してみます」
須賀と別れ、教室に入ると三和はさっそくいつものメンバーである安原、哲夫、剛に話をした。
導入としては、たまたま廊下ですれ違った須賀にスカウトされたということにした。
「交通費とか食費とか諸々の経費は出してくれるってさ」
「ふぅん。まあ僕は行っていいかな。一回会場にいってみたかったし」
安原はすぐにOKを出した。
「よくわからないけど楽しそうだな。俺も参加するわ」
剛もOKを出した。
「悪いけど俺は無理」
NGを出したのは哲夫だった。
「ゴールデンウィークは練習試合もあるし何かと忙しい」
哲夫は野球部のマネージャーをしている。そっちの仕事があるということだ。
「そっか、仕方ないな。とりあえず2人いればいいという話だったけど……」
「おい三和」
声をかけられて振り返ると、そこには隣のクラスの葛木の姿があった。
「何か用か? 葛木」
「カメラ来ているって話だけど、ないじゃん。どういうこと?」
「さぁな。教室の画は撮り終えたから別のところ移動したんじゃないか?」
「ふぅん。ところでゴールデンウィークって何の話? お前今回のRAGEには出ないの?」
「でるよ」
そこで一瞬逡巡する。葛木もRAGEには出るだろう。あまり仲良くしたい人種ではないが、見た目には三和よりはるかに華がある。
(まあ、こいつでもいいか……)
美鈴には葛木のことを言い含めているし、葛木も美鈴と三和の関係を多少察している。付きまとわれても問題はなさそうだ。
「葛木、永瀬の撮影のエキストラとして参加するかわりに経費だしてくれるって話があるんだけど乗るか?」
「ふぅん? どういうこと?」
エキストラのことを説明すると、わずか逡巡した後葛木もOKを出した。
「まあそういう話なら悪くないな。うちの部員も何人か参加させていいか?」
葛木はソフトウェア研究部という部活の副部長をしている。
「あー。ちょっと人数は須賀さんに聞いてみないとな」
「それじゃこっちの方でも詳しく決まったら連絡するよ」
「ああ。なるべくはやく頼むな」
葛木とは去年同じクラスだったころに連絡先を交換してある。長らく連絡はとりあってなかったが。
結局、ソフトウェア研究部からは葛木とあと2名の女子生徒が参加することになった。
須賀に聞くと人数に関しては問題ないそうだ。
後日、三和は一年生のクラスを訪れた。
「戸尾」
「あ、三和せんぱい」
「化学部の活動連絡。ゴールデンウィークの部活動の参加できる日にチェックいれてくれだってさ」
そう言って樫崎から預かっていたプリントを手渡す。
それをじっと見てから、楓子は顔をあげてたずねてきた。
「この日、三和せんぱいは参加するのですか?」
「いや、俺は……」
その日はRAGEに参加する予定だった。
「その日は参加しないよ。別に用事があるから」
「れいじという大会のですか?」
「ああ」
「……わたしも、れいじにいってみたいです」
「参加する気になったのか?」
「いえ……でもおうえんだけ」
そういって楓子は目線を伏せる。
「家族にとめられているんだっけか?」
「……はい」
「なんでとめられているんだ?」
「……うちは華道のおうちなんです」
「かどう?」
「活け花、です」
「ああ、そっちの華道……戸尾っていいとこのお嬢様だったんだな」
それなら、あの潤沢なカード資産にも納得がいく。高校生のお小遣いでは考えられないようなカード資産だった。
「華道のうちのこが、けいたいげーむにうつつを抜かしていると、外聞がわるいととめられています」
(そんなことはない……と、言いたいが、お堅いひとたちはそういうイメージを持っているのかもな……)
三和たちがおかしくは思わなくとも、その世界に寄りそう人間たちにとっては、そうなのかもしれない。
「関係ない……と思うけどな。戸尾がいってみたいなら」
「……」
「それにいい経験にもなるだろうし。華道のことはよくわからないけどさ、新しい発想から生まれるものもあるんじゃないか?」
「………」
戸尾はじっと視線を伏せていた。
「……私も、このひは、お休みにいれておきます」
「うん?」
「かぞくにはなして、れいじにさんかできないか、話してみます」
「ああ。その時は会場で会おうな」
三和が声をかけると、笑顔で
「はい」
と楓子ははにかんだ。
戸尾家は華族の末裔であり、同時に戸尾流という華道の旧名家だった。
戸尾流の場合、花を活けるという文化には儀礼的な礼節や所作まで含まれる。戸尾流にとって華道とは、花を活けることそのものが体系化された儀式といって差し支えなかった。
戸尾家には住み込みの使用人、弟子たちがおり、戸尾家の人間は家の中では着物を着るのがしきたりだった。
楓子も制服を脱ぐと漆黒の髪を結い上げ、木の葉色の着物に着替える。
「おかあさま。ひとつお願いがございます」
「あら。なにかしら?」
「れいじ、というたいかいの、せいぱいのおうえんにいきたくおもいます」
「レイジ、とは何の大会かしら?」
「……げぇむのたいかいです」
シャドウバースと言っても通じはしないだろう。大人にとっては、コンピュータでプレイするのはすべてゲームであった。
「ゲームの大会ですか?」
楓子の母が視線をきつくした。
「何度言えばわかるのです。そのような俗世の遊びにとらわれていては戸尾家の品格に関わります。本当なら遊ぶことすら許すつもりはなかったのですよ……!」
抑えた声色だが、語気の強い言葉でいいつのる。楓子はしゅんとなって、沈黙するしかなかった。
「ほぉ、ゲームの大会。いいではないですか!」
そう闊達に言ったのは、楓子の父の華丸だった。
流しの着物を着て、若旦那の風格がある。戸尾家の直系だが放蕩家で、日がな一日読書をするか近所の仏寺を歩いてまわっていた。
「美恵子さん、楓子が珍しく自分がしたいことを言ったのです。それに折角の大型連休! ご学友と遊ばせるのは経験になるのではありませんか?」
華丸は妻の美恵子のことをさんづけて、諭すように言う。放蕩家の華丸の縁談に、弟子の中で特に厳しい美恵子を嫁に選んだのは楓子の祖父母であった。
「あなた。楓子は大事な戸尾家の娘です。あなたのように遊び惚けるような大人になってもらっては困ります」
「あっはっは。それは大丈夫ですよ美恵子さん。楓子は美恵子さんの言葉をよく聞いて、真面目に育っていますから。なあ?」
「学校も、休まずいっています」
楓子は闊達に笑う華丸が好きだった。華丸の笑いには、どこか人好きのする愛嬌がある。
遊び人の華丸だが、交友関係は広く、この古い屋敷が立ち並ぶ住宅街の老獪な店主や坊主連中から好まれよく茶のみに誘われていた。伊達に遊んでいるわけではなく、その交友関係は戸尾流の繁栄にも少なからず貢献していた。それが祖父たちが華丸の放蕩ぶりを黙認する理由だった。
「ほら美恵子さん。せっかくの楓子の頼みなんですから、いかせてあげてください。私からも頼みます」
ぺこり、と頭を下げて華丸が言う。およそ威厳というものとはかけ離れた華丸のお辞儀は気安くはあったが、ここぞという時に出す華丸の「お願い」に美恵子は弱かった。
「もう知りません! 好きになさい!」
そう言い捨てると、立ち上がって部屋を出る。華丸にいいくるめられた時は、養母に愚痴にいくのが美恵子の常だった。
「おとうさま、ありがとうございます」
「楓子は私と違っていい子だからね。たまにはご褒美をあげないと」
そういって楓子の頭をなでる。もう高校生になった楓子だが、華丸は変わらず幼子のように楓子を扱う。
「レイジ、といったか。どんなゲームの大会か知らないけれど、帰ったらお父さんに話をしてくれるかい?」
「はい。いっぱい、いっぱいはなします」