RAGE Shadowverse。
国内最大級のシャドウバース大会の一つであり、二日間の予選大会を通過した8名がGRAND FINALSへ進出し王座を競う。
この大会の優勝者・準優勝者は優勝賞金1億円を超える世界大会への出場権を得ることができる。
「これで全員そろったかしら?」
三和たち美鈴のエキストラとして呼ばれたメンバーは、一か所に集められて須賀が管理していた。
三和と安原、剛に自費で参加し合流した楓子、そして葛木と名前も知らないソフトウェア研究部の女子生徒2人。美鈴と親しい女友達が3人。計10人だ。
「これから俺たちテレビに顔出しするんだろ? 緊張するなぁ」
言葉とは裏腹にいつもの呑気なノリで、剛が言う。一方、安原はガチガチに緊張して表情筋が動いていない。
「安原せんぱい、どこかいたいのですか?」
「いや……僕が出場するわけじゃないのになんか緊張しちゃって……」
「調べてみたけど、この大会優勝するだけで400万もらえるんだってなー! 三和、がんばれよー!」
剛は現金だ。だがその調子の良さが今はリラックスさせてくれる。
会場はすでに開かれており、受付には参加者の長蛇の列ができている。見学者も多く、会場の熱気はこうして会場の外にいても伝わってきていた。
参加する三和と美鈴、葛木のエントリーはすでにすませていた。今は美鈴の衣装替え待ちだ。
「そういやさ、永瀬ってどんな服着るんだろうな」
突然剛がそんな話を降ってきた。
「ん? ああ、そういえば何を着るんだろうな……」
美鈴からは新しい衣装を作ったという話を聞いていない。特に考えてないが、番組の衣装担当から服を用意されるのだろうと思っていた。
と、剛が鼻をふくらませながら言った。
「あのさ、SNSでまわってきたんだけど、永瀬、すっげぇエロい衣装で配信をしていたんだってよ! もうスカートなんかミニのミニ。背中もフルオープンの奴!」
(ディオネの衣装か? ……いや、しかしあんなきわどい服……)
想像して三和は思わず眉間に皺を寄せ、眼鏡の位置を直した。
全く考えてなかったが、せっかく作った衣装だ。この機会に着てくる可能性はある。
「なんだ三和。お前想像しているのか? お前ってけっこうむっつりだよな。いでっ」
腹が立ったので靴のカカトで剛の足を踏みつける。それでいくらか気が晴れた。
果たしてアシスタントに連れられてきたのは、『舞い踊る刃・ディオネ』の衣装に身を包んだ美鈴だった。
決勝大会ではコスプレブースがあるが、今日は予選大会の一日目でそのような催しはない。
ただでさえ少ない女っ気に、美鈴の美貌はきわ立ち、一般の参加者からも注目を集めた。
大会に参加するほどの人間であれば『舞い踊る刃・ディオネ』の衣装であることは一瞬で看破され、その再現度の高さに感嘆の息がいくつも漏れる。
(あいっつ……あんなきわどい服を……)
一方、三和の内心は平静ではなかった。周囲からの視線には明らかな性的なものが含まれており、正直気が気ではなかった。
「ほらみろ、すごいエロい! ……うぐっ! さ、さっきからなんだよ三和!」
「戸尾もいるんだぞ。エロいエロい連呼するな」
自分のいら立ちを楓子のせいにしたが、楓子は美鈴の衣装に感動し、「永瀬せんぱい、きれいです……」とうっとりとしていた。
ようやく真打の美鈴が出てきたことで、スタッフたちが本格的に動いて撮影の準備に入る。
須賀も声をかけてきた。
「それじゃ、出番があるから心の準備しておいてね」
段取りは簡単に説明されている。
まず番組サイドの用意した芸人がカメラにむかって大会内容と企画内容を説明し、それに美鈴が意気ごみを語る。
カメラがスパンし、応援団幕を広げた三和たちエキストラを映す。三和たちエキストラは美鈴への声援をなげかける。
それで三和たちの出番は一旦終了。
カメラを美鈴と芸人に戻し、会場内をめぐっていくという内容だ。
三和たちは本当に端役の端役でしかない。
(しかし最初はカード代に5000円しか出してくれなかった企画だしなぁ)
当時は管理癖のある鈴木がマネージャーをしていたとはいえ、その時代を知っている三和となれば、まず自分たちエキストラを経費まで出して用意したのは大きな進歩に感じられた。
果たして撮影が始まった。
芸人と美鈴がカメラにむかって話しかけているが、離れた位置に陣取っている三和たちには何を話しているかは聞こえなかった。
やがてアシスタントが指で合図する。三和たちの出番の合図だ。
カメラがむけられる。
三和は鳴り物を鳴らす係だった。剛は拳を振り上げて「ファイトー!」と叫び、楓子もそのポーズを真似する。安原は表情をガチガチに固めてただ拍手をしていた。
三和たちの出番は、数秒。驚くほどあっさりと終了した。
カメラが再び美鈴たちにむけられ、締めの挨拶がなされる。
そして一旦、撮影は終了。
「それじゃ解禁でーす」
(解禁?)
スタッフの一人が上げた声に首を傾げる。と、美鈴のまわりから芸人やスタッフが離れると、美鈴のまわりにわっと人が集まり出す。
最初は5、6人といった数だったが、その数はどんどん膨れ上がる。20人を超える人間、それもほぼ全て男性が、カメラや携帯端末を片手に美鈴にむらがっていた。
「なんですか、あれ?」
異様な光景に、思わず三和は須賀に話しかけていた。
「ファンの撮影タイムよ。まあファン以外の人たちも混ざっているだろうけど」
ポーズを決めた美鈴のまわりを群衆がとりかこみ、撮影していく。中には露骨にスカートの中身を撮ろうとかがみこむ者も一人ではなかった。
(噂には聞いていたけど……すごい光景だな)
「わかる? あれがアイドルというものよ。有象無象の欲望を受け止める偶像という名の受け皿よ」
須賀が試すかのように問いかけてくる。
「異様に見えるかもしれないけど、あれが彼女たちの日常なの。むしろ人が群がる方が勲章よ」
美鈴は完璧な笑顔を振りまいている。しかし、三和と一緒にいるときのぽわぽわとした笑顔ではなく、隙の無いアイドルの笑顔だった。
それから数十分、シャッター音の止む時間はなかった。
正直三和にとって気分がいい時間ではなかった。ただそれで覚悟が緩むほど三和は素直な性格をしていなかった。
「俺はあんなことをしません」
「なに?」
我知らず須賀につぶやいていた。
「永瀬が誰かの欲望を受け止める受け皿になるというのなら、その永瀬の弱音を受け止める受け皿に俺はなります」
「ふぅん……理江ちゃんが言っていたわよ。あなたは、熱い日差しを遮ってくれる日陰のような存在だって」
「?」
「そのまま、彼女の心を涼しくしてやってね」
「……はい」
RAGEの予選大会はまずスイスドローと呼ばれる形式で行われる。
シャドウバースは勝敗に運の要素がからむため、一回負けたら終了のトーナメント方式は適しているとはいえない。
そのためか、数戦した勝ち星の数で通過者を決める、スイスドロー形式が選択されていた。
一日目はランダムに6回戦い、その内5勝以上した人間が2日目への参加資格を得る。勝ち星が足らなかった人はそこで予選敗退。
二日目は勝ち残った通過者と7回戦い、6勝以上でプレーオフトーナメントへの進出権を得る。
プレーオフトーナメントは、8つのグループに分かれて、それぞれのグループで負けたら終わりのトーナメント方式で戦う。
各グループを勝ち抜けた合計8名が、後日とり行われる決勝大会、GRAND FINALSへの参加資格を得る。
予選大会はいずれもBO3のルールで行われる。
運の要素が絡むシャドウバースだが、試行回数を増やすことでプレイヤーの実力をより平均的に評価しようという配慮が感じられるルールだった。
「それじゃあ、いってくる」
「うん。三和がんばってね」
「葛木先輩ー! がんばってー!」
参加者である三和と葛木もまた、これからは純粋にプレイヤーとして挑むことになる。
スイスドロー方式では各対戦が平行して行われるため、応援にまわる時間はない。
(さて、どこまでいけるか……)
三和が持ち込むデッキは、結局ウィッチとヴァンパイアにした。
ヴァンパイアは勝率もよく、一番手に馴染んだデッキだった。これを変えるつもりはなかった。
一方、ウィッチは悩んだ。決して弱いデッキではないが、安定性ではミッドレンジロイヤルに負け、デッキがまわった場合の爆発力では聖獅子ビショップに抗しがたい。
しかし無性に今期はウィッチを握ってみたかった。他の有名プレイヤーのデッキを参考にしてデッキを組み上げ、色々と試した上で今のデッキになった。
葛木が連れてきたソフトウェア研究部の女子2人と、美鈴の女友達たちはそれぞれ散っていった。
残った剛、安原、楓子の3人は一緒に行動していた。
「なんでぇ、試合エリアには入れないのか」
剛がつまらそうにつぶやいた。
試合エリアは不正防止のために第三者の見学はできなかった。
「どうする、戸尾さん。2pick大会とか星取りバトルっていうものもあるけど参加する?」
「いえ、わたしは観戦エリアをのぞいてみます」
「そうだね、それじゃ僕も。剛はどうする?」
「いや、俺シャドウバースわからねぇし……お前らと一緒にいるよ」
「この機会にシャドウバース教えようか?」
「いや、無理無理! 俺こういう小難しいゲーム絶対むいてないって!」
「頭の運動にちょうどいいのになぁ」
「かーどいらすとも、かわいいです」
「あ、飲み物買ってくるから席とっておいてくれる?」
「はい。わたしのぶんもおねがいしていいですか」
初戦は順当に勝てた。
ヴァンパイアは8ターン闇喰らいの蝙蝠でリーサル。
ウィッチは多少時間かかったものの、『真実の宣告』の連打から『真実の狂信者』の疾走打点によって相手のライフを削りきった。
(まだ終わってない試合があるな………。休憩エリアにいっておくか)
携帯端末を起動して美鈴にも一応連絡を入れておく。撮影のために美鈴に携帯を覗く暇があるか怪しいところだが。
休憩エリアにいくと、ほどなく美鈴がやってきた。
ちらほらと女性はいるものの、プレイヤーの9割以上は男性だ。さらに美鈴の衣装と容姿は目を引く。
明らかに周囲の視線が美鈴に吸い寄せられていた。
「三和君お疲れ様。対戦どうだった?」
「ああ。初戦は順当に勝てたよ」
一瞬、場所を移した方がいいかと思ったが、美鈴との関係性を秘密にしたい以上、オープンな場所で同級生として接した方がいいと判断した。できるだけそっけなく言葉を返す。
「そっちは?」
「私も2勝。葛木君は?」
「いや、見てないな」
葛木の連絡先も知っているが、わざわざ連絡を取ろうとは思わない。それに負けた場合の葛木は露骨に不機嫌になるから、正直関わり合いたくない。
「ここ、座っていい?」
「どうぞ」
三和が返事を返す。と、三和の隣に座っていた別の参加者が遠慮したのか、美鈴の神々しさに圧倒されたのか、席を空けてくれた。「ありがとうございます」と100点の笑顔で美鈴が愛想を振りまいた。
「緊張するね。大会」
「永瀬はステージに立っていたりするんだろ? それでも緊張するのか?」
「そりゃあ緊張しますよ。毎回緊張して、おへそに力を入れて乗り切るんです」
「なんだ、意外に根性論だな」
「三和君は大会経験者としてアドバイスはないの?」
「うん? そうだな。自分以外は全て自分より下手だと思い込むことかな」
「わぁ。すごい自信家」
普段の美鈴とやるのとは違うテンポの会話だ。自分も俳優になったようで少しおもはゆい。
と、何かに気づいた美鈴が突然席を立った。
何事かと視線を追うと、小太りした体形のちりちりした毛の男がこちらを見ていた。
(いかにもって感じだな)
来ているのはアニメTシャツ。手さげにもバッグにもアニメキャラクターがプリントされている。シャドウバースとは関係ないキャラクターで、三和も知らないキャラクターだった。妙に露出の多いキャラクターなので、三和の年齢ではプレイできないゲームのキャラクターかもという予感を覚えた。
男は周囲にせわしなく視線をやりながら、美鈴に近づいてきた。美鈴はぺこりと頭を下げて、笑顔で迎える。
「乱丸さん、こんにちは! 今日も来てくれてありがとうございます」
それで察した。美鈴のファンの一人なのだろう。
「り、理江ちゃんお疲れ様。し、試合どうだった?」
「勝てました! これもみなさんの応援のおかげです」
「う、うん、よかった。それで、その、その子は……?」
「クラスメイトの三和君です。応援に駆けつけてくれたんです」
「三和です。俺もRAGE参加するので」
乱丸。本名よりはハンドルネームっぽい名前だ。対処方がわからないので、できるだけ無味臭のする素っ気ない対応をとる。
「そ、そう、クラスメイト……ただのクラスメイト?」
「そう。普段話す機会ないんですけど、同じシャドバプレイヤーだから情報を交換しあっていたんです」
美鈴がうそぶく。笑顔を浮かべているが、視線は笑っておらず、全力で三和に訴えかけていた。
(話を合わせた方がよさそうだな)
三和はできるだけ余所余所しさを装いながら相槌を打った。
「同じクラスでも中々話し合う機会はないですからね」
「そ、そうなんだぁ。それにしても今日の衣装そのえろ……すごく気合入っているねぇ」
「ええ。母が作ってくれた服で……」
それからは三和の存在は眼中にない様子で、乱丸と呼ばれた男は美鈴と世間話のように早口で話し合い、最後にツーショット写真をとって別れた。
「アイドル業も大変だな」
「大事なファンの一人だからね」
本心ではどう思っているかわからないが、これほどオープンな場では率直な意見など聞けはしない。
(やはり人前で2人でいるところを見られない方がよさそうだな)
「三和君……?」
三和は席を立った。
「それじゃ俺は次の試合の準備に入る。お互い明日まで勝ち残れるといいな」
「うん。三和君もファイトね」
「ああ」
アイコンタクトで別れる。
次の試合の準備といっても、実際はすることはない。登録後にデッキは変更不可なのでいじれない。トイレもすでにすませた。会場内にはいくつかの催しものがあるが、そちらに参加して試合に遅刻しては目も当てられない。
と、三和は会場の一角でスタッフたちの作業を見守っているマネージャーの須賀の姿を見つけた。
「須賀さん」
「あら三和君。どうかした?」
「乱丸って人、知っています? 永瀬のファンらしいですけど」
「ええ、知っているわよ。会ったの?」
「ええ。さきほど」
「そう。その人には注意してね。いくつかのサークルにも出禁になっている。特に男性との交友関係に敏感なのよ」
「何をしでかしたんです?」
あまり公にはできない話なのだろう。須賀は声を潜めて言った。
(推しの娘がね、マネージャーとデキていることを知ったのよ。そしたらステージに上がって刃物を振り回したの)
(それ、刑務所にぶちこまれなかったんですか?)
(幸い怪我人はでなかったわ。それにことを大きくしたくなかった事務所側が、示談にしたの)
「そういう人って多いんです?」
「多くはないわ。まだ理江ちゃんだって駆け出しだし。でもね、強烈なのが一人や二人、業界にはいるものなのよ」
「わかりました。注意しておきます」
「頼むわね」
須賀の口調には軽い懇願がこもっていた。改めて自分と美鈴が危うい橋を渡っていることを実感する。
須賀の気苦労を考えると、自分達が原因ながら、多少の同情も覚えた。
(だけれどもう手放せはしない)
決意を固めて、三和はその場を離れた。
「ふぅ……厄介な娘をひきうけちゃったわね……」
須賀の事務所は小さな事務所で、美鈴は久しぶりに出てきた有望株だ。
そういう意味では、美鈴のマネージャーに任されたことは須賀にとって喜ぶべきことだ。
だがやはり三和という爆弾の存在は悩ましいものだ。
(ま、問題の無い娘の方が少ないわけだけど)
無駄に自尊心が高かったり、仕事にやる気がなかったり。あるいは一人と言わず手当たり次第男をひっかけたり。
弱小事務所がつかまされるアイドルの卵とはそんな娘ばかりだ。その点美鈴は聞き分けがいいし、仕事にも三和にも一途だし、将来が有望だ。
(それにあの三和君って子……)
引継ぎを行った鈴木からはただのゲームオタクだと説明を受けていたが、それだけではない芯の強さを感じる。
こうしてみていて公私混同は極力避けているし、目前のリスクには最低限備えている様子がある。
慎重派で狡猾。オタクというよりは戦略的なゲーマー、戦うことを好んで行い、そして勝利するためには手段を辞さないタイプだ。
(ま、なるようになるか)
未来視もない須賀には、ただ事が起こった場合に対処するのみだ。
と、会場の雑踏を眺めていると見知った顔が通り過ぎていくのが見えた。
「鈴木君……?」
美鈴の前のマネージャーの鈴木だ。眼鏡をかけたキレ者の印象を与える相貌。
「すいません、少し離れます」
「え? あ、はい」
近くのスタッフに声をかけ、早歩きで歩き出す。
しかし鈴木の姿はすぐに雑踏に紛れてしまい、消えてしまった。
「見間違え……? いやそんなはずは……」
見知った仲だ。見間違えようがない。
(でもなんで……)
美鈴にも言っていないが、先日、鈴木は事務所に辞表を出した。
書面上は一身上の都合という話だったが、所長の話では、美鈴のマネージャーを下ろされたことが相当腹にすえかねていたらしい。
(新しい事務所で、理江ちゃんと同じようにこの会場に来ている娘を担当しているのかしら?)
しかし辞表を提出したのは先日。まだ有給消化中で、籍は事務所に置いているはずだ。
見た目はキレ者だが、見た目と本人の自己評価に反して、鈴木はそこまで能動的ではない。
不意に悪寒を覚え、須賀は身をぶるりと震わせた。
(冷房の効き過ぎかしら? だといいのだけれど……)
嫌な予感を払拭するかのように、須賀は自身の肩を抱いた。