2人で待っていると、ほどなくスタッフがバッグを返しにやってきた。
ぺこぺこと低姿勢で謝罪される。念のためバッグの中身が揃っているか確認してくれとせがまれた。
言われた通り、三和はバッグの中を一通り確認した。特に異常は見当たらない。
「大丈夫です」
「すいませんでした」
「いえ、大丈夫です」
低姿勢な運営スタッフを労いながら、三和は携帯端末を取り出した。
「……あー、安原たちから着信きている」
「なんて?」
「撮影スタッフのところで待っているってさ」
「それじゃ一緒に行こうか」
「んー……そうだな」
三和は一瞬警戒した顔をするも、今こうして一緒にいる以上別れるのは不自然かと思い、共に行くことにした。
三和はあえて美鈴と距離をとった。不自然なぐらいの距離だ。
美鈴も三和の意図はわかっていたので、三和に話しかけずに2人無言で撮影スタッフたちのもとへとむかう。
「あ、二人ともお疲れ様」
一番に気づいたのは安原だった。
「いい試合だったね。見ていたよ」
「プレミなかったか?」
「ないと思うよ。少なくとも僕は気づかなかった」
「やーやー! 三和君も凪咲ちゃんもお疲れ様!」
陽気に声をかけてきたのはカメラを持ったディレクターの野田だった。
「いい試合だったよ。このまま二人のインタビューしたいんだけどいいかな」
言葉こそ疑問形だが、野田はすでにカメラをまわしていた。
選択権はないようだった。
三和も配信卓で顔を出している。その延長線だと思って応じた。
三和と美鈴のインタビューを、安原、楓子、剛の三人は遠巻きに眺めていた。
「ネタになりそうなものならなんでも撮るんだな」
「うん。まあ実際はそこから編集して、映す部分はほんの一部だろうけど」
と、不意に背後から不機嫌な声がかかった。
「なにあれ?」
背後に立っていたのは葛木だった。一人だけだ。ずっと後ろをついて歩いていた女子生徒の姿はない。
「葛木君お疲れ様。そっちはどうだった?」
「ありえねーって。アンネローゼもドラゴニックコアも引けずに負けたよ。ありえないぐらいの交通事故だよ。それより三和がなんで永瀬と一緒にインタビュー受けているわけ?」
不機嫌そうに葛木は告げた。安原は説明する。
「さっき配信卓で二人の試合だったんだ」
「永瀬と三和が?」
「そう。その流れでインタビューってわけ」
「ふぅん。ご機嫌そうだな」
葛木は面白くもなさそうに言った。
それから突拍子もない事を言った。
「あいつら付き合っているのかな」
「え? なんで?」
安原には想像の範疇の外だったので聞き返した。
まったくそんなそぶりは感じなかった。
「だって永瀬にシャドバ教えたの三和だろ?」
葛木はニヤニヤとした笑みを浮かべながら言う。
楓子が安原の顔を見返して、「そうなのですか?」と聞いてきた。
「いや……そんな話は知らないけれど」
「いや間違いないね。永瀬の師匠は三和だ」
葛木は妙に確信めいた口調で断言した。
そう言われると確かに、RAGE前、カラオケ店でのデッキ調整に美鈴が参加してきたのも不自然だった。分け隔てなく接する美鈴とはいえ、あの積極性は皆驚いたものだ。
もし三和が美鈴の師匠だったのならあの行動も納得がいく。
だがまだ腑に落ちない部分はあった。
「でもそんなそぶり見せなかったし……葛木君は何かの根拠あるの?」
「三和は典型的な偽善者タイプだよ。見ず知らずの奴はどうでもいいって思っているのに、関りのある奴には急にお節介を焼きたがる。俺が永瀬にちょっかいかけたら勝負をしかけてきやがった」
「あ、金髪の人はくずきせんぱいだったのですね」
今更ながら記憶が符号したのか、楓子が気づいた。
(確かに、あの行動は三和にしては不自然だったけど……)
「でもそれならなんでそれを隠すの?」
「あ? アイドルが男と付き合ったらスキャンダルだろ」
葛木が完全に小馬鹿にした口調で言った。
葛木の言葉には確かに筋が通っている。
「そんな……でも付き合っているまでは行き過ぎじゃないかな?」
「まあ、それもそうだな」
持論を展開していた葛木だが、唐突に肩をすくめて身を引いた。
「三和じゃ永瀬の相手は荷が重いよな」
それだけ言い捨てると、さっさと去っていった。
(な、なんだあいつ……?)
葛木と付き合いの浅い安原は戸惑った。葛木が単に自分の握っている秘密をひけらかした上で三和をこき下ろし、憂さ晴らしをしたかったとは想像もつかない。
「三和せんぱいと、永瀬せんぱいはつきあっているのでしょうか?」
「さぁ……」
「だとしたらお似合いの二人だとおもいます」
「お似合い……?」
誰にでも笑顔をむけるひまわりのような美鈴としかめっつらで三白眼の三和。
対照的な2人だと思っていた。
だが改めて見直すと、お互いの短所を補い合うようで楓子の言葉を否定できなかった。
美鈴のマネージャーの須賀は、安原と葛木の会話を盗み聞いていた。
(やっぱり秘密はどこかで漏れるもの……勘の鋭い人は隠していても気づくものね……)
内心そら寒いものを覚えつつ、須賀の胸中を占めるのは諦観だった。
須賀としては、受け身にまわらざるを得ない。年頃の二人であれば別れるように言うと逆に火がつきかねないし、仕事のためとはいえ男女の仲を引き裂くのは須賀の流儀にも反する。
事が表に出た場合に備えて、心の準備をしておくだけだ。
と、携帯端末に着信があった。
(……鈴木君?)
鈴木からだった。単なる同僚だが、鈴木は一時期須賀に言い寄ってきていたことがある。鈴木は見た目はいいから須賀もまんざらでもなかったが、一緒の事務所で過ごすうちにヤリ手の風貌の鈴木が自尊心のエゴで凝り固まっていることに気づいて、結局単なる同僚として振る舞った。
『大事なことを伝え忘れていた。今会場に来ている。直接話したい』
(やっぱり会場に来ていたんだ……。でも何の用事だろう?)
須賀はいくつも疑問を覚えたものの、これから会うというのなら、その時に聞けばいいだろうと思った。
『わかった。どこで会う?』
と返信を送る。
鈴木から場所の指定がきた。
美鈴たちの方を見ると、インタビューを終えたところのようだった。
「ちょっと離れます」
「はい」
スタッフの一人に声をかけて、須賀は指定された場所にむかった。
しかし10分待っても20分待っても鈴木はこなかった。
(どういうこと?)
鈴木に催促の通知を送っても最初の方に『少し遅れる』と返ってきたのみだ。それから10分以上連絡は来ていない。
結局待ち切れず、須賀は元の場所に戻った。
「ああ、須賀さんおかえりない。さっき鈴木さんが来ましたよ」
そう声をかけてきたのは野田だった。
「鈴木君が? どういうこと?」
「ああ、なんか理江ちゃんの私物をとりにきたみたいで」
「なんですって!?」
血相を抱えて、須賀は会場の隅におかれていた荷物置き場にむかった。
番組側のスタッフが荷物番をしているので大丈夫だと思ったが、鈴木は内部の人間という認識だったのでスルーしてしまったのだろう。須賀が情報の共有を怠った結果だが、鈴木がこのような手段に出るとは想定外だった。
(どういうこと鈴木君? 何を考えているの?)
状況から察するに、鈴木が須賀を呼び出したのは美鈴の私物が目的だということになる。
「理江ちゃんたちはどこいきました?」
「ええっと、理江ちゃんはお手洗いに。三和君たちは4人でフライト式トーナメントに行くといってしましたよ」
お手洗いの帰り、美鈴は端末に通知が来ていることに気づいた。
(……あれ、通知が来てる……。鈴木さんから……?)
『話したいことがある。三和君も来ているから、ここに来て欲しい』
(鈴木さんが今更……? なんだろう……)
不審感を覚えつつも、三和が来ているというのなら、行かないわけにもいかなかった。
一方、三和の方の端末にも連絡があった。
(美鈴から……?)
『相談したいことがあるからここに来て』
通知にはそう書いてあり、地図が添えられていた。
(会場の外………?)
次の試合の対戦時間も差し迫っている。話があるというのなら急がなければいけない。
「悪い、急用ができた」
「急用?」
安原たちを置き去りに、三和はダッシュした。
「あやしい、ですね」
置き去りにされた楓子がつぶやいた。
「うん……」
安原も相槌を打つ。
「やっぱり本当に付き合っているのかな、あの2人」
指定の場所に先に付いたのは三和だった。
(なんでこんなところに……?)
周囲に全く人気が無いところだ。よほど人に聞かれたくない話だろうか。
疑問に思いつつも、美鈴の端末からの着信だったのは確かだ。
ほどなく美鈴も姿を見せた。
「三和君、鈴木さんは?」
「鈴木? ……それって須賀さんの前のマネージャーのことだよな」
「うん。鈴木さんが話したいことがあるって」
「うん? 俺の方は美鈴から相談したいことがあるって通知がきていたけど」
「え? 私そんなの送ってないよ?」
「送っていない?」
お互いに状況が飲み込めずに怪訝な顔をしていると、新しく靴音が響いた。
「あ、すずきさ……乱丸さん?」
現れたのは、美鈴を呼び出した鈴木ではなく乱丸だった。
二人きりでいるところを見られると怪しまれると思い、美鈴は三和から離れようとした。
しかしこの時ばかりは三和は美鈴の前に出て、美鈴をかばった。
乱丸は、表情こそ不敵な笑みを刻みつつも、目は吊り上がりまなじりがぷるぷると小刻みに震えていた。尋常な様子ではないことが伝わった。
「うらぎりものぉ……」
「うらぎり……?」
「お前は僕たちの純真を弄んだ! やってはならないことをしたんだ!」
ポケットをごそごそとまさぐると、金属質の棒状のものを取り出した。
それがパチンという音とともに二つに割れる。
二つ折り式のナイフだ。
「ら、乱丸さん……?」
乱丸の行動に美鈴が驚いている間に、三和はすばやく周囲を見渡した。
(周囲に退路は……ない)
乱丸がでてきたのが唯一の退路だ。しかし左右にほとんどスペースはなく、かいくぐっていくのは無理そうだ。
続いて乱丸の体格を分析する。身長は三和の方が上だが、小太りな乱丸は体重では三和を圧倒している。腕力もありそうだ。
(組み伏せるのも相当難しそうだな……)
「まってください乱丸さん! どうしてこんなことするんですか!」
「お前が俺たちを騙したからだろうが! 純真なふりをしてお金を搾取して、そのくせ男をつくりやがって!」
「騙すなんて、私そんなつもりじゃ……!」
「いいか! アイドルは男をつくっちゃいけないんだ! それがお前らの商売だろうがぁ!」
乱丸は半狂乱になって己の論理をふりかざした。
三和はその論理がどれほど自分勝手なものかと思ったものの、それを真っ向から指摘することが状況を好転させないことは想像がついた。
(状況から察するに鈴木が関与している……今更恋人関係をすっとぼけても無駄そうだな)
三和の口から何を言っても、状況は好転しそうにない。
乱丸の出方を警戒しつつ、説得は美鈴に任せることにした。
「落ち着いてください。こんなことをしても乱丸さんがつかまるだけです!」
「いいんだよぉ僕はどうなってもぉ……この世からお前たちが消えさえすればいいんだ」
「いいわけないじゃないですか! 刑務所に入ったらライブにも行けなくなるんですよ!?」
(この期に及んで相手の心配か。……美鈴らしいな)
「乱丸さんがしようとしていることは、私たちを傷つけることじゃありません! 自分の人生を台無しにする行為です!」
自分たちの命が脅かされているのに、美鈴は乱丸を思いやる言葉を投げかけた。
三和では浮かばない発想だった。
「う、うるさいうるさい! それもこれも全てお前らが悪いんだ!」
乱丸は半狂乱になりつつも、その声が震えていた。
決意が揺らぎ始めているのかもしれない。前回も未遂に終わったそうだし、意志は案外脆いのかもしれない。
「やめてください! こんなことをしても、何の解決にもなりません!」
「だ、黙れ! お前たちはそうやって純真なふりをして、いつも僕たちを弄ぶんだ! 内心僕たちをあざ笑って気にもかけないんだろう!?」
「私、乱丸さんのこと知っています! いつも最前列に並んでくれて、踊りでステージを盛り上げてくれて! グッズも山のように買って行ってくれる! 大切なファンの一人です!」
「ぐぐぐぐ……」
「さあ……そのナイフをしまってください」
美鈴は三和をおしのけて前に出てきた。
そこに銀光が走る。
「馬鹿!」
乱丸から閃いた一閃が、美鈴をかすめる。後ろから三和がひっぱらなければ、当たっていたかもしれない。
乱丸は恍惚とした笑みを浮かべて、涎を垂らしながら言った。
「好きだぁ……理江ちゃん……一緒になろう……?」
(相手を思いやり過ぎて、ぷっつんさせてしまったか……)
「美鈴、俺が時間を稼ぐから電話で助けを呼べ! ブザーも鳴らせ!」
「う、うん」
美鈴が防犯ブザーを鳴らす。けたたましい騒音が鳴り響くが、人気の無い場所だ。いつ人が来てくれるかわからない。
ブザーの音で怖気づいて逃げ出すことを期待していたが、逆に美鈴の優しい言葉が相手の殺意を高めてしまったようだ。
今の乱丸には殺害こそが愛情表現になっている節がある。
「邪魔するなよぉ……。お前も殺すぞぉ……?」
「生憎だけど天邪鬼だと言われてきているんでね。素直に人の言葉に従う性質じゃないんだ」
三和は強がった。内心では斬られたら痛いんだろうなと思いながら。
乱丸は不格好にナイフを振り回す。身をひねってかわし、蹴りで体を突き飛ばして牽制する。
三和は基礎的な筋力はともかく、動体視力はかなりいい方でスポーツの成績は悪くない。
乱丸が大きくナイフを振って態勢を崩したすきを見つけてとびかかる。
ナイフを持つ腕に両腕を巻き付けた。
「や、やめろ! 離せ!」
しばしもみ合いになる。なんとかナイフを取り落とさせようとするが、やはりパワーの方では乱丸の方が上だった。
左右に振られ、その反動で振りほどかれる。
「死ねぇ!」
ストレートな突き刺しが迫る。態勢が崩れた三和に避ける術はなかった。
が、後ろから突き飛ばされた。
美鈴が咄嗟に三和をつきとばし、それでナイフの軌道上から逃れることができた。
だがそれによって三和の体は横に弾き飛ばされ、乱丸と美鈴を遮るものがなくなった。
「ふひ、ふひひひひひひひひひひひぃ!」
それが本懐だとでもいうのか。
乱丸は奇妙な哄笑を上げながら美鈴めがけて襲い掛かった。
(くそっ!)
三和は強引に態勢を変える。骨が軋み筋肉が痛んだ。
それでなんとか足をスイングさせ足払いを放つ。前傾姿勢に偏った重心をとっていた乱丸はバランスを崩し転んだ。
「ぐぎゃっ!」
悲鳴を上げて乱丸が倒れ込む。しかしナイフは手放さない。
「美鈴! ……いや」
美鈴に取り押さえるよう言おうと思ったが、とりやめる。女の力では乱丸を取り押さえられないだろうし、近づく方が危険だった。
三和は立ち上がる。そのころには乱丸も立ち上がっていた。
「このやろぉ! お前から殺してやる!」
「やめてください乱丸さん!」
乱丸の罵声と美鈴の悲鳴が交錯する。
(ひきつけろ、奴から美鈴を遠ざけるんだ!)
ずれていた眼鏡の位置を直し、三和は神経をとがらせる。
「しねええええ!」
腰だめにかまえて乱丸は突進してきた。それを受け止めるとみせて、横の壁を手で押して三和はサイドに大きく身をずらした。
「うおっ!」
勢い余った乱丸は壁にぶつかる。蹴りを放ってさらに体勢を崩させると、背後から抱き着くようにしてとびかかった。
ナイフの腕をつかんで、壁にうちつける。乱丸がナイフを落とすまいとふんばったところで、三和は足払いをかけた。
二人とも、もつれこむようにして倒れ込む。乱丸がうつぶせで、三和がそれを抑え込んでいる形だ。
ナイフを持った乱丸の手を床に何度かうちつけて、3度目で取り落とさせることに成功する。
ナイフはすばやく払って美鈴の方に飛ばした。
もっと抵抗するかと思ったが、乱丸は動きを止めた。
「……観念したか?」
「ふふふ……」
「三和君!」
美鈴が悲鳴を上げる。と、三和の脇腹に焼けつくような痛みが走った。
「なん……」
首をひねって確認すると、乱丸の左手がナイフを握り、それが脇腹を抉っていた。
二本目のナイフを取り出して脇腹を刺したのだ。
「ぐっ……!」
痛みに意識を失いかけるが、ここで乱丸を解放したら美鈴が危ない。
全身に脂汗をかきながら、乱丸を取り押さえ続けた。
しかし二本目のナイフをもぎ取る余裕はなかった。
「ふへへ! 死ねっ! 死ねっ!」
体勢が不自然なため、勢いよくふりまわすことはできないが、ぐりぐりと傷跡を抉ってくる。
脇腹を中心に焼きゴテを突きつけられたような痛みが広がっていく。
「三和君!」
悲鳴交じりの美鈴が駆け寄り、そして持っていた中で最も固い鈍器である携帯端末を振り回す。
その角で乱丸の手を打ち据え、2本目のナイフも取り落とさせることに成功する。
ほどなく靴音が聞こえてきた。防犯ブザーを聞きつけてきた人か。それとも美鈴が呼んだ救援か。
「こっちです!」
響いたのは須賀の声だった。警備員らしき男たちを従えている。
「君! 大丈夫かね!?」
警備員の焦った声で、三和は腹部からの流血が床に血だまりを作っていることに気づいた。
「あとを……頼みます」
そこで三和の精神力は尽きた。
「三和君!? 三和君!?」
意識を失った三和に美鈴が声をよびかけるが、三和の反応はない。
「どきなさい! 止血します! 救急車と担架の手配を!」
須賀が連れてきた警備員たちが美鈴を押しのけ、三和の処置に入った。
乱丸は警備員の中でもひときわ体格のいい男に連れられて、獣のようなうなり声を上げながら連行されていく。
美鈴の肩を抱きつつ、須賀が静かな声でたずねた。
「一体何があったの?」
「乱丸さんが襲ってきて……」
「なんでこんなところに2人でいたの?」
「それは鈴木さんが……」
「そう……やっぱり鈴木君が……」
乱丸の狂暴性を知っている鈴木が、話を吹き込んで2人を襲わせるよう仕向けた。
そういう筋書きになりそうだ。
(鈴木君がそんなことをするなんて……)
美鈴に拒絶されたことが、それほど彼のプライドを傷つけたのだろうか。
(それにしてもこれは隠しだてできそうもないわね……)
被害がなかったのならともかく、負傷者、それも腹を刺されている重傷者が出ている。
須賀はディレクターの野田に状況を説明した。
『そんなことが……理江ちゃんは無事なんですね?』
「はい」
『無理をさせちゃいけないです。残りは棄権して退避しましょう』
「でもそれじゃ番組の収録が……」
『俺たちとしても惜しいですけど、こうなったら公開できませんよ。お蔵入りです』
「そんな……! ……はい。すみません」
『大丈夫。理江ちゃんには光るものがありますよ。また次の機会にお願いします。とりあえず今日は撤収して、ゆっくり休んでください』
「はい。ありがとうございます」
通信を切って、須賀は茫然としている美鈴の手をとった。
「理江ちゃん。今日は撤収しましょう」
「……大会は」
「棄権しましょう。もう集中できないでしょ?」
「………」
美鈴は小さくうなずいた。
「あの……それなら救急車で三和君に付き添ってもいいですか」
「そうね。そうするといいわ」
三和の安否がわからないことには、美鈴も安心できないだろう。
三和はすぐに救急車で搬送された。美鈴が付き添いとして乗り込む。
須賀は美鈴たちを送り出すと、撮影スタッフの元へと戻った。状況を説明せねばならない。
番組スタッフ、それから安原たちエキストラに呼んだ生徒たちも含めて、事情をかいつまんで説明した。ただ一応美鈴と三和の交際関係までは明かさず、ファンに襲われた美鈴をたまたま居合わせた三和がかばったという苦しい説明をした。
被害者が出る事件にまで発展した以上、二人の関係をどこまで隠し通せるか怪しい。
不幸中の幸いだったのは、番組側としては好感触だったことだ。
事件が起きた以上今回のは番組に出来ないといいつつも、美鈴の評価はよく、また別の機会に呼んでくれるとむこうから申し出てくれた。
諸々を片付けて時間を作ってから、須賀は鈴木へと連絡を入れた。
「鈴木君、やってくれたわね」
『……ああ、約束をすっぽかしたことかい?』
「しらを切る気? 自分の手を汚さず、こんな汚いことをして……!」
『なんの話かわからないなぁ』
鈴木は間延びした声でとぼけた。
『会場に救急車がきていたみたいだけど、何か関係があるかい?』
「……下手したら、死ぬわよ」
『……くくっ』
喉の奥で、確かに笑い声が聞こえた。死ぬかもしれないと聞いてなお笑ったのだ。
鈴木が自分の想像以上にエゴの塊であることを須賀は思い知った。
「許されると思わないでね。事務所に言って掛け合うわ。あなたは辞職じゃない。クビよ」
『はっ、生憎だけど再就職先は決まっているんでね。あんな古臭い事務所、こっちから願い下げだ』
「クズ」
これ以上は話していたくなかった。一方的に言い捨てて須賀は通信を切った。
「死ぬ、か。はは、はははは……」
鈴木はすでに会場を後にしていた。
「くくくく、あははは、よくやってくれたよあのキモオタ! あのクソガキをまさかそこまで追い込んでくれるとはな!」
鈴木はちょっとしたゲームのつもりだった。
鈴木が出禁にしようと美鈴に言いつつも、美鈴が大事なファンの一人だからとそれを拒んでいた乱丸。
醜く不衛生で鈴木は嫌いで嫌いで仕方なかったが、あえて乱丸に近寄り、美鈴の交際情報を吹き込んだ。多少の脚色をまじえて。
その結果が乱丸の暴走。
事件になったものの、鈴木がしたのは美鈴と三和の交際を伝えただけだ。
罪に問えるのは、せいぜい三和をおびき寄せるために美鈴の私物をちょろまかしたことぐらいだが、自分は数日前まで美鈴のマネージャーだったのだ。言い訳は立つ。
大した罪にはならないだろう。
「まったく……ガキの分際で俺にたてつくからだ」
今でも脳裏に忘れられない。マネージャーの解雇を告げた時の美鈴の表情を。
美鈴はまだ若いが鈴木でも見惚れるような原石の輝きを放っている。
高貴さすら漂う洗練された相貌、その瞳が鈴木を視線に映し、侮蔑の色を浮かべていた。
そのまなざしが、ずっと鈴木の脳裏にこびりついて離れなかった。
「これは正当な罰だ! 俺の命令を無視しやがって! あぁ、いい気味だ!」
そっと遠くで見ていたが、担架に乗せられた三和と憔悴した美鈴の横顔。
望外の戦果だった。
なんにしてもこれで溜飲は下がった。
後は交際話が表に出て、美鈴のアイドルとしての評判が下がってくれれば万々歳だが、それはじっくりとやるとしよう。
と、端末に着信が来ていた。
再就職先の事務所の上役だった。須賀の事務所よりもはるかに大きい。
『こんにちは~鈴木くん、元気~?』
「ええ、元気ですよ。尾月さん。おかげさまで」
間延びしたオカマ口調には辟易とされるが、鈴木はそんな様子はおくびにも出さずに挨拶を返した。
「それでどうかしましたか?」
『それでね~鈴木くんをうちで雇うって話あったけど、なしになったの~。ごめんね~』
「は? さ、差し支えなければ理由を教えてもらってもいいですか?」
『それがね~。あんたの事務所から赤紙が届いたのよ~。あんた何かした?』
「そっそれはっ……誤解ですっ! あいつらが勝手に濡れ衣を着せてきたんですよ! 信じないでください!」
『う~んあそこの事務所、小さいけどそれなりに真面目なのよね~。そこが赤紙出すなんて相当なことだと思うのだけれど。え~と何々? 解雇された腹いせに元担当の子の交際情報を暴露? それを熱烈なファンにリークすることで交際相手の男の子を刺し殺すよう誘導? わぁ、これが本当ならえげつないわね~』
「そ、それは……いや奴らの被害妄想です!」
言っていることは全て事実だが、鵜呑みにされると取り返しのつかないことになる。鈴木は必死に抗弁しようとした。
『あのね。鈴木ちゃん』
尾月が急にトーンを落とした。鈴木の嘘を見抜いているかのように。
『あたしたちって夢を売る仕事をしているの。夢を売るために大事なのはね、何よりも信用なの。信頼できない人間に、夢を託すことはできないのよ』
「……わかりました。他を当たってみます」
『業種を変えることをおすすめするわ。あんたを相手にしてくれるところは同業ではないだろうから。バイバイ』
「……くそっ、須賀かっ!」
予想以上の行動の早さだった。そして小さい事務所だと思っていたが、そのコネクションの強さも想定外だった。
「くそっ、どうする……」
他の事務所を当たってみるか。だがそこにも須賀の手がまわっていたら時間の無駄だ。
いっそ業種を変えるか。華々しい芸能界の一端を見られるかと思ったら、受け持ちの子のご機嫌とりに得意先まわり、仕事は地味で他人の顔色をうかがってばかりだった。
「そうだな。こんな業界、おさらばしてもいいかもな」
独白しつつ歩いていると、横断歩道の信号が青から赤に変わる瞬間だった。
「ちっ」
舌打ちしつつ、走り込む。いちいち次の信号を待っていられなかった。
その時、つんざくようなクラクションが鳴り響いた。
「ん?」
ダンプカーに轢かれたことを、鈴木は最後まで知覚できなかった。